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「炎の錬金術師と悪魔たちの夜」

闇が満ちる夜、ミアズマが街路を侵し、堕ちた“英雄”ラウルが牙を剥く。

至高姫アレリスと炎の錬金術師ジェイズがバイクで飛び込み、悪魔アクロンとネクロンが“運命の眼”を狙う

シャルロットは、幼なじみであり、かつての恋人だった男の――あまりにも獰猛で、容赦のない目つきに、言葉を失っていた。


「……そんな……」シャルロットは身を固くして呟く。「ラウル――!」


ラウルの肉体は、ぐにゃりとおぞましく歪みはじめる。皮膚からは無数の棘が芽吹き、筋肉は意思を失った生肉のようにぶるぶると震え続けた。


「そうさ……」彼は歪んだ笑みを浮かべ、唸る。「まずエルフを殺せば、もう誰にも傷を癒せない……守りも効かない。いや、そんなのはどうでもいい。今の俺なら――帝国最強と謳われる男だろうが、相手にならねぇ」


次の瞬間、ラウルは口腔から一本の棘を――悪魔の弾丸のように――撃ち放った。


「全員、私の後ろへ!」ラファエラが飛び出す。


「プロテクション・シールド!」


詠唱と同時に、魔法障壁が展開され、轟音とともに飛来した棘を弾き返した。


「やるじゃないか……」ラウルは嘲るように笑う。「守れはしたが、その盾、長くはもたねぇぞ」


「リタ、風の術を! 近づけさせないで!」


「了解! でもこの通路じゃ、こっちも巻き込むわよ!」


「構わない、私が盾で風圧を受け止める!」


ラウルは低く嗤った。


「役立たずのリタが、何かできるって? お前は救いようがないほど無様だ」


リタは細めた瞳で、まっすぐラウルを見据える。


「もう、昔の私じゃない。――私に“翼”をくれた人がいる。だから私は、自由に飛べるの」


彼女は天へと両腕を掲げ、力強い声で詠唱する。


「From the North, from the South, crossing East and West… I invoke you… セイクリッド・トルネード!」


「プロテクション・シールド!」


ラファエラが再び仲間を覆う。


神聖なる竜巻が咆哮し、ラウルへと突き進む。通路は凄まじい破壊の奔流にもみくちゃにされた。


「グオォォォォォ――ッ!」


「今よ、走って!」シャルロットが叫ぶ。


だがその刹那、一本の棘が矢のように走り、リタの脚を貫いた。


「――ああああああッ!」


絶叫とともに、リタは崩れ落ちる。穿たれた脚から血が溢れた。


「リタァ――ッ!」ラファエラが悲鳴を上げる。


壁や天井を這う不定形の肉塊と化したラウルは、うねる身体でリタを押さえつける。


「誰も動くな。――動けば、こいつをズタズタだ。聞こえたか!」


誰もが凍りついた。主導権は完全に、ラウルの側にあった。


「みんな……」リタは涙を滲ませ、かすかに首を振る。「行って……あなたたちは、生きて……」


ラウルは異形の舌を伸ばし、ぬめりとリタの頬を這わせた。


「ダメよ、リタ。――彼女たちは逃げないさ……あいつらは“俺”とは違う。ハハハハハ!」


「な、何を……言ってるの……?」リタが震える声で問う。


ラウルは血走った瞳で、憎悪を滴らせながらリタを見下ろした。


「この状況、思い出さないか? ……ダンジョンだ。――お前の“愛しい姉”が死んだ、あの時を」


リタの目が、恐怖で見開かれる。


「お姉ちゃん……! あのダンジョンで……死んだの……!」


「名前はなんだったか……そうだ、ミタ」ラウルは冷酷に口角を吊り上げる。「あれは――俺のせいだ」


「ひどい……!」リタの声が裂ける。「お姉ちゃんは、あなたを信じてた……私たち、あなたを信じてたのに!」


「お願い、ラウル、もうやめて!」シャルロットが絶望の色を帯びた声で叫ぶ。


「黙れ、この裏切り者が!」


ラウルはリタの頭を床へ叩きつけた。


「――あああああッ!」


「お前が一番ひどい。……よくも、あの腰抜けと俺を裏切れたな。お前は誰よりも俺を愛してると思ってた」


「……そうだったわ」シャルロットの頬を涙が伝う。「私は……ずっとあなたに恋してた、英雄ラウル。まだ間に合うはずよ……! 私を連れていって。だから、リタは解放して。お願い!」


