炎の錬金術師と王女の秘密の夜
第2章 – 炎の錬金術師と王女の秘密の夜
囚われたジェイズは、絶望する王女カトリーヌの前で“炎の錬金術師”として立ち上がる。
だが真の運命を変えるのは――夜更けに訪れる、二人だけの秘密の時間だった。
ジェイズは手錠をかけられ、まるで危険な犯罪者のように北の国の都へと連行されていた。
だが本人には、自分が何をしたのかまったく心当たりがない。
歩きながら、彼は周囲を観察せずにはいられなかった。
見慣れぬ建築、清潔な街並み、理解できない仕組み……。
何一つとして馴染みがない。
(どうしてこんな馬鹿げた状況に巻き込まれてるんだ…?)
その後ろを歩く第二王女カトリーヌは、相変わらず疑いの眼差しを向けていた。
誰ひとり言葉を交わさず、一行はただまっすぐ城へと向かう。
やがてジェイズは、暗く湿った牢獄へと閉じ込められた。
どれほどの時が過ぎただろうか……。
重い足音が近づき、やがて一人の老人が現れる。
長い髭を蓄え、まるで魔法劇から抜け出したような衣をまとったその男は、鉄格子の前に立ち止まった。
「お主、何者だ? ここで何をしておる?」
低い声が響く。
「俺の名前はジェイズ。別の世界から来たんだ。なんでこんな扱いを受けてるのか理解できない。ただ、俺のギルドのシステムが誤作動したせいでここに来ただけなんだ。」
老人は目を細め、まるで重要な言葉を聞いたかのように表情を変える。
「……ギルド、だと? まさか――黒竜を討ち、この王国と民を救うために召喚されたS級の勇者なのか?」
「ち、違う! だから俺の話を最後まで――」
ジェイズの言葉を遮るように、老人の顔は興奮で輝き出した。
「なんという吉報だ! もう到着したとは! 通常ならば、おぬしらの船は到着まで三日から五日かかると聞いておる。それを単身で来るとは……よほどの実力者に違いない!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は――」
「すぐに陛下へ報告せねば!」
老人は振り返り、走り去ってしまった。まるで予言の声を耳にしたかのように。
「ま、待てってば!!!」
ジェイズは頭を抱えるが、そのとき腕時計型デバイスが勝手に光り出した。
【保護対象の生物を検知しました:セイバー・ベア】
【セイバー・ベアはこの地の固有種であり…… 以下省略】
「……冗談だろ……」
天井を見上げ、深いため息をつくジェイズだった。
その頃――遥か銀河の彼方。
戦火に荒れ果てた惑星を後にし、一隻の先進的な宇宙船が深淵の宇宙を航行していた。
無数の星々がその金属の船体に反射し、艦内は静寂に包まれている。
だが、その沈黙は一つの報告によって破られた。
「ハミル司令官、任務は百分の百、完全に終了しました! 敵はすべて殲滅です!」
誇らしげな声が無線を通じて響く。
艦橋の正面に立ち、虚空を見つめる一人の男――ハミル。
塔のように巨大なその体は彫刻のように引き締まり、その瞳には数え切れぬ戦いの疲労が宿っていた。
「全員帰還せよ。次の任務は?」
低く、重い声が返る。
短い沈黙ののち、通信兵が答える。
「……本来ならアルタリウスR50へ向かう予定でした。しかし、その任務が何者かに奪われたのです……説明がつきません!」
わずかに眉をひそめるハミル。
「奪われた? 宇宙ハッカーの仕業か……?」
「不明です。我らはSランクを持つ最強の警戒部隊。任務を横取りできるギルドなど存在するはずが……」
腕を組み、しばし沈黙。
「……その惑星までの航行時間は?」
「五日ほどかと。」
ハミルは静かに目を閉じ、何かを計算するように息を整えた。
「……無視しろ。別の任務を遂行する。」
だが心の奥底では、怒りが渦巻いていた。
(今回は見逃そう……だが二度は許さん。次に俺の任務を奪った者――その時は、俺が直々に滅ぼす。)
無言の殺気が艦内を支配する。
部下たちは知っていた。もし再び司令官を怒らせた者が現れれば……その命は長くはないだろう。
――
一方その頃、ジェイズ。
数時間後、兵士たちに連れ出された彼は、王女の待つ大広間へと通された。
玉座に腰掛ける第二王女カトリーヌは、冷ややかな眼差しで彼を見下ろす。
周囲には兵士や廷臣がずらりと並び、緊張感に満ちていた。
「だから言ってるだろ! 俺はただの誤作動でここに来ただけなんだ!」
必死に弁明するジェイズ。
「陛下、この少年は使用している装置に不具合があるようです。あの腕輪のような機械が……」
老人が口を挟む。
「それは本当か?」
王女の鋭い視線が突き刺さる。
「やっぱり……この時計の翻訳がおかしいのか! おい、髭じじい!」
「無礼者! 我は大賢者コルネウスぞ!」
