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異相の理  作者: 赤鰯 はこぼれ
第二章 その渇きは癒えることなく
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第十二話 少女曰く

 蓮原大学での聴取の際に白井遥と対面した時、俺は内心驚きを隠せずにいた。

 先週の土曜日――塚野の遺体の第一発見者である女性とは別人だったからだ。


「――いやはや、まさか妹さんだとは思いませんでしたよ」


 御子神さんが肩を竦めながら、目の前の少女に声を掛ける。

 彼女は居心地が悪そうに縮こまりながら、視線を机に落としていた。


 白井遥の話の通り、あの日出会った女は、遥の妹の白井沙耶だった。

 どうやら姉である遥の身分証を使って、身分を詐称していたとのこと。

 蓮原大学での聴取の後、遥に連れられて俺たちは彼女の自宅アパートに招かれた。白井姉妹の両親は仕事の都合で地方におり、現在は遥と沙耶でこのアパートに二人暮らしだという。

 そんな彼女らの身の上話を聞き終えたところであるが、終始室内の空気は重苦しい。


「それで、改めて被害者の――塚野大和との関係について聞かせてもらってもいいかな」

「……だから、ナンパされたんだって」


 沙耶は視線を逸らしたまま答える。

 刑事課の資料にあった通りの回答だ。


「当日の事情聴取でも教えてもらってたね。でも、それって本当のことかな? 身分を詐称された状態で、君の発言を全て信じるってのは流石に難しいからさ」

「……それは……」


 軽い口調だが、その言葉には鋭さがある。

 沙耶は今にも泣き出しそうに眉を寄せた。そんな彼女の肩に手を添えて、遥が口を開く。


「沙耶、ちゃんと話しなさい。何もしてないんだったら、話せるわよね?」

「…………」


 沙耶は唇を噛んだまま黙り込む。

 部屋の空気が、更に一段重く沈んだ。


「……沙耶」


 遥が困ったように妹の名前を呼ぶ。

 沙耶の反応から、話せない事情があるのは察せられた。それがどんな事情なのか――。

 暫くの沈黙の後、沙耶は深い溜息を吐いて顔を上げた。


「……分かった。話すから……」


 そう言うと、彼女はゆっくりと語り出す。


「あの日はアルバイトの面接の帰りだったの」

「アルバイト? あんたコンビニでバイトしてたよね?」


 遥が訝しそうに声を上げる。


「してるけど、あんなのじゃ大学の学費に届かないもん。だから、もっとお金が貰えるバイトを探してて……友達が紹介してくれたバイト先の面接に行ってたの。塚野さんは、そのバイト先の人。遅い時間だったから大通りまで送ってくれるって言って、それで……」

「突然、塚野があの状態になった、と」

「……うん。本当に突然倒れて、動かなくなって――……そういえば、あの時のお兄さんだよね?」


 思い出したかのように沙耶が俺を見る。


「吃驚しちゃってあの後のことはあんまり覚えてないけど、お兄さんのことは覚えてる」

「確かに一度見たら忘れられない面してるもんな」

「……どういう意味ですか」


 御子神さんが茶々を入れると、ふっと部屋の空気が少し軽くなった。

 それにしてももう少し言い方があるでしょうに。


「――で、そのバイトってどんな仕事だったの?」


 御子神さんが笑みを浮かべたまま、さらりと本題に引き戻す。

 その言葉に、沙耶は再び視線を机に落とした。


「……エステサロン、って言ってた」

「エステサロン?」


 思わず聞き返してしまった。


「マッサージとかするって言ってた。ちゃんとしたお店って聞いてたんだけど……面接に行ってみたら、何か、雰囲気が違くって……」

「なんで、そんな変な店に行ったの! 危ないことはしないって、約束してたじゃない!」


 遥が声を荒げながら、沙耶を叱責する。

 そりゃ、自分の妹がそんな危ない店に、アルバイトの面接に行ったと聞いたら取り乱すのも無理はない。俺に兄弟が居たのなら、同じような反応をするだろう。


「……だから、大学の学費のためって言ったじゃん!」

「そんなのお父さんたちに頼むとか、私に相談すれば……」

「お姉ちゃん、いつもバイト掛け持ちして大変そうにしてるから! それなのに、私のことまで考えろなんて言えるわけないでしょ!」


 沙耶は言い切ると、肩で息をしながらぼろぼろと大きな瞳から涙を零し始める。


「私だって、危ないお店って分かってたら、行かなかったもん……」

「でも――」

「まあまあ、二人とも落ち着いて……」


 御子神さんが両手を軽く上げて制するように言った。


「――俺たちは、被害者についての情報を集めてます。沙耶さんが訪れた”危ない店”とやらを詳しく聞きたいのですが……」


 沙耶が涙を拭いながら顔を上げる。


「面接時、どうして雰囲気が違うって思ったのかな?」

「……お客さんは男の人だけとか言ってて。あと、面接のときに見た女の人が、顔色が真っ青で、歩くのもふらふらしてて……でも、店の人は気にしてなくて。なんか、変で……たぶん、薬とか、かな……分かんないけど、そういう店なんだろうなって。あと、私みたいな未成年の子も多かったと思う」


