炎の錬金術師と、帰還の青い光と三重の口づけ
――湖で激突する二柱の“女神”。衝撃波だけで吹き飛ばされたジェイズは、命からがら城へ戻るが、そこで待っていたのは勘違いから始まる“長い夜”。翌朝、食堂に集う面々の前で明かされる真実、そして王女たちのまさかの告白――。
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――ドゴォンッ!
「――ぐっ!」
ジェイズは数メートル先の地面に叩きつけられ、苦悶の声をあげた。
「衝撃波だけで…まるでボロ人形みたいに吹き飛ばされた……! 冗談じゃねえ……。
あいつら……いったい誰なんだ?」
彼は頭を振り、必死に立ち上がった。
「いや、今はどうでもいい! とにかく城に戻らなきゃ!
ここで死んだなんて言われるより、逃げ帰ったって言われるほうがマシだ!」
ヨロヨロと鋼のゴーレムに駆け寄るジェイズ。視線の先には――
まるで異界の女神のように、二人の絶世の美女が激突していた。
「……これは夢か? この世界にあんな存在がいるのか?
……でも……あの子……あまりにも美しい……。
なぜだろう……強く惹かれてしまった……。
っ、バカか俺! 『即死』って書いてあっただろ!?
二度と関わるもんか!」
「――よそ見しないで!」
リンダが力を解き放ち、声を張り上げた。
「ここで決着をつけるわ!」
「ふふ……今の、男の子だったのね。かわいらしかったわ」
ヤネットは微笑みを崩さずに答えた。
「まさか、そんな下等な存在に興味を持ったんじゃないでしょうね、お姉ちゃん?」
「くだらないこと言わないで!」
「さっき、庇ってたじゃない。
いつから人間に情なんて湧くようになったの?
ねえ、もし私があの子を殺したら――泣いちゃうの?」
「黙りなさい! あの子に興味なんてあるわけないでしょ、馬鹿!」
「アハハハ……そんなに怒らないでよ、お姉ちゃん!」
二人の戦いは延々と続いた。
空そのものが悲鳴をあげるかのように、双子の衝突が天を揺るがしていた。
その頃、城では――
「はぁっ、はぁっ……!」
消耗しきったジェイズがようやく戻ってきた。
「もう……限界だ……。部屋に戻って寝る……。
明日には自分の星に帰る……。」
城内ではまだ祝宴が続き、音楽と笑い声が響いていた。
「まだ宴会してる……好都合だ。誰にも見つからずに部屋に行ける。」
ジェイズはそっとバルコニーを登り、窓から部屋へ忍び込む。
灯りもつけずに服を脱ぎ捨て、ベッドへ身を投げた。
……だが、違和感。
「……ん? シルエット……女の人……?」
恐る恐る手探りする。
「あぁ……また王女のいたずらか……。」
彼は顔を近づけ、耳元で囁いた。
「これが最後の夜だ……。
今夜は優しくなんてしてやらないぞ……。」
その直後、部屋の外まで響くほど甘く切ない声が漏れた。
数時間後――
「……ふぅ、最高だった……。」
ジェイズは大の字に倒れ、隣のぐったりした身体を見つめた。
「気絶しちまったか……。
少しやりすぎたかもな、王女様。
……もう寝よう……。」
――コンコンッ。
「ん……? なんだよ、今度は……。」
「ご主人様、開けてください。ここにいるのは分かってますよ。」
どこにいても聞き分けられる声。
「……ドラカリスか。よりによって今かよ……。」
