10.めぐる季節_06
ヘアメイクと着替えが進んでいき、陽茉莉の支度が整っていく。
「とってもお綺麗ですよ」
鏡の前の自分がどんどん綺麗になっていく様が、自分なのに自分ではない気がして、陽茉莉は不思議な気持ちになった。
窓からは柔らかな光りが降りそそぐ。
やがてそこに影が落ちて、陽茉莉は顔を上げた。
「亮平さん!」
「陽茉莉、とても綺麗だよ」
亮平は陽茉莉を見るなり甘やかな笑みを落とす。亮平の方こそタキシードがよく似合っていてかっこいい。陽茉莉の胸がきゅんきゅんと高鳴る。
今日という日を夢見ていた。
ずっと……ずっとだ……。
「さあ、行こうか」
差し出された手にそっと手を重ねる。
くっと握られた手はあたたかくて頼もしい。
真っ白なドレスが車椅子に巻き込まれないよう気をつけながら、ゆっくりと教会の扉の前まで進んだ。ここで、亮平が先に入場する。陽茉莉は父と一緒にバージンロードを歩くのだ。
大きな扉が開くと、左右に列席者が座っていた。牧師が結婚式の開式を宣言し全員が立ち上がった。
「陽茉莉、先に行って待ってるよ」
繋いでいた手がすっと解け、亮平は前を向いて凛々しく進んでいく。その姿をしっかりと見届けてから、陽茉莉は母の方へ向き腰を屈めた。
「幸せにね」
母が陽茉莉のベールをゆっくりと下ろす。数え切れない思い出が走馬灯のように頭の中によみがえってくる。良い思い出ばかりじゃない。たくさんたくさん、言い争いもした。それでもやはり陽茉莉が大好きで大切な存在だから。母として、娘の門出を全力で応援したい。
ベールの中でキラリと宝石のような雫が落ちた。陽茉莉は顔を上げる。ベール越しで少し視界が遮られるけれど、それがちょうどよかった。まともに母の顔を見たら涙腺が崩壊しそうな気がしたからだ。
「ありがとう、……お母さん」
事故をしてから二年足らず、ずっと言えなかった言葉を口にした。記憶をなくして母を“お母さん”と呼べなくなった。けれど今日は素直に言える。陽茉莉の中で燻っていた想いが、ぽんっと弾けて浸透していく。
「さあ、陽茉莉」
亮平のところまでエスコートする父が腕を曲げる。陽茉莉はそっと手を添えた。
バージンロードを一歩ずつゆっくりと進む。右足を前に出し左足を揃える。左足を前に出し右足を揃える。挙式の前に練習したし頭にも叩き込んだはずだった。けれどそんなことはどこかに吹き飛び、半歩前を歩く父にしがみつくようにして歩を進める。
優しくていつも陽茉莉のことを見守っていた父。陽茉莉に記憶があってもなくても、ずっと陽茉莉の味方でいてくれた。そんな父も今日まで“お父さん”と呼べなかった。
「ありがとう、……お父さん」
「陽茉莉は自慢の娘だよ。亮平くんと幸せにおなり」
そうして言葉を交わし、父は亮平へ陽茉莉を渡す。
と、そのとき――。




