町の悪夢――炎の錬金術師と炎!
町を包む瘴気、響く悲鳴――。
炎の錬金術師ジェイズが、再び運命に火を灯す!
姫を救うため、そして自らの力を知るために――。
――突如として、静寂を裂く叫びが上がった。
「――そ、そんな悲鳴は!?」
リアが身を強ばらせて叫ぶ。
遠くから戦闘のこだまが響き、まるで町の内部で戦争が勃発したかのようだった。
「――いったい何が急に起こってるの!?」
リアは通信端末を取り出し、叫んだ。
「隊長に連絡しないと!」
ジェイズはためらわず行動する。
「ラファエラ、姫様と護衛を治療しろ、急いで!」
「はい、すぐに!」
ラファエラはひざまずき、ヨセフィナと彼女の腕に抱かれた気を失った少女に魔法を走らせる。
「ラウルに連絡を取ろうとしてるんだけど、応答がない……」
シャルロットが通信機を覗き込み、苛立ちを滲ませる。
「隊長、大丈夫ですか!? 何が起きているんですか!? ま、まさか……!」
リアの顔が青ざめる。
「どうした、リア?」
リタが心臓を早鐘のように打たせながら訊ねる。
リアはゆっくりと端末を下ろした。顔は純粋な恐怖で凍りついている。
「隊長が言うには……町全体が――悪魔に襲われている、だって」
「――な、なに……!?」
一同が声を合わせて驚愕した。
その瞬間、陰影の中から二体の影がよろめき出てきた。歩き方はぎこちなく、肉体は歪み、原形を留めない――人間のような外見だけを残した何かだった。
「みんな、下がって!」
ジェイズが身を挺して声を張る。
「奴ら……何かおかしい!」
「逃げて!」
ヨセフィナが弱々しくも叫んだ。
「勝てない! あれらはもはや人間じゃない……エネルギーが魔法を無効化するの。勝ち目はない!」
「なに言ってるんだ!? 反魔力だって?」
ジェイズは驚きを隠せない。
「見て、あいつらから立ち上るあの煙を――」
ラファエラが言い、視線は逃れられない瘴気へ向けられた。
「確かに、瘴気だわ」
敵は不自然な奇声を上げ、そのまま四つん這いで獣のように駆け寄ってきた。
「き、気持ち悪いわ!」
リアが叫ぶ。
「止まらない!」
「リタ、風の魔法を使って!」
ラファエラが命じる。
「その間に逃げるのよ!」
「了解!」
リタは決然と前へ踏み出し、腕を大きく広げる。
「北より、南より、東と西を渡りし者よ、汝を招く――聖なる竜巻よ!」
瞬時に猛り狂う竜巻が立ち上り、二体の化け物を巻き上げて近くの建物の壁へ叩きつけた。衝撃で建物の窓ガラスが震え、そこを突いて一行は逃走を開始する。
ジェイズは至高姫を抱き上げ、表通りを走ってギルド本部の建物へ向かった。
「急げ、時間がない!」と叫ぶ。
だが、怪物たちは衝撃にも関わらず、異様な動きで立ち上がった。四肢をまるで巨大な蜘蛛のようにねじ曲げ、折れそうな関節が軋む。身体は不可解な音を立てて曲がり、奇怪な形で伸縮する。
「まさか……!」
シャルロットが横道の方を指しながらつぶやく。
「こっちよ、早く! ギルドの裏口が見える!」
「走れ!」
ジェイズが叫ぶ。
「動きを止めるな!」
こうして、瘴気に染まった空と混乱の下で、悪夢のような一夜が始まったのだった。
――「あそこだ、入口が見える! 入れば安全だ!」とシャルロットが指をさして叫んだ。
「俺は入口を守る」
ジェイズは仲間たちに向き直り、毅然と言った。
「リア、姫様の世話を頼む」
「わかったけど……あなたも一緒に来て。ここに残るなんて危険すぎるわ」
リアは心配そうに返す。
ジェイズは平然と笑みを返した。
「時間を稼がないと。すぐ合流する――さあ、姫様を渡してくれ」
だが、リアが抱き受け取ろうと手を伸ばした瞬間、至高姫はジェイズの首に必死にしがみついた。
「え? どうした?」と彼は驚いて訊く。
「離れたくないの! 離れたら……死んでしまう!」
アレリス(至高姫殿下)は恐怖に震える瞳で叫び、一層強く抱きつく。
「な、何を言ってるんだ? 殿下は無事な場所へ避難しないと!」