「もう遅い」ラウルは憎悪に歪んだ声で唸る。「お前らの“時間”は終わった。――ここで全員、まとめて殺す」



だがラウルがリタへさらに手を下そうとした刹那――


壁の向こうから、灼け付くような音がじわりと染み出してきた。


赤熱した光が広がり、壁面はぐずぐずと溶け落ちはじめる。


「……何だ? ――火炎か?」ラウルが唸り、警戒して後退する。


次の瞬間、壁を貫いて――猛る火線がほとばしった。


一面を吹き飛ばす爆炎がラウルを直撃し、通路の反対端まで叩き飛ばす。


穿たれた穴の向こうから、近代的なバイクの重低音が轟く。


まだ燻る炎の煙をくぐって、黒い車体がコンクリ片を跳ね散らし――古典的アクション映画さながらの所作で飛び込んできた。


「……誰?」ラファエラが、目の前の光景を信じられないといった顔で呟く。


流線形の黒いバイクが、火花を撒き散らしながら鋭くスライド停止。


床には焦げ跡の軌跡が走る。


その決め姿は――『AKIRA』のワンシーンと寸分違わぬ構図だった。


シートには、濃色のバイザーとゴーグルで顔を隠した二つの影。


少年と少女。


帝国の常識も理屈も、すべて挑発するような不良めいた気配をまとっている。


「……不逞の輩?」リアが小声でつぶやく。混乱を隠せない。


少女は気だるげにガムを噛み、ヘルメットのバイザーを上げた。


「ここで合ってるって言ったでしょ。――私の“眼”は外れないんだ。

それに、今の登場……めっちゃイケてたでしょ?」いたずらっぽく笑う。


「うるせぇ。俺はいつだってイケてる」


少年はストリートの気配をまとったまま、ぞんざいにバイクから降りる。


「――う、うそ……」ホセフィーナが目を見開く。「あなた、もしかして……?」


少女はヘルメットを外し、片手でぶら下げた。


「やぁ、ホセフィーナ。助けに来たよ!」


勝ち気な笑みを浮かべる。


一同は、あまりの事態に固まった。


「――至高姫しこうひめさまっ!?」


声が揃って跳ね上がる。


アレリスは誇らしげに片目をつむる。


「はい、私です。で、何か問題でも?」


少年はゆっくりとサングラスを持ち上げ――深い蒼の瞳を見せた。


「俺のことも忘れんなよ」


自信に満ちた笑み。


「ジェイズ!? いつから二人とも不良になったのよ!?」


――そして混沌の只中で。


ホセフィーナは、その場で気絶した。


「どうして戻ってきたの!?」ラファエラが眉間に皺を寄せる。

「姫さまと遠くへ逃げるべきだった!」


「ノンノン」ジェイズは人差し指を振り、余裕の笑みを崩さない。

「こいつらから“安全な場所”なんてないさ。

それに、姫さんと俺ならミアズマを打ち消せる。憑依にせよ、悪魔にせよ――相手になる」


「その通り」アレリスは誇らしげにジェイズの腕を抱く。

「私たちは、最高のコンビよ!」


「……自覚ある? 姫さまとそんなに近いと、処刑される可能性だって――」

シャルロットが半ば呆れて問う。


「へ、へへ……」ジェイズは肩をすくめ、乾いた笑いを漏らした。


その時、瓦礫の向こうで轟音が響く。


粉塵に塗れたラウルが現れた。


人の姿に戻ってはいたが、顔には怒りが焼き付いている。


「……何しやがった……?」手を見下ろし、ラウルが唸る。

「今の一撃で、変身が解けた……? くそ、あの火は――ミアズマを完全に払ったってのか……!」


反応するより早く、頭蓋の内側で、ねっとりとした低声が囁いた。


『案ずるな――』アクロンが嘯く。『姫が来た今こそ、使命は果たされる』


ラウルの背後に黒い門が口を開ける。


虚の向こうから、二つの怪異が姿を現した――アクロンとネクロン。すでに“本来の魔”のかおだ。


「やあ、姫君」ネクロンが口の端を吊り上げ、アレリスを見据える。

「正当に我らのものを、取り返しに来た――その“眼”だ。運命の眼を」


「……あれは?」ジェイズが一歩引き、息を呑む。

「この位相レイヤーの存在じゃない」


「悪魔よ」ホセフィーナが低く告げる。

「北方帝国の銀河から来る者たち……本来なら、こちら側へは渡れないはずだけど」


「姫を引き渡せ」アクロンが命じる。

「そうすれば、貴様ら下等生物の命は赦してやろう」


「カッコつけるなよ」ジェイズは自信満々に口角を上げる。

「そっち、実体フィジカルで来てないだろ。何ができる?」


ネクロンは、不気味に脈動する真紅の果実を掲げた。

先ほどのものとは別種――禍々しい波動が鼓動のように漏れる。


「英雄ラウル」魔は囁く。

「これを食えるのは、お前だけだ。くれてやる――あいつらを屠れ。そして、至高姫の“眼”を我らへ」



「――ただちに命に従おう!」


ラウルは恭しく膝をつき、深々と頭を垂れた。


刹那、果実が彼の手に現れる。


ためらいなど微塵もなく、獣のように荒々しくかじりついた。


「この“英雄”は本物のバカね!」ホセフィーナが髪をわしづかみにして叫ぶ。


