「内気な少女が錬金術師を圧倒して…中央ギルドに到着!」
炎の錬金術師ジェイズとその仲間たちは、ついに〈センテジャ星〉へと足を踏み入れる。
そこは地球の五倍の大きさを誇り、先端技術と栄光に満ちた〈中央ギルド〉が鎮座する場所。
この星で行われるのは、一年に一度の〈新人大会〉――数多の新米冒険者が己の力を示す晴れ舞台。
しかし、ジェイズはまだ知らなかった。
甘美な罠に絡め取られたあの夜の出来事が、彼の運命をさらに狂わせていくことを……。
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――「くっ……や、やばい……エルフが来る!」ジェイズは凍りついた。
――「お、お願い……! 早くどいて! こんなところを見られたら……大変なことになる……!」リタが必死に囁く。
――「あっ、ご、ごめん……」ジェイズは慌てて身体を退いた。
――「あ、ありがとう……」リタは小さく息を漏らす。
――「くそっ……もうすぐ来る! 隠れなきゃ……!」
――「わ、私のベッドに……シーツの下に……」彼女はか細い声で呟いた。
――「仕方ない! 行くぞ!」
ジェイズは素早く布団の中へ滑り込んだ――ちょうどその瞬間、扉が開いた。
――「リタ?」ラファエラが部屋に入ってきた。
――「あ、あら……こんばんは。どうしたの?」リタは作り笑いで応じた。
布団の下。ジェイズは若き魔導士の身体の真下、裸身に押しつけられる形で潜んでいた。狭いベッドでは距離を取ることもできない。
――「叫び声が聞こえた気がして……大丈夫?」ラファエラが眉をひそめる。
――「だ、大丈夫……。ちょっと新しい魔法を試して……驚いただけ」
――「ふふ……てっきり“あの男”が襲いかかったのかと思ったわ」ラファエラは皮肉げに笑った。
――「えっ!? そ、そんなはず……ないじゃない!」リタは必死に否定する。
――「可愛い子ね、リタ。じゃあ私は寝るわ。ここにいても退屈だし……中央ギルドに着くまでまだ時間があるから」
――「うん……おやすみ」リタは顔を真っ赤にして答えた。
――「顔が赤いけど……熱でもあるの?」
――「ち、違う……ただ少し疲れただけ……」
ラファエラは彼女を数秒じっと見つめ、肩をすくめて部屋を出ていった。
扉が閉まると同時に、リタは大きな息を吐いた。
――「見つかるかと思った……」
ジェイズは布団の中から慎重に身体を起こす。
――「危なかったな……。もう行くよ。これ以上、迷惑かけられない」
――「ま、待って!」リタが彼の腕を掴む。
その表情は――先ほどまでとは違っていた。頬は火照り、唇はかすかに開き、呼吸は熱を帯びている。
――「な、なんだよ……? 俺、行かないと……」
――「お、お願い……行かないで……。私、もう……おかしくなりそう……」リタは震える声で囁いた。
――「ラ、ラウルは……? 君たちは彼の仲間だろ? これは間違いだ……頼む、俺を行かせてくれ」
ジェイズが身を引こうとした瞬間、リタは手を掲げ、素早く詠唱を始めた。
――《Spirits of the wind, come to my call and imprison the man beside me…!》
次の瞬間、目に見えない風の鎖が生まれ、ジェイズの両腕と両脚を絡め取った。
――「なっ……!? なんだこれ!? リタ、やめろ!」
振り返ると――そこにいたのは、もう“純真な少女”ではなかった。瞳は妖しく輝き、息は荒く、頬は紅潮している。
――「大丈夫……」リタは妖艶な笑みを浮かべる。「全部、私に任せて……」
――「う、嘘だろ!? やめてくれええっ!」
――「どうしたの……? 怖がらなくてもいいのよ……」
リタの両目は――ドクン、ドクンと鼓動するハートの瞳♡へと変わっていた。
――「うわああああああっ!!!」ジェイズは絶叫する。
その夜――。
勇敢なる炎の錬金術師ジェイズは、可憐で無垢なはずの少女リタに、徹底的に蹂躙されたのである。
逃げ場はなく。
容赦もなく。
そして彼は、まだ知らなかった――これがすべての始まりに過ぎないことを。
――二週間が過ぎた。
ジェイズたちの一行は、〈センテジャ星〉へ向かっていた。
