錬金術師、首を落とされかける――黒い企みが煮詰まりつつある!
アリス vs ジェイズの戦いは予想外の幕切れに――だが、不穏な闇が英雄ラウルを狙う。
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――
「きゃあっ!」
アリスはとっさに身を隠すように腕で胸元を覆い、真っ赤になった顔を上げた。
「わ、私の聖なる鎧に……何をしたの!」
「ちょっと改装しただけさ。君の肢体に合わせて“新しいスタイル”にね」
ゆっくりと歩み寄りながら、ジェイズが言う。
アリスは聖剣に手を伸ばす――だが、握った感触が、違う。
「な、なに……これ……!?」
「ま、まさか……聖剣が――ヴァイブレーション兵装になってる!?」
実況席のコネジータが絶叫した。
「な――なんだってええええええええっ!?」
スタジアム全体が揃って悲鳴を上げる。
ヴァレンティナは額に手を当て、顔を覆う。
「……かわいそうに」
ジェイズはアリスの前にしゃがみ、そっと顎に指を添えた。
顔が触れ合うほど近い距離――。
「さあ……最後の一撃だ」
唇が重なる。
長く、熱い口づけ。スタジアムは拍手と口笛と歓声で爆ぜた。
「な、何を……したの……!」
アリスは全身を震わせ、息を乱す。
「頭の中が……えっちなことで……いっぱいに……考えられない……」
「続きが欲しいなら――降参するんだ」
「……うん……降参……あなたに、降参します!」
アリスは目を潤ませ、思わず目をハートにして身を寄せた。
「お願い……ご褒美を頂戴……どうか……!」
「わ、わたし、理解不能……ロビタ、あの女騎士に何が起こってるの?」
コネジータがオロオロと袖を引く。
ロビタはにやりと耳元で囁く。
「――発情期、やろ」
「え、ええええええっ!?」
コネジータは真っ赤になって椅子から跳ねた。
上段の貴賓席。
至高皇女は立ち上がり、手を打って盛大に称える。
「ブラーヴォ! ブラーヴォ! なんて素晴らしい見世物!」
扇で顔を半ば隠し、ジョセフィーナが渋面をつくる。
「下品に過ぎます、殿下……公衆の面前で、かような色事を称賛なさるなんて」
皇女は余裕の笑みのまま肩をすくめた。
「ジョセフィーナ、あなたは私より年上なのに、エロスの芸術をまだ解していないのね」
「意見は控えます、殿下。打ち首は御免ですので」
「心得ているわ」
ロビタは解説席のマイクを握る。
「――どう見ても、暁光隊の隊長はこれ以上戦えへんな!」
――だが、そのとき。
誰も予期しなかった速さで、鋭い声がアリーナに響きわたった。
「アリス様――おやめください!」
若き弓手、ミナが泣き叫んでいた。
「アリス様、もう十分です! わたしたちのために、もう――やり過ぎです!」
刹那。
衝撃的な光景――アリスの刃先は、ジェイズの頸にあと数ミリ。
その声に、ピタリと止まる。
「ば、馬鹿な……」ジェイズは汗に濡れた頬で目を見開く。
「その目隠しの包帯……金属だったのか?」
アリスは眼帯を外し、それを鋭い短剣のように成形していた――まさに、とどめを刺す体勢で。
(ジェイズ・心中)
――目隠しを武器化……意志の力が桁違いだ。
あの子が止めなければ、俺は――。
スタジアムは息を呑む。
至高皇女と、SSギルド首脳を含む特別招待の来賓たちも、ただ瞠目して見守るしかなかった。
重盾の戦士、ドレンが膝をつき、涙をこぼす。
「俺たちが――自分たちの力で戦って勝ちます。あなたのために。ですから……もう、十分です、隊長」
眼帯を外したアリスの瞳は、あまりにも綺麗で、悲しく、そして――空ろだった。
次の瞬間、糸が切れたように、彼女はその場に崩れ落ち、意識を手放した。
――
ジェイズは深く息を吐き、ふらつく足取りで呟いた。