ジェイズが慌てて言い放つ。
「ジェイズ、もう時間がないのよ!」
リアが絶望混じりにそう言って彼を促す。
ジェイズは歯を食いしばった。
――もう、こうするしかない。
「リア、中に入れ……姫様は俺が守る。君たちは助かれ、頼む!」
そう言うや、ジェイズは至高姫を抱えたまま、別の路地へと駆け出した。
「ジェイズ――!!」
リアが今にも泣き出しそうな声で叫ぶ。
追っていた化け物たちは鋭く方向転換し、その痕跡を追って走り去る。建物内へ転がり込むように逃げ込んだ少女たちは、肩で荒い息をついた。
「ジェイズはどこ、リア?」
ラファエラが問う。
リアは顔を伏せ、暗い表情で答えた。
「入ってない……姫様を抱いたまま別の方角へ……。無茶よ、ジェイズは死んじゃう!」
「落ち着きなさい」
シャルロットが肩に手を置き、静かに言う。
「きっと大丈夫。ジェイズは信頼できる男よ」
ラファエラは深く息を吐いた。
「それはそうだけど……それにしても、一体何が起きているの? たった数時間で、どうして町がここまで地獄に……」
◇◇◇
別の場所では、激しい戦いが始まろうとしていた。
「よりにもよってあなたが……どうして悪魔の操り人形になってしまったの?」
ヴァレンティナは荒い息の合間に問いかけた。彼女の前に立つのは、かつての二重S冒険者――アキレス。今やその面影はない。
皮膚は暗い膜に覆われ、瞳は紫がかった光を帯び、筋肉は内側から何かが這い出ようとしているかのように脈打っている。
「正直に言えば……俺自身も理由は分からん」
歪んだ声が返る。
「全盛期、ギルドの連中――お前ら上層部から正当な評価を受けたことは一度もなかった。妻も、子も失い……それでも大義のためにすべてを捧げた。だが、見返りなど何一つなかった」
男は口元を吊り上げたが、それは歪んだ嗤いだった。
「アクロン様はもっと良いものをくださった……魔王軍での“地位”をな」
ヴァレンティナは拳を握りしめる。
(理由が、それだけ……? ただの怨嗟で?)
(……見た目が変わったのは、何を与えられたから? 本来、二重Sでも守り主体――純然たる格闘家じゃなかったはず。――それでも、今の私は押し切られる……)
彼女は緊張の中、相手の動きを凝視する。
「……逃げ道を探しているのか」
アキレスが目を細めた。
「いいだろう、俺はお前に興味はない。狙いは至高姫――あの小娘だ。わざわざ才能のない連中の茶番大会に現れやがって。見逃してやることもできるぞ?」
「たとえあなたとの衝突を避けたい気持ちがあっても……姫様を見つけさせるわけにはいかない。止めるためなら、この命、厭わない――絶対に行かせない!」
アキレスは攻勢の構えを取り、歪んだ身体がさらに変形していく。
「そうか……なら、美しい女はここで確実に死ぬことになる」
ヴァレンティナは外套を脱ぎ捨て、滑らかな所作で深紅のオーラを纏う双刃を顕現させた。瞳が変わり、冷たく致死的な光を宿す。
彼女こそ、南域一帯に名を轟かすランクAの暗殺者――
「赤いヴェールのヴァレンティナ」。
「――できる限り、足止めする!」
「望むところだ!」
アキレスが狂気の笑みで咆哮した。コンクリートを強く踏み鳴らすと、大地がうねり、地下から何かが浮き上がろうとするかのように地面全体が震える。屋根の破片が剥がれ、粉塵が空気を満たす――だがヴァレンティナは赤い影となって瓦礫の間を舞い、滑るように駆け抜けた。
「目くらましは、場数を踏んだ相手には通じないわ」
冷ややかに言い放つ。
そして一挙、斬撃の舞へ。殺人の双刃が閃く――
だがアキレスは凶悪な速さで腕を伸ばし、彼女の喉元を鷲掴みにした。
バキッ、と乾いた音が響く。
「これで終わりか? 案外あっさりだったな」
嘲る声。
だが次の瞬間、ヴァレンティナの身体は蛇のようにその腕をすり抜け、超人的な身のこなしで上腕を駆け上がる。瞬きする間に、彼女はすでに相手の肩――流星のごとく輝く刃で、喉笛を裂いた。