地球の五倍もの大きさを誇るその星は、先端技術で名を馳せ、そして――中央ギルドが置かれる場所。
この地こそが、最強の〈警戒部隊〉を育む揺籃だった。
まもなく開催されるのは――〈新人大会〉。
各地のギルドが腕利きの新米たちを披露する、一年に一度の大イベント。
今年、注目を集めているのは――ランクEでありながら、単独でランクS任務を成功させた新人・ジェイズであった。
――艦内。
――『おいゴラァァァ! 何語で言えばわかるんだこのクソ怠け者ども! さっさと朝食に来いって言ってんだよッ!』
インターホン越しに、シャルロットの怒鳴り声が響き渡った。
最初に現れたのは、いつものように端正な顔立ちで気取った勇者ラウル。
――「愛しいシャルロット、そんなに怒るなベイビー。俺たちはこの二週間ずっと鍛錬をしていたんだ。疲れているのも無理はない」
――「……あなたは別よ。特にあのジェイズって新人。わざわざ一人で訓練? ランクBの勇者であるあなたがいるのに? 馬鹿げてる」
――「ふむ……確かに。だが、あいつがそれを望むなら俺にとっても好都合だ。……君たちと過ごす時間が増えるからな」
――「でもね、最近リタの様子がおかしいの。妙に艶っぽくなって……あなた、何かしたんじゃないの?」
ラウルは片眉を上げた。
――「ほう……君も気づいていたか。確かに彼女は以前よりも美しく見える。だが……不思議なことに、俺が触れようとすると、必ず理由をつけて拒むんだ」
シャルロットは顔をしかめ、心の中で呟く。
(……まさか、あの新人の仕業? いや、そんなはず……リタは臆病すぎる子……。でも……もしラウルがそう疑ったら……あいつを容赦なく宇宙空間に放り出すに決まってる……)
――「どうした? 考え込んで」
――「い、いや! なんでもない! ……ほら、朝食に行きましょう。他の子たちが来なくてもいいでしょ」シャルロットはぎこちなく笑顔を作った。
――その頃、艦の隅――。
――「あぁぁぁぁんっ!!! きもちいいぃぃぃぃッ!!!♡」
リタは顔を蕩かせ、甘い悲鳴をあげていた。
――「バカッ! 声を抑えろ! 誰かに聞かれたらどうすんだ!」ジェイズは冷や汗を流す。
――「ど、どうして……こんなにすごいの……!? 気絶しそう……♡」
――「……床までびしょ濡れだぞ。どうやって片づけろってんだ……おい、聞いてんのか……? ああ……ほんとに気絶しやがった……」
(……どうしてまだバレてないんだ? あの“清楚で大人しい”と思ってた子が……実はド変態の淫乱魔導士だったとはな……。場所なんか関係なしに求めてくるし……。まったく……あと数時間で解放されるんだ、我慢しろ俺……)ジェイズは深く溜息をついた。
――「……本来ならもっと訓練に集中すべきだったのに……。ま、できる限り頑張るしかねぇな」
やがて艦は目的地に到着した。
降り立った瞬間――ジェイズは目を奪われる。未来都市のような荘厳さ、そして中央ギルドの威容。
――「ようこそ、中央ギルドへ」
響き渡るアナウンス。
そのロビーは、まるで五つ星ホテルのように豪華だった。冒険者たちが任務を受け、談笑し、行き交う。ランクEからランクAまで、実力者がひしめく光景。
受付前――。そこで待っていたのは、優雅な装いのヴァレンティナと、柔らかく微笑むリアであった。
――「お待ちしていました。旅の疲れはありませんか?」ヴァレンティナが問う。
――「おお、ギルド長……もう到着していたのですね」ラウルが丁寧に応じる。
――「もちろん。私たちは小型の高速艦で先に来て、書類手続きなどを済ませておきました」
――「それで……私の“星”の具合はどう?」
――「あの新人のことか? ……そこにいるが……。ところでリタは?」
――「たしか……彼の荷物を手伝っていたはずよ」ラファエラが意味ありげに笑みを浮かべる。「二人、とても仲良さそうだったわ」
シャルロットの目が細くなる。
(……むむむむむむ……)
――その直後。
――「ギルド長ぉぉ! こちらに! お会いできて光栄です!」ジェイズが大声で駆け寄ってきた。
隣には、顔を真っ赤にしたリタ。二人とも、どこか乱れた様子。