「……気を失ったか。最後の一秒で、俺はガードを下げた。慢心したな。俺の錬金の効果は絶対じゃない……もっと慎重にいかないと」
コネジータが両手を高く掲げ、声を張り上げる。
「――勝者は……ジェイズ!」
闘技場が割れる。歓声、拍手、口笛――熱狂が渦を巻いた。
ヴァレンティナは椅子にどさりと身を預け、額の汗を拭う。
「ふぅ……最後の最後まで、あの女には肝を冷やされたわ」
「隊長……わたし、ちょっと漏らしそうでした……ほんと危なかった……」
リーアが涙目でヴァレンティナを見る。
シャルロットは安堵の笑みを零した。
「早く連れ戻さなきゃ。――ジェイズ、最高!」
腕を組んだまま、ラファエラは表情を引き締める。
「浮かれてる暇はないわ。アリスの部下たちとの対戦が残っている。――これがトーナメントの規定よ」
リタがアリーナの中央を見る。ジェイズは立っているのがやっとだ。
「確かに……でもジェイズはボロボロ。このままじゃ、無理……!」
――アリスの降参から、数分後。
拍手の余韻がまだ場内に残る中、ジェイズはふらりと横に崩れ、膝をついた。
アリスとの死闘で、もはや身体がいうことをきかない。
「ジェイズ!」
リーアが客席から叫ぶ。
「大丈夫よ、少し休ませれば持ち直す」
ヴァレンティナは立ち上がり、鋭く続けた。
「でも――誰かが戦いを引き継ぐ必要がある」
その時、闘技場の入場口から一つの影が跳び出す。
猫のようにしなやかな身のこなし――アリス隊の盗賊、レオだ。
その眼差しは鋭いが、対戦相手への敬意を失わない。
「隊長に胸を張ってもらう。――俺が、務めを果たす」
「――期待してるぜ」
ジェイズはそう言いかけて、意識が暗転した。砂に崩れ落ちる。
「お、おおっ! これはジェイズ選手、戦闘続行不能か!」
ロビタが声を上ずらせる。
「さぁ、うちの坊やの代わりは誰だい? よく頑張ったからね!」
コネジータがマイクを振る。
だが、レオが中央へ出るより早く、ジェイズ側の列から一人の女性が静かに進み出た。
張り詰めた空気を穏やかに制する、澄んだ気配。――ラファエラだ。
「ジェイズは不可能をやってのけた。ここからは――私がやる」
戦いは速かった。痛ましいほどの速さで。
ラファエラの正確無比な技が、アリス隊の若者たちを一人、また一人と“無傷のまま”地へ伏させていく。
彼らを辱めず、要所だけを断ち、確実に戦闘不能へ導く。
――階位の差は、残酷なまでに明白だった。
最後の少年が倒れたとき、スタジアムは静まり返った。
そして――
「……隊長?」
弓手のミナが小さく囁く。
アリスがゆっくりと目を開けた。
アリーナ縁の担架に横たわり、周囲には彼女を慕う部下たち。
誰もが傷だらけで痣も青い――それでも、誇りの笑みを浮かべていた。
「すみません……勝てませんでした、隊長のために……」
重盾の戦士、ドレンが絞り出す。
アリスは掠れた、けれど優しい声で答えた。
「いいの……みんな、全力で戦った……。悪いのは――私。
資金も、守る力も、足りなかった。あなたたちの夢を叶えられない……無力なのは、私よ……」
そこへ、簡易の治癒魔法でいくらか持ち直したジェイズが、仲間とともに歩み寄る。
アリスの前で立ち止まり、真剣な眼差しのまま口を開いた。
「――全部、聞いた」
アリス隊の若者たちは身構える。だがアリスが、静かに手で制した。
ジェイズは膝をつき、目線を合わせる。
「アリス……さっきは酷い目に遭わせた。けど、俺はどんな手を使ってでも勝たなきゃならなかった」
アリスは視線を落とし、頬を赤くして首を振る。
「悪いのは私。あなたが謝ることじゃない」
「違う」ジェイズは遮った。
「教わったんだ。大事なことを。だから、決めた」
周囲の視線が、一斉に彼へ集まる。
「トーナメントの俺の取り分、全部――アリス隊に渡す。
