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異相の理  作者: 赤鰯 はこぼれ
第二章 その渇きは癒えることなく
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第十六話 進展

 件の風俗店は、白井沙耶の証言通り、駅から十分ほどの立地にあるビルに店を構えていた。

 以前はビジネスホテルだったと聞いているが、確かに誰もここが風俗店だとは思うまいといった具合の外観である。


「……最近の店は巧妙だねえ。これじゃあ、なんの店だか見当もつかないや」


 御子神さんが欠伸をしながら呟いた。

 時刻は二十三時を回ろうとしている。生安の調べによると、店の営業が始まるのがこの時間帯とのことだ。


<これまた随分と寂れた場所だな>

「この近辺は数年前の再開発事業が頓挫してから手付かずなので、比較的古い建物が多いかもしれないですね」

<群蜘蛛にとっては良き住処にはなるのだろうよ。虫と言うのは、陰湿な場所を好むからな>


 肩の上の玄は、そう言って琥珀色の瞳を細める。


「もう営業時間の筈だけど、従業員は居ないのかね」


 御子神さんは腕時計を見やる。

 かれこれ三十分程前から、こうして少し離れた場所から風俗店を観察しているのだが、従業員らしき姿は一人も見ていない。それどころか、入り口である自動ドアの向こう側の明かりすら灯っていない。


「休業日なんでしょうか」

「うーん。一応、営業日だと思うんだけど」

<無駄足ということか? 全く、これだから計画性のない奴は……>

「事件捜査に計画もクソもないだろ」


 御子神さんが吐き捨てるように言う。

 生安からの資料にも、今日が営業日であることは記載されていた。

 そうなると、考えられることと言えば――。


「うちが張ってたこと、バレてましたかね」

「可能性はゼロじゃないかな。でも、生安も慎重に動いていた筈……」

<何だ。逃げられたのか>

「……いや」


 御子神さんは視線をビルへと向ける。つられて俺もその先を見る。

 周囲の街灯に照らされたビルは、ぼんやりと暗闇に佇んでいて、罅の入った薄汚れた外壁の所為かおどろおどろしい。

 上層階の窓の奥も暗く、人の気配が全く感じられない。


「やっぱり、逃げられましたかね」


 そんなことを呟いた俺の言葉を否定するように、ドン、と奇妙な音が周囲に響く。

 何事かと音の発生源を探している間に、隣に居た筈の御子神さんがビルに向かって駆け出していた。


「え、ちょっと、御子神さん!」


 突然の出来事に困惑しながらも、俺は御子神さんの後を追う。

 彼はビルの自動ドアに駆け寄ると、その隙間に手を入れて無理矢理抉じ開けた。


「何してるんですか!」


 流石にそれは不味いだろうと――しかし、次の瞬間、自動ドアから勢いよく飛び出して来た人物に、俺は言葉を飲み込んだ。

 スーツ姿の男。歳は三十代くらいだろうか。その男の首筋には群蜘蛛が張り付いていた。


「た、たすけっ」


 男は半狂乱状態で地面に転がり、助けを求めるように御子神さんの足に縋りつく。


「中で人がたくさん死んで、俺は何もしてないんだッ、何もッ」

「はいはい。落ち着いてくださいね」


 御子神さんは男に声を掛けながら、首についた群蜘蛛を素手で掴み、道路に投げ捨てた。

 放られた群蜘蛛は地面にふわりと着地すると、再び男に向かって十本の足を蠢かせ近付こうとする。


「玄」

<分かっておるわ>


 御子神さんに名前を呼ばれ、玄は呆れたように溜息を吐きながら俺の肩から降りた。何をするのかと思えば、獲物を見つけた蛇のように体をうねらせ、素早い動きで群蜘蛛に食らいつく。そして、そのままバリバリと乾いた音を立てながら、まるでスナック菓子のように群蜘蛛を砕いていった。


「…………」


 あまりにもショッキングな出来事に言葉を失う。

 犬や猫も蝉などを食べてしまうと聞いたことはあったが、それを目撃した飼い主は、こんな気持ちになるのだろうか。


「栗花落君」

「は、はい?」

「甘崎さんに応援頼むから、事情聴取お願いできる?」

「わ、分かりました」


 御子神さんの言葉に、一気に意識が現実に浮上する。

 地面にへたり込みながら頭を抱える男の肩に手を添えて、俺は男に声を掛けた。


「すみません、少し話せますか?」

「お、俺は何もしてないからなっ! 皆、勝手に死んだんだ! 俺は殺してない……」

「……えっと、それはどういう……」

「中で人が死んでんだよ! 気が付いたらミイラみたいになってたんだ!」


 目を見開き、唾を飛ばしながら喚く男に面食らう。


 ――中で人が死んでいる。

 それもミイラになったということは、群蜘蛛による殺害か。


「貴方はここの従業員ですか?」

「そ、そうだ。でも、殺しなんかしてないっ! 信じてくれ!」

「とにかく、落ち着いてください。その、ゆっくりでいいので、中で何があったか話してもらえますか?」


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