9.紐解く_06
一旦大きく深呼吸してから、陽茉莉は亮平からのメッセージを開いた。
一瞬で展開されるメッセージ。
最後の日付は6月30日。
「……ああっ……うわぁ……」
新しい日付から古い日付へ、ゆっくりと遡っていく。
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《退院できるって聞いたよ。おめでとう》
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《陽茉莉、リハビリ頑張れ。応援することしかできないけど、頑張れ》
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《明日、陽茉莉に会いに行く。目が覚めて本当に良かった》
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《子供たちは皆無事だったそうだ。陽茉莉が守ったんだろ? だから安心して目を覚ましてくれ》
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《このメッセージが見られないのはわかっている。だけど送らせてくれ。陽茉莉、目を覚まして!》
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《今日は朝から天気が悪い。どうやら梅雨入りしたみたいだ。でも明日は晴れるらしい。だからきっと陽茉莉も目を覚ますよ》
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《陽茉莉に会いたい。会いたいよ》
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《陽茉莉が目を覚ますのを待っているよ》
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《大丈夫、陽茉莉なら頑張れる。俺は信じてる》
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《陽茉莉、目を覚まして!》
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《嘘だろ。嘘だと言ってくれ!》
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《今日一緒に帰れる?》
《19時までには終わる予定》
《そっちまで迎えに行ってもいい?》
《雨予報だから車で迎えに行こうか?》
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《昨日はありがと。迷惑かけてごめんね。でもお母さんわかってくれたの。仕事終わったら電話するね》
《了解。また後で》
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《仕事終わったよー。亮平さんが終わるまで待ってるね》
《終わったらまた連絡する》
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《亮平さん大好き!》
《俺も好きだよ》
ーーー
頭の中に情報が流れ込んでくる。
どれも記憶にない、けれど紛れもなく陽茉莉と亮平のやり取り。
「ああ……どうして……どうして……」
陽茉莉は両手で自分を抱きしめた。
亮平はこんなにも想ってくれていたのに。
こんなにも祈ってくれていたのに。
なぜこんなに大切な記憶を失くしてしまったのだろう。
思い出したい。
どうにかして思い出したい。
震える手でアルバムをタップする。
車椅子の亮平に身を寄せて笑顔で映る自分の写真。
何枚も……何枚も……。
きっと忘れてるだけだから。
思い出せるから。
思い出さなきゃいけないから。
陽茉莉は両手で頭を抱えた。
思い出せ、思い出せ……。
「うわぁぁぁっ。なんでっ……どうしてっ……。思い出して!」
わからない。
なにもわからない。
涙だけがポロポロとこぼれて止まらない。
感情がぐちゃぐちゃで頭の中も混乱している。
頭が痛い。
「うわぁぁぁぁん! うわぁぁぁぁん!」
陽茉莉は声をあげて泣いた。
泣いたってどうしようもないのに、胸が張り裂けそうでうちに留めておくことができない。
「陽茉莉っ! どうしたの?」
陽茉莉の泣き声に気づいた両親が陽茉莉の部屋に飛び込んでくる。
涙でぐちゃぐちゃに頬を濡らした娘の姿に思わず息をのんだ。
「どうした?」
「大丈夫? ほら、落ち着いて」
ゆっくりと陽茉莉の背を擦る。陽茉莉は小さな子どもみたいにひっくひっくとしゃくりあげながら両親を見据えた。
「ひっく……教えて……ください……。み、水瀬……亮平さん……のこと……ひっく」
瞳にいっぱい涙をためながら懇願する。
両親は顔を見合わせた。
陽茉莉の傍らには電源の付いた携帯電話が転がっていた。




