炎の錬金術師VS黒竜ドラカリス
王国の運命は風前の灯火だった。
捕らえられた王女、絶望に沈む民衆。
その時、鋼鉄の巨像と共に現れた炎の錬金術師ジェイズ――。
黒竜との死闘が、今始まろうとしていた。
その頃、北の王国では――。
王国軍第一部隊を率いる指揮官エスカルは、残されたわずかな兵を前に、兵舎で出撃準備を整えていた。
彼らに与えられた任務は、ほとんど自殺行為に等しい「滅びゆく村の救出」だった。
「……全員、準備はいいな。」
エスカルは強い声で言い放ったが、その胸中には深い不安が渦巻いていた。
(あの若き勇者を本当に信用できるのか……?
状況は絶望的だ。あの竜たちは……。
デモントの前に他国ですら降伏したのだ。
姫様……大賢者コルネウス殿……。
私は信じている。しかしこれは……奇跡が必要だ。
そして、その奇跡が……現実になるとは思えん……。)
その時、城門が勢いよく開かれた。
姿を現したのは、戦装束に身を包んだ第二王女カトリーヌ。鋭い瞳を光らせ、愛馬に跨り、親衛騎士団を率いていた。
(ジェイズ……私の愛しい人……どこにいるの?
大賢者コルネウスは……?
怖い……。本当は、とても怖いの……。)
「司令官!」
見張り塔から兵士の声が響く。
「空から何かが接近しています!」
「なに……? なんだと……?」
「じ、巨大な……人影のようです!」
「全員、姫様を命懸けで守れ!!」
次の瞬間――。
天空が裂け、巨大な影が落下してきた。大地を揺るがす衝撃とともに、土煙が戦場を覆い尽くす。
「ごほっ、ごほっ……何も見えん!」
「警戒を怠るな!」エスカルが怒鳴る。
「敵かもしれんぞ!!」
兵たちは一斉に武器を構え、緊張が場を支配した。
その沈黙を破ったのは――聞き覚えのある声だった。
「ごほっ、ごほっ……もう少し優しく降りられんのか、若き勇者よ!」
「重要なのは無事に着地することだろ? それに、俺も初めてなんだ。慣れないとさ。」
「ふふ……なるほど、そういうことか。」
その声を聞いた瞬間、カトリーヌの胸に温かな光が戻る。
「――大賢者!!」
「おお、姫様。お久しゅうございます。」
コルネウスは芝居がかった動作で一礼する。
「紹介しましょう……デモントの野望を打ち砕く、我らの切り札を。」
土煙が晴れる。
そこに現れたのは――十五メートルを超える鋼鉄の巨人。山のように聳え立ち、圧倒的な存在感を放っていた。
「な、なんだあれは……? ゴーレム……?」
「大賢者様が造られたのか……?」
「当たり前だ! あんなもの、大賢者以外に造れるはずがない!」
やがて、巨像の胸部が開き、蒸気と共に光が溢れ出す。
「やぁ、姫さん!」
笑みを浮かべて現れたのは――ジェイズだった。
カトリーヌの瞳が輝く。
「ジェイズ! わ、私の……! あなたなのね!」
「これが黒竜を討つためにギルドから送られた勇者だと……?」
信じられないという表情のエスカル。
「ただの子供ではないか!」
「侮るな、司令官殿。」大賢者が声を張り上げる。
「彼こそが我らの切り札! この少年と共に、デモントと黒竜を……最後の一匹まで討ち果たすのだ!」
「……随分と自信満々だな、大賢者。」
「くくく……当然だとも。」
巨像から降り立ったジェイズ。
その姿を見た瞬間、カトリーヌは剣を取り落とし、迷わず彼の胸に飛び込んだ。
「ちょっ……姫さん!? ここで抱きつくなって! 皆が見てるだろ!」
「関係ない! 本当に心配だったのよ!」
コルネウスはゆっくりと近づき、ジェイズをじっと見つめる。
まるで――昨夜、彼と姫の間で起こったことを悟っているかのような鋭い視線で。
「ひ、姫様……もう勘弁してくれ……!」
ジェイズは冷や汗を流しながら必死に訴える。
「コホン……若き勇者よ、そろそろ準備は整った。持ち場につくがよい。」
大賢者コルネウスが片眉を上げて告げる。
「は、はいっ……今行きます……。姫様、本当に離してくれよ……」
ジェイズはなおも姫の腕に捕らわれたまま必死に懇願する。
「……なんだか、姫様が勇者に随分とご執心のように見えるな。」
後方の兵士がひそひそ声でつぶやく。
「……ああ、確かに。」
もう一人の兵士も額に汗を浮かべつつ頷いた。
こうして緊張感の中、王女の軍勢は歩みを進めた。
その目的地――アービンの村。
そこで、この国の運命が決まろうとしていた。
場面転換 ― 黒き翼の脅威
廃墟と化したアービンの中心部。
瓦礫の中に、黒竜ドラカリスが横たわっていた。
「……くんくん……。この匂い……兵士か。」
巨大な竜は鼻を鳴らし、重々しく翼を広げる。
たった一度の羽ばたきで暴風が巻き起こり、捕らえられた村人たちの身体を容赦なく揺さぶった。
「……兄弟たちはまだ戻らぬか。
だが、私一匹で十分だ。すべてを滅ぼすにはな……。」
鎖に繋がれた住民たちは震え上がり、恐怖に引きつった目でその威容を見上げる。
美しくも恐ろしく、死そのものを体現した存在。
その頃、王女の軍勢と大賢者を中心とした兵たちは、村の外れに到着していた。
コルネウスは杖を高く掲げ、魔法で声を増幅する。
「――デモント!
