至高の皇女の秘密
ジョセフィーナの恐怖政治と、アレリスの暴走愛! 前回のハグから一転、物語はシリアスな過去語りへ……と思いきや? ジェイズの「モテすぎて辛い(物理)」という切実なトラウマ。 そしてそれを全てねじ伏せる皇女様のパワーワード。 「愛」は「常識」を超えるのか!?
貴賓室は濃密な沈黙に支配されていた。 ただ、ジェイズの胸に顔を埋めて泣くアレリスの嗚咽だけが響く。シャンデリアの光が揺らめき、まるで影たちがこの場の証人となっているようだった。
ジョナサンはその場に立ち尽くし、震える声で呟いた。
「な、な……どういうことだ? なぜ皇女殿下が、あんな熱情的に彼を……?」
彼の隣で、ジョセフィーナが優雅に、しかし氷のように冷たい視線を向けた。
「明白でしょう、ジョナサン」
彼女の声は低く、しかし剃刀のような切れ味があった。
「殿下は、愛する男性に……情愛を示しておられるのです」
ジョナサンは腹を殴られたかのように後ずさった。
「あ、ありえない! 彼はただの平民だぞ! 地球とかいう辺境の惑星出身の……雲の上にいるお方が、あんなゴキブリ如きに目をかけるなんてありえない!」
ジョセフィーナはゆっくりと彼の方を向いた。その視線は猛毒の針のように鋭かった。
「言葉を慎みなさい……」
殺気を帯びた警告だった。
「殿下を侮辱すれば、貴方の家名など一瞬で塵となりますよ?」 「ひぃぃぃぃッ!」
ジョナサンは顔面蒼白になり、悲鳴を上げながら冷や汗を流した。 ジョセフィーナは声を荒らげる必要すらなかった。彼女の放つ威圧感だけで、彼は押し潰されそうだった。 彼女は一歩近づき、さらに声を潜めた。
「それに……貴方は見てはいけないものを見てしまいました。至高の皇女の秘密を。さて、ジョナサン……貴方をどう処分しましょうか?」
貴族は歯を食いしばり、震え出した。
「な、何を言っている? 被害者は僕だぞ! 奴じゃない!」
ジョセフィーナは凍りつくような、それでいて楽しげな笑みを漏らした。
「被害者? ……すべてを忘れた方が賢明ですよ。さもなくば、この場で貴方の命を絶たねばなりません」 「不公平だッ!」
ジョナサンは絶望的に呻いた。
「僕はこんな目に遭う謂れはない! 正義を要求する!」
ジョセフィーナは彼を見下ろした。その影が、巨大な爪のように彼を包み込む。
「正義、ですか?」
彼女は毒を含んだ声で囁いた。
「貴方は、パンを一切れ求めただけの無力な少女に慈悲を見せましたか?」
ジョナサンは言葉を失った。 ジョセフィーナが指を鳴らすと、彼女の前に液体の鏡のような魔法の光が現れた。
「私は魔女です、ジョナサン。過去の事象を再構築する魔法を極めております。一年前の出来事さえ詳細に再現可能です。殿下に、貴方が無力な少女をどう扱ったかお見せしましょうか?」
貴族はゴクリと唾を飲み込み、膝が笑い始めた。
「それとも……」
彼女の声はベルベットのように滑らかだが、致命的だった。
「もっと古い出来事をお見せしましょうか? 密輸……脱税……貴方の家がひた隠しにしてきた汚水の数々。殿下は喜んでご覧になるでしょうね」
ジョナサンの顔は土色になり、滝のような汗が流れた。 ジョセフィーナは微かな笑みを浮かべ、彼の耳元に顔を寄せた。その吐息は霜のように冷たかった。
「あるいは、もっと手っ取り早い方法もありますよ……廃人にする魔法です。すべてを忘れるのです……呼吸の仕方さえも。死ぬまで空っぽの人形として生きるのです」
ジョナサンの目は飛び出しそうだった。彼を食い尽くす恐怖は本物だった。 この女に指一本でも逆らえば、自分の命も、家系も、記憶さえも瞬きする間に消滅するという確信があった。 ジョナサンは初めて、真の無力感というものを味わった。
***
貴賓室にはまだ香の匂いと、張り詰めた緊張が残っていた。 ジョセフィーナが一歩踏み出す。薄明かりの下、その姿は死刑執行人のように見えた。
「さて……お返事を」
ジョナサンは冷や汗でびしょ濡れになりながら、敗北を認めて呟いた。
「わ、私は……ここから去る。何も言わない。何も見ていない」
ジョセフィーナは、結末を知り尽くした処刑人のような侮蔑の目で彼を見た。
「よろしい。皇家の印章入りの書状を送りましょう。貴方の家の惑星間条約における利益を15%上乗せするという内容で。これで貴方は15%裕福になります。公平でしょう?」 「は、はい、奥様! 感謝いたします! 直ちに失礼します!」
ジョナサンは何度も頭を下げ、震えながら去ろうとした。 だが、ジョセフィーナが手を上げて彼を止めた。
「待ちなさい。まだ終わりではありません」
彼女が低い声で古の呪文を唱え始めると、ジョナサンは石のように固まった。 白く濃密に輝く霧が彼女の唇から生まれ、生き物のように貴族の鼻腔へと滑り込んでいく。
「な……何を……!?」
彼は顔を覆って呻いた。
「保険ですよ」
ジョセフィーナは冷酷に微笑んだ。
「私にしか解除できない『条件付きの呪い』をかけました。沈黙すれば生きられる。話せば……死ぬ。お分かりですね?」