それで登録費を払い、訓練を重ね、装備を整えてくれ。
君たちの“夢”を叶えるために。――俺も戦う。それが現実になるまで」
一瞬、世界から音が消えた。
続いて――アリス隊の若者たちが、堰を切ったように泣き出した。
――
「……必要ない……」
リーアがかすれた声で呟いた。
「必要だ」ジェイズはきっぱりと言う。
「君たちは心で戦った。そして彼女は、自分の夢が叶うところを見るべきだ」
アリスは唇を噛み、涙を堪えていたが――ついに堰が切れ、顔を覆って泣き崩れた。
「ありがとう……ジェイズ……」
シャルロットとラファエラは、その光景を見つめる。驚きと――それ以上の何かを混ぜた視線で、ジェイズへ目を向けた。
「彼はラウルとは違うわ」シャルロットが言い、
「ううん、もっといい」と、リタが小さく微笑む。
ラファエラは沈黙したままだった。
上段から見下ろすヴァレンティナは腕を組み、短く呟く。
「この少年が……全部を変える」
こうして、涙と約束と震える鼓動の中で、トーナメントで最も忘れがたい一戦は、皆の心に深く刻まれた。
[星間ギルドトーナメント――休憩区/同日夕刻]
夕陽がコロシアムの縁をゆっくり染める。ジェイズの小隊は大会の主施設を後にする支度を整え、医療区画へ歩を向けていた。
「見舞いに行く?」と、いつになく真剣な表情のリタ。
「ええ。ラウルはまだ入院中よ。あの人は自業自得なところもあるけれど……それでも隊長で、仲間だもの」ラファエラは小さくため息をつく。
先頭を行くジェイズは、歩みにまだわずかな倦怠を残していた。身体は癒しの魔法で整っても、心の消耗は重いままだ。
個室の扉を開く。包帯に巻かれたラウルがベッドに腰かけ、苛立ちを隠しきれぬ顔でこちらを見る。彼らを認め、表情だけは和らいだが、誇りはなお尖っている。
「これは驚いた……勝ち組がわざわざ俺の顔を拝みに来るとは。おめでとう、坊やたち」
皮肉を滲ませながらも、悪意はなかった。
「様子を見に来ただけよ、ラウル」リタが素直に微笑む。
「……ありがとな」
ラウルの視線が、言葉少なに控えるラファエラへ滑る。
(ラウル・心中)――今が好機だ。負傷の弱みに付け込み、ラファエラを俺のものに……。
「……ラファエラ」ラウルは低く囁いた。
「今夜、俺のそばにいてくれ。信頼できる者が必要だ。――お前のような」
シャルロットがはっと顔を上げる。ラファエラが答える前に、そっと歩み寄った。
「付き添いが要るなら……私が残るよ、ラウル」
ラウルは彼女を見ない。視線はラファエラに釘付けだ。
「ありがとう、シャルロット。だが俺に必要なのは……彼女だ」
空気が重く沈む。シャルロットは一歩退き、俯いた。
ラファエラは視線を外さず、一歩進み――静かに首を振る。
「ラウル……ここには優秀な医療班がいる。私は残れない。今夜、私を必要としている人がいるの。――だから彼のそばに行くわ。でも、望むなら明日また来る」
ラウルは奥歯を噛み、返事の代わりに目を閉じて頷いた。
こうして、ラウルの病室での面会は幕を閉じた。
――少し後。
ジェイズ隊のロッジの一室で、ラファエラはジェイズをベッドへ横たえるのを手伝っていた。
「誤解すんなよ……平気だ。ただ、ちょっと……くらっとしただけだ」かすれ声のジェイズ。
「祝福持ちの聖女とやり合って、生きて語ったんだもの。――そうもなるわ」ラファエラは冗談めかし、隣に腰を下ろす。
静かな温もりが落ちる。窓から夜の蒼が差し込み、部屋を薄く染めた。
ジェイズが身を起こそうとした瞬間、細い手がそれを制す。
「休んで、ジェイズ。私が見てる。目を閉じて――魔法をかけるから」
「了解、麗しのレディ」
ジェイズがいたずらっぽく笑った――その拍子に、ラファエラはバランスを崩し、そのまま彼の胸元へ倒れ込んだ。
