表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/59

「彼女が……彼女がここにいる!」

「希望と絶望は、紙一重だ。


英雄の血は黒く濁り、聖なる光さえも飲み込まれていく。


迫りくる漆黒の爪、届かない叫び。


だが、運命の歯車はまだ止まってはいない。


少年の覚悟と、姫の口づけが重なるとき――


次元を超えた『最強』が目を覚ます。」

英雄ラウルは、その真新しい悪魔の肉体の全重量を乗せて、主人公へと襲いかかった。


だがジェイズは、激痛と恐怖に耐えながら、土壇場で錬金術を発動させる。


「今だッ!!!」


渾身の叫びとともに、魔力を練り上げる。


炎の錬金術による純粋な変成で生み出された、鋭く輝く槍がその手から放たれた。それは一瞬にしてラウルの胸を貫き、心臓を刺し通した。


「ぐあぁぁぁぁぁっ!」


ラウルの口から鮮血が噴き出す。


「好き勝手にはさせないぞ!」


滝のような汗を流しながら、ジェイズは叫んだ。


しかしその直後――ラウルは笑った。広く、不気味で……人間とは思えない笑みだった。


「ジェイズ、危ない!」


アレリスが叫んだが、もう遅かった。


 **シュパッ!**


黒く鋭い触手が、ジェイズの脚を深々と貫いた。


「ぐあああああああっ! くそ……痛ぇ……痛すぎるッ!」


ジェイズは激痛に悶え、膝をつく。


「捕まえたぜ……!」


ラウルは嘲るように言い放つと、凄まじい力で拳を叩きつけた。ジェイズの身体は数メートル吹き飛び、岩に激突した。


「ぐふっ……!」


衝撃で血を吐き出す。


「ジェイズ、いやぁぁっ!!! お願い、死なないで!」


アレリスが駆け寄ろうとする。


だが、彼女がたどり着くより早く、別の触手がその首を捉え、宙へと吊り上げた。ギリギリと締め上げる力が強まる。


「あ、ぐぅ……っ!」


姫は苦痛に呻き、呼吸を求めてもがく。


「姫さま……」


ラウルは醜く歪んだ顔を近づけ、耳元で囁いた。


「大人しくしていたほうが身のためだぜ。さっさとその目をくり抜かなきゃならねぇんだ……もう時間がねぇんでな!」


「い、いや……っ!」


アレリスの顔は圧迫で赤く染まり、言葉にならない悲鳴を上げる。


ラウルの手が彼女の顔へと伸びる。黒く輝く鉤爪が、“運命の眼”まであと数センチに迫っていた。意識が遠のきかけているジェイズは、その光景をぼんやりと見つめていた。


「至高姫……だめだ……守らなきゃ……」


震える手を伸ばす。


「立て……立つんだ……」


だが、身体は言うことを聞かない。視界が霞んでいく。


その時だった。鮮血の飛沫が空に散った。


ジェイズの視界が赤く染まる。世界が止まったかのように感じた。


「ギャアアアアアアアアアアアアッ!!!」


断末魔のような絶叫が戦場に響き渡った。


姫の身体が地面に落ちる。


だが、何かがおかしい……。


彼女の目は、無事だった。


「ああああッ、クソアマがぁぁッ! 先に殺しておけばよかったぜ!」


ラウルが膝をつき、苦痛に身をよじって咆哮している。


ジェイズは何が起きたのか理解できなかった。聞き覚えのある声が、彼を混乱から引き戻すまでは。


「ジェイズ、立って……。あの悪魔に、姫さまを傷つけさせるわけにはいかないわ……」


「その声……あんた……アリスか?」


影の中から、優雅な姿が現れた。魔法の包帯をまとい、その手には黄金の輝きを放つ聖剣が握られている。


「ええ、私よ」


アリスは毅然とした口調で答えた。


「間に合ったわね。あの悪魔、もう少しで姫さまの目を奪うところだったわ……」


「ぐ、ああぁ……痛ぇ……! テメェ、何をしやがった……!?」


ラウルは腹部を押さえて叫ぶ。そこには聖なる傷が刻まれ、永遠の炎のように灼けついていた。


「今のあなたは、以前とは違う」


アリスは剣先を彼に向けたまま告げる。


「その新しい姿……確かに強力だわ。でも、だからこそ私の聖剣が通じるのよ。あなたは受肉した悪魔。その肉体そのものが、魔の肉だもの」


「そうか……!」


ジェイズは痛む身体を起こしながら納得した。


「だからか……! あいつから放たれるミアズマに、血の匂いが混じっていたのは!」


「その通りよ」


アリスは聖剣を高く掲げる。


「受肉した悪魔を傷つけられるのは、聖なる武具だけ……そして私の剣は、高位の聖遺物よ」


ラウルは歯ぎしりし、怒りに震えながら二人を睨みつけた。


(クソが……)


彼は内心で毒づいた。


(ただのミアズマならあのガキに中和されちまう……かといって、より強力な受肉悪魔になれば……聖剣持ちが出てきやがる!)