ジョナサンは死人のように青ざめ、よろめきながら部屋を出て行った。 部下たちが駆け寄ったが、彼は無理やり彼らを払いのけた。
「離せ! 何もなかったのだ! 至高の皇女は公正であらせられる!」
部下たちは訳が分からず困惑したが、主人は逃げるように廊下の奥へと消えていった。
***
【皇女の心】
広間に戻ると、そこは別世界だった。 アレリスはいまだにジェイズにしがみつき、涙目で顔を真っ赤にしていた。
「あの、皇女様……」
ジェイズは居心地悪そうに溜息をついた。
「もう終わりましたよ。こんな風に抱きつくのはマズいんじゃ……」 「うるさいっ!」
アレリスは彼の胸に顔を埋めたまま泣きじゃくった。
「これからが本番なのよぉぉ……うわぁぁぁん!」
ジェイズは助けを求めてジョセフィーナを見たが、彼女は腕を組んだまま、冷淡に顔を背けた。
(見捨てられた……)
ジェイズは諦めて呟いた。
「皇女様、どうしたんですか? 俺に会えた嬉しさだけで泣いてるわけじゃないですよね?」
アレリスは手の甲で涙を拭った。
「見たのよ……私の『瞳』が、貴方との未来を見せたの」 「え?」
ジェイズは眉をひそめた。
「まさか……俺、死ぬんですか?」
アレリスは強く首を振った。
「違うわ……! 貴方が……貴方が私をフるのよ!」 「は?」
ジェイズは凍りついた。
「また始まったわ……」
ジョセフィーナが眉間を揉みながら吐き捨てる。 アレリスは声を張り上げた。その震えは恐怖ではなく、痛みからくるものだった。
「そうよ。私が見た未来では、私が貴方に想いを伝えて……どれだけ愛しているか伝えても……貴方は私を拒絶するの」
ジェイズは困惑して一歩下がった。
「待ってください、皇女様……俺を愛してる? まだ出会ってそんなに経ってないのに!」 「分かってる!」
彼女は頬を染めて断言した。
「でも、この瞳は貴方の本質を見通せるの。恋に落ちずにはいられなかったわ。参加者の写真を見た時から、貴方がアリーナに立った時から……一目惚れだったのよ!」 「ちょ、ちょっと落ち着きましょう……」
ジェイズはお手上げ状態で両手を上げた。 アレリスは彼を真っ直ぐに見つめた。その瞳には、涙を貫くような決意があった。
「いいえ。今、私を見て」 「は、はい殿下!」
直立不動になるジェイズ。 皇女は深い眼差しで彼を捉えた。エメラルドの瞳が燃えるように輝く。
「本当に愛してる。こんな気持ち初めてなの。だから見て……皇女としてじゃなく、恋する一人の女として」
ジョセフィーナが不快そうに口を結んだ。 ジェイズは長く息を吐き、緊張を逃がした。
「なるほど……その瞳が見せた未来で、俺が断ったってことですね?」
アレリスはゆっくりと頷いた。
「あのね……」
ジェイズは苦笑した。
「皇女様、貴方みたいに綺麗な人をフるなんて、狂人くらいですよ」 「えぇぇっ!?」
アレリスとジョセフィーナが同時に目を見開いて叫んだ。 ジェイズは頭をかきながら続けた。
「若いし、教養はあるし、最強の家の跡取りで、銀河の最高権力者……。でもそれ以上に、優しくて、思いやりがあって、女の子らしくて温かい。そんな人を断る馬鹿がどこにいます?」
アレリスの瞳に金色の光が灯る。唇が震えた。 だが、ジェイズは彼女が恐れていた言葉を口にした。
「でも……問題なのは、俺の方なんです」
アレリスは息を止めて固まった。
「俺は、まともな関係を持てない呪いにかかってるようなもんで」
ジェイズは声を落とした。手がわずかに震えている。
「俺が力を使うと、周りの女性は正気を失って、俺に執着しちまう。制御できないんだ。即効性がある」
アレリスが口を開こうとしたが、彼は痛みを滲ませて続けた。
「思春期の頃は学校にも行けなかった。女子生徒全員に襲われて、怪我させられて、何度も入院した。先生にさえ襲われた。友達も失った。だから祖父のいる田舎に送られて、男子校に通うしかなかったんだ」
沈黙が落ちた。告白の重みがのしかかる。
「俺が言いたいのは……」
ジェイズは視線を落とした。
「貴方を拒絶したいわけじゃない。誰とも安定した関係を築けないってことなんだ。旦那が自分の意思とは関係なく、他の女と寝たり襲われたりするなんて……そんなの誰も耐えられないでしょう?」
アレリスは俯いた。瞳の輝きが悲しみの影に覆われる。
「それが理由なんです……分かってください、皇女さ――」 「関係ないわッ!!」
不意に、彼女は予想外の力強さで叫んだ。
「え?」
アレリスは顔を上げた。頬は涙で濡れていたが、その瞳は怒りと愛で燃え盛っていた。
「100人のハーレムだろうが、100万人の女がいようが関係ないわ! 私は貴方の妻になりたいのッ!!」 「はぁッ!?」
ジェイズは口をあんぐりと開けて凍りついた。
(続く)
「100万人でも関係ない!」 言っちゃいましたね、皇女様(笑)。 普通ならドン引きするジェイズの体質を、まさかの「全肯定」。 これが「至高」の器というものでしょうか? ジョセフィーナの胃痛が心配ですが、二人の関係はどうなる!?
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