 少し言葉を選ぶようにして、沙耶は言い難そうに呟いた。

 俺たちの予想通り、塚野が紹介していた店は、違法営業の可能性が高い。

 今のご時世、規制も厳しい中でそんな店が存在しているとは……かなり悪質だ。


「沙耶さん、そのお店の場所って覚えてますか?」


 俺の問いに、沙耶は少し目を泳がせる。


「……行きも帰りも車に乗せられたから、場所はよく分かんないんだけど、近くに何があったのかくらいは……」

「凡そでも大丈夫。教えてもらえるかな」

「……私が言ったって誰にも言わない……ですよね? もし、バレたら怖くて……」

「守秘義務ってのがありますから、安心してください」


 沙耶は小さく息を吐いてから、覚悟を決めたように店周辺の特徴を語り出した。


「えっと……まず、蓮原駅の北口から車に乗って、右手に電気屋がある通りを進んでたかな……。窓にカーテンがされてたから、その隙間からしか見えなかったけど、大きな歩道橋の通りを左に曲がって……」


 蓮原駅周辺の地理を思い浮かべながら、俺は沙耶の言葉と照らし合わせていく。

 電気屋がある通りというのは、北口から出て直ぐの大通りのことだろう。その先には確かに大きな歩道橋がある。


「その後は?」

「えっと……直ぐに細い道に入ったと思う。コンビニが近くにあったかな……。車に乗って十分くらいで着いたから、駅からは近そうだけど……」

「お店の外観とか覚えてる?」

「ううん……車から降りた時、すぐに中に入っちゃったから。でも……古いビルだったのは分かる。エレベーターに乗った時、四階までしかなかったから、大きなビルではないのかな」


 あの付近は、学習塾や病院などの建物が立ち並ぶ地区だった筈だ。そんな場所に、風俗店があるというのは些か信じ難い。沙耶の記憶だけでは、店の特定は難しいのかもしれない。

 そう思って、御子神さんを横目で見ると、彼はにやりと口角を上げていた。


「……これだけ情報があれば、大体見当はつきそうだね。助かりました。沙耶さんの証言は、かなり重要な手掛かりになります」

「本当、ですか?」

「本当、本当。捜査が進展するかもです」


 そんなことを言ってしまって大丈夫なのかと視線を送るも、御子神さんは上機嫌で気にする素振りもない。


「ただ、今後はそういう店には近付かないように。お姉さんも心配するだろうし、何より君のためにも良くないからね」

「……うん」

「うちの愚妹が、すみませんでした……」


 遥が深々と頭を下げる。


「いえいえ、謝る必要はありませんよ。妹さんが犯罪に巻き込まれなくて良かったと思いましょう」


 御子神さんがそう言うと、遥は申し訳なさそうに微笑んだ。


 こうして白井姉妹への聴取を終え、俺たちはアパートを後にした。

 彼女らから得られた情報は大きい。直ぐにでも刑事課に報告を上げるべき内容だ。


「さて、栗花落君。情報も出たことだし、買い物に行こうか」

「……は?」


 蓮原駅に辿り着いたところで、御子神さんが突拍子もないことを言うので、俺は思わず間抜けな声を上げた。


「……買い物で、ですか? まだ職務中ですよ……」

「うん。職務用の買い物だよ」

「……どういうことですか」


 職務用の買い物とはどういうことか。コピー用紙などの事務用品は、会計担当に頼めばいい。わざわざ外で買う必要はない。

 無論、御子神さんが言うのだからそういう類のものではないとは思うが……。


「栗花落君はすっかり忘れているみたいだけど、今回の事件の犯人は群蜘蛛だからね」

「忘れてないですよ……」

「じゃあ、群蜘蛛の特徴は覚えてる?」


 ここ数日、暇があれば群蜘蛛の資料を読まされただけあって、それくらいは答えられる。


「外見的な特徴は――掌ほどの大きさで、足は十本。異様に長い。腹部が脈打つように動く。人の欲――特に肉欲が溜まるような場所を住処にして群れる。人間の男性の体液を好んで吸い、特に江戸時代の遊郭等に度々現れていた――ですよね」

「流石だね。上出来」

「……それで、職務用の買い物と何が関係あるんですか」

「遊郭ってさ、病気や祟りなんかの話が多くあって、神職の人間が呼ばれることもあったらしい。所謂、祈祷とか供養ってやつね」

「……その話って、『灯影雑記(とうえいざっき)』の話ですか?」

「そうそう」


『灯影雑記』とは御子神さんに、読めと半ば無理矢理渡された遊郭の内情を書き留めた古書である。

 この古書の著者は、遊郭を訪れていた客だった。


「『灯影雑記』の著者は、遊郭に”蜘蛛”がいると言って、厄払いを依頼した。それからというもの、その遊郭で体調不良を起こす客が減ったとかなんとか……。この蜘蛛が、群蜘蛛だったって話ですよね」

「よく覚えてるね。えらい、えらい」


 御子神さんがにこにこ笑いながら俺の頭を撫でてきたので、それを思いっきり振り払う。


「――で、それがどうしたんですか」

「『灯影雑記』には、群蜘蛛を追い払う方法が記されてるってことだよ」

「……追い払う?」

「”禰宜(ねぎ)、まず杉皮(すぎかわ)を細く裂き、火桶に焚きて煙を立て”――って書いてあったでしょ」

「……そんな細かくは覚えてませんよ」

「えー、読み込みが足りないね」


 いや、そんなにスラスラ出てくる方が可笑しい。どれほど読み込んだのだろうか。


「――ま、そういうわけで、今いる群蜘蛛をどうにかしてあげないといけないからさ。杉皮を買いに行きましょうよって話」

「……杉皮を燃やして、群蜘蛛を追い払うってことですか」


 かなり遠回りして、買い物の目的を告げられる。


「駅の地下に大きめの園芸用品店があったから、見に行こうか。園芸用の杉皮なら置いてあるでしょ」

「そんなので、本当に追い払えるんですか」

「ちょっと煙が出るなら十分」


 御子神さんは楽しそうにそう言うと、足早に駅の地下へと続く階段を下りて行った。


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