『炎の錬金術師と運命の眼』
――新たな戦いの幕が上がる。
だが、その影には古き禁忌の力が蠢き始めていた。
運命は、ジェイズと仲間たちを容赦なく試す――。
建物のどこかで、リタははっと目を覚ました。心臓が激しく脈打つ。悪い夢を見た――いや、夢ではない。これは“感覚”。予感だ。
彼女は震える手を胸に当て、小さくささやいた。
「……リタ。――あの時と同じ……ミタがいなくなった時と……。お願い……もう、大切な人を失いたくない……」
長い夜が、どうにか過ぎていった。
翌朝。カーテンの隙間から差す陽光の中、ジェイズはゆっくりと目を開けた。隣では、シャルロットが深く眠っている。シーツにくるまれ、疲れ切った猫のように。
彼はまだ半分眠ったまま、小さくつぶやく。
「昨夜のこと……信じられないな。めちゃくちゃだった……。でも――彼女の心が、少しでも軽くなってるといい」
ちょうどその時、ベッド脇の通信機が鳴った。画面にリアの顔が映し出される。
「ジェイズ! まだ起きてないの?」
「わ、わっ! お、おはよう、リア!」
リアは真剣な口調で告げた。
「至急、チーム全員集合。ギルド本部ロビーでボスが待ってる。緊急の通達よ」
ジェイズは跳ね起きる。
「えっ? 何かあったのか?」
「詳しくはボスから。こっちでも他のメンバーに連絡する。――動いて!」
「すぐ行きます」
「“行きます”? 誰と一緒に――」
「じゃ、じゃあね!」
慌てて通信を切る。冷や汗がつうっと額を流れた。
彼は横目でシャルロットを見る。まだ眠っている。小さく息を吐いた。今は意味を考えている時間はない。
何か“暗いもの”が、近づいている――
そして、それはただの始まりに過ぎなかった。
* * *
しばらく後。中央ギルドのロビー。
そこには、ラウルを除くメンバーが揃い、ヴァレンティナが優雅に脚を組んで座っていた。空気は重い。かなり厄介な事態が起きている。
「昨夜、今回のトーナメント参加各小隊のギルド長による緊急会議があったわ」
ヴァレンティナは落ち着いた低い声で語り始める。
「各隊を震撼させ、警戒を呼び起こす“事件”があった。でも、私が今ここで話す理由はそれだけじゃない。――議題の中心が、私……いえ、“私たち”だったからよ」
彼女は右手の若い女性へと顎をしゃくった。
「リア、映像を」
リアは真剣な面持ちで頷き、携行端末を操作する。青白い光が空間に立ち上がり、三次元映像が投影された。
灰色に乾ききった肌。生気の抜けた白い眼窩。二つの遺体が、全員の前に静かに浮かび上がる。
「彼らは――『干からびて』見つかったわ」
ヴァレンティナが言葉を継ぐ。
「生命力とマナを根こそぎ吸い尽くされた痕跡がある」
シャルロットは思わず顔を手で覆った。
「それって……」
「……ああ、たぶん――」
ジェイズは緊張の溜息を噛み殺す。
「遺体は《B-コーション》小隊所属。デイビッドとダン」
ヴァレンティナは指を組み、膝上で静かに絡めた。
「トーナメントの進行表どおりにいけば、二回戦で私たちの相手になり得た面々ね」
「事件の痛ましさは理解しました」
ラファエラが眉根を寄せ、一歩前に出る。
「ですが――なぜ“特に私たちが”関係するのです? ご説明を」
「遺体から、残留魔力とマナの反応が検出されたの」
ヴァレンティナは遠回しをやめ、真っ直ぐに言う。
「それが、うちの二名――ジェイズとシャルロットのものと一致している」
「え、えええっ!?」
リタが完全に面食らった声を上げる。
「やっぱり……昨日、一緒だったのね」
リアは目を細め、嫉妬を隠しきれない囁きを漏らした。
「へ、へへ……それには――」
「ええ、その……説明が――」
ジェイズとシャルロットは同時に、引きつった笑いを零す。
ヴァレンティナは眉をひそめ、露骨に不機嫌さを滲ませた。
「――なら、細大漏らさず“ぜんぶ”話してもらうわ。 この規模の殺人は、洒落にならない」
「ボス、まさか私たちが殺したなんて思ってませんよね!」
シャルロットが声を張る。明らかに動揺していた。
「向こうが仕掛けてきた。俺たちは身を守っただけだ。――傷つけるつもりなんて、なかった」
