炎の錬金術師VS教会の聖剣
――聖剣と炎の錬金術師、運命の舞台で激突。
仲間を守るため、そして自分の誓いを果たすため――ジェイズはついに立ち上がる。
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――開戦前の危険な宣言
「――今、何て言った、ガキ……?」
ラウルが苛立ち混じりに吐き捨てる。
「――俺なら彼女に勝てます。先陣を切らせてください……」
ジェイズはぐっと声を張った。
「何を言っている。長の話を聞かなかったのか? 俺で無理なら、お前なんか尚更だ」
ヴァレンティナが鋭い視線で遮る。
「待って、隊長。ジェイズ、何を考えているの?」
「倫理的に……少しグレーな手かもしれませんけど――勝ちは勝ちです」
ジェイズがわずかに口角を上げる。
ラファエラが眉をひそめた。
「何の話をしているの、坊や?」
ヴァレンティナは沈思したまま、彼を見つめる。
「この子……本当の力を隠している? まさか――」
「――異議がないなら――」
「あるに決まってるだろう!」ラウルが声を張る。
「俺はこのチームの隊長だ。決めるのは俺だ! 俺が先に出て、あの女を倒す!」
ヴァレンティナは疲れたように嘆息した。
「分かったわ……切り札はあるの?」
ラウルは自信満々に笑う。
「もちろんだ。俺には誇りの“空間跳躍”がある。相手に加護があろうと、気づかれる前に一撃を叩き込んで終わらせてやる」
「油断しないで、ラウル」リタが不安げに口を挟む。
「相手はあんたより格上よ」
「――決まりね」ヴァレンティナが結論を下す。
「最初は隊長。次にジェイズ。異議は、隊長?」
ラウルは腕を組み、満足げにうなずいた。
「当然だ……だが仮に俺が負けたら、ガキに何ができるってんだ」
にやりと笑うラウルに、ジェイズはただ黙っていた。
――大会開幕
「――試合はただちに開始だ!」オオカミ娘が弾む声で宣言する。
「続いてトーナメント表を掲示します!」ウサギ娘が続けた。
観客は狂喜し、来賓たちも食い入るように見守る。帝国席の至高皇女はわずかに色めき立った――が、ラウルがフィールドに現れた途端、その口元が不機嫌そうに歪む。
ラウルは大仰に手を振り、観客に向かって劇的に挨拶した。
「おやおや、隊の看板イケメン坊やこと――ラウルのご登場だ」
オオカミ娘が皮肉っぽく笑う。
「しかも今日は最初から全開みたい!」ウサギ娘が弾む。
「教会の聖剣士、アリスもアリーナに入場!」
ラウルは対面の相手を射抜くように見据えた。
「――やあ、美人。近くで見ると、もっと綺麗だな」
アリスは沈黙を保つ。
「ではルールの確認です」ウサギ娘が告げる。
「帝国法で禁止されたものを除き、あらゆる魔法・能力・スキル・術式の使用を認めます。降参、または戦闘不能で敗北。可能な限り、相手の殺害は避けること」
「――試合開始ッ!」オオカミ娘が咆哮した。
ラウルが猛然と踏み込む。
「――見せてやる、俺の槍術を。お高くとまった女め!」
アリスは静かに剣を抜き、わずか一閃でラウルの初撃を受け流す。衝撃音がスタジアム全体に反響した。
ヴァレンティナが歯噛みする。
「――あのバカ……距離を取りなさいって言ったのに」
アリスが放つ圧は凄烈で、ラウルは思わず後退を強いられた。
「ちっ……! 魔力の流れが桁違いだ……慎重にいく」
そう心に念じた、その刹那――アリスはもう反撃に転じていた。
――聖剣の裁き
「ラウル、危ない!」
シャルロットが悲鳴を上げた。
だが、もう手遅れだった――
アリスの剣先は、ラウルの背に数ミリまで迫っている。
「ギィンッ!」
金属がはじける轟音が、スタジアム全体に鳴り渡った。
「……え?」
アリスが小さく首を傾げる。「消えた……?」
「アリス様、上です!」
敵陣のライラが叫ぶ。
天から、流星のようにラウルが降下してくる。
全身を黄色の光に包み、槍尖はまっすぐ敵の心臓へ――
「終わりだ! 俺の“空間跳躍”の前じゃ、お前は無力だ!」
「ドゴォン!」
アリーナ中央で炸裂。巨大な土煙が立ちのぼり、黄の稲光が四方へ奔った。観客は熱狂の渦に飲み込まれる。
「何も見えない……!」
ヴァレンティナが目を細める。「やったのかしら?」
「可能性は高いわ」
ラファエラが応じる。「うちの隊長は奇襲が得意。相手も――」
「見て!」
リタが指差して遮った。「何か見える!」
煙の帳がゆるやかに晴れていく。
――誰かが、誰かの首を片手でつかみ、持ち上げている。
だが、それはどちらだ?
