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異相の理  作者: 赤鰯 はこぼれ
第二章 その渇きは癒えることなく
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第十九話 後味はほろ苦く

 残りの従業員の遺体は、三階にある従業員用の更衣室の中から二体。そして、四階の執務室から一体――そのどれもが群蜘蛛によって、体液を吸い尽くされた状態で発見された。

 改めて全フロアを確認し一階のエントランスへと戻ると、何故か世良さんの姿があった。


「なんだよ、世良。事情聴取は終わったのか?」


 御子神さんが怪訝そうに口を開く。


「栗花落君が心配だからって、村上さんに駆り出されたんだよぉ。その様子だと杞憂だったみたいだけど」

「余計なお世話なんだよな」

「それ本人には言わないでよね……。それで、中はどんな感じだったのぉ?」

「どんなも何も、証言通りに従業員の遺体が見付かったよ。群蜘蛛も殆ど死んでる」

「え、死んでるってどういうこと?」


 御子神さんはちらりと俺に視線を寄越す。お前が説明しろということらしい。


「どの個体も既に瀕死の状態だったらしく、杉皮の煙を吸っただけで……」

「何それ」

<どいつも(はらわた)がなくなっておってな。実に味が良くない>

「玄、群蜘蛛食べたのかぁ……」

<齧っただけだ!>


 引き気味の世良さんに、俺は苦笑いを返す。


「御子神、これからどうするの? 独断で動いてたんだよね?」

「群蜘蛛は居なくなったし、遺体は出てるし――刑事課と生安に引き渡すよ。責任は真田さんが取るって」

「……あの、群蜘蛛の死骸ってどうするんでしょうか」


 刑事課と生安が現場に乗り込んでくるなら、あの大量の群蜘蛛の死骸はどうにかしなければならない。

 視えなくても、物体としてそこには存在しているのだから。


<怪異の死骸というものはな、少しすれば消えてなくなる。ほれ、視てみろ。丁度消えていくところよ>


 玄が廊下の方へと顔を向ける。その視線の先にあった筈の群蜘蛛の死骸は、形を失い塵となって空中に霧散して消えていった。

 ふと、穂坂で出遭った怪異を思い出す。言われてみれば、あの時の怪異も跡形もなく消えていた。


「人間と違って、怪異の死骸は残らないんだ。僕たちみたいに、バクテリアに分解されて――みたいなプロセスが怪異にはないみたい。ま、この辺の理屈もよく分かってないんだけどねぇ。って、こういうことは栗花落君にちゃんと説明してあげないと駄目だよ、御子神」

「……実践した方が覚えるもんだって」

「そういう”視て覚えろ”も時にいいかもしれないけどさぁ、全てが全てそうじゃないからね」

「お前、村上さんに似てきたな」


 明らかに面倒臭そうな顔をしながら御子神さんが呟く。


「ええ、そうかなぁ?」

「小言が多いところとか。――とにかく、真田さんに引き継ぎで俺たちは撤収だ」



 ***



 分かっていたさ。

 御子神という男が絡むと、本当に碌なことがない。

 それでも刑事である以上、事件を解決することが最優先事項であり、それを達するためには使えるものは使う。今までもそうしてきた。

 だが――。


 件の風俗店の前で談笑する特案の面々を視界に捉え、俺は真っ先にそちらへ足を向けた。

 後ろの方で植木が何やら喚いているが、知ったことではない。


「御子神ぃ」


 全ての元凶と思しき男の名前を呼ぶ。

 奴は俺に気が付くと、事件現場に不釣り合いな笑顔を向けてきた。


「真田さん、遅かったですね」

「遅かったじゃねえよ。どうなってんだ」

「と言われましても……遺体が出たのでご協力を仰いだだけですけど」

「んなことは分かってんだよ」


 聞きたいことはそういうことではない。

 御子神はそんなことは承知の上で、わざと回りくどい言い方をしている。本当に面倒な男である。


「うーん、何でしょうね。下見に来たタイミングが悪かったのか……いや、この場合タイミングは良かったのかな? 栗花落君、どう思う?」

「……え、俺に振らないでくださいよ」

「…………」

「真田さん、僕から説明しますから……」


 ふざけている御子神を尻目に、世良から事のあらましを聞く。

 とは言え、ミイラ化の被害者が五人追加になったことしか分からなかった。本当に胃が痛い。


「ちょっと、真田さん。鑑識が話している最中にどっか行かないでくださいよ」


 背後からどたどたと植木が駆け寄ってくる。


「あ、世良さんに御子神さん。お久しぶりです」

「植木君、お久しぶり。今は真田さんの下にいるのぉ?」

「真田さんの下で扱き使われている最中です!」

「植木、お前な……」


 若い奴らが集まると、どうにも話が進まない。

 ちなみにこの三人――歳は同じだが、御子神と世良は高卒で警察学校に入校したため、植木よりも経歴は長いらしい。


「――で、その遺体の状況は」

「もちろん、発見した状態のままですよ。まあ、死亡推定時刻は二十二時ちょっと前くらいじゃないですかね」

「何で分かる」

「何となく」


 御子神はわざとらしく笑ってみせる。

 こういう反応をする時は、それ以上聞いたところでまともな答えは返ってこないだろう。

 俺はキリキリと痛む腹を摩りながら、ビルの方へと視線を向けた。


「犯人の目星は付いているのか」

「目星と言いますか――鑑識待ちではありますけど、他のミイラ化事件と同様の結果なら、事件はこれで終わりますよ」

「はあ?」


 思わず、素っ頓狂な声が出た。


「ええ、どういうことです?」


 隣で植木も声を上げる。


「特案案件なんで、そこは刑事課なり生安なり、一課なりが”うまい具合にまとめてもらえれば”」

「…………」

「真田さんだって分かってて、俺に捜査させてたでしょ?」


 俺は押し黙る。

 御子神の言う通り、俺はこの件が”普通の事件ではない”と思って、独断で特案に捜査協力を仰いだ。

 特案が関わる事件は、最終的に綺麗な形で納まることはない。今回もつまりそういう事件だった、ということなのだろう。

 幸い特案に捜査権を渡すことを渋っていたのは一課のみだ。犠牲者が増えたことによって、暫く上から突かれるかもしれないが、それでもこれが最善であった筈である。


「……そうだな。あとは、まあ、こっちで何とかする」


 今はただ、この事件が“収束したらしい”ということを喜んでおこう。


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