ジェイズは一歩前に出て言い切った。
ヴァレンティナは腕を組み、微動だにしない表情で見据える。
「“仕掛けてきた”? 彼らがそんなことをする合理的な理由は?」
「それが……正直、分からないの」
シャルロットは視線を横にそらす。
「“うちの有力候補を削る”とか、そんなことを言ってた気がするけど……」
「実際に相対したのは一人だけだよ」
ジェイズが補足する。
「もう一人は来て、むしろ止めに入った」
「本当です、ボス!」
シャルロットは強い口調で押し切った。
ヴァレンティナは優雅に椅子へ腰を預け、細めた目で二人を測る。
「分かってるわ、バカども。――うちのギルドに“殺し屋”はいない」
ジェイズは胸に手を当て、ほっと小さく息を吐く。
だがヴァレンティナの言葉は続いた。
「問題は、あなたたちの残留マナ以外にも“見つかったもの”があるってこと」
ラファエラが眉を寄せる。
「ほかにも? 何が?」
ヴァレンティナの眼差しはさらに硬くなる。
「――瘴気」
「え? それって何?」
リタがきょとんと首をかしげる。
「マナの対極――負の側面だ」
ラファエラが腕を組み、真剣な声音で言う。
「生体にとっては毒。直接吸えば危険極まりない。……あなた、魔導学院で習わなかったの?」
「え、えっと……その……」
リタはうなじをかき、目を泳がせた。
「この宙域で瘴気に関する知識は、二百年以上前に失われているの」
ヴァレンティナがきっぱり遮る。
「そもそも“存在しない”はずのものよ。――五百年以上前、南帝国と北帝国の戦争終結後に結ばれた協定で、ここには持ち込まれない取り決めになっている」
「それ、歴史の本で読んだ」
ジェイズがゆっくり頷く。
「“位相が合わない領域同士”って判断されて、俺たちはあっちへ行けないし、あっちもこっちへ来られない。……つまり――瘴気が実在したとなれば、五百年前の協定違反が疑われる、ってことですか?」
「そのとおり」
ヴァレンティナが首肯する。
「あなたたちが知らなくても無理はない。――正直、私だって、昨日までは何も知らなかった」
ラファエラは目を細め、遠い記憶をなぞるように小さくつぶやいた。
「人間は、過去の大切なことを忘れる……。私たちエルフには、五百年前の“感触”が、まだ生々しく残っているのに」
ジェイズは思わず目を丸くする。
「ま、マジかよ……ラファエラって、いくつだ?」
エルフはぱっと頬を染め、片手で顔を覆った。
「五百年“よりは”ずっと若いわよ! レディに歳を聞くなんて、バカッ!」
ちょうどその時。
ロビーの扉を、見覚えのある人影がすっと横切った。ラファエラの言葉を、その存在だけで裏づけるように。
「――おい坊や。女の扱いを、俺が教えてやろうか?」
からかうような声色。
全員が一斉に振り向く。驚き、喜び、困惑――いくつもの感情が同時に表情へ浮かぶ。
「まさか……あなたが?」
ヴァレンティナは信じられない、とばかりに眼鏡を指で押し下げた。
「嘘……」
シャルロットは両手で口元を覆う。
「リハビリで、しばらく休むって――そう聞いてたよ?」
リタは呆然と問い、戸惑いを隠せない。
「本当に? ここにいるの?」
ラファエラが確かめるように言う。
リアとジェイズは言葉を失った。だが、その沈黙がすべてを物語っていた。
全員が、同時に叫ぶ。
「「「ラウル!!!」」」
――ラウルは、初めて会った日のままの姿でそこにいた。
傷も、痕も、何ひとつない。
その身体は、まるで――アリスの“祝福”に触れられたことなど、一度もなかったかのように、完全に健やかだった。
「やぁ……ただいま。みんな」
ラウルは満面の笑みを浮かべて言った。
「明日、俺たちは試合だろ? だから急いで回復してきた……な、ボス?」
ヴァレンティナは信じられないものを見るように、なおも目の前の光景を咀嚼していた。
「待って、待って……頭を整理させて。無事なのは嬉しいけど――どうしてここに? 説明しなさい!」
「俺には“英雄の血”が流れている」
彼は自信たっぷりに答える。
「ご存じないなら言っておくが、俺は生まれついての英雄だ。他の誰より治りが早いのは普通のことさ」