「ラウル……」シャルロットは視線を落とし、悄然と呟く。

「あなたは、もう……あの頃のあなたじゃない」


「何をしようと関係ないわ」アレリスは腕を組み、挑むように顎を上げる。

「ジェイズと私で、全部片づける! 私たちは完璧な方程式フォーミュラよ!」


「そんなに単純じゃない」ラファエラがわずかな不安を滲ませる。

「今の奇妙な赤い果実……堕ちた血が混じっている。おそらく――古の英雄の血」


「さすがは“エルフの神官”ね」ホセフィーナが鼻を鳴らす。

「知識の貯蔵量が桁外れ。――つまり、歳も桁外れ!」


「黙んなさい!」ラファエラは額に青筋を浮かべて噛みついた。

「長命なのは私のせいじゃないの! それに――エルフ年齢なら、私はまだ二十一!」


と言い切ってから、相手が誰かを思い出し、カッと目を伏せて喉を鳴らす。


「……し、失礼しました、ホセフィーナ様。無礼を――」


「いいわ」ホセフィーナはため息をついた。

「今はもっと重大な問題がある」


断末魔のような咆哮が響き、ラウルの肉体が変質をはじめる。


肌は青く変色し、額から角が突き出し、髪は地獄の炎のように紅く染まる。


二倍に膨れ上がった体躯、張り出した胸郭。


吐息とともに口腔からは、濃密で粘る黒煙――ミアズマが溢れ、場の空気を圧迫した。


やがて収束した姿は、一体の――恐るべき魔の戦鬼。


変身メタモルフォーゼは完了だ」アクロンが愉悦を滲ませて告げる。

「使命を果たせ、英雄ラウル」


「――ああ」ラウルは血の色に染まった眼で唸る。

「容赦はしない!」



中央ギルドの外縁。


別の場所では、おさヴァレンティナが必死の攻防を続けていた。


全身に刻まれた裂傷、荒い呼吸。


対するは――かつて二重S級の冒険者と呼ばれた男、今は穢れに染まったアキレス。


余裕を崩さず、嘲る笑みだけを浮かべている。


「どこへ行くつもり?」ヴァレンティナはギラつく眼で吐き捨てる。

「姫さまをらせはしない。ここで私が死のうと、必ず時間は稼ぐ」


「ちっ……頑固な女だ」アキレスは鬱陶しげに肩をすくめる。

「この悪魔の力に呑まれても、理性は残っている。

本当は――美しい女は殺したくない。だが、仕方ないな」


ヴァレンティナはふらつく身体を起こし、構えを取った。

「なら覚悟しなさい。――私が“赤きヴェールの暗殺者”と呼ばれた理由わけを」


アキレスは沈黙する。


直後、ヴァレンティナの背後から“残像”が芽吹くようにずらりと立ち上がり――

まったく同じ彼女が、多方向から一斉に斬り込んだ。


「――見事な技だ!」


言い終えるより早く、彼の視界が傾ぎ、世界が軸を中心に回りだす。

最後に映ったのは、一面を染める紅の尾。


「そういうことか……」アキレスは、落ちゆく自分の首で呟いた。

イメージは“分身”じゃない……ただ速すぎて、防御の選択肢が消える。

どれを捌こうが――一本が必ず、首をねる……

見事だ。敵の最期に映るものは……血の“ヴェール”……か」


ヴァレンティナは膝をつき、荒く息を吐いた。

「これで……少しは、時間を稼げたでしょうね……」


だが――落ちた首からは血が流れない。

代わりに、ぶ厚い闇のミアズマが断面からむくむくと湧き出す。


「残念だな」切り離された頭部が、なお意識を保ったまま言う。

「もう俺に“血”はない。あるのは、この汚泥だけだ」


「驚く気力も、もう残ってないわ……」ヴァレンティナが肩で笑う。


「降参するか?」


「するわけないでしょう!」彼女は震える守勢をもう一度組み直す。

「姫さまに、一歩だって近づけさせない!」


アキレスは心底うんざりしたように息を吐いた。

「面倒だな。――死ね」


黒いくさびの連弾が、一直線に彼女へ。

ヴァレンティナは目を閉じた。


「ここまで……ね」


その瞬間――分厚い筋肉の壁が割り込んだ。

黒刃は弾かれ、守護者の皮膚には傷一つ刻めない。


「誰だ……?」アキレスの目に、露骨な驚愕が走る。


「あなた……?」ヴァレンティナは信じられないものを見る声を出す。

「どうして、ここに……」


男はゆっくりと振り返る。

全身に走る古傷、口元には妙に人懐こい笑み。


「――ヤマト殿!」アキレスが叫ぶ。


「このスケベ爺……」ヴァレンティナは羞恥と安堵をないまぜに呟く。

「何しに来たのよ」


「ヴァレンティナちゃーん!」ヤマトは瞳をハートにして両腕を広げた。

「君を守りに決まってるだろう!」


「……厄介だな」アキレスが初めて本気の色を帯びる。

「簡単にはいかなそうだ」



――続く。


首を落としても流れぬ“血”――黒い汚泥だけが笑う夜。

それでも、誰も膝をつかない。炎は消えていない。

この物語の続きは、あなたの“ブクマ”と“評価”が背中を押してくれる。

どうか次章も見届けてほしい。――続く。

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