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終止符の王

「行くぞ!」

レイの冷徹な号令と共に、二人は黄昏の荒野を駆けた。

背後には「黒の眸」の追撃部隊の叫びが響いていたが、黎の戦闘技術は突出していた。彼はハクを守りながら、鬼の精鋭たちの隙間を縫うように、最短ルートで燐国の中枢、王都へと向かう。


「待て!黎!王を裏切るつもりか!」

「裏切り者め!貴様もろとも、その鍵を王に捧げてやる!」


鬼たちの声は、もう黎の耳には届かない。

彼は過去の記憶を封じた冷徹な執行者ではない。今は、自らの意志で剣を振るう、一人の男だ。隣を走る白の、金色の瞳の奥にある確かな光が、彼の心を突き動かしていた。


白は、黎の背中を見つめる。彼の漆黒の装束は、先ほどの戦いで斬られた痕がいくつも増えていた。

「黎!無理をしないで!傷が……!」


「構うな!」

黎は短く言い放ったが、その声に焦りはなかった。

「貴様の『闇』の力は、まだ制御できん。前に出るな。俺に集中しろ!」


黎の言葉は厳しかったが、その内容は白を守るためのものだと理解できた。

白は頷き、父の剣を強く握りしめた。彼女の役割は、黎の背中を、そして心を、支えることだ。


燐国の中枢、紅蓮王の玉座の間。

そこに至るまでの道は、想像を絶する厳戒態勢が敷かれていた。だが、黎は「黒の眸」の副隊長であった知識を最大限に活用し、最も警備の手薄な、そして最も血に塗れた古い抜け道を突破した。


そしてついに、二人は玉座の間にたどり着いた。


広大な神殿の最奥。

そこは、第3章で見た時よりもさらに濃い、絶望的な闇に満ちていた。空間そのものが、重く沈黙している。

巨大な篝火かがりびの炎だけが、赤黒く燃え盛っていた。


その炎の前に、鬼の王——紅蓮王が、静かに座している。


王の威圧感は、二人がこれまで対峙した全ての鬼を合わせたものよりも、遥かに圧倒的だった。白の体は、ただそこにいるだけで、呼吸を忘れるほどに震える。


「……遅かったな、黎」

紅蓮王の声が、静寂を切り裂いた。

王の瞳は、まるで地獄の炎を内包したかのように、憎悪と悲哀の色で燃えていた。


黎は、白を一歩後ろに庇うように立ち、王の前に剣を突き立てた。


「黎、その剣を収めろ」

王は、座したまま、黎に視線を向けた。

「貴様は、俺の血を受けた半鬼。貴様の魂は、俺の秩序のためにある。その愚かな娘から離れ、忠誠を誓い直せ」


黎は、冷たい空気に凍りつきながらも、真っ直ぐに王を見据えた。

「……御命令には、従えません」

彼の声は、もはや躊躇ちゅうちょなく、静かな決意に満ちていた。


「どういうことだ、黎」

「俺は、王に忠誠を誓って生きてきました。しかし、俺が貴様を通して垣間見た『人間の記憶』は、貴様が求める『静寂』を拒否しています」


黎は、王へと向けていた剣先を、わずかに上へと向けた。

「輪廻を終わらせるのではなく、新しい夜明けを、この娘と望む」

黎がそう宣言した瞬間、玉座の間の空気が爆ぜた。


紅蓮王の顔に、初めて明確な「怒り」の感情が浮かんだ。

「裏切りか、黎。貴様も結局、かつての人間共と同じ、愚かな『希望』に魅入られたか」


「私は、愚かではありません」

白が、黎の背後から一歩踏み出し、王へと語りかけた。

「あなたも、かつては人間だった。誰よりも優しく、この世界を愛していた将軍だったと聞きました」


紅蓮王は、目を細めた。

「その名で、俺を呼ぶな。それは、俺が捨てた名前だ」


「なぜ、捨てたのですか」

白は、震えをこらえて続けた。

「あなたの悲願は、この争いの輪廻を終わらせること。でも、父と母は、争いの中でさえ、愛と希望を信じた」


紅蓮王は、玉座からゆっくりと立ち上がった。

その威容は、神殿の天井に届くほどに巨大に感じられた。


「美琴と焔牙の娘よ」

王は、白の金色の瞳を見つめた。

「貴様の父と母は、愚かだった。愛など、憎しみの前では無力な、ただの火花に過ぎない」


「俺は見た。人間たちが、俺を裏切り、俺の愛した者を喰らい、互いを殺し合う姿を」

「鬼が人を喰らう前に、人が人を喰らっていたのだ。それが、この世界の真実だ」


王の言葉には、強い力があった。

「人が鬼を狩り、鬼が人を喰らう。貴様の両親は、その愚かな**りん**の中にいて、その輪を肯定しようとした。だから、滅んだのだ」


紅蓮王は、白へと手を伸ばした。その手は、黄昏の闇を凝縮したかのように黒い影を纏っている。


「貴様は、その輪を終わらせる『鍵』だ。貴様の血は、人と鬼の憎しみと愛の『結晶』。その希望ごと俺が喰らえば、この世界は、永久に静寂を得る」


「貴様たちの希望は、この愚かな輪廻を終わらせるための、最高の贄となる」


「……あなたは」

白は、剣を構えながら、王の孤独と憎悪に満ちた心を感じ取っていた。

この人は、世界を憎んでいるのではない。ただ、傷つきすぎて、静寂しか求められなくなったのだ。


「私を、絶望の象徴にしないで!」

白は、叫んだ。

「あなたが作りたいのは『静寂』じゃない。ただの『孤独』よ!」


白の言葉が、玉座の間を貫いた。

紅蓮王の顔が、わずかに揺らぐ。


「私は、この黄昏を終わらせる」

「あなたが終わらせようとした輪廻を、私は、もう一度始めます!」


白が、剣を天に突き立てた。

彼女の体から、鬼の「闇」の力と、人間の「希望」の光が、同時に溢れ出す。

その二つの力が、王の絶対的な闇と激突し、玉座の間に、眩い火花を散らした。


最終決戦が、始まったのだ。

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