ふたりの雨宿り
ツクツクボウシの声が、夏の終わりを告げている。
縁側に座ってレポートを睨んでいると、空が急に暗くなった。遠くで雷が鳴る。風が変わって、土の匂いがした。
「夕立だなぁ」
庭から上がってきたじいちゃんが、空を見上げた。その声につられて顔を上げた瞬間、大粒の雨が庭を叩き始めた。
ザアッと音が広がる。蝉の声が消えて、世界が雨の音だけになった。
私はパソコンを閉じて、じいちゃんの隣に座った。縁側の床がひんやり冷たい。湿気が肌にまとわりついて、でもそれが不思議と心地よかった。
雨に打たれた季節外れの紫陽花が、重たそうに揺れている。ばあちゃんが好きだった花。枯れかけていたのに、雨を吸って少しだけ色を取り戻したように見えた。
「ばあさんはな」
じいちゃんがぽつりと言った。
「雨の日が好きだったよ」
私は黙って続きを待った。風鈴がチリン、と小さく鳴る。
「この雨音が、かえって他の音を消してくれるから、ゆっくり会話ができる。そう言っていた」
いつもは無口なじいちゃんが、遠くを見るような目をしていた。雨粒が庭石を叩く音。軒先から落ちる滴の音。その中に、若い頃のじいちゃんとばあちゃんの姿が浮かんでくるようだった。
「決まって甘酒を飲んでな。二人でここに座って、何を話したかなんて覚えてないんだが」
じいちゃんの声が少しだけ柔らかくなった。
「雨が止むまで、ずっとここにいた」
胸の奥がじんわりと熱くなった。私の知らない時間がここにあった。何十年も、この縁側で、二人は雨を眺めてきたのだ。
「じいちゃん、ばあちゃんのこと、本当に好きだったんだね」
言ってから、少し恥ずかしくなった。でもじいちゃんは怒らなかった。
「当たり前だ」
短く答えて、少しだけ口元が緩んだ。その横顔の深い皺に、二人が重ねてきた時間が刻まれているように見えた。
雨脚が弱まっていく。西の空が明るくなって、光が差し込んできた。雨粒をまとった紫陽花がキラキラと輝いて、庭全体が洗われたように鮮やかだった。
「虹が出るかもしれんな」
じいちゃんがそう言って、立ち上がった。
私は縁側に残って、濡れた庭を眺めていた。都会でささくれ立っていた心が、この雨と一緒に流れていったような気がした。
風が吹いて、草木の匂いが濃くなる。
——この時間を、きっと忘れない。
いつか私にも、誰かとこうして雨を眺める日が来るのだろうか。その時、今日のことを思い出すのだろうか。
風鈴がまた、チリンと鳴った。
【あとがき】
お読みいただきありがとうございました。
「雨宿り」をテーマにしたつもりが、いつの間にか「風鈴」が主役を奪っていきました……。
文字数制限の中でどこまで五感を織り込めるか、作者なりに精一杯表現してみましたが、いかがだったでしょうか。少しでも感じるものがあれば幸いです。
来週も”なろうラジオ大賞7”参加作品を投稿予定ですので、またお読みいただけましたら幸いです。
評価やブクマ、感想、リアクションなどいただけると、今後の執筆の励みになりますのでどうぞよろしくお願いいたします。
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。




