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炎の錬金術師と新たなる災難

読者の皆様、お待たせいたしました! いよいよ第3巻、『宇宙編(仮)』の開幕です!


前巻で都市を救い、英雄として称えられるはずのジェイズですが……彼の周りに「平穏」という文字はありません。 華やかな祝賀パーティー、食いしん坊な竜姫、そして運命の少女との出会い。


新たな災難トラブルの幕開けを、どうぞお楽しみください!

挿絵(By みてみん)


静寂が街を支配していた。


弔いの鐘がゆっくりと鳴り響き、普段は活気に満ちた大通りも人影はない。家々の窓には、あの悲劇の夜に失われた命の数だけ蝋燭の灯が揺らめいている。 空気には線香の香りと、深い悲しみが漂っていた。


闘技大会は中止となった。 死者の中には、ヴァダース・ヴァンダーホールド伯爵の名もあった。 彼は悪魔の誘惑に屈し、その心の弱さゆえに瘴気に侵され、アクロンに乗っ取られた末の最期だった。彼の妻もまた、空っぽの抜け殻となり果てていた。二人は堕ちたのだ。


至高の皇女アレリス・ヴァルタリアは、事の顛末を記した書簡を父帝へと送った。 その中で彼女は、北の帝国と南の帝国の行く末について警告していた。北に属する『魔族の領域』が、多種族間で結ばれていた百年の盟約を破ったのだ。 彼らの狙いは明白――アレリス自身が守護する『運命のアイ・オブ・デスティニー』の奪取である。その天空の器官を手に入れて何をするつもりなのか、それを知る者はいない。


あの忌まわしい夜から五日が過ぎた。 そして今日、街を救った英雄たちの表彰が行われることになっていた。ジェイズたちのチームだけではない。中央ギルド周辺に住む市民を守るため、多くの冒険者部隊が命を懸けたのだ。


だが、いつものように……我らが英雄は遅刻していた。


「遅刻だ、遅刻だ、遅刻だ、クソがああああっ!」


ジェイズは滝のような汗を流しながら疾走していた。


あるじよ……わらわが一緒におることを忘れてはおらぬか?」


ドラカリスが面白そうに眉を上げながら問いかける。


「え?」


ジェイズが困惑して振り返る間もなく、ドラカリスは悪戯っぽい満面の笑みを浮かべ、許可も取らずに彼を軽々とお姫様抱っこした。 瞬間、二人の体は轟音ごうおんを残して空へと射出された。


「主よ、大丈夫か? 速すぎるかの?」


彼女は何でもないことのように尋ねる。


「あへぇ……あ、あ、あ……」


ジェイズは口から泡を吹きながら痙攣していた。


「ん? 何を言っておるのか分からぬぞ、主よ……その口から出ておるのは泡か?」


ドラカリスは純粋な不思議顔で彼を覗き込む。


「ス、スピード落とせぇぇッ! 死ぬッ! 死んじまうッ!」


ジェイズは白目をむいて絶叫した。


「もう、主は軟弱じゃのう」


彼女はケラケラと笑い、さらに加速した。 空には、まるで炎と光で到着を告げるかのように、鮮やかな紅蓮の軌跡が刻まれた。


***


「主よ、吐いたのか?」 「お前のせいだろッ!」


びしょ濡れになったジェイズが唸る。


「くふふ……すまぬのう……今夜は、お仕置きかの?」 「いや! それだとお前へのご褒美になっちまうだろ!」 「主のいじわるぅ!」


ドラカリスは嘘泣きしながら、猛スピードでその場を離れていった。


***


ギルドの大広間では、すでにうたげが始まっていた。 魔法のシャンデリアが大理石の床や、貴族、商人、冒険者たちの顔を照らし出している。優雅なオーケストラの調べが空気を満たしているが、会場の隅々で交わされる会話は、音楽よりも熱を帯びていた。


その煌びやかな光の中で、アリスは佇んでいた。 体のラインを美しく引き立てる黒のドレスをまとい、長く下ろした髪が肩にかかるその姿は、周囲からの羨望の眼差しと溜息を集めていた。


(あの子……来ないのかしら? 彼のこと考えるだけで、どうしてこんなに心臓がうるさいの? まさか私……)


