サイバー担当官ハマノはねこによわい 「猫と殺人事件だったら、猫の方が大切に決まってるだろう!」
「猫と殺人事件だったら、猫の方が大切に決まってるだろう!」
一
「猫と殺人事件だったら、猫の方が大切に決まってるだろう、…!」
先輩、殺人事件なんですが、と多少、間をうかがうように話し掛けた鷹城秀一の問い掛けにある配慮にも構わず。
いきなり反射的に顔をあげてそう答えたもじゃもじゃ頭に黒縁眼鏡の先輩の意見は確かにその通りだけど、と密かに同意しながら、一応はもう一度問い掛けてみて。
「そりゃそうですけど、一応、殺人事件が起こってしまって、…―――先輩にですね、仕事を、…―――」
「い、や、だ!第一、俺の仕事に殺人事件に関することはない!秀一くんだって、サイバーセキュリティとかサイバー空間とか何とかの専門家として俺を雇っているんであって、他の仕事は俺の契約の範囲にないだろう!」
「知ってます。その点に関しては先輩の云うことが正しいです。僕は政府機関の代理として、サイバー空間に起きる事件に関して、先輩にコンタクトをとって仕事をしてもらうのが仕事という調整役ですからね。けどまあその、…業務外なのは確かなんですが、殺人事件がですね」
脱いだスーツを腕にかけて、綺麗な立ち姿にベストも似合うお洒落な出で立ちに磨かれた靴に至るまで隙の無い秀一が、多少困り果てながら何とか先輩に用件を聞いて貰おうと云うのに対して。
きっぱり、眉を寄せて黒縁眼鏡の向こうから睨んでから、座り込んでキーボードに向かう姿勢を崩さないままに先輩――濱野が応える。
「いやだ!俺の仕事はサイバー空間とかの中でのことで、他のリアルな、現実で起きてる事件とか殺人とかは問題外だ!…第一、そんな殺人事件とかに関わって、ミオさんに影響でもあったらどうするんだ…!もし間違って映像ファイルとかをみてみろ!どんな影響があるかわからないだろう!そんな仕事は引き受けられない!」
きっぱり言い切る間も実は手が動いている先輩を感心してながめながら、思わず秀一が言い掛ける。
ミオさん?でもミオさんは、―――。
「いやでも、あの、…ミオさんが映像をみたらって、…猫ですよ?小さな子供とかじゃないんですから、」
「――――!」
きっぱりと手をとめて、濱野が無言になり秀一をにらんで本気でなにかいいかけたそのとき。
背後から、背の高い黒づくめの人物――関が現れたのに秀一が振り向いて不思議そうな顔をする。
強面で長身の上に黒づくめという格好の関が、無造作に秀一の隣に現れておもむろにうなずくと。
「その通りだな。猫に関しては同じ意見だ。猫の方が殺人事件より大切だし、殺人現場なんて猫にみせたら何があるかわからん」
「見せたら何がって、…――猫だよ?それに、殺人事件より大事?」
聞き返す秀一に、関がうなずく。
「どんな影響があるか解らんだろう。猫は小さい子供みたいなもんだぞ?殺人事件より大切なのは勿論だ。生きてる猫の方が、死んだ人間より当然大事だろう。院長もいっていたろう。死んだ人間よりも、生きた人間をみる方が先だと」
「…――人間と一緒にされても、――それは生き物ですけどね、…。それに、あの人は法医学者だから、生きた人間より死んだ人間を優先しないとまずいのでは?」
秀一と会話している、難しい顔をして現れた長身の人物に、濱野が意見をひかえてかるく見直すように眉をよせる。
「あんた、確か秀一くんの友人か?セキュリティはそれで通ったのか、――猫に関する意見は同意だが」
濱野の言葉に軽く眉を寄せて、長身の人物――関が秀一を振り向いてみる。それに、肩を軽くすくめて。
「先輩は人間データベースみたいな人ですよ。周辺に関わる人物の基礎データは実に簡単に把握してます」
それを関があきれたように軽くみて、問題にせずに濱野に向き直る。
「そういうわけで、実際あなたに殺人事件の担当から話をするのも間違ってるとは思うんだが、現場がややこしくてね」
「確か殺人課か何かの刑事だったな。…で、何の用なんだ?俺に」
「猫は関わらせないようにするから、そちらも気をつけてくれ。俺が担当することになったんだが、解らないことが一つあってな」
「…――関わらないようにといってもな、…―――ミオさんはフリーパスなんだぞ?出入り自由で、ファイル閲覧権限は俺と同じだ」
「何だって、ミオさん、―――猫がフリーパスなんですか、…。そもそも猫がコンピュータを操作して、ファイル閲覧しますか?」