――「こ、こんにちは……ギルド長……」リタが照れくさそうに挨拶する。
シャルロットは歯をギリッと食いしばった。
――「むむむむむむ……!!!」
――ヴァレンティナは咳払いをして、ただその存在だけで場の秩序を取り戻した。
――「皆が揃っているようだし、無駄話はやめよう。リア!」
――「はい、ギルド長!」
――「大会の進行を他の皆に説明してちょうだい」
リアは素早く小型のホログラム端末を起動し、全員の前に画像とデータを浮かび上がらせた。
――「大会は古典的なトーナメント方式、ターン制で行います」リアは正確に説明を始める。――「敗れた者は直ちに別の仲間と交代します。出場順に厳格な上下関係はありません。キャプテンが先に出ることも、メンバーで順番を決めることも可能です。最後まで残ったチームが勝者となり、次のラウンドへ進出します」
――「面白いな」ラウルは傲慢な笑みを浮かべてコメントした。――「俺が最初に出れば、俺の“娘たち”は戦わなくて済むわけだ」
リアは優雅に無視して、説明を続ける。
――「全部で八チーム。各チームはキャプテン(新米でランクC・B・Aの者)が率い、付き従うのは下位ランクの新米たちです。ランクSの新人が指揮する部隊も存在しますが、AとSの力差が大きすぎるため本大会への参加は認められていません。試合は、選手が戦闘不能、意識喪失、または降伏を宣言した時点で終了します」
ジェイズはすばやく手を挙げ、説明をさえぎった。
――「もし誰かが、自分の命をかけてでも試合をやめようとしなかったら?」
リアはため息交じりに、諦めたような視線を向ける。
――「ええ……それは君がやりそうなことね。そういう場合は力づくで退場させます。状況によってはチームごと失格になることもあります」
ヴァレンティナは腕を組み、真剣な口調で補足した。
――「ギルドは死亡を何よりも避けようとする。だが、時にはそうならざるを得ない場合もある」
――「なるほど……」ジェイズは大きな汗を一滴額に垂らし、つぶやいた。
リアは少し憂慮した口調で続ける。
――「第一戦の相手調査は済ませましたが、相手はアリス(Alyss)率いる部隊です。手強い相手ですよ」
ラファエラはその名を聞き、明らかな驚きを示した。
――「アリスって?」
――「ご存じですか?」ヴァレンティナが興味深げに問う。
――「ええ。彼女は教会から“聖剣”の称号を受けた剣士です。数年前に名を聞きましたが、面識はありません。まさかキャプテンを務めるとは思いませんでした」
――「その通り」ヴァレンティナは顔を引き締める。――「慈悲深く、公正な人物です。しかし注意してください。彼女は非常に強力です。なんと、彼女の部隊は全員がランクFの新米だけで構成されています」
シャルロットは突然元気づいた。
――「なら、勝てるチャンスがあるわ!」
――「そうは思いません」ヴァレンティナは冷静に熱を冷ます。――「彼女が部隊を結成してから六ヶ月で、二十五回以上の任務を成功させています。そのうち十回はランクA任務です」
ラウルは感嘆の息を漏らした。
――「おお、それは短期間で驚くべき実績だ」
――「驚くべき点はそれだけではありません」ヴァレンティナは続ける。――「彼女の任務では、従属者が無事に戻ってくることが常です。負傷一つない。アリスは全力を尽くして味方を守ると言われています」
――「なんて立派な人なんだ……」リタは尊敬の念を込めて呟いた。
ラファエラはゆっくり頷く。
――「その場合、彼女は仲間に先んじて自ら出戦する可能性が高いわ」
――「そうだろうな」ラウルは自信満々に微笑む。――「もしそうなら、俺が先に出る。俺が倒してやるよ。たとえ相手がランクAでも、俺は空間魔法と魔槍を持っている。簡単ではないだろうが、俺が彼女に勝てば、その後のランクFたちの相手は少年でも楽になるはずだ、な?」
――シャルロットはわずかに微笑んで、こくりと頷いた。
――「悪くない考えね。たとえ彼女にあなたが倒されたとしても、きっと満身創痍にできるはず。そうなれば私たちは――」
ラウルはばっとシャルロットへ振り返り、怒りに燃える目を向けた。
――「……今、なんて言った?」