彼女の思考は、サファイアのブローチをつけた白いスーツの青年によって遮られた。彼は指にはめた金の指輪をもてあそびながら、傲慢な笑みを浮かべていた。


「こんばんは、アリス嬢。僕はジョナサン。センテラ最大の商会の跡取りさ。君の美しさについては噂に聞いていたが……実物は噂以上だね」


彼はグラスを掲げた。


「今夜、僕のパートナーになってくれないか?」


アリスは礼儀正しく頭を下げた。


「残念ですが、お断りいたします。今夜は……待っている人がいますので」 「おや、それは残念……」


ジョナサンは歪んだ笑みを浮かべ、指輪をくるりと回した。


「なら後で、僕の個人用飛空艇でドライブでもどうだい? 選ばれた者しか味わえない体験だよ」


彼女は優雅に溜息をついた。


「今夜はずっと、その方と一緒に過ごすつもりです。私のパートナーは……たった今、到着しましたから」


ジョナサンが片眉を上げる。


「パートナー、だと……?」


その時だった。ジェイズが大広間に入ってきたのは。 彼は少しぎこちない足取りで、所在なげに辺りを見回していた。だがアリスを見つけると、その表情がぱっと明るくなった。


「アリスさん! 会えてよかった……他の皆がどこにいるか知ってる?」


アリスの心臓が大きく跳ねた。跡取り息子には一度も見せなかった花のような笑顔が、彼女の唇に咲いた。


「ジェイズ! 待ってたわよ!」 「え? 俺を?」


ジェイズが瞬きする。 彼女は自然な動作で彼の腕を取り、ぴったりと寄り添った。会場中に囁き声が広がる。


「あれが英雄か……」 「アリスがあんな小僧と?」 「へぇ……見た目よりやる男なのかもな」


ジョナサンはグラスを握りしめ、あまりの力の強さに硝子ガラスにヒビが入った。


「なるほど……あの小僧が相手か。君や至高の皇女と共に街を救ったという、噂の英雄気取りかい?」 「その通りよ」 「……」


(哀れなガキだ。今のうちにいい気になっていればいい……アリスはいずれ僕のものになる。僕には、お前が一生かかっても手に入れられない『富』があるんだ)


ジョナサンはすれ違いざま、ジェイズの耳元で囁いた。


「アリスは君には不釣り合いだ。身の程を知って離れるんだな」


だがジェイズは怯むどころか、アリスの腰に腕を回し、力強く自分の方へと引き寄せた。 アリスは小さな悲鳴を上げ、耳まで真っ赤になる。


「ご忠告どうも」


ジェイズは低く、挑発的な声で言い放った。その声は、オーケストラの音色さえもかき消すほどの存在感を放っていた。


「だが断言させてもらう。今夜……アリスさんは世界で一番幸せな女性になるんだからな」


広間が静まり返った。 ジョナサンは乱暴にきびすを返し、顔を強張らせたまま部下を引き連れて出て行った。


ジェイズは長く息を吐いた。


「ああいう手合いは大っ嫌いだよ。金や権力がありゃ、いつでも女の人を口説けると思ってる勘違い野郎め」 「あ、あの……そろそろ離してくれないかしら……?」


アリスは彼の視線に耐えきれず、しどろもどろになった。


「す、すごく恥ずかしいんだけど……!」 「ああっ! ご、ごめん!」


ジェイズは慌てて手を離した。


「つい、その場の勢いで……」


彼女は顔を背けたが、はにかんだような笑みを隠しきれなかった。


「……かっこよかったわよ。やっぱり、頼りになるのね」 「そ、そう? 俺はただ……思ったままに行動しただけだけど」


ジェイズは照れくさそうに頭をかいた。 アリスの瞳が優しく揺れる。


「……バカ」


二人の周りだけ時間が止まったようだった。音楽は遠いさざめきとなり、周囲の視線が二人に釘付けになる。


「そういえば……」


ジェイズが唐突に切り出した。


「出会った日に俺が錬成したその黒い眼帯、まだ着けてるんだな」 「あ……替えの包帯がなくて……それに……」 「俺が言いたいのは、そういうことじゃない」


彼は彼女に顔を近づけた。


「ドラカリスの血のおかげで、視力は戻ったはずだろ」 「うん……まだ慣れなくて。貴方が傷を治すってしつこく言うから……まさか視力まで戻るなんて思わなかったわ」 「なら、見せてくれよ」


ジェイズは微笑んだ。


「その綺麗な緑色の瞳を、みんなに見せてやれよ」


震える手で、アリスは眼帯を外した。 その瞬間、広間中の人々が息を呑んだ。


光を浴びたエメラルドのような、鮮烈な緑の瞳が露わになった。 オーケストラの手が止まり、驚嘆の囁きが波紋のように広がる。


「……すげぇ、綺麗だ」


ジェイズは呆然と呟き、自分の顔が熱くなるのを感じた。 アリスは視線を逸らしたが、こみ上げる笑みを抑えきれなかった。


「バカ……どうして貴方は、そういうことを平気で言えちゃうのよ」


***


豪奢な晩餐会。 魔法で吊るされたクリスタルランプが黄金の輝きを放ち、磨き上げられた大理石や中央ギルドの旗印を照らしている。テーブルには肉料理や焼き立てのパン、異国の果物が並び、泡立つワインが光を弾いていた。 すべてが完璧に計算された優雅な空間。


