運命が動き出す――シャルロットは《炎の錬金術師》を憎むのか?
休息日の朝――食堂のひび割れた空気、胸の奥で揺れるシャルロット、そして遠宇宙で動き出す“誰か”の思惑。夕暮れの公園に現れた謎の剣――運命は静かに、しかし確かに回り始める。
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――戦いのない朝……だが、張り詰める気配
[翌朝――トーナメント休息日/本館・大食堂]
陽光が大食堂の大きな窓から穏やかに差し込み、床を静かに洗っていた。きょうは他のチームが試合を行うため、ジェイズの小隊は休息日――本来なら肩の力を抜ける時間、のはずだった。
シャルロットはどこか物思い顔で回廊を歩く。足取りは重く、視線は宙をさまよう。彼女が誰を思っているのかは、見ればすぐに分かった。
一方、大食堂ではジェイズがリタとリーアと朝食を取っていた。卓には和やかな空気が流れる――そこへ、ラファエラが現れる。日の光よりも明るい、穏やかで凛とした微笑みが場を照らした。
やがてシャルロットが姿を見せ、一同の元へ歩み寄る。そこで彼女はすぐに“違和感”に気づいた。
――交わされる視線。
――ラファエラの柔らかな笑い声。
――リーアの瞳に射すきらめき。
――いつもより快活で人懐っこいリタ。
何かが、変わっている。彼女の気に入らない“何か”が。
「ふーん……」シャルロットは腕を組み、むっと鼻を鳴らした。「ここ、何か起きてるわね」
「何のことかしら?」ラファエラは無邪気を装って答える。
リタは困ったように小さく笑っただけで、言葉を飲み込む。ラファエラは当然のようにジェイズの隣へ腰を下ろした――まるで最初からそこが定位置であるかのように。
シャルロットはため息をつく。ラウルに拒まれたばかりの痛手はまだ新しい。けれど、ジェイズを見たとき――胸のどこかがちくりとした。
「みんな、あんたとは前より“仲良し”みたいね、坊や」
「えっ?」ジェイズは両手を軽く上げ、困ったように笑う。「何の話? 俺たちはチームだよ、ただのね」
シャルロットは子どもみたいに頬をふくらませ、きゅっと眉を寄せた。
「みんな、あんたのどこがいいわけ? 顔は可愛いけど――背も高くないし、強くもないし、体つきだって普通。頭が飛び抜けていいわけでもないでしょ!」
「いてっ! もうちょっとオブラートに包んで!」ジェイズは大げさにのけぞってみせる。
シャルロットは強く息を吐き、目を伏せる。
「ごめん……ただ、苛立ってるの」
「ラウルのせい?」ラファエラが鋭い口調で割って入る。「あの馬鹿に構うだけ時間の無駄よ」
「ラファエラ!」リタが慌てて声を上げる。「そんな言い方やめて。何だかんだ言っても、ラウルは私たちの隊長なの。敬意は必要だよ」
「敬意?」ラファエラは眉をひそめる。「私は最後に正式加入したけど、あの男はその日からずっと私に言い寄ってきた。認めるわ、好意が全くなかったわけじゃない。でも――エルフとして、私はあなたたち二人を合わせたより長く生きてきたの。自分の価値は、自分で決めるわ」
「ちょ、ちょっと待って……」リーアが不安げに手を上げる。「今ここで言う話じゃない気がするよ? ジェイズ、止めて!」
「ふん、ラファエラ。あんた、ラウルと“してない”唯一の女だからって、いい気になってるんじゃないの?」シャルロットは堪えきれず噛みつく。「ラウルは勇敢で、賢くて、強い! 私たちを守ってくれる人! 私は――彼の女だったこと、恥じてない!」
「守る、ね」ラファエラは苦い声音で返す。「あなたは見ようとしないだけ。彼にとって私たちは“人形”。そのうち捨てられる――あの子みたいに――」
「やめて! もうやめてよ、お願いだから!」リタが張り裂けるような声で叫んだ。
大食堂に、いたたまれない沈黙が落ちる。彼女の頬を涙が伝った。
「……ごめんなさい」ラファエラは小さく頭を下げる。「今は触れちゃいけない話だった」
「“成熟”ですって? 馬鹿じゃないの!」シャルロットは吐き捨て、そのまま駆け出した。
「シャルロット、待って!」ラファエラは手を伸ばしたが、もう遅かった。
「リーア、ジェイズ……」ラファエラは悔いを滲ませて言う。「彼女を追って。ひとりにしないで。私の落ち度よ。私はリタのそばにいるから」
「ごめんね……」リーアは申し訳なさそうに俯く。「私はこのあとギルド長との打ち合わせ。準決勝は金曜だけど、仕事が詰まってて……本当にごめん!」
「分かったわ」ラファエラは短く頷く。「ジェイズ、お願い。シャルロットを頼む」
「うん……」ジェイズは立ち上がる。「今は他にやることもないし。だけど――さっきの、結局なんだったんだ?」
ラファエラは、まだ嗚咽の残るリタを見やる。
「過去を語るタイミングじゃない。彼女が見えなくならないうちに、早く」
「了解。また後で」
そう言い残し、ジェイズは城の回廊へと駆けだした。――この休息日が、少しも穏やかで終わらないことを、彼はまだ知らない。
――シャルロットは街路を歩いていた。――あの女が……いや、違う。馬鹿なのは――あいつのほう。
[数分前――大食堂で席に着く直前の回想]
(シャルロットは少し離れた場所から様子を窺っていた。朝食のテーブルは、まるで別世界。自分が急に入り込めなくなった輪のように見えた。)
――いつから……あんなに彼と仲良くなったの?