その時、彼の脳内にどす黒い声が響いた。


「時間がないぞ」


アクロンだった。


「殺せ! 今こそ“カオス”を解き放つ時だ。伝説の英雄の血を15%も引いているお前なら……できるはずだ!」


「嫌だ……!」


ラウルは眉をひそめ、低い声で拒絶した。


「カオスなんか解放したら……俺は俺じゃなくなっちまう。復讐を楽しみたいんだよ。俺はあの裏切り女どもを殺したいんだ……俺の目の前にいるこいつらを……俺自身の手でな!」


「仕方あるまい……」


重々しい口調でネクロンが割って入る。


「アクロン、強制的にカオスを発動させるぞ。術式を展開しろ。たとえ英雄の人格が壊れようともな」


「そうだな」


アクロンが答えた。


「もう後戻りはできん」


その瞬間――二体の悪魔が同時に手を掲げた。


空中に禍々しい紋章が浮かび上がり、黒い炎の輪となって辺り一面を取り囲む。鼻をつく腐臭が瞬く間に広がり、空気が重く淀み始めた。まるで世界そのものが息を止めたかのようだった。


「やめろ……」


ラウルの額を冷や汗が伝う。


「そんな約束じゃなかったはずだ。俺は……意識を失いたくないんだよ」


「貴様の意志など知ったことではない」


アクロンが冷酷に言い放つ。


「我らが望むのは……あと一歩のところで失敗しないことだけだ」


「この空気……」


アリスは地面を踏みしめ、呟いた。


「悪魔召喚の儀式だわ。とてつもなく邪悪な何かが来る」


「召喚だって?」


ジェイズは姫の腕を強く掴んだ。


「でも、聞いてた話じゃ、こっち側の世界じゃ悪魔はそこまでの力を使えないはずだろ」


「彼らは無理ね」


アリスは黒く染まっていく空から目を離さずに答える。


「でも、あなたの部隊の隊長の血なら話は別よ。英雄の血の純度が高ければ高いほど……強力な依り代になる!」


「何か聞いたことはあるけど……」


ジェイズは顔をしかめた。


「そもそも英雄の血ってなんなんだよ?」


「説明は後よ」


アリスが遮る。


「来るわ、構えて!」


ラウルが喉を詰まらせたような咆哮を上げた。肉体がねじれ、変形していく。口からは燃える煙のようなミアズマが噴き出している。もはや以前の人間の面影はどこにもない。彼は震える自分の手を見つめていた。まるで初めて見るもののように。