その絵画のような光景の中で、一つだけ強烈な違和感を放つ存在があった。 ドラカリスだ。 彼女は自分には不釣り合いなほど優雅な純白のドレスを身に纏い、しかし野性味あふれる正直さで肉にかぶりついていた。タイトなドレスは彼女の肢体したいを強調しているが、窮屈そうでもあった。


「主よ、なぜ妾を一人にしたのじゃ?」


口いっぱいに肉を頬張りながら彼女が言うと、貴族たちが不快そうに咳払いをした。


「一人になんかしてねぇよ! お前が勝手にビュッフェに突っ込んでって、引き剥がせなかっただけだろ!」 「てへっ」


ドラカリスはソースで汚れた口元で笑った。


「だって美味そうじゃったし。妾が味わう前になくなるなど、許せるわけがなかろう?」


アリスはその光景を興味深そうに眺め、小首を傾げた。


「あれが……竜姫ドラカリス? でも……今は普通の女の子に見えるわね」 「ああ」


ジェイズは溜息交じりに説明した。


「元の姿だとデカさと筋肉質ボディで驚かれるのが嫌なんだとさ。だからこの姿になってる」 「うんうん、主よ」


ドラカリスは幸せそうに咀嚼する。


「この姿だと気分が良いのじゃ。こんなことなら、もっと早くからこうしておればよかったわ!」


アリスが微かに微笑んだ。普段は滅多に見せない表情だ。


「その姿、とても可愛らしいわよ。ドラカリス」


ドラカリスの瞳が、悪戯っぽく煌めいた。


「気をつけよ、人間。見た目は可愛くとも……いつでも貴様を消し炭にできるんじゃからな?」


聖剣の乙女は、まるで澄んだ鈴が鳴るように笑った。


「ふふっ……貴方って本当に面白いのね!」


(アリスが……あんな風に笑うのを初めて見た)


いつも張り詰めた空気を纏っていた彼女が、今日は人間らしく見える。ジェイズは胸が温かくなるのを感じた。 彼の視線に気づき、アリスはわずかに頬を染めた。


「な、何よジロジロ見て……変かしら?」 「いや!」


ジェイズは即座に否定した。


「逆だよ……すごく綺麗だ」


ドラカリスが舌打ちし、ニヤリと笑った。


「主よ、もうこやつを『頂いて』しまえばよかろう? 二人きりになりたいなら、妾は少し席を外してやるぞ?」 「い、いただ……ッ!?」


アリスが信じられないという顔で目を見開く。


「な、何を言い出すのよこの竜は!?」 「お前なぁ……! 黙って食ってろこの破廉恥ドラゴン!」


ジェイズは顔を覆った。恥ずかしさと呆れで頭が痛い。


オーケストラが軽快な曲調に変わり、会場の賑わいが増していく。 夜はこのまま、穏やかに更けていくはずだった。


だが、その平穏は唐突に打ち砕かれた。


パリンッ!


ガラスが砕ける音。続いて、悲鳴。 音楽が、扉を叩きつけられたように唐突に途切れた。耳が痛くなるほどの静寂が訪れる。


「誰だッ! こんな薄汚いガキを会場に入れたのは!!」


会場の中央で、ジョナサンが怒りで顔を歪めていた。 純白だったスーツは泥で汚れ、手には砕けたグラスが握られている。


「僕の服が汚れただろうが! この悪臭を放つ手で触るな!」


視線の先には、九歳ほどの幼い少女がいた。 髪はボサボサで、頬は汚れ、着ている服はボロボロだ。桃色の瞳には涙が溜まり、いまにも零れ落ちそうに震えている。


「お、おじちゃん……」


少女は震える声で懇願した。


「お腹が空いて……お願い、何か食べるものを……もう何日も食べてないの」


会場にざわめきが走る。ハンカチで口元を覆う貴族、眉をひそめて後ずさる婦人。 だが、誰一人として歩み出る者はいなかった。 ジョナサンは少女を汚物を見るような目で見下ろした。


「よりによって僕にか? 失せろ、汚らわしいゴミめ! 吐き気がする!」


ドゴッ!