渋々服を羽織り、扉を開ける。
「なんだよドラカリス! もうヘトヘトなんだ!」
「ご主人様のお部屋で王女と一緒に待っていましたのに……。
匂いを追ったら――まさかの場所に辿り着いてしまいました。
……本当に限度を知りませんね、ご主人様。」
「な、何言ってんだ? 王女はちゃんとここにいるだろ……。」
「ええ、確かに『王女』はそのベッドにいますよ。
でも――あの子はカトリーヌじゃありません。」
「……は?」
「今そこに眠っているのは――第一王女、フィリア様です。」
「な、なにぃぃぃぃっ!?」
ジェイズの魂はその瞬間、凍りついた。
「扉が違っていたことに気づかなかったの?」
「い、いや……扉から入ったんじゃなくて……。
あれが自分の窓だと思ったんだ……。暗くて……だから体の感触が少し違う気がしただけで……。」
「ふふふ……ご主人様、誰にも言いませんよ。
でもその代わり……。
今夜は王女様よりも、私をたっぷり満足させてくださいね。」
「わ、わかった! だから絶対誰にも言うなよ!」
「お取引成立ですね、ご主人様♪」
「……今夜は……長い夜になりそうだ……。」
夜が明ける頃――
ジェイズは立っているのもやっとだった。
ドラカリスと王女フィリアを交互に相手にした一晩、休む間などなかったのだ。
その日の朝、女王は城の小さな食堂に皆を集めて朝食を共にすることにした。
そこにいたのは、大賢者、竜の兄妹、王族(国王は早朝から騎士たちと国務に出ていた)、そしてもちろん、完全に疲れ果てた我らが主人公である。
「お、おはようございます……陛下……。」
敗北感を隠しきれない顔でジェイズが挨拶した。
「おはよう、若き英雄よ。どうぞお座りなさい。」
女王は優しく微笑む。
「若き英雄よ、随分疲れているようだな……。昨夜は眠れなかったのか?」
大賢者が首を傾げる。
「ま、まあ……そんなところです……ははは……。」
ジェイズは引きつった笑いを浮かべた。
ちょうどその時、王女たちが食堂に入ってきた。
「おはよう! 若き英雄さん、こんにちは〜♪」
元気よく手を振るカトリーヌ。
一方のフィリアは何も言わず、顔を真っ赤にして俯いていた。
「お姉さま、どうしたの? 変よ! さっきまで一緒に朝食に行くのも嫌だって言ってたくせに!」
カトリーヌは怪しむように問い詰める。
(……全部俺のせいだ……ごめん、フィリア王女……!)
ジェイズの額から汗が滝のように流れる。
「まさか眠れなかったの? ベッドが合わなかったのかしら? すぐに新しいものを用意させますよ!」
女王は心配そうに言った。
「いえ……そういうことじゃなくて……。実は……。」
フィリアはさらに深く俯いた。
ジェイズの心臓が止まりそうになる。熱病のように全身が汗ばんだ。
「実は……昨夜は本当に素晴らしかったのです。
ベッドがあんなに気持ちよく感じたのは初めてで……。
もう二度とあんな夜は訪れないかもしれません……。」
(――この国の女は全員頭おかしいのかぁぁぁ!?)
ジェイズの顔は真っ赤に染まる。
「まあまあ、可愛い娘! あとで何をしたのか詳しく聞かせてちょうだい。私も体験してみたいわ〜♪ ホホホ♪」
女王が艶っぽく笑う。
(――お、お言葉ですが陛下! それだけはダメぇぇぇぇ!)
