炎の錬金術師と湖の女神たち
闇を切り裂いた戦火の記憶がまだ消えぬ中、勇者ジェイズは束の間の安らぎを得た。
宴、感謝、そして褒美――だがその背後には、まだ語られていない真実が潜んでいた。
運命に導かれるように、彼は湖へと足を踏み入れる。
そこに待ち受けていたのは、この世界の均衡を揺るがす存在――二人の双子の女神だった。
――その頃、地球のギルド本部。
「みんな! ちょっとこれを見てよ!!」
マリアが慌ただしく制御室に駆け込んできた。
「私は関係ないわ……。ジェイズは浮気者だもの。」
机に突っ伏したまま、リアは顔も上げずに答える。
「はぁ? 恋人でもないくせに、なに言ってるのよ! 早く目を覚ましなさい!
ほら、これを見て!」
マリアはコンソールの画面を突き出した。
――任務:100%達成。
「……う、嘘でしょ!? 本当に成功したの!?
時計のエラーじゃないの?」
リアが驚きの声を上げる。
「わからないけど……画面にはっきり出てる。
任務の完了を確認できるのは依頼人だけ。つまり、本当なんだよ!」
「すごい……マリア、ジェイズはやったのよ!
これで彼の夢が叶うんだわ!」
リアの顔に満面の笑みが広がる。
「お、おい……何事だ?」
近づいてきた職員が不思議そうに尋ねる。
「見て! 私たちの子がやったのよ!」
リアは誇らしげに画面を突き出した。
「まさか……。システムのエラーじゃないのか……?」
職員も目を丸くする。
「違うよ! 本当に嬉しい!」
リアの瞳は喜びに輝いていた。
「ジェイズが帰ってきたらビールで乾杯しよう!」
マリアがいたずらっぽく笑う。
「……いや、まだ喜ぶのは早い。」
職員の声が重く響いた。
「えっ!? どういう意味?」
リアとマリアが同時に問い返す。
「調査報告を受けた。ジェイズが達成した任務は――他の部隊のものだった。」
「な、なんですって!?」
マリアが頭を抱える。
「しかも普通の部隊じゃない。ランクSの中でも精鋭部隊の任務だ。」
「そんなはずない! 任務は司令官の許可なしに再割り当てできないはず……!」
マリアが必死に抗議する。
「本来ならそうだ。だが、現実に起きた。
この装置はシステムを突破し、勝手に超高難度任務を割り当てたんだ。」
職員はジェイズの時計を示し、深くため息をついた。
「まずい……! もしバレたら、このギルドが訴えられるかも……!」
リアが青ざめる。
「幸い、痕跡は残っていない。宇宙ハッキング事件として処理できるだろう。
だからリア、マリア……絶対に口外するな。ジェイズが帰還したら、俺がコンソールと時計を初期化する。」
「はい、マルコスさん!」
二人は声を揃えて答えた。
「……ようやく名前を呼んでくれたか。
作者め……このまま最後まで“職員”扱いされるのかと思ったぞ……」
マルコスが嘆くと――
「バカね!」
「ほんと、冗談ばっかり!」
リアとマリアは同時に笑い飛ばした。
三日後、惑星アルタリウスR50。
玉座の間では、王と大賢者が要人たちを前にしていた。
議題は――三体の黒竜の一時的な滞在について。
「わかった……。彼らと関係を築こう。
味方にできれば、侵略を避けられる。デモントの件で我々は弱っているからな。」
王は厳しい面持ちでそう告げた。
――その頃、城の一室にて。
「……ん……どのくらい眠ってたんだ?
ここは……城の部屋か……。まだ生きてる……。」
ジェイズがゆっくりと目を開いた。
起き上がろうとした瞬間、妙な感触に気づく。
「……ん? 布団の下に誰か……?」
恐る恐る毛布をめくると――
そこには、二人の美女が全裸で寄り添うように眠っていた。
「う、うそだろ!? 王女様と……黒竜が……!?
