第十五話 古の遺物
特案の執務室に戻ると、当たり前のように玄が俺の肩に飛び乗ってくる。
<群蜘蛛の巣は分かったのか?>
「真田さんたちが洗い出してくれたみたいです」
床に置かれた段ボールを避けながら、俺はデスクの椅子に腰を下ろす。
「三年前に潰れたビジネスホテルを風俗店にリメイクしてたみたいだね。外観はいじってなかったらしいし、誰も風俗店だとは気が付かないわな」
先程の真田さんの話が尾を引いているのか、御子神さんの声色は若干不機嫌そうだ。
「それで、これからどう動くつもりだ?」
デスクに置かれた書類の山の隙間から、甘崎さんが顔を覗かせる。
「真田さん曰く、俺たちに知らされていない被害者がいるそうですよ。甘崎さんの方にも情報いってました?」
ぶっきら棒に報告をする御子神さんに、甘崎さんの表情が険しくなる。
「いや、初耳だ」
「甘崎さんのところにも入っていないとなると、本気で秘匿しようとしてますなあ」
「初めからどうにも動きが遅いとは思っていたが、”そういうことか”。とはいえ、今こちらが動きを止めるわけにもいかない」
甘崎さんは蟀谷を押さえながら、溜息を吐いた。
「ですね。とりあえず、俺らは例の店の下見に行ってこようかな、と。異常行動を起こす群蜘蛛が巣食っている可能性がある以上、いきなり生安を向かわせるわけにもいかないですし」
「……あの、それって大丈夫なんでしょうか。一課が何か動いているということは、下手にこちらが何かしたら――」
色々と衝突を生み出し兼ねないのではないか。そんな不安が胸の中に渦巻く。
けれど、俺の言葉を聞いた御子神さんは、それを鼻で笑う。
「隠す方が悪い。それだけだよ」
「……は、はあ」
まあ、それはそうなのだけど。
甘崎さんの方をちらりと見やると、肩を竦めるだけで御子神さんと同意見といった様子だ。
「このまま俺たちが捜査をせずに群蜘蛛を放置すると、被害者が増える。それは警察として大問題でしょう? だから、俺たちは俺たちの仕事をするまで。責任は甘崎さんが取ってくれるし」
「お前も少しは責任の取り方を覚えた方がいいぞ、御子神」
「それはまあ、追々。と言うわけで、捜査は続行します。異論は?」
「……ないです」
二人の言わんとしていることは分かる。それが正しいということも。
だからこそ、署内での特案の立ち位置が、組織として”厄介”と認識されているのかと、改めて思わされた。きっと風当たりは強くなる一方だろう。
「――今後の対応については御子神に一任するが、このところ、不可解な怪異の事件が増えていると、各署から話が挙がっている。この群蜘蛛の件も、例外じゃない。異常行動が視られている以上、用心するように」
「はいはい」
御子神さんはひらひらと手を振りながら、相変わらずの軽い調子で答える。
本当に用心する気はあるのだろうか。
「あの、不可解な怪異の事件というのは?」
「群蜘蛛のように異常行動を起こす怪異――人間と共存していた筈の怪異による事件が増加傾向にあるそうだ。最も、怪異の生態は殆どが謎に包まれている。何が原因なのか、そもそも原因はあるのか――現段階では分からない」
「……そうなんですか」
<まあ、分からないものに気を取られていてもしかたあるまい。お主は目の前のことだけを視ていればよかろう>
その通りかもしれないが、原因が分からないというのは、どうにも気持ちが悪いものだ。
「怪異のお前が何か知っていれば良かったんだけどね」
<知らぬものは知らん>
「使えねえー」
御子神さんがやんわりと玄を言葉で刺すが、流石に甘崎さんの前だと言い争いには発展しないらしい。
玄は鼻を鳴らしてそっぽを向くに留まった。
「――ま、そういうわけで栗花落君にも『韴』を持たせたいんですけど、構わないですよね?」
「ああ」
――フツ。
聞き慣れない言葉に俺が首を傾げていると、甘崎さんが御子神さんに何かを投げて寄越した。
御子神さんはそれを器用に空中でキャッチして、にやりとこちらに笑みを向ける。
「栗花落君、ちょっと付き合って」
「……? はい」
わけが分からぬまま、俺は席を立って御子神さんの後ろに続く。
向かった先は執務室の最奥にある扉だ。甘崎さんから渡されたのは、この扉の鍵らしかった。
御子神さんが鍵を差し込み、扉を開けると埃っぽい空気が流れ込んでくる。
配属になった日に、備品倉庫だと説明は受けていたが、実際に中を見るのは初めてだ。
何せ、基本的に甘崎さんの許可がなければ入室は禁止とされている部屋である。そう頻繁に入る場所でもない。
部屋の中にはずらりとスチール製のラックが並んでおり、ラベルの貼られた段ボールが収納されている。説明通り、ただの備品倉庫に見える。
御子神さんはそのまま部屋に入ると、右手の壁際――一際古びた棚の引き出しから細長い木箱を取り出した。長さは三十センチより少し長いくらいの木箱は、これまた年季が入っており、所々染みのようなものが見受けられる。
「これが韴、ね」
そう言いながら、御子神さんが木箱の蓋を開ける。
中には――ただの警棒が入っていた。
「……あの、これって警棒、ですよね?」
思わず口に出すと、御子神さんは楽しそうに笑う。
「栗花落君ってテンプレみたいな反応するよね」
「どういう意味ですか……」
「説明する側としては、リアクションがあって楽しいって話」
楽しいのは結構だが、言われる側からしてみると少々馬鹿にされているような気持ちになるのだが。
「それで、この警棒は何なんですか」
「見た目はただの警棒だけど、使われている素材がちょっと特殊でね。芯材に避怪石ってのが使われてる」
「ひかいせき?」
「怪異が忌避する特殊な石。どういう原理で発生するのか、発生する場所も今じゃ誰も分からない。俺たちは仕事柄、怪異と対峙することも多いからね。仕事の時は警棒じゃなくて、この韴を携帯する。貴重なものだから、失くさないようにね」
「は、はい……」
実にオカルトめいた代物に、懐疑の念を抱かずにはいられない。
そんな俺の内心を察したのか否か、玄が口を開く。
<実に忌々しい石よな>
「そんなに効力があるんですか?」
<儂程度の高貴な存在であれば、左程影響は受けんが――まあ、そこいらの怪異なら、それなりに痛手を負うだろうな>
怪異がそう言うのだから、効力は本物らしい。
「じゃあ、そういうことで。早速、今夜下見に行ってみようか」
凡そ現場に赴くとは思えない軽い調子で、御子神さんは笑顔を向けた。