「ごめん……!」
ラファエラは頬を赤らめ、慌てて身を起こす。
視線が絡む。あの日からゆっくり育ってきた何かが、確かにそこにあった。
「いや、謝るのは俺のほうだ。見惚れてた。――君の瞳、綺麗だな」
ジェイズは少し照れたように言った。
星空の下での情熱
「ふうん、だから――そうやって他の子の心も溶かしたのね?」
ジェイズは慌てて両手を振った。
「いやいや、違うって! ただ、物事って時々勝手に進むんだ。まるで呪いみたいにさ!」
ラファエラが囁くように言う。
「ねえ、ずっと――やってみたかったことがあるの」
「え、何?」ジェイズは無邪気に答えた。
「これ」
ラファエラは静かに唇を重ねた。抑えてきた熱をそっと託すような口づけだった。
「……本当に、いいのか?」
ジェイズが彼女の髪をやさしく撫でながら尋ねる。
ラファエラは真っ赤になってこくりと頷いた。
ジェイズはそっと彼女を抱き寄せる。これは、彼にとってエルフとの初めての経験になる――。
指先がラファエラの長い耳朶をそっとなぞり、その繊細さに彼女の身体がふるえる。
抑えきれず、ラファエラは小さく声を漏らした。
「んっ……! あなた、女の人の扱いがすごく上手……」
ジェイズは悪戯っぽく微笑み、素肌の胸元をやさしく愛撫しながら、その呼吸が乱れていく様を見つめる。
「まあね……」と、遊び心のある調子で囁く。
「でも今夜は美しいエルフを味わう楽しみがある。ほかの種族とは初めてなんだ……」
――嘘だろ、と彼は内心で可笑しくなり、ある気の強いドラゴン娘との邂逅を思い出す。
「本当? それって、君が自分の星から出たことがなかったから……?」
ラファエラは小さく息を弾ませながら問う。
「そういうわけじゃない。地球にはいろんな種族の移民がいる。君もその一人だろ?」
「確かに……あっ……」さらに頬が紅を差す。
「でも、まさか初めてがエルフじゃない人で……しかも君だなんて、思ってもみなかった!」
ジェイズは彼女をやさしく横たえ、その上に身を預ける。
表情は甘く――しかし、切実な渇きを宿していた。
ラファエラは慈しみと、どこか従うような熱を混ぜた眼差しで見返す。
「俺ってラッキーだな……こんな綺麗なエルフの“初めて”をもらえるなんて。――準備はいい?」
ラファエラの目が大きく見開かれる。
ジェイズの手にあるものを見て、彼女は息を呑んだ。
「な、なにそれ……!? どこにそんなの隠してたの……!?」
ジェイズは少し気まずそうに笑う。
「そんなに驚くものかな?」
「すごく驚く! 隊長のなんてその三分の一もないんだよ! すごい……少し怖いくらい……」
「大丈夫」彼は耳元でやさしく囁く。
「初めてだから――ゆっくりいこう。……それとも、別のことから始める?」
「べ、別のって……?」
「うん。もう少し優しく、別のやり方で慣らそうか」
「え、そんなやり方……!?」
「俺も君のところを愛撫する。そうすればお互い気持ちよくなれるし、その後も楽になる。――その体位、聞いたことある?」
ラファエラは恥ずかしそうに顔を覆った。
「だ、黙って……! 本で読んだだけだから……!」
ジェイズはその反応に目を細め、嬉しそうに笑う。
「へえ、司祭さまにも少しえっちな一面があるんだね。――それ、気に入った」
彼女は答えない。ただ、震えと期待を抱えたまま、静かに体勢を整える。
「あっ……んんっ……! 舌、すごく上手……!」
ラファエラの身体は、これまでにないほど素直に応えた。
ジェイズは巧みな指先と口づけで彼女を幾度も頂へ導き、その余韻に体の力が抜けていく。
「ジェイズ……もう……我慢できない……」
欲に濡れた声で囁く。
「お願い……して……」
彼は身を起こし、彼女を真っ直ぐに見つめた。
