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異相の理  作者: 赤鰯 はこぼれ
第二章 その渇きは癒えることなく
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第五話 本能の赴くまま

「――で、何でお前もついてくるんだよ」


 御子神さんが不機嫌そうに目を細める。


<甘崎からの許可は得ている。儂は正式に、この場に居るのだ。文句があるなら、あやつに言え>

「この蜥蜴が」

<なんだと!?>

「……二人とも落ち着いて」


 俺の肩の上に器用に立つ玄は、ふんっと盛大に鼻を鳴らす。

 何でも、現場に同行したいということで、こうして成り行きで俺の肩に乗っているわけだが、御子神さんはそれが不満らしい。


「大体、今まで現場に同行することなんてなかっただろ」

<偶には外の空気を吸うのも悪くないと思ってな>

「……まあ、確かに引き籠りすぎて黴臭かったもんな、お前」

<か、黴臭くなどないわッ!>

「あー、煩い煩い」

「……御子神さん、通行人から変な目で見られてるんでその辺で……」


 終始このような有様で、俺は板挟み状態である。

 玄の姿が視えない通行人からすると、御子神さんが俺に、支離滅裂な会話を繰り広げているようにしか見えない。少しはセーブしてほしい。


「と言いますか、玄は外に出れるんですね。てっきり、執務室から出られないのかと思いました」

<ぬ? どういうことだ?>

「いや、置物がある場所でしか行動ができないのかなって」


 地縛霊などは、死んだ場所から動けない――なんて話を聞いたことがある。玄もそういった類と同じようなものなのかと思っていた。


<ああ、そういう意味か。半分当たりで半分外れだな。ある程度離れると引っ張られてしまうが、この街周辺であれば問題なく出歩ける>

「付喪神ってそういう感じなんですね」

「物に宿る神だからね。玄に限らず、みんなそんなもんだよ」

「……なるほど」


 雑談をしていると、蓮原駅が見えてくる。

 蓮原駅には駅ビル型の商業施設が密集しており、それ故、駅前は多くの人で常にごった返している。

 俺たちはそんな人混みを縫うように進み、目的地である北口を目指した。


<人間、多すぎないか……>


 人混みに引き気味な玄は、俺の肩に爪を食いこませて辺りをきょろきょろ見渡している。


「ここは西口ですからね。メイン通りに面してるから人が多いんですよ」

<新入りのくせに詳しいな>

「……近くに住んでるので」

<ほう。こんな騒がしい所に巣を構えるとは、変な趣味だな>

「……巣って」


 玄の独特な表現に苦笑いする。


「栗花落君ってどの辺に住んでるの?」

「東口の方です」

「ああ、学生街の方ね」

「蓮原大に通っていたので、そのまま今もそこに住んでます」

「へえ、優秀じゃん」


 そんな会話をしながら雑踏を抜け、北口に回ると途端に街の雰囲気が変わる。

 開店時間前の飲み屋街は寂れた印象で、西口の騒めきが恋しく感じる。

 通りの奥の方には、既に立入り禁止テープが引かれており、制服姿の警官が現場保全を務めていた。その更に先に、スーツ姿の刑事や鑑識達が見える。


「さて、ちゃちゃっと確認しちゃおうかね」


 御子神さんはポケットから警察手帳を取り出し、保全担当をしている制服警官に軽く掲げた。


「凪浜県警、特案の御子神と栗花落です。中、通してもらえます?」

「え……ああ、特案さん……」


 特案と聞いて、警官は一瞬だけ眉を顰めた。


「今ちょうど鑑識が入ってるんで、あんまり荒さないでくださいよ」

「そんなことしませんって」


 御子神さんの軽い返答に、警官は小さく溜息を吐いてテープを持ち上げた。


「……あんまり歓迎されてない感じですね」

「うちが歓迎された試しなんて、一度もないよ」


 そう言えば、今朝の出勤時に受付で特案の名前を出した時も、微妙な反応をされたな、と思い出す。

 御子神さんはそんな俺を他所ににっこりと笑いながら、悪びれもせずテープを潜る。俺もその後に続いた。


 テープを潜ると、路地の中には鑑識の制服が数名。

 現場は思ったより狭く、店の裏口とごみ置き場の間――その隙間に遺体が横たわっていた。


「……これが、例の遺体か」


 御子神さんが小さく呟く。

 その声を聞いて、傍にいた刑事課の男がこちらを振り向いた。


「――また、特案かよ。こっちはまだ検視も済んでねえんだ。あんまり触るなよ」

「ちょっと見るだけですよー」


 御子神さんは軽く笑いながら、しゃがみこんで遺体を覗き込む。

 俺もその隣に屈み、そっと視線を落とした。


 乾いた肌は土色で、ところどころ骨格が浮き上がっている。

 水分を奪われたように全身は皺だらけで、ミイラのような遺体である。


「八月の時と同じかな」