「お、おっと……開幕からこれじゃ先が思いやられるね」
オオカミ娘が額に手を当てる。
血の雫が床へと一滴――
続けて、絞り出すような叫び声。
完全に視界が開けたとき、場内は息を飲んだ。
「……そ、そんな……!」
シャルロットが口元を押さえて震える。
アリスは、ラウルの首根っこを片手でつかみ、軽々と持ち上げていた。
ラウルの身体から血が滴り落ちる――重傷だ。
「聞きなさい」
アリスが凜と告げる。「まだ喋れるうちに降参しなさい」
「……だ、断る……お前を、叩き斬る……!」
ラウルはうめき、唸る。
「まだ間に合います」
アリスは静かに続けた。「私の“加護”は、まだあなたの全身には至っていません。助かる余地はある」
「ら、ラウルの体が……い、石に……石になっていく!」
リタが絶句する。
「アアアアアアァァァッ!! アァァァァァアアアッ!!」
ラウルは咆哮しながら、みるみるうちに石化に呑まれていく。
「ラウル、もう降参して!」
ヴァレンティナが懇願する。「死ぬわよ! 左脚も右腕も、もう使えないの!」
「無駄です」
アリスが言い切る。「止めなければ、私の加護が彼を殺します」
アリスはウサギ娘とオオカミ娘に視線を送った。二人は同時にうなずく。
「――試合終了!」
二人の司会が高らかに宣言する。
「隊長ラウルの生命の危機を認め、直ちに救護に移ります!」
「そっと降ろします」
アリスはラウルの身体を丁寧に地へ下ろした。
「衝撃で手足を失わないように」
「う、うあぁ……い、痛ぇ……クソッ……!」
ラウルが呻く。
中央ギルドの救護班が、担架を押して一斉に駆け込んできた。
ウサギ娘が腕を掲げ、結果を告げる。
「勝者は――!」
「A・コーション『暁光ルス』!」
オオカミ娘が続ける。
「“暁の聖剣”――アリス・ヴァルティエラ!」
会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
その凄絶な能力を目の当たりにして、アリスは一気に優勝候補筆頭と目された。
ラウルが担架で運ばれていく。
シャルロットは必死でその後を追う。
「ラウル、ラウル! 大丈夫なの!? お願い、見せて――!」
「お嬢さん、急いでください」
救護班の一人が短く告げる。
「容体は秒単位で悪化しています」
――
「ラウル! お願い、こっちを見て!」
シャルロットが縋るように身を寄せる。
だがラウルは怒りに顔を歪め、彼女を睨みつけた。
「愚かな女だ、どけ! お前が邪魔で処置が遅れる! ちくしょう、その女は無視してさっさと運べ!」
「了解、行きます」
救護班は容赦なく担架を押し出す。
シャルロットはその場に立ち尽くし、目を見開いたまま声も出ない。
その肩に、そっと手が置かれた。
「心配しないで」
ジェイズが、ぱっと花が咲くように笑う。
「彼は助かるよ……アリスは、俺が倒す」
涙目のシャルロットは、思わず彼に強く抱きついた。
その様子を、ラファエラは隅から見守り、胸を打たれる。
リタも口元をゆるませた。――ジェイズは、頼れる。
――二分後。
「長ぁぁぁぁぁ!! こ、怖いです!!!」
ジェイズは真っ青に震え上がっていた。
――第二試合
三人――リタ、シャルロット、ラファエラ――の表情は見事に揃っていた。
(ジト目×3)
ヴァレンティナがぷるぷる振り返る。
「離しなさい! あんた、自分で“勝てる”って言ったでしょう! 今さら尻込みしない!」
ジェイズは両手を上げ、脂汗をにじませる。
「だ、だってメドゥーサの石化って、もっとファミリー向けかと……! あれ、エグいほど痛いじゃないですか!」
「当たり前でしょ!」ヴァレンティナが怒鳴る。
「組織も筋肉も血管も、ゆっくり石に変わるのよ! 男なら約束を果たしなさい!」
「……はぁ。分かりました、長。やれるだけ、やってきます」
オオカミ娘が弾むようにアリーナ中央へ跳び出す。浮遊する魔晶が声を拡張した。
「さあ皆さん、お待ちかね! 第二試合の準備はいいかい? 次の挑戦者は――おっと、こいつは面白い!」
「Sランク依頼の特別ボーイじゃない!」ウサギ娘がはしゃぐ。
「ジェイズ、きゅんです!」
帝国の特別席。
至高皇女アレリス・ヴァルタリアは、きらきらと目を輝かせながら身を乗り出した。
「見て、ジョセフィーナ。ほら、前に話した“あの子”よ」
傍らの護衛ジョセフィーナ――底知れぬ気配をまとうが階位は未詳――は、無表情のまま答える。
「ご興味が理解できません、お嬢さま。あまりにも……凡庸です」
「私の眼には見えるの」アレリスが不思議な笑みを浮かべる。
「彼の運命は――何か重大なものと絡み合ってる。気になるわ」