リアがヴァレンティナを見やる。彼女は静かにうなずいた。
「――ともあれ、よく戻ったわ。ちょうどいい。これから他の参加者たちとの会合がある。昨夜の件を受けて、大会を続行するか……中止にするか、主催が判断する」
全員が一斉に不満を漏らし始めた。
「はいはい、ストップ!」
ヴァレンティナは苛立ちを隠さず手をかざす。
「私に文句を言っても無駄。詳細は会合で分かるわ」
彼女は真顔でシャルロットに向き直った。
「――あなた。いま話したことを、ラウルにも共有しておきなさい」
「は、はい、ボス……」
シャルロットはどこか心許なげに答える。
「俺のこと、恋しかったか?」
ラウルは軽い調子で横目に彼女をうかがった。
「……まあ、そんなところね」
彼女は視線を外す。
だが、ラウルの心の内で、その笑みは跡形もなく消えた。
冷たく澄んだ思考が、抑え込んだ怒りとともに浮上する。
(――恩知らずの、裏切り女が……。俺の顔もまともに見られないのか)
* * *
同じ頃。
巨大都市の中心、浮遊プラットフォームにそびえる帝国の一流ホテル。磨き上げられた大理石の長い回廊の両脇に、ばか丁寧なほどの人数の従者たちが整列し、人の絨毯をつくっていた。彼らは皆、沈黙のまま皇族の御前通過を待ち構える。
金色に装飾された両開きの扉が、荘厳な軋みを立ててゆっくりと開く。
まばゆい光の中から姿を現したのは――南帝国の至高姫、アレリス・ヴァルタリア。
一挙手一投足に乱れはなく、しなやかな体躯は、神々の振付のような軌跡を描く。長く滑らかな髪が歩みに合わせて揺れ、黒地に金縁の帝衣からは、かすかな花香と威厳が残り香となって漂った。
その半歩後ろを進むのは、忠実なる侍女にして護衛のヨセフィナ。切れ長の目に薄いフレームの眼鏡。鷹のような視線で一寸の死角も許さない。
「本当にお出ましになるおつもりですか、アレリス様? 陛下は、ホテルとギルドのコロシアム以外への外出を認めておられません」
「言ったでしょう、ヨセフィナ。これは“運命”。あの会合に、わたしは同席しなくてはならないの」
「平民だらけの会合に、でございますか……。相応の警備を確保できない場もありましょう」
「心配いらないわ。あなたが側にいる。恐れるものなんてない。それに――道すがら、ひとつ立ち寄りたい場所があるの」
「また何を企んで……どうか厄介ごとだけはお控えください、殿下」
アレリスは鈴のように小さく笑った。
「ふふ……」
* * *
ほどなくして。
中央ギルド本部の緊急会議室――楕円を描く近未来の意匠に、浮遊ステンドグラスと360度可視化システムが組み合わされた空間。
卓上に投影された巨大ホログラムには、トーナメントに関わる艦艇や各小隊のリアルタイム映像が浮かぶ。
部屋の正面に座すのは、中央ギルド総長――ヤマト・サトウ。
痩躯で、わずかに背を丸めた老紳士。だが、その存在は場の空気を一瞬で静める迫力を帯びている。左目に装着したモノクルがリアルタイムのデータを投影し、カジュアルな装いの端々には確かな権威が宿る。張り詰めた状況とは対照的に、彼は銀河のチェス盤でも眺めるかのように、静かに局面を見渡していた。
「――諸君。まだ“確約済みの出席者”が一人、到着していない。彼女なしでは、開始できんのだよ」
微かなざわめきが室内を走る。出席者は――
かすかなベル音。卓上の巨大ホログラムが回転し、ヤマトの静かな声が落ちる。
「順に、各ギルド代表を確認する。軽口は控えたまえ。今は“続行”か“中止”か、運命の分水嶺だ」
光が集束し、最初の映像が咲く。
《Luz de la Aurora(ルス・デ・ラ・アウロラ/暁光)》
――イシュタル・デルマーラ/23歳/女/ランクA。
揺らめくオーロラを背に、白銀の細身剣が微かに息をする。聖域育ちの元・銀河寺院の侍祭。出身は極光の惑星エリザレス。心が清いほど剣光が増す――そんな伝承が、今も彼女の刃に宿る。
《Lanzas Carmesí(ランサス・カルメシ/深紅の槍)》
――コル・ヴァルナク/30歳/男/ランクA。