我らはここに来た。お前に答えを突きつけるためにな!」
闇が渦を巻き、人影が姿を現す。
不気味な笑みを浮かべた男――子爵デモントが、嘲るように姿を現した。
「ふふふ……さて、姫様。賢明な判断をしてくれたかな?
さもなくば……皆殺しにした後で、無理やりお前を手に入れることになるぞ。」
王女は鋭く睨み返すだけで、言葉を発しなかった。
「姫様には自害の呪術が施されている。」
大賢者が低い声で告げる。
「無理に手を出せば発動するぞ。覚悟しておけ、デモント。」
「おやおや……残酷だなぁ。
大事な姫君にそんな呪いを背負わせるとは。
我が計画を邪魔するためだけにな!」
デモントは芝居がかった仕草で肩をすくめる。
「家族はどこ!?
無事であると確認できなければ……私は決してお前の言いなりにはならない!!」
王女が叫ぶ。
「ハハハハ! いいだろう……。
王と王妃、そしてお前の姉フィリア第一王女……皆、この近くの牢に囚われている。
だが残念ながら――全員が生きているわけではない。」
「……なに……?」
王女の顔から血の気が引いていく。
「退屈しのぎに……少々“犠牲”を出させてもらった。
退屈ほど辛いものはないからなぁ……。」
そう言って、遠くの地面に横たわる幾つかの死体を指差す。
カトリーヌは強く唇を噛みしめ、震える拳を握った。
「こんなこと……絶対に許せない……!」
「ハーーーハハハハ!! いいぞ姫君、その怒り……その憎しみ……!
では案内してやろう。貴様の家族と共にいる牢へと……。」
大賢者は空を見上げ、不穏な気配を感じ取った。
(……そこにいるか。
黒竜――空から我らを見下ろしている……。
なんという圧力だ……。あれほどの存在が……!)
遠くから、黒竜ドラカリスは静かにその様子を見つめていた。
「……あの老人。妙な匂いを纏っている……。
ふふ、面白い。少し観察してみようか。」
そう思い、鋭い眼光で一行を追う。
一行はデモントに導かれ、ゆっくりと教会の塔へと歩を進めた。
そこは地獄のような光景だった。
死体、瓦礫、血に染まった石畳。
姫と兵士たちは、悲しみと怒りを必死に抑えながら歩くしかなかった。
「ところで……。
あの“自分が俺を倒す”と言っていた小僧はどこだ?」
デモントが嘲笑を浮かべる。
「結局、戦力にならぬと判断した。
ただの役立たずだ。」
エスカーが淡々と答えると、姫は悔しげに顔を伏せた。
「――さぁ、ここだ。姫君のご両親だ。」
デモントは芝居がかった仕草で鉄格子を指差した。
「父上! 母上! 姉上!」
カトリーヌは叫び、駆け寄る。
牢の中には、国王と王妃、そして第一王女フィリアの姿があった。
皆、憔悴し、汚れていたが――まだ生きていた。
「わ、私の娘よ……なぜここに来てしまったのだ……?」
震える声で王妃が問いかける。
「大丈夫、母上……必ず助け出します……。」
「まさか……お前……」
今度は国王が疑念に満ちた目で娘を見つめる。
姫は何も答えず、ただ俯いた。
「……そんな……お前が……」
国王は絶望と苦悩の入り混じった声を漏らす。
「さて、感動の再会は済んだようだな。」
デモントはにやつきながら、特別な牢を指し示した。
「姫君よ。ここがそなたの新しい部屋だ。
魔法で封じられた特別な牢だ。入れば、他の者は解放してやろう。
約束しようではないか。」
「やめるのだ、娘よ!」
国王が必死に叫ぶ。
「逃げるべきだったのだ!