な、なんで俺のベッドに裸でいるんだよ!!」
「……んん……静かにして……もう少し寝かせて……。」
ドラカリスが寝ぼけ眼で呟いた。
「ジェイズ……愛してるわ……もっと愛をちょうだい ❤」
王女が彼を抱きしめながら囁いた。
「ひ、姫様! 目を覚ましてください! 一体ここで何が起きてるんですか!?」
ジェイズは必死に振りほどこうとする。
「ふふ……やっと目を覚ましたのね、ジェイズ。
起きないから……毎晩こっそり忍び込んで一緒に寝てたの。」
姫は甘えるように答えた。
「正気じゃない……! それに……なんでコイツまで!? 敵だったんじゃないのか!?」
「ふふ……この三日の間にね、いろいろあったの。
ドラカリスと私はもう仲良しよ。だって……彼女もあなたを愛してるから。」
「……神よ……俺がこの状況を見られたら死刑だぞ!?」
「ええ、当然よ。あなたは処刑されるわ。」
「なんでそんな幸せそうな顔して言うんだよ!!」
「ごめんなさい! でも本当に嬉しいの……あなたに会えて!」
「うるさい奴らね……。」
ドラカリスが目を開け、低く唸る。
ジェイズが完全に覚醒していることに気づいた瞬間――
「――ああああっ! 本当に目を覚ましたのね!
私の血が効いたのよ! 絶対そうだと思ってた!」
彼女は勢いよく抱きつき、姫をベッドから突き落とした。
「痛っ……!」
床に転がった姫が小声で抗議する。
「ありがとう……本当に助かった。死ぬかと思ったよ。」
安堵の笑みを浮かべながらジェイズは呟いた。
「でも……何があったのか全部聞かせてもらうぞ。」
「もちろんです、我が主よ!」
ドラカリスはうっとりと答える。
「……主?」
王女が目を丸くする。
「そう。若き勇者は私のご主人様。私はその奴隷……。
これからは、彼の望むことは何でもするわ!」
「へ、へへへ……。」
ジェイズは困惑しつつも乾いた笑いを漏らした。
「なら私も! これからはあなたを“ご主人様”と呼んで、何でもしてあげる!」
姫は勢いよく宣言した。
「お願いですから……それだけはやめてください、姫様……。」
ジェイズは心底疲れた顔でうなだれた。
その頃――城の一室にて。
大賢者コルネウスは黒竜兄弟のもとを訪れていた。
「失礼する。……君の兄の様子はどうだ?
回復を助けるために、いくつか魔法薬を持ってきた。」
「ありがとうございます……。」
ドラサーは素直に頭を下げる。
(……以前よりも随分大人しいな。
兄を本気で助けたいという気持ちが、彼を変えているのか……。)
大賢者は静かに観察していた。
やがて、部屋の空気が重くなる。
「……なぁ、老人。」
ドラサーが真剣な声を発した。
「俺たちは歓迎を受け、親切にもされた……。
姉は城の姫とまで仲良くなっている。
……だが、なぜ誰も俺たちに訊かない? “俺たちに何があったのか”を。」
「……知りたくないと言えば嘘になる。」
大賢者は静かに応じる。
「わかってるはずだろう。……兄の正体を。」
「……ああ。」
賢者はうなずいた。
「だが、それを知るのは王や一部の上層部だけ。
民が知れば混乱を招くだけだ……平和を望む者には酷すぎる。」
「それでも……。」
ドラサーは拳を強く握りしめる。
「俺たちは敗北した……。命からがら逃げ出すほどの……屈辱的な敗北を……!」
沈黙を破ったのは――低く響く、重い声だった。
「……話そう。お前が望むなら。」
三日間眠り続けていたダルゴが――ついに目を開いた。
「兄貴!! 目を覚ましたのか!!」
ドラサーは喜びに満ちた声を上げる。
「よかった……容態が良くなってきて。」
大賢者は心からの笑みを浮かべる。
「……大賢者よ。お前はもう知っているのだろう。
ならば聞かせてやろう……我らを屈辱に追いやった存在について。
――“魔王”の名を。」
城の大広間にて
若き勇者の目覚めを祝う宴が盛大に開かれていた。
大広間は煌びやかに飾られ、人々の笑い声と楽の音で溢れている。
ジェイズは人混みの中を落ち着かない様子で歩いていた。
その隣にぴったりと張り付いて離れないのは――黒竜ドラカリス。
遠くからは、妹王女カトリーヌがぷくっと頬を膨らませて彼らを見ていた。
「……人が多すぎるな。」