――「……っ、べ、別に深い意味は……ごめんな……」
ヴァレンティナが一歩前へ出て、その強い声で割って入る。
――「もういい! 今はそういう時じゃないわ、分かった? ラウル、あなたの部隊運用に口を出す気はない。ただ――私が欲しいのは『勝利』だけ。よく覚えておきなさい」
ラウルは不満を隠しきれない表情で深く息を吸い、無理やり礼を整えて頷いた。
――「承知しました。失望はさせません……」
そう言って、シャルロットへ鋭い牽制の視線を投げる。
シャルロットは恥じ入り、怯えたようにうつむいた。
ジェイズは黙したまま、その一部始終を張り詰めた空気の中で見つめている。
ヴァレンティナは深く息を吐き、ホログラム端末を閉じた。
――「以上よ。宿は手配してあるわ。周辺の見学に時間を使ってもいいけど、明朝には全てが始まる。今日は早めに休むことを勧める」
――「はい、ギルド長!」全員が声をそろえて返事をする。
ヴァレンティナは温かな誇りを漂わせて微笑んだ。
――「今回は勝つ。あなたたちの実力を信じているわ」
各自に、名前・ホテル住所・部屋番号が記された小さなカードが手渡された。
やがて、一行は三々五々に散っていく。
――「さて……俺はどうするかな」ジェイズは腕時計を直しながら独りごちた。
その時、やわらかな声が彼を不意に呼び止める。
――「ジェイズ、今日はどうするの? 一緒に周りを回らない? 案内したい素敵な場所がたくさんあるの」
受付係のリアが微笑みながら近づいてきた。
――「おお、いいね! ぜひ頼むよ」ジェイズは嬉しそうに答える。
数歩後ろから、その様子をリタが不安げに見つめていた。
――「隊長、ジェイズとギルドの受付係のリアと一緒に回ってもいいですか?」
ラウルは不機嫌そうに横目で彼女を見る。
――「行け。楽しんでこい……ただし、長居はするな」
――「隊長はどうするの?」リタが小首をかしげる。
ラウルは視線をそらし、沈黙したままうなだれているシャルロットへ目を向けた。
――「少し用がある……身の程を思い出させるべき相手がいる」
リタは戸惑いながらも頷いた。
――「わかりました。すぐ戻ります」
――「私は部屋に戻るわ。読みたい本があるの」ラファエラはそれだけ言って踵を返す。
シャルロットは一言も発しない。表情が全てを物語っていた。
一方そのころ――ジェイズとリアは連れ立って歩き、中央ギルドの建築美と活気ある雰囲気に見入っていた。リアはあちこち指し示し、興奮気味に名所を解説していく。
そこへ、聞き覚えのある声が静けさを破った。
――「ジェイズ、ジェイズ! 待って!」リタが駆け寄ってくる。
――「あの子は……魔導士さん?」リアが驚く。
(ま、またか……)ジェイズはわずかに身構えたが、
――「まぁ、旅の間に仲良くなってね」苦笑しながら答える。
――「私も一緒に行きたい。ここ、初めてだから案内してほしくて」リタは嬉しそうに寄ってくる。
(本当はジェイズと二人きりがよかったのに……)リアは心の中で少しだけ肩を落とした。
――「じゃあ、リアはこの辺に詳しいよね。どこに行けばいい?」
リアは気持ちを切り替えて、指をぴんと立てる。
――「雰囲気のいいカラオケを知ってるの! 歌って、ちょっと飲んで、楽しく過ごせるわ。どう?」
――「カラオケ行ったことない! 行こう、ジェイズ!」リタが弾む声を上げる。
――「よし、行こう。……でも、今日は早めに戻るぞ?」
――「もちろん!」二人は明るく笑った。
――その頃、ホテルの一室。
厚いドア越しに、押し殺した怒声と鈍い破裂音が廊下まで漏れていた。
部屋の奥では、ラウルが怒りに任せて拘束されたシャルロットを痛めつけていた。
――「完璧な勇者であるこの俺が負けるだと? よくも口にしたな!」
――「お願い……やめて……跡が――」
――「知ったことか! お前の失言は許されない!」
乾いた打音がいく度も重なり、シャルロットは声にならない息を詰める。
(誰か……助けて……)
やがて、音は静寂へと吸い込まれた。
――つづく。
暗いホテルの一室に、怒声と鞭の音が響く。
「完璧な英雄である俺が負けるだと……?」
涙に濡れた少女の声は、誰にも届かず闇に消えた。
――つづく。