「見事なしなりだ、女!」
アキレスが唸り、一歩退く。
「まるで蛇だな!」
「喉を切り裂いたのに……まだ喋れるのね」
ヴァレンティナは警戒を解かずに後退する。
「何を与えられたかは知らないけれど――その“付与”、理不尽なほどの優位を与えている」
「――さて、何と言えばいいかね?」
アキレスは肩をすくめ、皮肉げに笑った。
「新しい“上司”を持つと、いろいろ特典があるってことさ」
「悪魔たちは何を狙っているの? どうやってこの星域まで来たの?」
ヴァレンティナが問い詰める。
「さあな。俺が知ってるのは“姫”が必要ってことだけだ……『運命の眼』とかいう代物に関して、だ」
アキレスの目が妖しく光る。
ヴァレンティナは目を細めた。
「その力は? 何が引き金になったの? あなただけが与えられたの?」
アキレスは、取るに足らないことでも話すかのように頭をかいた。
「“果実”を渡されてな……食ったら、ドン、だ。気分は全盛期以上。俺だけじゃない。他にも食った冒険者がいる。だが――特別なのが一人……お前のギルドの連中の中にな。英雄の血を引く奴が」
「……ラウル?」
ヴァレンティナは眉間に皺を寄せる。
「だからアリスの祝福に耐えられた――そういうこと。あの愚か者……悪魔に唆されたのね!」
「それと“憑かれた連中”を忘れるな。一般市民だ。種を植え付ければ、それで終わり。魂のないゾンビの出来上がり――だが、やつらが撒く混乱は充分だ。ギルド中を自由に動ける」
「……狂気の沙汰ね」
「尋問は終わりか?」
アキレスが手を上げる。その掌は醜怪な鉤爪へと歪んでいく。
「なら――死んでもらおう」
* * *
町の別区画。
ジェイズは人影の消えた街路を、至高姫アレリスを抱えたまま全力で駆けていた。背後では、憑依された者たちの叫びが悪夢の残響のように尾を引く。
(……息が……切れる。もう、持たない……)
「ここで降ろして」
アレリスが毅然と告げた。
「へ、陛下?」
「戦って。あなたにしかできない」
「何だって?」
ジェイズは汗に濡れた顔を上げ、足を止める。
「俺はEランクの冒険者に過ぎない! 強くなんかない! 今までだって、運が良かっただけだ!」
「それは嘘です!」
アレリスは思いがけない強さで言い返した。
「姫様……?」
「私の“眼”が見たのです……。あなたは諸帝国を救う人。あなたの火――“炎の錬金術”は瘴気を焼き払える。私は、その光景を視たの」
言い終えると、彼女の頬がかすかに赤くなる。
「それに……ほかのことも見えました……。あなたにしか――あなたこそが“本物の英雄”!」
「俺は……ただの農民出で、ささやかな夢を持ってるだけだ」
ジェイズは視線を落とし、小さく呟いた。
「――来たわ!」
顔を上げた瞬間、ジェイズは完全に包囲されていることに気づく。
もはや二体ではない。数十体の歪んだ人影が、糸で操られる人形のような不自然さで迫ってくる。
アレリスの瞳が強く輝いた。虹彩の内側に、複雑な錬金術式の紋が浮かぶ。
「私はあなたを信じます、ジェイズ……」
姫の眼から放たれた光を目にした瞬間、憑依者たちの動きがピタリと止まった。
ジェイズは呆然としながらも、胸の内側で何かが目を覚ます。
(……これは――何だ? 俺の炎が、内側から膨れ上がっていく……拡がって……!)
彼の拳が、活きた炎に包まれた。
滾るような純粋な火――その熱だけで、憑依者たちが本能的に一歩退く。
「――攻撃しなさい。命じます!」
アレリスが凛として叫ぶ。
ジェイズはためらわず片手を掲げ、群れへと狙いを定めた。
次の瞬間、灼熱の雷のような火線が放たれる。
直撃した憑依者たちは、瞬時に灰化した。
地に崩れ落ちた身体は――清浄だった。彼らを縛っていた瘴気の痕跡は、どこにもない。
「……これが、俺の力?」
ジェイズは信じられないというように呟く。
(違う……彼女が――俺の“炎の錬金術”を、導いてくれている……!)