灼けた砂丘、陽炎。二叉の穂先から液体の火が滴る。苛烈で皮肉屋、競争心の塊だが、歪なりの名誉に拘る。砂漠惑星ヴルカルで鍛えた精鋭を軍隊のように統制する。
《Colmillo del Alba(コルミーリョ・デル・アルバ/暁の牙)》
――セレーネ・ダーヴェン/20歳/女/ランクB+。
影の端だけを踏む足取り。言葉も動きも無駄がない。密林衛星ミル・ルクス仕込みの“迅速かつ静寂の一撃”。彼女の隊は「一つの影」と呼ばれる。
《Alas Eternas(アラス・エテルナス/永遠の翼)》
――ファエリオン・ヌレル/26歳/男/ランクA。
風紋をまとう外套。空の魔術こそ至上という誇り高い微笑。浮遊王国シルヴァレオンの名門。風を導く法衣をまとい、常に上から試合を決める。
《Sombras de Mithra(ソンブラス・デ・ミトラ/ミトラの影)》
――ニフラ・ヴァエル/28歳/男/ランクA-。
半影から現れては溶ける。語れば謎かけ、所作は預言者。永遠の薄闇・カオル=ニクスの出。幻術と暗黒戦の名手で、影そのものを刃とする。
《Martillo Estelar(マルティージョ・エステラル/星の槌)》
――ゴラック・スーン/33歳/男(大地の巨人)/ランクB+。
笑えば部屋が揺れ、杯があれば誰とでも友。だが正面の殴り合いは誰より厳格。鉱山世界ドラクモルで鍛えた重力槌は、地を叩くたび微震を呼ぶ。
《Espinas de Gaia(エスピナス・デ・ガイア/大地の棘)》
――リオラ・ヴェス/19歳/女/ランクB。
森緑の瞳、獣道の息。人工の光には露骨に眉をひそめる。生きた樹海エラリアの民。感情に呼応して蔦が目覚め、獣が道を空ける。直感は作戦を凌ぐこともしばしば。
映像が一度ふっと暗転し、重厚な紋章が現れた。金糸で縁取られた聖紋、祈りと剣が交差する。
《Santa Iglesia del Filo Celestial(天剣聖教会)》
所属:北帝国/本拠:プラリス/種別:宗教・聖堂ギルド
――ギルド長:マルテウス・コレン(上級聖職者)/54歳/男/ランクA。※本会議は本人欠席、代理出席。
投影資料がめくられる。禿げ上がった頭頂、側頭の灰髪、鋭い眼差しと重い声。金糸刺繍の典礼衣は常に完全。
性格評:尊大で傲慢、身分に頑な。「ふさわしき者のみが神前に立てる」を口癖とし、上位に否される時だけ殊更に“謙虚”。
特記――寄付未納を理由に下層出身の五人へ参加資格を拒否、公衆の面前で侮辱と暴行。そこへアリスが現れ費用を肩代わり、五人を庇護し新小隊を編成。以後、マルテウスは建前上黙認するが、内心では軽蔑を捨てていない。
「……なるほど、教会さんは“いつもどおり”ってわけね」
ヴァレンティナが鼻で笑い、卓に肘をついた。ラファエラは無言で肩をすくめ、ジェイズは小さく息を吐く。会議室を満たす光は、次の議題へと静かに回り始め――
その時、扉が開き、ヴァレンティナが自隊を従えて大広間へ入ってきた。
一歩ごとに漂う気品と統率――視線が自然と吸い寄せられる。
「――おお、ヴァレンティナちゃん! 久々に会えて光栄だねぇ!」
最前列で顔を上げたヤマト・サトウが、どこか某国民的海賊漫画のコックじみた“愛すべきスケベ顔”で身を乗り出す。
「サトウ総長。お目にかかれて光栄ですわ」
ヴァレンティナは完璧な微笑で一礼する――が、眉間のごく小さな影が“拒否感”を物語っていた。
「いやいや、光栄なのはこちら。これほどの美女なら、全力でエスコートせねば」
ヤマトが手を二度叩くと、部下が両腕いっぱいに薄紙で包まれた大包みを抱えて現れた。
「旅の合間、ここの名所で選び抜いた贈り物だ。麗しの貴女へ」
「ふざけている場合ではありません、サトウ総長。状況は極めて深刻です」
ヴァレンティナのこめかみに汗が一筋。
「む、確かに……贈り物は下げておけ。――本題に入ろう」
ヤマトが咳払いして表情を引き締める。
ヴァレンティナが胸の内で小さく息をついた、その刹那――
「下着もあるんだけどね?」
つい口が滑った。
ヴァレンティナはゆっくりと顔を上げ、微笑を消した。鬼火のような気配がふっと灯る。
「――死にたいのかしら?」
「ま、待て待て! 怒らないで!」