「いいから姫さんに伝えてくれ! 翻訳がズレてるだけだって! すぐ直す!」
「……姫様、彼の言葉によれば翻訳装置に不具合があるとのこと。少々お待ちを。」
「本当に役立たずね……。これが本当に我らを救う勇者なの?」
王女の吐き捨てるような声に、大広間の空気がさらに張り詰める。
ジェイズは時計を操作し、大きく息を吸った。
「……これで聞こえるはずだ! 姫さん、今度こそ理解できるだろ!」
「……ええ、確かに。今度ははっきり聞こえるわ。」
ジェイズは胸いっぱいに溜めていた苛立ちを爆発させた。
「ふざけんな! 俺は勇者なんかじゃねぇ!! システムのミスでここに来ただけなんだよぉぉぉ!!!」
広間が凍りついた。
誰もが言葉を失い、賢者ですら目を見開く。
「……何だと……? 本当に勇者ではないと……? だが我らは確かに通知を受け取ったのだ! S級の勇者たちが来ると! 国庫を投げ打ってでも、この災厄を乗り越えるために……!」
「……父上も母上も……姉上まで……あの黒竜どもに囚われているのよ!」
カトリーヌの叫びは震え、涙が溢れる。
「姫様、落ち着きを! ご自分をお強くお持ちください!」
コルネウスが慌てて制止するが、その声すら届かない。
「我が国の勇者たちは皆討たれた! 誰も黒竜には勝てなかった! 今はアルビンの村が人質にされている! これ以上、どうして……どうしてこんな間違いが許されるの!!!」
泣き崩れる王女を前に、ジェイズは何も言えず、ただ俯くしかなかった。
その時――。
大広間全体を切り裂くように、不気味な声が響き渡った。
「第二王女カトリーヌ……お前はすでに絶望の淵にあるな。頼みの綱が、このような小僧とはな! ハーハッハッハ!」
「……この声は……!」
大賢者コルネウスが前に出る。
「まさか……子爵デモント!」
空間が歪み、黒い靄の中から一人の男が姿を現した。
血走った瞳と不気味な笑み。影そのもののような男が宙に浮かび、広間を支配する。
「おやおや、コルネウス殿ではないか。王国の支えである大賢者が来ていたとは……だが無駄だ。
我が召喚した黒竜はこの世界のものではない。異界から来た上位の存在だ。勇者だろうが、神だろうが、悪魔だろうが……すべてを喰らい尽くす!」
「姫様! 聞いてはなりませんぞ!」
コルネウスが必死に制止する。
「……約束は果たすのね?」
カトリーヌの声は震え、唇が青ざめていた。
「もちろんだとも。そなたの臣下、父母、姉姫……皆を解放してやろう。」
王女は俯き、目を閉じた。深く息を吸い込む。
「もう……どうしようもないのね。民も、家族も……すべてを守れなかった。
だからせめて……これ以上苦しませたくない……。」
「受け入れるわ……。あなたと結婚し、聖なる儀式を行う。その誓いをここに立てる!」
――衝撃が広間を駆け抜けた。
兵士たちは武器を取り落とし、大賢者は絶句する。
王女は、自らの尊厳を犠牲にしようとしていた。
「ハーーッハッハッハッ! よくぞ言った! これでお前は私のものだ!」
デモントは一気に距離を詰め、王女へと手を伸ばす。
だが――
ドォォォン!!!
突如、金属の巨拳が横合いから飛来し、デモントを吹き飛ばした。
石壁が揺れ、床が震える。
「なっ……!?」
兵士も廷臣も一斉に振り向く。
そこに立っていたのは――ジェイズ。
右腕は赤熱した金属に覆われ、蒸気を上げながら構えていた。
「悪いな……。だが、こんな汚ねぇジジイに、王女様の肌を触らせるわけにはいかねぇんだ。」
彼は堂々と名乗った。
「俺の名はジェイズ! 王女と王国を守るために雇われた――炎の錬金術師だ!」
「小僧……!」
吹き飛ばされたデモントが血を滲ませながら立ち上がる。
「今のは……錬金術? いや、あの速度で金属を操るなど……。まさか体内に特別な元素を……!」
驚愕するコルネウス。
ジェイズは不敵に笑い返す。
「その通りだ。俺は――炎の錬金術師!」
カトリーヌの目が大きく見開かれ、涙の中に光が差す。
「姫様、まだ希望は失われてはおりません……」
大賢者が囁く。
「希望だと? くだらん!」
デモントは怒声をあげ、霧のように分裂しジェイズの拘束を抜け出すと、大広間の入口に姿を現した。
「よかろう……。今は退いてやる。だが覚えておけ、明日……我が竜はアルビンの村を焼き尽くす! 民ごと灰にしてやろう!」
「デモント! かつて王国軍を率いた男が! 爵位を与えられた貴族が! なぜここまで堕ちた!」
大賢者の叫びが響く。
「説教など不要だ! 王の名の下に罪を犯したのはお前も同じ! 我は欲望のままに生きる!」
「……愚か者め。」
「フッハハハハ! その言葉、そっくり返してやろう!」
デモントの影は掻き消え、闇とともに消失した。
大広間は静寂に包まれる。
