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異相の理  作者: 赤鰯 はこぼれ
第二章 その渇きは癒えることなく
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第一話 厄介事は突然に

陽射しがないとは言え、八月の夜は茹だるような暑さだ。

息苦しい湿気が纏わりつき、不快感が全身を包む。汗をかいた肌に、ワイシャツが張り付いて気持ちが悪い。

俺と真田さなださんはそんな蒸した空気の中、蓮原駅から少し離れた繁華街の裏路地を歩いていた。


仕事終わりに飲み屋へ――というシチュエーションだったらどんなに良かったことか。非常に残念なことに、繁華街を訪れた理由は、単なる仕事、である。


“人が倒れている”と、通報があったのだ。

内容からして一大事のように思えるが、蓮原ではよくある通報内容。

大抵は泥酔して意識を飛ばした奴。もしくは、飲みの最中に乱闘になった結果、路地に放置された可哀想な酔っ払い――である。とはいえ、酔った延長で犯罪が起こる可能性もある。刑事である以上、市民の皆様の安全を第一に考えねばなるまい。そうして、今宵も俺たちが駆り出されたわけだ。


今回はどんな酔っ払いが引き起こした事件だろうなんて、ぼんやり考えながら雑居ビルの隙間みたいな細い路地に入った。

ビルから漏れる灯りを頼りに、そのまま奥へと進む。


「なあ、植木うえき。お前、夏のボーナス何に使った?」

「え、ボーナスですか? 新しい空気清浄機買いましたよ、高いやつ」


真田さんが世間話を俺に振る時は、愚痴りたい時、と相場は決まっている。

きっと、この後に続く話は、家庭の愚痴だ。間違いない。


「俺なんか半分は娘の塾代だよ。残りは女房の機嫌取り」


予想通り――例にも漏れず、真田さんは語り出す。


「新しくできたケーキ屋のケーキが食べたいだの……。知ってるか? 駅前にできたケーキ屋。馬鹿みたいに高いんだぞ」

「あそこってそんなに高い店なんです?」

「コンビニの三倍はする」

「真田さん、コンビニと比べるの良くないと思いますよ……。そういえば、今回のボーナスで小遣いの金額って増えたんですか? この前は月五千円とか言ってましたよね」

「増えるわけねえだろ。相変わらず、煙草も買えねえよ」


真田さんはわざとらしく悲壮感の籠った声で嘆く。


「完全に尻に敷かれてますね」

「お前も結婚したらそうなるんだよ」

「結婚かあ……まだまだ、先の話ですね」

「何言ってんだ。お前も今年で二十八だろ。そろそろ将来のこと、考え始める時期じゃねえか」

「そうかもしれないですけど、この仕事してたら出会いとかないじゃないですか。特に刑事課に居ると忙しすぎて、そこまで頭が回りませんって。真田さんみたいに、学生の頃からの付き合いとかがなければ」

「……同僚とかに居ねえのか」

「同僚と付き合ったら、破局したとき働き難くて嫌ですね。俺は暫く独身貫くので、ご心配なく」


俺がそう笑うと、真田さんは気まずそうに苦笑いを返した。

今は自分の世話をするので精一杯。他人にまで割く余裕はない。

そんな俺からしたら、妻子を持つ真田さんは尊敬に値する。


「――で、通報内容は……”人が倒れている”だったか?」

「はい。酔っ払いか――今の時期なら熱中症の可能性もありますかね」

「今日も暑いもんなぁ……」


真田さんは首筋の汗を拭いながら、手に持った懐中電灯のスイッチを入れた。

白い光が、裏路地の壁を舐めるように動く。

道の奥は、大通りの喧騒とはうって変わって、不気味なほど静かだ。


「――なんだか、やけに静かですね」


俺がそう言うと、真田さんは小さく鼻を鳴らした。


「こんなところ、滅多に来る奴なんていねえだろ。店もないんだから」

「まあ、そうですね」


足元に転がっていた空き缶を避け、狭い通路を進む。

暑さにうんざりしながら歩いていると、先の方に、何かが横たわっているのが見えた。


「居ましたね。通報者は――居ないっぽいですけど……」

「……厄介事に関わりたくはねえって連中は多いからな。俺らとしては困るんだが」


真田さんが懐中電灯の光を、人であろう影に向ける。

その瞬間、俺の喉がひゅっと鳴った。

衣服から覗く手足は骨ばっており、皮膚は肌色ではなく土色に近いように思えた。


「……酔っ払い、ではないですね」

「そうだな」


真田さんの声が低くなる。

俺たちは足早に近付き、地面に転がる人物をまじまじと確認した。


顔の皮膚は縮み、唇は張り付いている。

眼窩は窪み、そこに本来ある筈の瞳はなく、ただの空洞になっていた。


それは全身から水分を奪われたミイラのような――遺体だった。


「救急呼んどけ。……いや、もう遅いな」

「どう見ても死んでますよね……でも、これ……」

「おい、こんなの見たことあるか?」

「……ないですけど、博物館で似たようなものは見たことあります、かね。あの、ファラオでしたっけ?」

「こんな時にふざけたこと言ってんじゃねえ」


別にふざけたつもりはなかったのだが……。


湿度の高い八月の夜だというのに、遺体の周囲だけは妙に空気が軽く、乾いている。

さっきまで纏わりついていた熱気が、そこだけ抜け落ちているように感じた。

見ただけで分かる。これは厄介な事件になりそうだ。


推敲って永遠に終わりませんね。せっかくストックしているのに、上げる前に読み返すと悶え苦しんでしまう。

次回はまた来週末になりそうです。

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