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夜明けの祈り

ハクの体から溢れ出した力は、紅蓮王の放つ絶対的な闇と激しく衝突していた。

それは、純粋な破壊力ではない。白の力は、鬼の血に由来する「闇」と、母・美琴から受け継いだ「希望」という、相反する二つの力が融合したものだった。


闇は闇を打ち消し、光は絶望を照らす。玉座の間は、かつてない光と影の混ざり合いによって、眩い火花を散らしていた。


「な……なんだ、その力は……!」

紅蓮王の表情に、初めて動揺の色が走った。


王の闇は、世界を静寂に還すための「無」の力。

だが、白の闇は、両親の命の証である「愛」という土台の上に成り立っているため、決して「無」には帰さない。


「終わりを望むのは、あなただけじゃない!」

白は、紅蓮王の憎悪と悲哀を真正面から受け止めながら、叫んだ。

「私も、父さんと母さんを奪った、この争いの輪廻を憎んでる!」


「ならば、俺の元へ来い!贄となれ!」

紅蓮王が、さらに強大な闇を放つ。その力は、神殿の構造を軋ませ、白の体を容赦なく押し潰そうとする。


「ぐっ……!」

白の足が、膝から崩れ落ちそうになる。

王の絶望は、あまりにも深く、重い。


(負けちゃ……だめ)

(黎が、私を信じてくれた。父さんと母さんが、命を賭けて繋いだ……)


その時、白の意識の中に、倒れたレイの声が響いた。

黎は壁に叩きつけられたまま、血を吐きながらも、必死で白を見つめていた。


『お前は……お前だけは、希望を捨てるな!』


黎は、剣を失い、鬼の力も使い果たしていた。だが、その瞳は、白への「希望」を宿すことで、王の闇を拒否していた。


白は、黎の瞳に応えた。

父の剣を突き立てた両手から、鬼の闇の力が螺旋を描きながら、人間の光を包み込み、金色の光となって昇っていく。


「あなたの悲願は、静寂じゃない。——ただの、孤独よ!」

白は、全身の力を、紅蓮王の憎悪と悲哀の中心へと叩きつけた。


「私は、あなたに絶望を渡さない!私の血は……!」


白の、命をかけた祈り。

それは、王が捨てたはずの「愛」の言葉だった。


「この血は、呪いじゃない。人と鬼、どちらの心も——私が繋ぐ!」


光と闇が融合した、白の究極の力。

それは、紅蓮王の絶対的な闇を貫いた。


ドオオオオオンンン!!


凄まじい轟音と共に、玉座の間全体が光に包まれた。

王の闇の力が、白の「希望の光」によって、内側から砕け散っていく。


「な……なぜだ……」

紅蓮王は、信じられない、という表情で、自らの力が崩壊していくのを見つめた。

「なぜ、輪廻が、終わらない……!」


「終わりじゃないわ!」

白は、光の中で叫んだ。

「始まりよ!」


紅蓮王の顔から、憎悪の色が消えた。

残されたのは、ただの「悲哀」だった。


「……そうか。お前は……」


王は、最後の力を使い、玉座の間全体を包む闇の力の源泉——この世界を「永遠の黄昏」に閉じ込めていた太陽の封印へと、手を向けた。


白の光が、その封印を照らし出す。


「この世界は、もう、俺の場所ではない」

紅蓮王は、静かに笑った。

その表情は、かつて人間だった頃の、優しさを知る将軍の顔に戻っていた。


「人が鬼を狩り、鬼が人を喰らう……この愚かな輪廻に、巻き込まれるな、ハク

「——生きろ」


紅蓮王の体が、光の粒子となって崩壊していく。

それは消滅ではない。長きにわたる憎悪と悲哀の輪廻から、ようやく解放された姿だった。

王の体から溢れた光が、玉座の間を覆っていた絶対的な闇を、完全に浄化していく。


そして、その光は、王都の神殿を突き破り、百年もの間、灰色の雲に覆われていた「永遠の黄昏」の空へと、まっすぐに向かっていった。


静寂が、訪れた。

玉座の間は、崩壊寸前の瓦礫と化していた。


白は、倒れたまま、目を閉じていた。

黎の腕が、白を抱き起こす。


「……白。終わったぞ」

黎の声は、かすれて震えていた。

王を裏切った者として、彼の体から鬼の力は完全に失われ、今やただの「半鬼」に過ぎない。


白は、ゆっくりと目を開けた。

そして、黎の顔を見つめ、そっと笑った。


「黎……」


黎は、白の言葉を遮り、彼女を抱きしめた。

「愚かな俺を許せ。俺は王の命令に従い、お前を斬るために生きてきた。……だが、今、初めて……」


彼は言葉を詰まらせた。


「……俺は、俺の意志で、生きた」


白も、黎の背中にそっと腕を回した。

その温もりは、砦の跡で感じた時よりもずっと、確かなものだった。


その時、神殿の外から、眩しい光が差し込んだ。

白と黎は、瓦礫の隙間から、空を見上げた。


灰色の雲が、光に呑まれて消えていく。

そして、その奥から——


「あ……」

白の金色の瞳から、涙が溢れた。


空には、百年ぶりに、「太陽」が昇っていた。

オレンジと赤が混ざり合った、鮮烈な光。

それは、紅蓮王が封じた「黄昏」ではなく、新しい「夜明け」の色だった。


世界は、初めて——夜明けという名の涙を見た。


【エピローグ】


黄昏の時代は、終わった。

鬼の王、紅蓮王の消滅は、世界中に瞬く間に広まった。


燐国の支配下にあった人間たちは、突如現れた太陽の光に、戸惑い、怯え、そして歓喜の声を上げた。

黎明圏れいめいけんの結界も、その役目を終え、光の中に溶けて消えた。


しかし、全てが平和になったわけではない。

鬼たちは王を失い、世界は大混乱に陥った。

人間と鬼の争いは、形を変えて、まだ続いている。


王都を後にした白と黎は、二人の旅を始めていた。

黎は、鬼の装束を脱ぎ捨て、黎明圏から持ち出した新しい服を身につけていた。彼はもう、誰の執行者でもない。ただの、黎という男だった。


「私たちは、どこへ行くんだろうね」

白が、新しい陽の光を浴びながら、隣を歩く黎に尋ねた。


「わからないさ」

黎は、空を見上げた。その瞳に、もはや冷酷さはなく、穏やかな光が宿っている。

「だが、ここからだ」


「人が鬼を狩り、鬼が人を喰らう。その輪は、まだ続いている」

黎は、そっと白の手を握った。

「だが、貴様が言ったように、俺たちは輪を始め直すことができる」


「うん」

白は、強く頷いた。

彼女の白銀の髪は、朝日に照らされ、黄金色に輝いていた。


黎は、かつて王の血によって閉ざされた、彼の胸の奥の深い場所で、ある感情が満たされているのを感じた。

それは、孤独でも、憎悪でもない。


(明けない夜はない)


白の祈りは、黄昏の空を越え、確かに世界に届いた。

そして、静かな夜が明ける頃。


白は、黎に寄り添い、少し微笑んだ。

二人は、新しい光の中で、希望を胸に歩み始めた。

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