第十九話 後味はほろ苦く
残りの従業員の遺体は、三階にある従業員用の更衣室の中から二体。そして、四階の執務室から一体――そのどれもが群蜘蛛によって、体液を吸い尽くされた状態で発見された。
改めて全フロアを確認し一階のエントランスへと戻ると、何故か世良さんの姿があった。
「なんだよ、世良。事情聴取は終わったのか?」
御子神さんが怪訝そうに口を開く。
「栗花落君が心配だからって、村上さんに駆り出されたんだよぉ。その様子だと杞憂だったみたいだけど」
「余計なお世話なんだよな」
「それ本人には言わないでよね……。それで、中はどんな感じだったのぉ?」
「どんなも何も、証言通りに従業員の遺体が見付かったよ。群蜘蛛も殆ど死んでる」
「え、死んでるってどういうこと?」
御子神さんはちらりと俺に視線を寄越す。お前が説明しろということらしい。
「どの個体も既に瀕死の状態だったらしく、杉皮の煙を吸っただけで……」
「何それ」
<どいつも腸がなくなっておってな。実に味が良くない>
「玄、群蜘蛛食べたのかぁ……」
<齧っただけだ!>
引き気味の世良さんに、俺は苦笑いを返す。
「御子神、これからどうするの? 独断で動いてたんだよね?」
「群蜘蛛は居なくなったし、遺体は出てるし――刑事課と生安に引き渡すよ。責任は真田さんが取るって」
「……あの、群蜘蛛の死骸ってどうするんでしょうか」
刑事課と生安が現場に乗り込んでくるなら、あの大量の群蜘蛛の死骸はどうにかしなければならない。
視えなくても、物体としてそこには存在しているのだから。
<怪異の死骸というものはな、少しすれば消えてなくなる。ほれ、視てみろ。丁度消えていくところよ>
玄が廊下の方へと顔を向ける。その視線の先にあった筈の群蜘蛛の死骸は、形を失い塵となって空中に霧散して消えていった。
ふと、穂坂で出遭った怪異を思い出す。言われてみれば、あの時の怪異も跡形もなく消えていた。
「人間と違って、怪異の死骸は残らないんだ。僕たちみたいに、バクテリアに分解されて――みたいなプロセスが怪異にはないみたい。ま、この辺の理屈もよく分かってないんだけどねぇ。って、こういうことは栗花落君にちゃんと説明してあげないと駄目だよ、御子神」
「……実践した方が覚えるもんだって」
「そういう”視て覚えろ”も時にいいかもしれないけどさぁ、全てが全てそうじゃないからね」
「お前、村上さんに似てきたな」
明らかに面倒臭そうな顔をしながら御子神さんが呟く。
「ええ、そうかなぁ?」
「小言が多いところとか。――とにかく、真田さんに引き継ぎで俺たちは撤収だ」
***
分かっていたさ。
御子神という男が絡むと、本当に碌なことがない。
それでも刑事である以上、事件を解決することが最優先事項であり、それを達するためには使えるものは使う。今までもそうしてきた。
だが――。
件の風俗店の前で談笑する特案の面々を視界に捉え、俺は真っ先にそちらへ足を向けた。
後ろの方で植木が何やら喚いているが、知ったことではない。
「御子神ぃ」
全ての元凶と思しき男の名前を呼ぶ。
奴は俺に気が付くと、事件現場に不釣り合いな笑顔を向けてきた。
「真田さん、遅かったですね」
「遅かったじゃねえよ。どうなってんだ」
「と言われましても……遺体が出たのでご協力を仰いだだけですけど」
「んなことは分かってんだよ」
聞きたいことはそういうことではない。
御子神はそんなことは承知の上で、わざと回りくどい言い方をしている。本当に面倒な男である。
「うーん、何でしょうね。下見に来たタイミングが悪かったのか……いや、この場合タイミングは良かったのかな? 栗花落君、どう思う?」
「……え、俺に振らないでくださいよ」
「…………」
「真田さん、僕から説明しますから……」
ふざけている御子神を尻目に、世良から事のあらましを聞く。
とは言え、ミイラ化の被害者が五人追加になったことしか分からなかった。本当に胃が痛い。
「ちょっと、真田さん。鑑識が話している最中にどっか行かないでくださいよ」
背後からどたどたと植木が駆け寄ってくる。
「あ、世良さんに御子神さん。お久しぶりです」
「植木君、お久しぶり。今は真田さんの下にいるのぉ?」
「真田さんの下で扱き使われている最中です!」
「植木、お前な……」
若い奴らが集まると、どうにも話が進まない。
ちなみにこの三人――歳は同じだが、御子神と世良は高卒で警察学校に入校したため、植木よりも経歴は長いらしい。
「――で、その遺体の状況は」
「もちろん、発見した状態のままですよ。まあ、死亡推定時刻は二十二時ちょっと前くらいじゃないですかね」
「何で分かる」
「何となく」
御子神はわざとらしく笑ってみせる。
こういう反応をする時は、それ以上聞いたところでまともな答えは返ってこないだろう。
俺はキリキリと痛む腹を摩りながら、ビルの方へと視線を向けた。
「犯人の目星は付いているのか」
「目星と言いますか――鑑識待ちではありますけど、他のミイラ化事件と同様の結果なら、事件はこれで終わりますよ」
「はあ?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。
「ええ、どういうことです?」
隣で植木も声を上げる。
「特案案件なんで、そこは刑事課なり生安なり、一課なりが”うまい具合にまとめてもらえれば”」
「…………」
「真田さんだって分かってて、俺に捜査させてたでしょ?」
俺は押し黙る。
御子神の言う通り、俺はこの件が”普通の事件ではない”と思って、独断で特案に捜査協力を仰いだ。
特案が関わる事件は、最終的に綺麗な形で納まることはない。今回もつまりそういう事件だった、ということなのだろう。
幸い特案に捜査権を渡すことを渋っていたのは一課のみだ。犠牲者が増えたことによって、暫く上から突かれるかもしれないが、それでもこれが最善であった筈である。
「……そうだな。あとは、まあ、こっちで何とかする」
今はただ、この事件が“収束したらしい”ということを喜んでおこう。