乾いた蹴りの音が響いた。 少女は大理石の床に倒れ込み、小さな呻き声を漏らす。それでも彼女はふらふらと起き上がり、ジョナサンのズボンにすがりついた。さらに泥の染みが増える。


「お願い……おじちゃん……食べるものを……ッ!」 「ふざけるなッ! 離せこのクズが!」


ジョナサンは懐から銀色の魔導銃を取り出した。冷たい銃口が、少女の額に突きつけられる。 誰かが息を呑んだ。


「ジョナサン様、お待ちください……ただの子供です」


身なりの良い初老の男性が、両手を上げて制止に入った。


「私がなんとかしますので」 「偽善者ぶるな。もう手遅れだ!」


ジョナサンは躊躇なく銃口を老人へ向けた。


「身の程を知れ!」 「あ……」


ダァンッ!


銃声が鐘のように響いた。老人は肩を押さえて崩れ落ち、悲鳴を噛み殺した。


「ひぃ……ッ! お、お助けを……」 「黙れ虫ケラ」


ジョナサンは再び、床で震える少女に銃口を向けた。


「今夜は最悪の気分だ。このガキで憂さ晴らしをさせてもらう。僕はヴァルタリア皇家の御用達であり、至高の皇女の忠実な下僕だ! ここにいる誰を殺そうと、僕にはその権利がある!」


「やめて……」誰かの呟きは届かない。 少女はぎゅっと目を閉じた。 ジョナサンの指が、引き金にかかる。


その時。 一閃の光が空気を切り裂いた。


速すぎて、風を感じた者しかいなかった。 鋭い斬撃の軌跡だけが網膜に残る。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


絶叫。 ジョナサンの手首から先が、銃を握ったまま床に落ちた。 鮮血が絨毯とテーブルクロスに飛び散る。 ジョナサンはよろめき、椅子にぶつかって尻餅をついた。


彼の前には、聖剣ソルを構えたジェイズが立っていた。 その瞳には、明確な怒りの炎が宿っていた。


「き、貴様……! よくもッ!?」


ジョナサンが震える声で叫ぶ。


「殺せ! そいつの首をねろ!」


三人の護衛が飛び出した。 一人目は到達さえしなかった。アリスが滑るように前に出る。彼女の剣が静かな弧を描き、手首と膝を一瞬で打ち砕く。男はわけもわからず崩れ落ちた。


二人目が短剣を投げる。ドラカリスは首をわずかに傾けてそれを避け、そのまま回転蹴りを放った。男はデザートのテーブルに激突し、生クリームとグラスの破片にまみれて沈黙した。


三人目が背後からアリスを襲おうとした。 アリスは振り返りもせず、肘鉄を男のみぞおちに叩き込む。次の瞬間、彼女の剣先は男の喉元にピタリと止まっていた。 男は白目をむいて気絶した。


会場は凍りついた。 悲鳴を上げる者、呆然とする者、皮肉な拍手を送る者。 だが誰も、ジョナサンに駆け寄ろうとはしなかった。


ジェイズは彼らには目もくれず、ただ少女だけを見ていた。 壊れ物を扱うように、そっと彼女を抱き起こす。


「大丈夫か?」


少女が恐る恐る目を開けた。涙で濡れた桃色の瞳が、ジェイズを映す。


「う……うん……ありがとう……お兄ちゃん……怖かった……」


ジェイズは彼女を胸に抱き寄せ、頭を優しく撫でた。


「もう大丈夫だ。俺が守ってやる」


その声は力強く、温かかった。


「名前は?」 「……リン。リンです。……ほんとうに、守ってくれるの?」


少女の瞳に、驚きと恐怖以外の何かが宿った。それはまるで、暗闇の中で初めて光を見つけたような輝きだった。 ジェイズは、騎士のように力強く微笑んだ。


「ああ、約束する。騎士が、お姫様を守るようにな」


(続く)


挿絵(By みてみん)

お読みいただきありがとうございます!


いきなりの修羅場でしたね。 ドレス姿でもお構いなしに肉を食らうドラカリスと、泥だらけの少女リン。対照的な二人ですが、どちらもジェイズにとって重要な存在になっていきます。


そしてジェイズ! 普段は情けない彼ですが、今回はバシッと決めてくれました。 「騎士がお姫様を守るように」 この言葉が、孤独な少女リンの心をどう変えていくのか……これからの展開にご期待ください!


【お願い】 「面白かった!」「ジェイズやるじゃん!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、 下にある ☆☆☆☆☆(評価) や ブックマーク登録 をしていただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします!


次回も更新頑張ります。応援よろしくお願いします!

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