 御子神さんの声が低く落ちる。

 刑事課の男が顔を顰めながら頷いた。


「八月の中頃に発見された遺体と全く同じ状態だ。争った形跡はなし。どうやってこんなもん作るのか、誰にも分からねえ」

「……身元は分かってるんですか?」

「所持品から――廿楽重工(はつらくじゅうこう)に勤務する宮本亘(みやもとわたる)という男らしい。本人確認はこれからだけどな。確定するのは早くて明日だ」

「へえ~」


 御子神さんは興味なさそうな声を出す。

 廿楽重工と言えば、かなりの大手企業だ。大学の同級生の中にも、就職した奴がいた気がする。


「とりあえず、身元が分かってから交友関係の洗い出しかなぁ。遺留品はどんな感じでした?」

「財布、スマートフォン、名刺入れ――変わったものは特になかった」

「ただのサラリーマンっぽいね。他に――」


 御子神さんと刑事課の男が会話している間、俺はふと路地の奥へ目をやった。

 飲み屋街から外れた細い路地。寂れた建物に挟まれ、地面にはペットボトルや割れた瓶等のゴミが散乱している。


 その更に奥――薄暗い壁際に、何かが蠢いた気がした。


 最初はネズミかと思った。こういった飲食店が立ち並ぶ路地では、偶に見かけるのだ。

 けれど、その予想は見事に外れる。

 よく目を凝らすと、掌ほどもある黒い大蜘蛛が、壁面をゆっくりと這っていた。

 その脚は不自然に長く、通常の蜘蛛よりも一組多い。十本の脚の根元にある腹部は、丸々としており、脈打つように動いている。


<――怪異だな>


 肩の上で大人しくしていた玄が唸る。


<”群蜘蛛(むらくも)”よ。穢れに群がる怪異だ。近年ではあまり見かけなくなった類のものだが……>


 蜘蛛は俺たちの声に反応するかのようにこちらを一瞥し、やがてビルの隙間へ溶けるように姿を消した。


<この近くに穢れでもあるのかもしれんな>

「穢れって……?」


 俺は周りに声が聞こえないように、小さな声で玄に問う。


<人の欲が濃く淀む場所――特に、歪んだ肉欲にまみれた場所に奴らは群がるのだ。故に、”群蜘蛛”と人間共は呼んでいる>


 ――人の欲に群がる怪異。

 怪異にも特性のようなものがあるらしい。


「――栗花落君、話聞いてる?」


 突然声を掛けられて、肩が跳ねた。

 隣に視線を路地から戻すと、御子神さんが怪訝そうな顔をしていた。


「……すみません」

「初現場だから色々見たいのは分かるけどさ。あ、もしかして、遺体見て気持ち悪くなっちゃった?」

「……いえ、そういうわけじゃないんですけど。あの、御子神さん。ちょっといいですか……」


 俺は遺体から離れ、近くに他の警官が居ないのを確認してから、おずおずと自分が視たものを報告した。

 御子神さんは話を聞きながら顎に手を当て、小さく相槌を打つ。


「群蜘蛛かぁ。まあ、繁華街だから居てもおかしくないけど、この辺では出たことないんだよな」

<儂も視たから間違いないぞ>

「お前から聞くと逆に信憑性が薄くなる」

<貴様ぁ……>


 憎々し気に玄が声を上げる。


「――まあ、確定ではないけど、栗花落君のお陰で被害者がミイラ化した原因が分かったかもしれないなあ」

「……え?」


 俺は目を見開く。御子神さんはにやりと笑った。


「群蜘蛛は穢れに群がる怪異だけど、それだけじゃない。奴らは人間の体液を好むんだよ。特に男の、ね」

「……それは、つまり……」

「被害者は群蜘蛛に体液を吸われた可能性がある――ってことになるんだけど……」


 御子神さんは困ったように眉を顰める。


「昔から存在を確認されている怪異だから、生態情報も割とある。群蜘蛛に体液を吸われたとしても、精々貧血を起こすくらいの筈なんだ。干からびるまで吸うって事例は、初めてかも」

「……もしかして、別の怪異の可能性もあるってことですか?」

「うーん、その可能性もあるし、人間の犯罪って可能性も今の段階ではゼロじゃない。とりあえず、身元情報と検視の結果待ちかな。群蜘蛛が原因だとしたら、体の何処かに噛み痕があるからさ」


 御子神さんはそう言いながら、路地を見渡した。

 飲み屋の裏口、換気扇の音、そして生温い風――。

 日も暮れかけているというのに、繁華街の熱気はまだじっとりと残っている。


「さて、ここは一度戻ろうか」

「はい」


 俺は頷く。

 玄は肩の上で小さく尾を振りながら、未だ不機嫌そうに御子神さんを睨んでいた。


<儂も群蜘蛛を見つけたのだから、菓子折りの一つでも用意しろ>

「栗花落君が、見つけたんだよ。お前は何もしてない」

<儂がこやつに群蜘蛛の存在を教えたのだぞ!>

「はいはい」


 御子神さんは適当に返すと、踵を返した。

 日常のすぐ裏に、得体の知らない”何か”が潜んでいる――そんな感覚だけが、肌の奥にじっと残っていた。

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