「ラウル……ではないな。ヴァンカー」


アクロンが宣言する。


「あの人間どもを殲滅せよ……そして運命の眼を持ち帰るのだ」


「ゴォォォォォォォォッ!!」


怪物は太古の獣のごとき咆哮を上げた。


人間離れした速度で、彼らへ向かって突進してくる。


「トゥテラ・カエリ(天の加護)!」


アリスが障壁を展開した。


彼女と悪魔の間に聖なる盾が出現する――だが、それは鋼鉄に触れたシャボン玉のように、一瞬で砕け散った。


「馬鹿な……」


彼女は信じられないといった様子で呟く。


「私の聖なる盾が……」


ヴァンカーは低く笑い、強烈な蹴りを叩き込んだ。アリスは岩壁まで吹き飛ばされ、空中に鮮血の跡を残した。


「アリスさん!」


ジェイズが叫ぶ。


「強すぎる……!」


悪魔は止まらない。倒れた女戦士に襲いかかろうとした瞬間、ジェイズが割って入った。


「変成!」


巨大な鉄の盾が目の前に形成される――が、それもまた一撃でスクラップへと変えられた。


「お前……」


ヴァンカーは赤い瞳で彼を射抜き、唸った。


「俺の女たち……」


「あ?」


ジェイズは驚いて瞬きした。


「まだラウルの意識が残ってるのか……? 説得できるかもしれない」


「ラウル、諦めるな。おい……まだ間に合うぞ。シャーロットや他の子たちも……お前を待ってるんだ」


悪魔の目がさらに見開かれ、憎悪の雄叫びが大地を揺るがした。


「お前が……憎い。俺の女たち……シャーロット……ぶっ殺してやる!!」


「……逆効果だったみたいだな」


ジェイズは無表情で呟いた。


「少年……」


アリスが意識を保とうともがきながら喘ぐ。


「逃げて……姫さまを連れて……ここから……」


ジェイズは至高姫を見た。心臓が早鐘を打っている。背後ではヴァンカーの咆哮が雷鳴のように轟いていた。


(姫さま……何としても守らなきゃ……でもアリスも見捨てるわけには……)


(くそっ……力がねぇ……これっぽっちも……俺はなんて弱いんだ……!)


その時、不意に至高姫が彼の顔を両手で包み――キスをした。


(ひ、姫さま……?)


心臓が破裂しそうになる。


(なんで今……キスなんて……?)


運命の眼が眩いばかりの光を放ち、二人の顔を黄金の輝きで照らし出した。


「言ったでしょう……」


アレリスは彼の目を見つめて囁く。


「あなたは私の救世主よ。何が起きても……私の眼は決して間違わないわ」


「いや、姫さま……俺じゃ……守れないよ……弱すぎるんだ……」


アレリスは微笑んだ。


「まだ切り札があるじゃない。眼が教えてくれたわ」


「召喚よ!」


「召喚だって……?」


ジェイズは信じられないという顔をした。


「でも……錬金術の中でも、俺は召喚が一番苦手なんだぞ。今まで一度も成功したことないし! 記号だって覚えてないし……ましてや、強力な魔物と契約なんてしてないのに……」


「集中して」


彼女は力強く言った。


「あなたならできる」


「私の眼が……道を示してくれるから」


彼女はもう一度キスをした。今度はより深く。世界が消え失せた。


ジェイズの脳内でイメージが炸裂する。幼い頃の自分。召喚陣の練習をしている姿。手でルーンを描き、失敗しては立ち上がる日々の記憶。


「なんだこれ……?」


彼は呟く。


「記憶……? いや……知識だ!」


ヴァンカーはすでに彼らの目前に迫り、トドメの一撃を振り上げていた。


「死ねェッ! クソ虫がァァァ!!」


だが、溢れ出すイメージの混沌の中で、ジェイズはある姿を見た。


背が高く、威厳に満ちた……湾曲した角、赤い瞳、炎のように揺らめく黒髪。


「……あいつは……」


彼はカッと目を見開いた。


 **ドオォォォォンッ!!**


衝撃波が周囲に炸裂し、悪魔を数メートル後退させる。


「グルルッ!」


ヴァンカーは思わず目を覆った。


「なんだ、このエネルギーは!?」


遠くから見ていたアクロンとネクロンも、呆然と立ち尽くしていた。


「あのガキ、何をしやがった!?」


アクロンが叫ぶ。


「あり得ん……」


ネクロンが呻く。


ジェイズは両手を地面に押し付けたまま、眼下に輝く燃えるような魔法陣と、その中心から立ち昇る威圧的なシルエットを見つめていた。


「や……やった……」


声が震える。


「来て……くれたんだな」


ドラゴンの尾が地面を叩き、岩を砕き、土煙を巻き上げた。


煙の中から現れたのは、野性的な美貌を持つ女。鋭い角、危険な笑み、完璧な肢体、風になびく黒髪、熾火のように赤い瞳……そして、力と色香が純粋な状態で混じり合ったオーラ。


「あら……」


深く、蠱惑的な声が響く。


「やっと会えたわね、人間」

挿絵(By みてみん)


「俺の愛しいドラゴン……ドラカリス!」


彼女は牙を見せてニヤリと笑った。


「我がマスター……参りました」


「さあ……これで全て解決よ」


――続く。

召喚の光が消え、戦場に顕現した黒き竜。


その美しくも恐ろしい姿に、世界が息を呑む。


暴走する悪魔『ヴァンカー』と、伝説の『ドラカリス』。


規格外の力が対峙するとき、運命の歯車は再び回り出す。


少年の切り札は、絶望を覆すことができるのか――?


次回、激突。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