額に汗を浮かべ、ジェイズが小声で呟く。
「皆、あなたを見るために集まったのよ。」
ドラカリスは誇らしげに微笑む。
「あなたはこの地に平和をもたらした救世主だから。」
「その口から平和なんて言葉が出るとはな……つい最近まで脅かしてたくせに。」
ジェイズが皮肉を込めると、彼女は小首を傾げ――
「ごめんなさい、ご主人様……罰を受けるべきかしら?」
艶やかな声色でそう囁く。
「……ほんと、救いようがねぇな。」
その時――
真紅の髪を持ち、気品を纏った女性が歩み寄ってきた。
王女カトリーヌの姉、第一王女フィリアである。
「若き勇者殿にお目にかかれて光栄です。」
彼女は優雅に一礼した。
「妹から、あなたのお話はよく聞いております。」
(……カトリーヌに瓜二つだが、より大人びている。なるほど、姉上か。)
ジェイズは内心で驚きつつ、口を開いた。
「ど、どうも……こちらこそ光栄です、フィリア様。」
「あなたがしてくださったこと、言葉にできぬほど感謝しております。」
フィリアの眼差しは真摯だった。
「お、お辞儀なんて……やめてください。」
ジェイズは慌てて手を振る。
「竜の御方にもお礼を。あなたの血で私は病を癒すことができました。
竜族とは……本当に不思議な存在ですわね。」
「はいはい……。ねぇご主人様、暗い所で続きをしましょう?」
ドラカリスが耳元で囁く。
「やめろ! 頭おかしいのか!」
ジェイズは慌てて彼女を引き剥がす。
そこへカトリーヌ王女が駆け寄り、姉に声をかけた。
「姉上、もう勇者様とご挨拶を?」
「ええ……とても可愛らしい方ね。」
フィリアは微笑む。
「そ、そう……? わ、私は全然気づかなかったけど……!」
カトリーヌは耳まで真っ赤に染め、視線を逸らした。
祝宴の始まり
やがて宴が本格的に始まった。
王は厳かな言葉を述べ、勇者に深い感謝を示す。
人々は飲み、食べ、笑い合い――温かな空気に包まれていた。
「若き勇者よ。」
王が杯を掲げる。
「我らの感謝の証として――国の西に広がる土地を、そなたに授けよう。
住まうもよし、休息の家を建てるもよし。どうだ?」
「……ありがたいお言葉ですが、受け取れません。」
ジェイズは視線を落とした。
「私はギルドの一員。契約にない報酬を受け取ることは禁じられているのです。」
「受け取ってもいいのよ。」
カトリーヌがそっと囁く。
「だってあなた……正式にはギルド員じゃないんでしょ?」
「……そうだったな、姫様。」
ジェイズはしばし考え、そして顔を上げた。
「陛下……そのお申し出、ありがたく受けさせていただきます。」
再び大広間にて
「素晴らしい!」
王は満面の笑みを浮かべ、声高らかに宣言した。
「さらに百枚の金貨を授けよう!」
(百枚の金貨……!?)
ジェイズの瞳が大きく見開かれる。
(……一万四千一百ディープコイン!? 馬鹿みたいな額だ……!)
「ありがとうございます、陛下……。」
ジェイズは深々と頭を下げる。
その時――王は彼に近づき、そっと耳打ちした。
「……我が娘の純潔を守ってくれたな。これはせめてもの礼だ。」
「…………っっ!!!」
冷や汗が滝のように首筋を流れ落ちる。
背中から足の先まで、冷水を浴びたかのように。
「し、失礼します! 少し……外の空気を!」
ジェイズは慌てふためきながら後ずさる。
「待て! これはお前の宴だぞ!」
王が制止するも――
「すぐ戻りますからっ!」
勇者は命からがら逃げ出した。
城の外にて
出口で待っていたのは、大賢者コルネウスであった。
「若き勇者よ……どうして宴を楽しまずにここに?」
落ち着いた声で問いかける。
「……少し歩きたいんだ。
この国の景色をもっと見ておきたい。……ここにいられる時間は、そう長くないからな。」
「ほう……ならば竜が運んできた鋼鉄の巨像を使うがよい。
空を舞えば、城も森も湖も――心ゆくまで眺められるぞ。」
「本当か!? それは最高だ!」
ジェイズの顔がぱっと輝く。
「当然だ……わしは“大賢者”だからな!」
老人は胸を張った。
数分後――。
ドラカリスとの戦いで損傷しながらもなお、鋼鉄のゴーレムは翼のような推進装置を広げ、大空を駆け抜けていた。
操縦席でジェイズは息を呑む。
「……すげぇ……!