視線はラファエラへ。彼女の笑い声は柔らかく、どこか音楽めいて心地よい。いつも一番はにかみがちなリタでさえ、今は自信に満ち、少しだけ小悪魔的に見える。リーアも――まるで前からあの親密な輪の一員だったかのように、当然のように微笑んでいる。
――あの馬鹿と出会って、まだ二週間も経ってないのに……どうしてもう、みんなあんなに“つながってる”の?
無意識に眉根が寄り、握った拳に爪が食い込む。
――私だって、チームの一員でしょ? ずっとラウルのために頑張ってきたのは私よ? なのに……どうして、みんなが遠くへ行ってしまうみたいに感じるの……。
目はジェイズに止まった。彼は自然体で笑っている――自分が皆の心に渦を巻き起こしていることなど、何も知らないという風に。
――顔だってラウルほど整ってない。背も高くない。頭だって、とびきり切れるってわけでもない。なのに――!
胸の奥に、すうっと冷たい空洞が広がる。痛みが一刺し、心臓を掠めた。
――彼の隣だと、みんな、幸福そう……。ほかの何もいらないみたいに。まるで……彼が“世界”みたいに。
俯いた。
――じゃあ私は? どうして誰も、私をあんなふうに満たしてくれないの? どうして、ラウル……私を拒んだの?
滲んだ悔しさが涙に変わりかける。けれど、シャルロットは飲み込んだ。ここで弱さは見せられない。
――置いていかれたりなんてしない。たとえ、それが意地でも、やけでも、何でもいい。――あの馬鹿に、みんなが惹かれる理由を、この目で確かめてやる。そして、もし彼が私にも恋をしたなら――一度でいい、あの“気持ち”を、私も知ってみせる……。
[回想終わり]
大会の休日は、時折、静けさに主役の座を譲る。外回廊を吹き抜ける風が石壁を撫で、シャルロットは胸壁にもたれて小さく溜息を漏らした。
「考え過ぎ、なのかも……」と独りごちる。「ラウル、どうしてあなたは、ああなのよ」
「やあ!」
背後から、ぱっと声が跳ねた。
「きゃっ! 驚かせないでよ!」シャルロットは肩を震わせて振り向く。
「はは、悪い悪い」ジェイズは後頭部をかきながら苦笑する。「ラファエラに、君についててって頼まれてさ」
「よりによって、今いちばん会いたくないのがあんたなんだけど?」シャルロットは腕を組み、つんと顔を背ける。
「え、えっと……」ジェイズは気まずそうに笑って、これ以上刺激しないよう言葉を選ぶ。
シャルロットは細めた目で彼をしばし観察する。
(でも、二人きりは初めて……本当に“何か”あるのか、見極めるチャンスかも)
「ねえ、新人」不意に切り出す。「飲みに行かない?」
「え? あ、うん、いいけど」状況が飲み込めないまま、ジェイズは頷いた。
[同時刻――ギルド宿泊ホテル・ロビー]
リーアは少し急ぎ足でロビーに入った。今朝の一件の余韻が、まだ表情の端に影を落としている。
テーブルの一角では、ギルド長ヴァレンティナが厳しい面持ちで書類を繰っていた。
「来ないかと思ったわ」視線を上げずに言う。
「チームでちょっとした行き違いがあって……出るのが遅れました。申し訳ありません」リーアは小さく一礼する。
「気にしないで。今はマリアの報告に目を通しているところ。進捗は、いつも通りね」
「お手伝いします」リーアは姿勢を正して横に立つ――が、その顔にはまだ微かな動揺が残っていた。
ヴァレンティナはじっと彼女を見た。
「――何があったの?」穏やかな声で問う。
「え、えっと……その……大したことじゃ……」
「リーア、あなたが嘘をつくときは分かるわ。全部、話して」
若い受付嬢は観念したように小さくため息をついた。
「ラファエラさんとシャルロットさんが口論になって……それで、すごく気になる話題が出て。ギルド長、ラウルさんのグループに――もう一人、誰かいましたか?」