「――準備はできてる。もう、待たせない」
「うん……お願い……もう、耐えられない……」
ジェイズの口元に、悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
「君が、そう言ったから」
そして――トーナメントの星空の下、司祭の吐息は夜の高みへと吸い込まれていった。
―― 誇大な言葉も、永遠の誓いもいらなかった。
その夜、ジェイズは静かに――ラファエラに“女としてのやさしい甘さ”を教えた。
【コロシアム医療センター――薄闇の回廊/夜明け前】
プラリスの空が薄墨に沈み、静けさが世界を包むころ。
負傷者の眠る医療棟の内部を、ひとつの影が音もなく滑るように進んでいた。足音は反響せず、存在の気配すら薄い。
個室の一室。
つい先ほどまで大会で名を馳せていた傲岸の英雄――ラウルは、胸と顔に包帯を巻いたままベッドに横たわっている。安らかな寝息は、きしむ扉の音で破られた。
「……こんな時間に、誰だ……?」
ラウルは不機嫌そうに身を起こす。「――入れ」
扉がゆっくりと開き、白衣を羽織った痩身の男のシルエットが現れた。
「ご無礼を。勇士殿――具合は、いかがです?」
声色は柔らかい。
ラウルは目を細め、相手の顔を見極めようとする。
「……お前か。さっきまで付き添っていた救護班の男だな。で、今度は何の用だ」
「昼の間、あなたのために尽くした者に――そんなにお厳しく?」
白衣の“救護員”は、奇妙に自信めいた微笑を浮かべた。
ラウルは鼻を鳴らす。
「もう言ったはずだ。そんな代物は口にしない。自然に回復させる」
「承知しました」男は一度、視線を落とす。
「ですが、あなたの状態は容易ではない。あの女の“加護”は極めて有害です。二度と元の身体には戻れないかもしれない。――私があなたなら、早々にアリスへ報復しますが。どうです?」
「その口で、俺を口説けると思ったか、間抜けが」
ラウルは眉間に皺を寄せる。
男はすぐには答えず、しばし無言で彼を見た。やがて、鼻で小さく笑う。
「――明白でしょう?」
危うい光が瞳に灯る。
「あなたは既に私が誰で、何のために、どこから来たかを知っている。それでもなお、私を告発しない」
ラウルは奥歯を噛みしめたまま、沈黙する。
白衣の男は数歩近づき、小瓶を卓上に置いた。
「――お飲みなさい。あなたが救われる唯一の道です」
ラウルは小瓶を見下ろす。迷いが拳に走り、わずかに震える。
室内の空気が凍りついたような、短い沈黙。
「そうですか――」男はため息をつき、わざとらしい落胆を見せた。
「提案はお断りのようだ。残念です」
背を向け、取っ手へ手を伸ばす――
「待て!」
ラウルが叫んだ。
男はノブに触れたところで止まり、肩越しに問いかける。
「私の時間を無駄にしますか、勇士殿?」
「その力……」ラウルは小瓶を凝視する。
「これで、完全に戻れるのか」
「無論」男は静かに答える。
「そればかりか――あの無礼な女、アリスに報いを与えられる。悪くない取り引きでしょう?」
ラウルは目を閉じる。傷ついた誇りが、開いた創のように疼いた。
「――明日の夜まで待て。そこで最終的に答えを出す」
謎めいた男は、口の端だけで笑った。
「ふむ……この愚かな催しが終わるまで、夜はまだ幾つもある。待ってやりましょう」
それだけ告げると、男は静かに退室し、カチリと小さな音を残して扉を閉めた。
残されたラウルは――暗い思考と、さらに暗い誘惑の中に沈んでいく。
――つづく。
アリーナの灯が落ち、星だけが見守っていた。
アリスは眠り、ジェイズは静かに息を整える。
病室の卓上に小瓶ひとつ――ラウルの選択は、次の夜へ。
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