ヤマトは両手を上げて二歩後ずさり、咳払いで場を整える。
「……我々がここに集った理由は一つ。すでに耳にしているだろう」
声色が低く、重くなる。
「本大会の新人小隊のうち、二名の遺体から瘴気が検出された」
ざわめきが、凍ったように止む。
「瘴気――負の性質を帯びたエネルギーだ。魔術師なら、名だけは聞いたことがあるはずだ……」
(……うっ)
リタは俯き、先ほどラファエラに“学の甘さ”を指摘された記憶が頬を熱くする。
「事は重大だ。五百年以上維持されてきた帝国間協定に違反している可能性がある。我々は最精鋭の魔術師と錬金術師を動員し、発生源の特定に入った。――ただの異常であればよいが」
ヤマトは言葉を切り、さらに険しい顔つきになった。
「だが、もっと大きな問題がある。二名は死んでいる。偶発では済まない。諸君――悪魔の関与を想定せざるを得ない」
一瞬で広がる不安の影。椅子が軋み、抑え切れない囁きが渦を巻く。
「――静粛に!」
鋭い一喝が入口から響いた。視線がいっせいに振り向く。
優雅な足取りで進み出たのは、ヴァドゥルス・ヴァンダーホールド伯。
その隣に夫人のブレンダ・ド・ヴァンダーホールド。
背後には、歩調を寸分違えぬ従者が二名。
「ヴァドゥルス伯……お越しでしたか」
ヤマトは厳めしい面持ちで頭を垂れる。
「悪魔だと?」
伯爵は鼻で笑い、傲岸不遜に言い放つ。
「戯言を。この宙域の空気は純度の高いマナで満ちている。悪魔が生きられるはずがない。攻撃? ――妄言だ」
すれ違いざま、伯爵の鋭い視線がラウルを一刺しだけ掠める。
「そもそも貴殿のギルドの不手際を“亡霊話”で糊塗し、時間稼ぎをするつもりでは? 星間ギルド協会の大臣として、私が直々に調査する。若者二名の死は、決して有耶無耶にはせぬ。悪魔? ――笑止。ただのゴミだ」
《星の槌》の隊員たち――仲間を失った者たちが、歯を食いしばって俯く。
その肩の震えが、場の空気をいっそう重くした。
「伯爵のお考えは理解します。しかし、政治以前に“安全”がある」
ヤマトは平静を崩さない。
「調査はご自由に。だが一点だけは明言しておきましょう――人間に“瘴気を操る術”はない。それは不可能です」
――その時。
大広間の後方扉が、きい、と控えめな音を立てた。
キャップにフード、濃い色のサングラス――小柄な少女が、長身の女と並んで足早に入ってくる。
二人とも素性を隠すように全身を包み、だが歩みに迷いはない。
視線が吸い寄せられる。空気が、ほんのわずかに華やぐ。
(――誰だ?)囁きが連なり、会場の温度がまたひとつ、変わった。
衛兵が二人の行く手を塞いだ――が、長身の女は稲妻の速さで公式身分証を抜き出し、迷いなく掲げる。
衛兵は目を見開き、直立不動。即座に道を開けた。
フードの少女は客席の階段を軽やかに駆け下り、左右へ素早く視線を走らせる。
「どこ……どこ……? ――あ、いた! 見つけた!」
おもちゃを見つけた子どものように弾んで段を降りると、あくびをしていた我らが主人公のすぐ隣へ、ちょこんと腰を下ろした。
「この子……誰だ?」
ジェイズは首を傾げ、興味半分に振り向く。
「こんにちは」
少女は太陽みたいに無邪気な笑顔で言った。
「やっと……あなたに会う機会が巡ってきたの」
「え? 俺に……会うため?」
ジェイズはますます面食らう。
「ええ。あなたの隣にいるのが、わたしの運命だから」
ジェイズは疑わしげに目を細め、心の中でつぶやく。
(……またやべータイプが来たな)
「なんで、俺が“その男”だって思うんだ?」
引きつった笑みで問い返すと、少女はゆっくりとフードの端を下ろし――右目を指さした。
「この右目よ」
その瞬間、ジェイズは彼女の顔立ちをはっきりと捉える。
そして、右の虹彩でうごめく光を見た。古代錬金術の複雑な紋が、まるで生きた歯車のように回転し、組み合わさり、ほどけていく――
「これが――『運命の眼』」
少女は柔らかい声で告げた。
「は……?」
ジェイズは口を開けたまま、言葉を失った。
――つづく。
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