ヴァレンティナは数秒、無言のまま視線を落とす。ゆっくり息を吸い、静かに吐いた。
「残念だけど、いたわ。ラファエラが正式加入した少し後、彼らは**予防小隊**として体裁を整えた――その頃、その子はメンバーだった」
「じゃあ、その人はいまどこに……?」リーアは、答えを恐れながら尋ねる。
「――死んだの」ヴァレンティナは一切ためらわずに言う。
「……死んだ?」リーアの瞳が大きく見開かれた。
「ええ。いろいろと暗い話よ。何が起きたのか、はっきりしたことは誰にも分からない。殺人の最有力容疑者はラウルだったけど、捜査はどれも不首尾に終わった。現場は――ダンジョンの中」
「ダンジョン……地球で、ですか?」リーアは更に驚く。「ダンジョンって自然発生の“魔窟”ですよね。別世界へ繋がるって説や、過去・未来がつながるって説もありますけど……この星では滅多に出ないはず……!」
「その通り。あれはもうすぐ一年前のこと」ヴァレンティナは頷く。「ジェイズがアルタリウスへ行った“あの時計”を覚えている?」
「忘れるわけないですよ、ギルド長!」
「あの時計は、うちの家に縁のある古い友人――ルドルフ教授の発明。彼は“ダンジョンの本質”を捕捉して、携行型の装置に模倣させたの」
「つまり……ダンジョンの転移門と同じ仕組みを、逆方向に小型化した――みたいな?」
「そういうこと。ただ、本題に戻るけれど、ダンジョンは“時空の歪んだ次元”。内部で起こることは記録が取りづらく、まして裁くのはもっと難しい」
「……“完全犯罪”にはうってつけ、というわけですね」リーアは顔色を失い、ぽつりと呟いた。「でも、ギルド長。さっきの件、特にリタさんが辛そうでした。どうして、あんなに……?」
ヴァレンティナは最後のファイルを閉じ、静かに彼女を見据える。
「――その子はね。リタの“双子の妹”だったのよ」
リーアは両手で口を覆った。
「そんな……ひどい……」
ヴァレンティナは椅子にもたれ、指を組んでテーブルに置く。
「推察どおり、事件はすぐに打ち切られたわ。続けようがない案件だった。何が起こったのかを本当に知っているのは――あのダンジョンの中にいた連中だけ」
リーアは視線を落とす。胸に重く沈む痛みは、まだ薄れない。
「……リタさん……どれだけ辛かったか……」
[別銀河――敵性惑星の軌道上]
幾隻もの艦が、腐臭を放つ植生に覆われた世界へとゆっくり降下していた。山嶺の間を、深紅の霧を割って巨獣がうごめく。紫電が絶えず空を裂き、センサーはそのたび甲高く悲鳴を上げる。
内部回線に、落ち着いた声が響いた。
「司令ハミル、予定地点に到達。ですが目的物の反応は皆無です。惑星全域の植生に対して、全面スキャンを開始しますか?」
ハミルは腕を組み、モニターから目を離さずに答える。
「やれ。何か掴んだら即報告だ」
「了解!」
短い静寂。ハミルは視線を伏せ、胸の奥で言葉を噛みしめる。
(……もう少しだ。必ず助ける――お前を死なせはしない)
その時、端末のひとつが軽い警告音を鳴らした。立ち上がるホログラム通知。複数の顔写真が一覧で浮かび上がる――星間ギルドトーナメントの参加者たちだ。
ハミルは片眉をわずかに上げる。ひとつの肖像に指先で触れると、暗い青髪の少年の顔が拡大された。
「……こいつか。俺の任務を奪ったのは――ずいぶんと若いな」
無線の向こうの声が、わずかに揶揄を含んで続いた。
「おや、映像はもうご覧になったんですね。トーナメントに行かなかったこと――後悔してますか、司令?」
「しない」ハミルはきっぱりと答えた。「俺たちが探しているものを見つけるほうが重要だ。その件は当面、無視しろ」
「了解」
ハミルは少年の映像から目を離さない。
(――すぐに会う予感がするぞ、坊主)
[同刻――宇宙深層/時空の第五層]