城も……街も……森も……そして湖も!
どれも宝石みたいに輝いてる!」
眼下に広がるのは、翠玉のように美しい惑星。
宇宙に浮かぶ一つの宝石。
「……地球も、昔はこんな姿だったんだろうな。」
ジェイズの声には一抹の寂しさが滲んでいた。
やがて彼の視線はきらめく湖に吸い寄せられる。
「……あの湖、最高に気持ちよさそうだな。
よし、ひとっ風呂浴びてくか!」
湖にて
若き勇者は衣服を脱ぎ捨て、水面へと飛び込んだ。
「ひゃっほー! 最高だ……! これくらいのご褒美はいいよな。
……でも、ここでのんびりしている場合じゃない。俺には目的がある……気を抜くな……。」
その時、かすかな物音が耳に届いた。
誰かが湖の向こう側で水浴びをしている。
「……え? 俺だけじゃなかったのか?」
ジェイズは身を低くして水を進み、茂みに隠れてそっと葉をかき分けた。
そして――彼女を見た。
「……天使……?」
水面から現れたのは、あまりにも美しい少女。
黄金の髪は絹のように長く、翡翠のように輝く瞳。
完璧に整った肢体は、まるで神が彫刻したかのようだった。
「誰だ……? この村の娘……? でも乗り物も見なかったし、歩いてきた気配もない……。」
少女は静かに空を見上げていた。
だが次の瞬間――ゆっくりと首を回し、ジェイズの方を見た。
「……っ! 見られた!? いや、この距離じゃ気づくはずが――」
もう一度覗くと、そこには誰もいなかった。
「……消えた? 水に潜ったのか?」
その瞬間。
背後から甘く、しかし危うい声が耳元に落ちた。
「――今の、気に入った?」
「うわあああっ!? だ、誰だ!?」
「ふふ……女の裸を覗くなんて、悪い子ね?」
少女は小悪魔のように囁いた。
(こいつ……普通じゃない……! どうやってここまで……?)
「簡単なことよ。私は光より速く動けるもの。」
「……俺の心を読んだのか……?」
「ふふ、君が考えることは、声に出してるのと同じよ、ジェイズ。
でも――誤魔化さないで。さっき、私の裸を見たわね?」
「い、いや! 違う! 俺はただ泳いでて……!」
「安心して。あなたが変態じゃないことくらい、わかってるわ。
……あなたは優しい人。あの二人の男たちとは違う。
私に手を出そうとして……返り討ちにしてあげたけどね。」
「な、何を言ってるんだ……? 名前も知らないのに……!」
「私の名前は――リンダ。」
少女は涼やかに名乗った。
「……リンダ。いい名前だな……会えて嬉しいよ。」
ジェイズの胸が高鳴る。
「そういうこと、簡単に言うものじゃないわ。」
リンダの微笑みは柔らかくも、どこか危うさを孕んでいた。
だが――その表情が一瞬で消える。
「……来たわ。」
夜空を裂くように、隕石のような光が湖の岸へと墜ちる。
轟音と共に巨大なクレーターが生まれ、熱風が辺りを吹き飛ばした。
「な、なんだこれは……!?」
ジェイズは顔を覆い、必死に耐える。
リンダの眼差しは鋭くなる。
「……言ったでしょ。もう帰りなさい。彼女に見つかれば、君は死ぬ。」
「お前は……どうするんだ!?」
「――戦うわ。私と彼女は……ずっとそうしてきた。」
煙の中から、一人の少女が現れる。
その動きは空間の理すら嘲笑う速さで、リンダへと拳を放った。
衝撃波が走り、ジェイズの体は宙へと吹き飛ばされる。
「――ヤネット!」
リンダが叫ぶ。
「続きをやろうじゃない、姉さん!」
燃えるような瞳で笑う少女――ヤネット。
二人は瓜二つ。
だが纏う気配は正反対。
神すら凌駕する力を持つ、双子の存在。
「(……やばい……!! これはもう……絶対に俺の手に負えない!!)」
ジェイズの全身に、死の危険信号が点滅していた。
続く…
静寂を破ったのは、二つの光。
姉リンダ、妹ヤネット――その力は神すら凌駕する。
そして、ただの人間であるジェイズは、その狭間に投げ込まれた。
湖に刻まれる運命の序章……物語は、さらに深く狂気へと沈んでいく。