ジョセフィーナは黙してうなずき、視線だけはジェイズから外さなかった。
場内は素早く清掃され、戦闘用のルーンに再び魔力が満ちる。
ジェイズは喉を鳴らしつつ、ふらつく足取りでリングへ。中央で、おずおずと手を上げた。
「ど、どうも……はじめまして」
アリスは落ち着いた眼差しで彼を見極める。
「これが――S依頼達成で名の知れた少年……?」
「礼儀正しい子ね」
柔らかく、しかし刃のように鋭い声。
「だから忠告してあげる――降参しなさい。勝機はないわ」
ジェイズは気まずそうに笑った。
「それは……始めてみないと、分からないでしょう?」
――
アリスは対面の少年を興味深げに観察した。
「この子は……いい気配を纏っている。他の誰とも違う“何か”がある」
一方その頃、貴賓席の一角では、中央ギルドの救護班の制服を着た男がヴァドゥルス・ヴァンダーホルド伯爵へ歩み寄る。伯爵は視線をアリーナから外さぬまま、静かにうなずいた。
「――好都合だ。見事に食いつかせろ」
その目が、さらに高位の帝国席――至高皇女のいるバルコニーへと上がる。
「……皇女殿下」
アリーナ中央で、公式MCのウサギ娘が両腕を高く掲げた。
「――準備はいい? バトル、いくよー!」
ジェイズは合図を待たず、ポケットから小さな金属片を指先に忍ばせ、そのまま一直線にアリスへ駆け出した。
アリスは優雅に剣を抜き、古典的な構えを取る。
「来なさい、坊や。Sランク依頼を突破した“理由”、見せてもらうわ」
「ちょ、ちょっと! 正面から突っ込む気!?」観客席のヴァレンティナが思わず身を乗り出す。
「無謀……でも、早く終わらせられる」
アリスは僅かに口元を引き締めた。距離が縮む――
刃が届く間合い、アリスは無駄のない一閃を首筋へ。だがジェイズは土壇場で身を沈め、刃の下をかすめて滑り込む。
「うおっ……あっぶな!」
紙一重。
「今のをかわした?」
ジェイズは踏み込みながら手を伸ばす。
「――間合い、良し!」
次の瞬間――彼はアリスの胸元の装甲をがしっとつかみ、
その勢いのまま薄い金属片を胸部プレートに貼り付けた。
スタジアムに、一拍の静寂。
巨大スクリーンはクローズアップで“胸元に張り付いた何か”を映し出す。
「ちょ、ちょっと……何それ……!」
観客席の女性が顔を覆う。
「若いって怖いねぇ……」
老人が腰を浮かせて苦笑する。
「皇女殿下の御前で無作法が過ぎるわ!」
ご婦人が眉を吊り上げる。
帝国席。護衛のジョセフィーナが主の横顔をうかがう。
「これが“運命の少年”で?」
「ええ……ええ、間違いないわ」
アレリス・ヴァルタリアは、やや引きつった笑みで頷いた。
「私の“眼”は嘘をつかないもの」
アリス陣営は凍りつき、ジェイズ側は顔を覆って項垂れる。
アリスは微動だにせず、静かに視線を落とした。
「何をしているの?」
「これ、だよ」ジェイズは悪びれず笑う。
彼が身を引くより早く、アリスは苛立ちとともに魔力を解放――
「ズドンッ!」
爆ぜる圧。ジェイズは床をバウンドしながら吹き飛ばされた。
「……今、一瞬だけ意識を切らせた。やるわね」
アリスは少年を見据える。
「もう、遅い!」
ジェイズは咳き込みながら起き上がり、叫んだ。
「貼るの、成功したから!」
アリスは胸元へ手を当てる。装甲の上に、小さな金属の“薔薇”がぴたりと付着していた。
「これは……形状は、薔薇?」
「ば、薔薇ぁ!?」
オオカミ娘が椅子から跳ねる。
「こ、これはもしや――愛の告白!?」
「愛はいらーん! 血を寄越せーッ!」
ウサギ娘が腕をぶんぶん振って騒ぎ立てる。
アリスは眉根を寄せ、鋭く見据える。
「呪物、というわけ?」
「近いけど、ちょっと違うかな」
ジェイズが肩をすくめる。
「私は“教会の聖剣”。呪いなど通――」
言い切る前に、熱が駆け抜けた。
胸の奥から、灼けるような熱浪が血管をさかのぼり、全身へ。
「……何、これ――」
呼吸が乱れ、指先が震える。知らない感覚だ。
「胸が……おかしい……。集中、しないと……」
アリスは荒い息を整えようとする。
ジェイズの目が真剣味を帯びた。
「――これで君は、俺の術中だ。逃げ道はない。……本当は、使いたくなかったけど」
アリスが疾走する。剣光が舞う――だが、胸奥のざわめきが判断をわずかに鈍らせる。
「この感覚……お前の仕掛け、ね。だけど――っ……!」
思わず声が漏れ、観客席がどよめいた。
それは戦吼ではない。抑えきれず零れた、かすかな声。
――つづく。
――静寂を切り裂く歓声と動揺。
次に何が起こるのか、誰も予想できなかった。
運命の歯車は、確かに回り始めていた――。