宇宙を一本の光条が横切った。既知のあらゆる観測機器には“雷”に見えるだろう――だが、雷ではない。
リンダだった。時空の第五層を、庭を駆けるみたいに滑走していく。金の髪は尾を引く天光のように靡き、その微笑は無邪気で、悪戯っぽくて、危ういほど魅惑的。
「見つけた、見つけた~」と、鼻歌まじりに言う。「お姉ちゃんより先に、わたしが――ね」
虚空でふわりと身をひるがえし、舞うように旋回する。
「人間って、楽しそうだね……“トーナメント”か。知らなかったけど、面白そう」
宙に浮かぶ投影――女の子たちに囲まれたジェイズの姿――へ、彼女は小首を傾げる。
「さて、本人に会いに行くまで何秒? ……一秒もかからない、かな。――だめ、そんなのつまらない。計画を立てなきゃ」
そう呟くや、リンダは溜息みたいに宇宙から掻き消えた。
[宇宙の片隅/忘れられた恒星系]
空間は、中心から折り曲げられたガラスのように歪み――極小の裂け目から、ヤネットが抜け出た。
その顔は冷ややか。けれど、微かに寄った眉間が、苛立ちを物語る。
「……また空振り?」彼女の囁きは、惑星の大気全体に反響する。
地球の三倍はある惑星を、彼女はたった“ゼプト秒”で隅々まで走査したばかりだ。
指をひと鳴らし――痕跡ひとつ残さず、すべてを消す。無限の力も、絶対の速さも、神威の存在感も――今の彼女は“縛られて”いる。
そう、姉との賭けゆえに。全知も全在も封じられ、ジェイズを“手作業”で探さねばならない。
「馬鹿げてる」歯噛みしてうなる。「惑星を一つずつ――まるで下々の者みたいに」
オーラの一撫でで次の星の大気が裂け、瞬時に電嵐が生じる。構うものか。ひとつ見つからないたびに、誇りがほんの少しずつ粉砕されていくのだから。
――公園での邂逅と、思わぬ挑戦
[夕暮れ――公園の小径]
沈む陽が空を橙に染める。ジェイズとシャルロットは人影の少ない公園を並んで歩き、手には冷えたミルクシェイク。頬を撫でる風は心地よい。
「はぁ~、この飲み物おいし~。外に出て正解ね。奢ってくれてありがと!」シャルロットが満面の笑み。
「奢って? 奢ったの君で、払ったの俺だからね! お財布的には全然よくないんだけど?」ジェイズは眉をひそめる。
「だって男でしょ。払うのはそっちの役目!」彼女は悪戯っぽく笑う。
「都合のいい時だけ、それ言うんだよなあ……」ジェイズは“やられた”顔。
シャルロットはもう一口すすり、横目で彼を盗み見る。
「ねえ、お金といえば――本当に優勝したら、自分の取り分を全部“あの女”(アリス隊)に寄付するつもりなの?」
「そのつもり。俺のせいで、彼女たちの計画は狂った。悪意はないし、目標も崇高だ。――やるべきだと思った」
シャルロットは、ふっと柔らかな目になる。
「優しいのね。誰にでもできる選択じゃない……特に“彼”には」
「“貧乏人が休めるのは墓の中、施しは弱者のすること”――って、いつも言ってた」
ジェイズは沈黙のままシェイクを飲み、片眉を上げた。
「――恋、してるんだろ?」
「もう分からない……拒まれてる気がして。あの人は、自分のことしか考えてないのかも」シャルロットは小さく溜息。
その瞬間、彼女は誰かにぶつかった。
「いった! ちょっと、気をつけてよ!」よろけかけた体を、ジェイズが間一髪で支える。
相手は大柄で屈強、戦闘服に身を包み、顔には一本の古傷。背には巨大な剣。
「探してたぞ、坊主!」見知らぬ男が唸る。
「俺を? 何の用だよ」ジェイズは目を瞬かせる。
男は片手で大剣を抜き放った。
「――トーナメントから“降りてもらう”!」
――つづく。
穏やかな一日だったはずが、心と剣が交差した。次に動くのは、彼か、彼女か――それとも“運命”そのものか。
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