警戒部隊が到着するまでに、まだ猶予があったはずだ!」
「いいえ、父上……。
彼らでは間に合わなかったのです。」
カトリーヌは強い眼差しで言い切った。
国王と王妃は言葉を失い、顔に絶望の影を落とす。
娘を犠牲にして他を救う――その現実があまりにも残酷であった。
「ところで……姉上は?」
カトリーヌが険しい表情で問う。
「ご両親と共にいるさ。
ただし……病を患っていてな。治療が必要だろうなぁ。」
デモントは肩をすくめ、せせら笑う。
「ふふふ……そんな目で睨むな。
ここは五つ星ホテルでもなければ、私は医者でもないのだぞ!」
嘲るように杖を振り回す。
突然、デモントは姫を乱暴に捕まえると、その牢へ押し込んだ。
扉が閉じられると同時に、強力な拘束魔法が発動し、姫の身体は完全に麻痺した。
「……完璧だ。
これで私の計画は大きく前進する。
不死へと至る道が、目前に――!!
ハーーッハッハッハッ!!!」
デモントの兵たちは次々と牢を開け、捕らわれた人々を解放していく。
だが姫だけは残された。
国王と王妃は、娘の姿を見つめながら心を引き裂かれていった。
やがて牢には、姫とデモントだけが残る。
「……ついに、手に入れたぞ姫君。
どれほどこの瞬間を夢見たことか……。」
デモントは顔を近づける。
涙に濡れた瞳で必死に抗う姫。
だが身体は動かず、声も出ない。
その無力感は――彼女を内側から切り裂いていった。
「だが……残念ながら、お前たちを生かして帰すつもりはない。
ドラカリスよ、炎で全員を焼き尽くせ!」
デモントが叫ぶと同時に、空から巨大な影が急降下してきた。
「了解。」
漆黒の翼を広げ、黒竜ドラカリスが唸り声を上げる。
「化け物め……!」
王女は怒りを込めて睨みつける。
「ハーーッハッハッハ!」
デモントは高笑いを響かせる。
だが――
「そして……あまりにも単純ね。」
王女は不敵に笑った。
「な、なに……?」
デモントが目を見開く。
「――解放!」
ドラカリスが急降下し、凄まじい炎で人質ごと焼き払おうとしたその瞬間――
空間に巨大な魔法陣が展開され、強烈な光が弾けた。
「なっ……これは……?
王女、何をした……!?」
デモントが振り返ったとき――王女の姿が溶けるように消え、代わりに現れたのは……
「ちゅーしてくれるのかのぉ?
やめてくださ〜い ♥♥♥」
あの、どこか間抜けな声。
そこにいたのは――変装していた大賢者コルネウスだった!
魔法陣から飛び出したのは、鋼鉄の巨像に乗った少年。
「間に合ったぜ!」
ジェイズが叫び、ゴーレムの拳を叩き込む。
「なに……!?」
ドラカリスが驚愕の声を上げる間もなく、その巨体は地に叩きつけられた。
「よしっ! 一発で決まった!」
ジェイズは操縦席でガッツポーズ。
巨像はそのまま黒竜を地面に押さえ込み、身動きを封じる。
「この……何をしたぁぁ!」
デモントは怒り狂う。
「ふふん、これは高等魔法――変身と空間隠蔽を組み合わせた秘術だ。」
誇らしげに胸を張る賢者。
「くっ……! ドラカリス、助けろ!」
「無理だな。」
コルネウスがにやりと笑う。
「お前の竜は今……忙しいのだ。」
ゴーレムは黒竜を押さえ込み、まるで人形のように地に縫い付けていた。
「ククク……面白い玩具だな。」
苦しげに笑うドラカリス。
「動くな! 首をへし折るぞ!」
ジェイズが睨みつける。
「怖い怖い。」
わざとらしく肩をすくめる竜。
そのとき、王女は母に駆け寄り――だが、まだ賢者の姿のままだった。
「お母さま〜〜!!」
「ひっ……!? こ、コルネウス……?」
王妃は戦慄の表情で、抱きついてきた“賢者”を受け止める羽目に。
地面に押さえつけられていたドラカリスが、ゆっくりと首をこちらに向けた。
「やはりな……。
あの老人からは、妙な匂いがしていた。」
「何を企んでいる……?」
ジェイズは睨みながら問いかける。
緊張が張り詰める。
「いや、坊主……ただ感心しているだけさ。
なかなかやるな。」
竜は妖しい笑みを浮かべる。
――そして。
「だが、そろそろ本気を出すとしようか。」
黒竜が大きく翼を広げた。
空気が爆発するような突風が吹き荒れ、ジェイズは操縦席で必死に踏ん張る。
(くっ……なんて力だ……!