ジェイズは机の下に潜り込みたいほどの羞恥に襲われた。
「だ、だめ! これは秘密なの!」
フィリアが慌てて叫び、チラリとジェイズを見やった。
「……ふむ。」
カトリーヌは嫉妬を隠せずに唇を噛んだ。
その時、竜の兄弟が食堂へ入ってきた。
「おはようございます、陛下。」
珍しく揃って礼儀正しく頭を下げる。
「まあ〜! 三人とも貴族のような服装で、とっても素敵よ〜♪」
女王は嬉しそうに手を叩いた。
「さあ、席に着きなさい。」
大賢者が促す。
「ありがとうございます、大賢者殿。」
ダルゴが恭しく答えた。
「えっと……若き英雄様、隣に座ってもいいですか?」
ドラカリスは誘惑するように微笑む。
「おい! 礼儀をわきまえろ、この馬鹿妹!」
ドランサーが肘で小突く。
(……なるほど、こいつらがドラカリスの兄弟か。
竜の特徴を隠せば、ただの普通の若者に見えるな……。)
ジェイズは心の中で呟いた。
「初めまして。お会いするのはこれが初めてですよね。怪我の具合はいかがですか?」
ジェイズが丁寧に尋ねる。
「大賢者殿の魔法薬……そして竜の血のおかげで、すっかり回復しました。」
ダルゴが落ち着いた声で答えた。
「我が国の魔導士はとても優秀で、最強なのですよ。」
女王は誇らしげに胸を張った。
「いいえ、陛下。外の世界には、それ以上の存在がいます。」
大賢者は厳しい声で否定する。
「……聞きたくもねえ……。」
ジェイズは視線を逸らした。
「昨日、湖で金髪の少女に会ったんだ……。」
「――な、なんだと!?」
ダルゴが椅子を蹴って立ち上がる。
「その女……どんな容姿だった!?」
「えっ? えっと……金髪で、緑色の瞳がすごく輝いてて……髪はとても長かった。……知ってるのか?」
「間違いない……! あいつだ……!」
ドランサーが叫ぶ。
「服装は!? どんな格好をしていた!?」
「いや……湖で水浴びしていたから、全裸だったんだ……。
でも、そのあとにもう一人現れた。同じ姿をした双子の姉妹でな。そっちは体にぴったりとした……宇宙服みたいな衣装を着ていた。」
「……つまり……あの化け物は一人じゃないってことか……?」
ダルゴの顔から血の気が引く。
「化け物なんかじゃなかったけどな……。」
ジェイズは気まずそうに答えた。
「若き英雄よ。本当に正気で言っているのか?」
大賢者が眉をひそめる。
「間違いありません。」
「そいつが……俺たちを辱め……兄貴を傷つけたんだ!」
ドランサーが拳を震わせて叫ぶ。
「驚くことはない。あの力を見た。あの二人なら……国ごと消し飛ばせる……。」
ジェイズは唇を噛みしめた。
(いや……国どころか、惑星そのものを……。)
朝食会が進むにつれ、空気は次第に張り詰めていった。
「どうしてお前だけ殺されなかった? 俺たちより遥かに弱いくせに!」
ドランサーが睨みつける。
「そ、その子は……最初から俺を殺すつもりはなかったんだ。
むしろ言っていたんだ……。
『二人の男が私に喧嘩を売ったけど、実際は――逃がしてあげただけ』ってな。」
「ふざけるなあぁぁぁっ!」
ドランサーが机を叩いて立ち上がる。
「落ち着け、弟よ!」
ドラカリスが割って入る。
「若き英雄は、聞いたことをそのまま話しているだけよ!」
「……なんでいつもそいつを庇うんだ……!」
「ということは……。」
ダルゴが遠くを見据え、声を低める。
「その存在は、今この瞬間もどこかに潜んでいるということだ……。」
「確信はない。」
ジェイズは真剣な表情で首を振る。
「だが……あの子たちは宇宙のどこにでも自由に行けるような気がした。
二人目は……宇宙から直接大気圏を突き破り……隕石のように地上へ落ちてきたんだ。」
「すごい! 信じられない!」
カトリーヌ王女は目を輝かせる。
「……ふむ。」
女王は静かな声で遮った。
「その話はまた別の機会にしましょう。さあ、朝食を続けましょう。」
数時間後――
ジェイズの腕時計が青く光を放った。
ギルドへの帰還ポータルが起動したのだ。
「あぁ……もう帰る時間か……。」
ジェイズは懐かしさと安堵を混ぜた声を漏らす。
「若き英雄よぉぉ……! 寂しくなりますぞぉぉ……!」
大賢者が涙をぼろぼろと流す。