兵士が駆け寄り、王女を守るように囲む。
「ご無事ですか、姫様!」
「……ええ。ありがとう。」
王女の視線がジェイズに向けられる。
その瞳には、これまでとは違う色――感謝と、淡い何かが宿っていた。
「あなた……名前は?」
「私の名はジェイズだ!」
少年は胸を張り、笑みを浮かべた。
「――そして俺は、いつか宇宙で最も大きく最強の部隊を率いる男になる!」
その言葉に、王女カトリーヌの頬がわずかに赤く染まった。
(な、何なの……。この子に、なぜか心から信頼できる気がする……。それに……かわいい……)
「ありがとう、ジェイズ。……命を救ってくれて。」
「へぇ、そんな可愛い笑顔もできるんだな。……惚れちまいそうだぜ、姫様。」
「なっ……! ば、ばかなことを言うな!」
カトリーヌは耳まで真っ赤にし、慌てて立ち上がる。
「若いのは結構だが、今は戯れている時ではないぞ。」
大賢者コルネウスが咳払いする。
「う、うるさい! 黙れ、老人!」
王女は顔を覆うようにして広間を飛び出していった。
「……許してやれ。あの子が笑ったのは久しぶりなのだ。」
賢者は苦笑しつつジェイズの肩を叩く。
「部屋と晩餐を用意させよう。休養が必要だ。明日、見せたいものがある。」
「やった! 腹ペコだったんだよ、ジジイ!」
「……ワシは“大賢者”だ!」
その夜。
ジェイズは城の客室に案内され、豪華な料理を腹いっぱい味わった。
焼き肉、異国の果物、温かいパン、そして甘い菓子。
未成年のため酒は断ったが、それでも心も体も満たされていった。
やがて、深夜。
静まり返った廊下を、一人のフード姿の影が歩く。
人目を避け、足音すらも忍ばせて。
向かう先は――ジェイズの部屋。
コンコン、と小さなノックが響く。
「ん……誰だよ、こんな時間に……。」
眠気にまみれた声でジェイズが扉を開ける。
そこに立っていたのは――フードで顔を隠した人物。
「誰だ、お前……?」
「入れて。ここで見られるわけにはいかないの。」
返事を待たず、影は部屋の中へ滑り込む。
「お、おい! 勝手に……!」
フードを外した瞬間、ジェイズの目が飛び出しそうになった。
「ひ、ひぃっ……ひ、姫様ぁぁ!?!?」
「シーッ! 声を抑えなさい、このバカ!」
「な、なんでアンタがここに!? バレたら俺、処刑されんだろ!」
「……ごめんなさい。ただ……どうしてもあなたと話したかったの。」
王女は視線を落とし、頬を赤く染める。
「明日……あなたは私と王国のために命を懸けるのでしょう?」
「……大げさだな。高い金を払ったんだろ? 結局は契約に過ぎない。」
「それでも……あの時、私を守ってくれた。あの瞬間の勇気が……ずっと頭から離れないの。」
胸に手を当て、鼓動が激しく鳴るのを隠せない。
「心臓が……破裂しそうなくらいに。」
(……やれやれ。また来やがった、この展開……)
ジェイズは心の中でため息をつく。
「姫様、もう部屋に――」
言い終える前に、王女が彼の胸倉を掴み、唇を重ねた。
「――っ!」
強引で、必死で、震えるほど熱い口づけ。
「ひ、姫様!? これ以上はまずいって!」
カトリーヌの瞳は潤み、理性を失ったように輝いていた。
ゆっくりと外套を脱ぎ捨てる。
その下に現れたのは――艶やかな黒いレースの衣。
ジェイズは絶句した。
「おいおい……そんな服、この世界にあるわけ……。」
「ふふ……侍女が密かに取り寄せたの。南銀河通販“ママゾン”でね。」
「……マジかよ……。」
「どう? 魅力的に見える?」
挑発的に微笑む王女。
ジェイズは唾を飲み込む。
「……魅力的すぎて困る。……ただ、その純潔ってやつ、魔術に利用されるんじゃなかったのか?」
「ええ。でも――」
王女は胸を押し付け、囁いた。
「そんな呪われたもの……あなたに壊してほしいの。」
「姫様……。」
「怖いの。家族を失うかもしれない恐怖に……耐えられない。だから今だけ……幸せを感じたいの。」
王女の震える声と瞳。
必死に求めるその姿に、ジェイズは静かに息を吸い込んだ。
「……わかった。けど、一つ約束だ。
明日、あの魔導師と黒竜を倒したら――その時、本当にお前を抱く。どうだ?」
「ふふ……“明日の楽しみ”なんて甘いこと言わないで……。今、欲しいの。」
吐息混じりの声が、彼の胸を突き抜ける。
「……ったく、敵わねぇな。」
二人の唇が再び重なり、熱に溶け合っていく。
王女の体は小刻みに震えながらも、確かに彼を受け入れようとしていた。
――こうして、城の一室で、二人だけの長い夜が始まった。
後書き
絶望の中で芽生えた小さな希望と、王女との秘密の夜。
それはただの慰めか、それとも運命を変える始まりか――。
次の試練が、すでに迫っていた。




