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君がくれた無垢な愛を僕は今日も抱きしめる  作者: あさの紅茶


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9.紐解く_03

ドキン……ドキン……と心臓が脈打つ。

このまま別れてはいけないような気がした。

何かもっと、彼との繋がりを探したい。


ソファから立ち上がり応接室の扉の前まで、ほんの数秒。陽茉莉は扉に手をかける前にくるりと振り向いた。


「あの、大変恐縮なのですが、水瀬さんのお誕生日を教えていただけませんか」


「誕生日?」


「はい。あー、えっと、私、誕生日収集癖があったみたいで。お会いした方の誕生日をカレンダーに書き込んで埋めるのが趣味なんです!」


どんな趣味だよ、と心の中でツッコむ。咄嗟の嘘は苦しいにも程があるが、陽茉莉は最後にどうしても亮平の誕生日を知っておきたかった。


「だ……ダメでしょうか?」


おずおずと懇願するように亮平を見れば、不思議そうに首を傾げつつも誕生日を教えてくれた。陽茉莉はそれを頭にしっかりとインプットする。


「ありがとうございます!」


大きく一礼をして陽茉莉は今度こそ応接室の扉を開けた。そこには長谷川が待っていて、陽茉莉にペコリとお辞儀をする。


「お帰りですか? エスコートいたしますね」


長谷川に連れられて陽茉莉は応接室を後にする。


陽茉莉の姿が見えなくなるまで、亮平はその後ろ姿を見送っていた。


応接室の扉をパタンと閉める。

はああ、と大きな息が漏れた。体が小刻みに震える。


本当は会いたくなかった。

陽茉莉に会ってしまえば愛おしい気持ちが溢れだす。

この手に掴み取りたくなる。


それをしないのは、陽茉莉に変な負担をかけさせたくないからだ。記憶のない陽茉莉に自分の存在を知ってもらおうなどと思わない。介助の必要な自分のことをもう一度好きになってもらおうなどと、おこがましい。


だけど――。


記憶がなくたって、陽茉莉は陽茉莉だった。

ありがとうございますと最後に見せた笑顔は、亮平が大好きで大切で誰よりも愛している、愛くるしい陽茉莉だった。


「うっ、……ううっ……くっ……」


誰もいなくなった応接室で、亮平はひとりむせび泣いた。

陽茉莉がいるのに陽茉莉は自分の手の中にいない。


そうしようと決めたのは自分なのに。

それが陽茉莉の幸せだと思うのに。

だから会わないと決めていたのに。


苦しい。

悲しい。

でも、嬉しい。


陽茉莉がこの世にいてくれて、そうして再び言葉を交わすことができて、嬉しい。


もう一度、陽茉莉に触れたい。


矛盾した亮平の気持ちはふわふわと宙を彷徨い行き場を見失う。

答えは見つからない。

見つけられない。


伸ばした手は(くう)を切った。

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