絶対に逃がすもんか!)
だが――無情にも。
ドラカリスは力強く身を捩じり、ついにゴーレムの拘束を打ち破った。
「くそっ!」
ジェイズは叫んだ。竜が拘束を振りほどき、宙へと舞い上がる。
「その鉄くずをチーズにしてやる!」
黒竜ドラカリスが咆哮し、灼熱の炎を至近距離から吐き出した。
炎はゴーレムを直撃し、後方の岩壁をも溶かしながら押し潰す。
世界が炎に呑み込まれ、辺りは地獄そのものと化した。
「これがお前と私の力の差だ!」
ドラカリスの怒声が響き渡る。
「うわああああああ!」
ジェイズは全身を焼き尽くす熱を感じ、必死に耐える。
「ジェイズ!!」
王女は声を枯らして叫ぶ。
「お願い……生きて……!」
「……無理です、殿下。」
第一部隊長エスカーが顔を歪めて呟く。
「竜は魔法をも凌駕する存在……攻撃は通じません。」
それでも――
「……ジェイズ……!」
王女は涙を流しながら祈るしかなかった。
炎がすべてを焼き尽くす中。
「終わりだ、坊主。」
ドラカリスは炎を吐きながら、勝利を確信していた。
しかし――
炎の中から立ち上がる巨大な影。
「な……何っ!?」
ドラカリスの瞳が驚愕に見開かれる。
ゴーレムは灼熱の海を突き破り、炎をものともせず歩み寄る。
その巨腕が竜の首を掴み、岩壁へと叩きつけた。
「ぐっ……馬鹿な!」
ドラカリスの悲鳴が響く。
「……ふぅ……熱かったぜ……。」
操縦席でジェイズは汗を拭いながら笑った。
「どうして……どうして炎に耐えられる……?」
「どうって? 俺は――炎の錬金術師だからな!
炎に耐えられて当たり前だろ、バカ竜!」
「……くだらぬ理屈を!」
竜は呻くが――
ジェイズはさらに叫んだ。
「それに……このゴーレムには胸にこう刻まれている。
“竜殺しの鋼鉄巨像” ってな!」
「なっ……!」
「炎の錬金術師の俺と、竜殺しのゴーレム。
どう考えても……お前にとって最悪の組み合わせだ!」
場の空気が一瞬静まり返る。
そして――
「理に適ってる……!」
兵士たちが一斉に声を上げた。
「ジェイズ……!」
王女の瞳は星のように輝いていた。
「お前は……お前は許せん!」
黒竜は怒声を上げるが、連続の拳が降り注ぐ。
ゴーレムの猛攻により、竜の巨体は地へと沈み込んだ。
「観念しろ。ここで終わりだ。」
ジェイズが冷たく告げる。
しかし――
「許さぬ……許さぬ……許さぬ……許さぬ……!」
地に伏したドラカリスが、獣のように叫び続ける。
「お、おい……壊れたレコードみたいになってるぞ?」
ジェイズは困惑しながら呟く。
「――許さぬ!!」
その瞬間、竜の全身が眩い光に包まれた。
「な、何だ……!?」
兵士たちが口々に叫ぶ。
「ジェイズ……!」
王女は両手を胸に当て、震える声を漏らす。
そして炎と光が弾け飛んだ後――
そこに立っていたのは、竜ではなかった。
黒髪をなびかせ、漆黒の鱗と角、しなやかで逞しい肢体を持つ一人の女。
野生的で、同時に妖艶な瞳がすべてを射抜く。
「……許さぬ!」
竜から人へ――ドラカリスの真の姿が顕現した。
つづく…
竜を圧倒するはずの鋼鉄巨像。
だが黒竜ドラカリスは叫び続け、ついに“真の姿”を現した。
人か、竜か――その存在は誰にも止められない。
続く。