「今までありがとうございました、老人さん……。絶対に忘れません。」
「大賢者だと言っておろうがああああ!」
「陛下、王とエスカル司令官によろしくお伝えください。またお会いできることを願っています。」
「必ずや、若き英雄よ。」
女王は柔らかく微笑んだ。
「みんな……。」
ジェイズは竜の兄弟たちに視線を送る。
「これからは君たちがこの国を守るんだ。皆を頼んだぞ。」
「我らにできる限りのことをしよう。」
ダルゴが力強く答える。
「さっさと失せろ!」
ドランサーが腕を組んで唸る。
「ご主人様ぁぁ!」
涙を浮かべたドラカリスがジェイズに飛びつき、強く抱きしめた。
「連れて行ってください! ご主人様なしじゃ生きていけない……!」
「お、おい! やめろ! みんなの前だぞ!」
その光景に竜の兄弟は息を呑んだ。
「やっぱり……そういうことか……。」
ダルゴが歯を食いしばる。
その時、二人の王女も駆け寄ってきた――。
「――ジェイズ、待って! 伝えたいことがあるの!」
二人の王女は同時に声を上げ、互いを見つめ合う。
空気が一瞬で張り詰め、火花が散った。
「まさか……お姉さま、あなた……。」
カトリーヌが眉をひそめる。
「それは私が聞きたいことよ!」
フィリアが強い視線を返す。
「そんなことどうでもいい!」
二人は同時に叫んだ。
「――ジェイズ! 愛してるわ! 私たちと一緒にいて!」
「な、な、なにぃぃぃっ!?!?」
大賢者は目玉が飛び出そうな勢いで叫んだ。
「まあまあ……一体どういうことかしら……。」
女王は頬に手を当てて微笑む。
「……これは予想外だな……。」
ダルゴは唖然とするしかなかった。
次の瞬間――三人の少女は一斉にジェイズに飛びつき、彼の唇にトリプルキスを浴びせた。
「若き英雄よ、これは一体どういうことだ!?」
大賢者は震え声で問い詰める。
「す、すみません! もう収拾がつかなくて! 処刑だけは勘弁してくださいぃぃ!」
ジェイズは目をぐるぐる回しながら必死に叫んだ。
「まあ……あなたは皆の救世主だもの。」
女王は肩をすくめる。
「愛されても不思議じゃないわ。……父親さえ知らなければね。」
「な、なにを仰ってるのですか陛下ぁぁぁ!!」
大賢者は顔を真っ青にして絶叫した。
「ジェイズは私たちの許嫁よ!」
三人の少女が揃って声をあげる。
「まあまあ、落ち着きなさい……。それはさすがに無理だと思いますよ。」
女王は淡々と告げる。
「その通りだ! 狂気の沙汰だ!」
大賢者は机を叩きながら怒鳴る。
「正妻は一人だけ。……残りは側室になればいいでしょう。」
女王は平然とした顔で言い放つ。
「そ、それのほうが遥かに酷いですぞおぉぉぉ!」
大賢者は椅子から崩れ落ちそうになる。
「ジェイズ……必ず戻ってきてね……。」
カトリーヌが真剣な眼差しで見つめる。
「お前たち、全員頭おかしいだろ!? ……あんたも含めてな、女王陛下ぁぁぁ!!」
「まあまあ……。」
女王は楽しげに微笑む。
「でも……これは約束だ。」
ジェイズは笑って手を掲げた。
「戻ってきたら……三人まとめて面倒見てやる!」
「ご主人様ぁ! 愛してますっ!」
涙目で叫ぶドラカリス。
「若き英雄よ……! お前には失望したぞ!
どうして二人の王女まで堕とすような真似を……!」
大賢者は頭を抱えて怒鳴った。
ジェイズは青い時計のセンサーを押し込み、全力で叫んだ。
「――ギルドへ帰還!!」
そして、消える直前――中指を突き立てて叫ぶ。
「じゃあな、ジジイィィ!!」
「き、消えた……のか……。」
フィリアはまだ頬を染めたまま呟いた。
「ええ、そうね。」
女王は静かに笑う。
「あちらの世界には、我らには想像もできぬ技術があるのです。」
「……ジェイズ……。」
カトリーヌは胸を押さえ、小さく呟いた。
「どうか無事で……。必ず、また会えますように……。」
――こうして、我らの英雄は任務を終えたのだった。
ここまで読んでくれてありがとう! 湖での邂逅は、今後の世界スケールを示す序章。ヤネットの隕石着陸、ドラカリスの一直線な想い、そして王女姉妹の宣言――ジェイズの胃痛は増すばかりですが(笑)、次回はいよいよギルド再合流編へ。お楽しみに!




