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異相の理  作者: 赤鰯 はこぼれ
第二章 その渇きは癒えることなく
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第十三話 案外根に持つタイプらしい

 基本的に危険性の低い怪異に関しては、共存の方向で折り合いをつける――それが、特案の基本方針だ。しかしながら、今回の群蜘蛛のように人への被害が出てしまった案件については、それなりの対処を行うこともある。と、署へ戻る道すがら、御子神さんが教えてくれた。


「対処って言っても、神格レベルになってくるとどうしようもないけどね」

「……そうなんですか」

「ああいうのは、自然災害と一緒だから。対処じゃなくて、やり過ごすしかない。何れ、栗花落君も遭うかもしれないよ」

「……できれば、遭いたくないですけど」


 怪異には、下位、中位、上位とざっくりとした分類があるそうだ。

 これは特案が便宜上そう扱っているというだけの代物だが――人への害がほとんどなく、知性も低い存在を下位、人間に危害を及ぼす可能性が高いものや、ある程度意思の疎通が可能なものは中位、そして人に祀られるような神か、それに近しい怪異は上位とされている。

 上位の怪異は殆ど目にすることはないらしいが、極々稀にそういった存在に出遭うこともゼロではないという。

 また、怪異の中でも人から成った怪異と、自然発生した怪異によっても違いがあるらしく、後者は人間の道理が通じない場合が多く、扱いが難しいとのことだ。


 そもそも人から怪異に成ることがあるということ自体、驚きではあるが――人の形をした異形も存在することから、あり得ない話ではないと腑に落ちてしまう。


<……お主ら、どこをほっつき歩いておったのだ>


 杉皮の入った袋を片手に特案に戻ると、俺のデスクの上で玄が蜷局を巻いていた。


「聞き込みに出てただけですよ」

<何!? 儂を置いてか!?>

「……お前、甘崎さんと外に出てただろ」


 御子神さんが呆れたように溜息を吐く。


「二人ともお疲れさん。進展はあったかな?」


 奥の机から甘崎さんが書類の山越しに声を掛けてくる。


「漸く、終わらせられそうですよ。ホント、一課の連中は何やってんですかね。お陰で刑事課に貸しを作れたのでいいですけど」

「捜査権の話は、申し訳なかった。俺も刑事課の連中と掛け合ってはいたんだが、二人目の被害者の男――宮本亘が上層部の親類らしくてな。上が一課に任せる、の一点張りってわけだ……」

「へえ、やけに強情だと思ってたらそんなことが。資料には載ってなかったですけど」

「俺もついさっき会議で知らされたレベルだよ。馬鹿馬鹿しい話だ。もっとも、”それだけが原因”というわけでもない気がするんだがな……」


 甘崎さんはガシガシと頭を掻きながら眉間に皺を寄せた。

 穂坂にいた頃、橋部さんから警察内のよくない噂を聞かされたものだが、こうして自分がその渦中に放り込まれると、何だかやるせない気持ちになる。


「――ま、何にせよ解決の目途は立っているんで、真田さんに協力を仰いで終わらせますよ」

「ああ、頼む。上への説明はこっちで何とかしておく」


 ひらひらと手を振りながら、甘崎さんは手元の書類に視線を移す。


<で、新入り。その袋の中身はなんだ>

「え? ああ、これですか?」


 いつの間にか玄が起き上がり、俺の手元の袋に興味津々といった様子で鼻を近付けていた。


「杉皮ですよ」

<杉皮? ということは、蜘蛛対峙か!>


 琥珀色の瞳を輝かせながら、尻尾を振る姿は龍というよりも犬のように視える。


<懐かしいものだ。吉原でもよく焚いておったわな。あやつら、この煙を嫌うてな。一度嗅げば、巣を捨てて数年は姿を現さなくなる>

「吉原って……」

「こんな駄龍でも、かなりの骨董品なんだよ。作られた年代的には、平安末期くらいだったかな」

<駄龍は余計だ、馬鹿者>


 御子神さんの言葉に食って掛かる玄を眺める。

 平安末期とさらりと言っていたが、とんでもない年代物なんじゃないのか。


「駄龍以外の何だって言うんだよ」

<儂は高貴で気高い龍であるぞ!>

「どの辺が?」

<細部に至るまで、どこをどう見ても高貴で気高い龍であろうが! 貴様の目は節穴か>

「俺にはただの薄汚れた置物にしか見えないけど」

<何をッ!?>


 ――価値のある置物にしては、品がないというかなんというか……。

 御子神さんと玄のやりとりを見ていると、全てがどうでもよくなってくる。


「二人ともここは執務室なんだから、喧嘩は廊下でやってよね」


 堪え切れなくなったのか、先程まで静観していた勅使河原さんが声を上げる。


「ほら、玄。琥珀糖あげるから、一旦戻りなって」

<……覚えてろよ、小僧。今回はこやつらに免じてこのくらいにしておいてやる>


 志木さんがちらつかせた琥珀糖を見て、玄は捨て台詞を吐きながら本体である置物が置いてある棚に戻っていく。実に現金な付喪神様である。


「御子神も毎度あいつを煽るなよ、子どもじゃないんだから」

「別に煽ってませんよ」


 不貞腐れたように口を尖らせる御子神さんは、顔立ちの所為かかなり幼く見えた。


「お前、まだバイクを壊されたこと根に持ってんのか?」

「……バイク?」


 首を傾げていると、志木さんがにやにやと笑う。


「こいつ、買ったばかりのバイクで出勤して、玄に壊されたのをずっと根に持ってんだよ。だから、あいつに当たりが強い」

「……それはまた、何と言いますか……」

「だから、根に持ってないですってば!」

「あれ以来、徒歩で出勤してるあたり、まーだ気にしてんだろ」

「……志木さん、勘弁してくださいよ」


 御子神さんは疲れたように息を吐く。

 二人にはそんな因縁があったのか。俺はバイクの価値など分からないから、何とも言い難いが、御子神さんの表情から相当根に持っていることは窺えた。


「――俺の話はどうでもいいから、栗花落君、行くよ」

「……え、あの、どこに……?」

「真田さんのところ。今日のことを報告して動いてもらわないと」


 半ば強引に話を切り上げ、御子神さんは足早に部屋を出て行ってしまった。

 ……やっぱり、かなーり根に持ってるな。

 そんなことを思いながら、俺は彼の後を追うようにして部屋を出た。


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