さらに別の憑依者が雪崩れ込む。
ジェイズは再び焔を解き放った――だが今度は、炎が瘴気を“純粋なマナ”へと転化していく。
赤熱の奇跡を目の当たりにしているかのようだった。
アレリスは目を見開く。
(私の“眼”は間違わない。この人のそばにいる限り……私たちは救われる)
英雄は、制御された怒りとともに焔を振るい続けた。
二人を囲むように、守護の炎壁が立ちのぼる。
「最高だ! みんなを助けるぞ!」
ジェイズは興奮に満ちた笑みで叫んだ。
「うん、行きましょう!」
アレリスは新たな気力を宿した声で応じる。
◆
そのころ、ラファエラ、シャルロット、リタ、リアは細い通路を進んでいた。
肩には、いまだ完全には回復しないヨセフィナの体重がのしかかっている。
「外から、まだ絶望の悲鳴が聞こえる……」
リタが怯えを隠せずに呟く。
「大丈夫よ」
ラファエラが答える。
「この街は、持てる最強の冒険者を必ず送り込んでくる。きっとうまくいくわ」
「残念だけど、誰が来ても関係ないの……」
ヨセフィナが消耗した微笑みを浮かべ、かすれた声で言った。
「あの化け物たちは“魔法が効かない”。普通の冒険者じゃ、まったくの無力……」
ラファエラは彼女を見つめ、素直に感嘆の息を漏らす。
「あなたを見れば、言葉に嘘はないと分かるわ。――きっと、冒険者の精鋭の中でも“最上位”よね」
「至高姫の専属護衛なんだから。当たり前じゃない」
「いちばん厄介なのは……」
ヨセフィナはなおも弱い声で続けた。
「本来、姫を守るはずの人たちの中に、“ああなった者”がいたこと……」
「彼らの力は別格だった……。すべては“伯爵”が帝国ホテルに現れた、その時から――」
「不気味な鐘が鳴って……そこから悪夢が始まったの」
「みんな!」
シャルロットが通路の奥を指さして叫ぶ。
「誰かいる!」
リアが目を細める。
「……化け物には見えないけど」
ラファエラは緊張を隠さず、沈黙のまま観察する。
「あれ……ラウル?」
シャルロットが希望をにじませて囁いた。
「ラウル!!」
「やあ、みんな」
若者は穏やかな笑みで手を上げる。
「こんな通路で、何をしてるの?」
シャルロットは駆け寄った。
「ラウル! 町じゅう大混乱よ、会えてよか――」
「シャルロット、止まりなさい! 近づかないで!!」
ラファエラが切り裂くような声で叱咤する。
「え? どういうこと?」
シャルロットが戸惑う。
「ラファエラ、何が――」
リタが口を挟む。
ラファエラは一歩前に出て、剣先のように鋭い目で睨んだ。
「……あれはラウルじゃない。近づくな!」
一同に戦慄が走る。
「じゃあ、いったい……?」
リアが言葉を詰まらせる。
「この混沌の中で、何事もなかったみたいに現れるなんて――」
ラファエラは目を細めた。
「お前、何者?」
「アリスの“祝福”から“奇跡的に”立ち直って以降、ずっと様子がおかしかった。――答えなさい、ラウル。あなたは“誰”?」
若者は片手を顔に当て――
「ク……クク……アァァァ――ハハハハハハハハ!!」
全員が本能的に後退し、身構えた。
「やっぱりね……」
ラファエラが眉根を寄せ、吐き捨てる。
「お前、“あれら”の一味……!」
ラウルは顔を上げた。瞳は底なしの憎悪で満ちる。
「……まずは誰から殺すか、決めた」
「――忌々しいエルフからだ」
――つづく。
悪夢の夜は終わらない。
燃え残る炎の中、ジェイズは立ち上がる――。
次回、さらなる混乱が彼らを待つ。
物語が気に入った方は、ぜひブックマークと評価をお願いします!