「しないとは限らないだろう、秀一くん。少なくとも、ミオさんは俺のキーボードを操作して、問題を解決することだってあるんだ、…!」
「…先輩のキーボードに居座って、時々意味不明の文字列を巨大に作成するあれですね、…。あれを解決したというんですか?」
「勿論だとも。ミオさんがいたお陰で、秀一くんだってあの事件が解決したのは理解してるだろうに」
「…―――ミオさんがいたお陰で、先輩が多大に振り回され、その結果として副産物的に事件が解決したのは確かですが、…―――あれはいなければ、もっとはやく事件が解決したのではと、…」
秀一の呟きに構わず、濱野が関を見あげて。
「で、あんたは何が聞きたいんだ?」
処は濱野が巨大コンピュータサーバを管理する為に手に入れたビルの一角にある居住スペース。
殆どが白で統一された愛想のない――濱野がインテリアに興味がないともいう――整理整頓だけはされた物の殆どないそのスペースに。
音もなく、――奥の扉から現れたのは、耳がくるんと巻いた実に愛らしいブラウンタビーとかいう縞模様の綺麗な猫。
途端に、音はしなかったはずだが濱野が光速で振り向き、黒縁眼鏡の向こうで目を輝かせて両手を広げる。
「――ミオさんっ、…!元気だったかっ、…!」
「来客があるから、何事かと思って隠れて、様子を見に来たんですね」
大袈裟に感激したように両手を広げる濱野に対して、冷静に秀一が解説を入れる。
その人間達に構わず、ミオさん――猫が優雅にあるいて、まずは見知らぬ人物――関の黒靴と黒いズボンの裾に近付いて匂いをかぐ。
「ミ、ミオさんっ、…!知らない人物にはあまり近付くなと」
思わず手を握って見守る濱野に、秀一があきれた冷たい視線を注ぐ。
それに構わず、猫が優雅に匂いを確認すると。
秀一の足許まできて、これも匂いを確認して、すり寄せるようにして足の間を歩くと。
とん、と跳び上がって、予測していた秀一の腕の中へ。
「…――――!ミ、ミオさんっ、…!卑怯だぞ!秀一くん、…!いつもそうやってミオさんを人質にとってっ、…――!」
濱野が悔しそうにキーボード――そして、壁面を利用してモニタが映し出されているが―――の前で歯ぎしりして見あげるのを。
「好かれてるな」
「…よくわかりませんけどね」
ミオさん、猫が既に秀一の腕を枕代わりにして、すっかり腕に抱かれて眠る体勢になってしまってるのをみて関がいう。それに一度天井をみて。
それから、秀一があきれたように先輩をみる。
「先輩のは、いつもそうやって騒ぐからいけないんです。処で、僕はいつもミオさんを人質に取ったりしている訳ではありませんからね?人聞きの悪い」
一応否定する秀一を関が疑わしげにみる。
「本当にとってないのか?」
「そりゃ、利用することはありますけど」
勿論、と応える秀一に、濱野が嘆く。
「…ミオさんっ、――!聞いた通り、そいつは腹黒い奴なんだっ、…!そんな奴の腕からは出て、こっちにきてくれっ、…―――!」
「ダメですよ。せっかくミオさんが寝てるのに。それに、そちらにいってまたキーボードを操作されたら、先日から依頼している件が片付きませんからね。終わるまで、此処で寝ていてもらいます」
「――ひ、卑怯なっ、…!ミ、ミオさんっ、…!その邪悪な奴の腕からミオさんを取り戻す為にも、この件を早く終わらせなくてはっ、…―――!」
突然、物凄い勢いでキーボードに向き直り、とてつもない早さで打ち込み始める濱野を関が見下ろして。
「…――おまえ、こういう風にそのミオさんという猫を利用して先輩とやらに働かせているんだな?」
淡々としみじみという関に。
「人聞きの悪いことをいわないでください。ミオさんは寝ているだけで、僕は何もしてません」
「…――まあな」
すやすやと無邪気な顔で腕に寝ている美形の猫ミオさんを関が覗き込んで。
「まあ、確かにかわいらしいが」
「…黙って寝ていればね、―――」
あきれたようにいう秀一に、関が勢いよくキーボードを叩き出している濱野をちらりと見る。
「ま、動機というのは大事だ」
「それって何に掛かるの?」
関が答えずに無言で濱野をみる。それに、一緒になってミオさんを腕に抱いたまま秀一も先輩をみて。
無言で必死にセキュリティ関連の問題を解決する為に、キーボードに向き合いコードか何かをどうにかしているらしい濱野をしみじみとみて。
「…まあ、大事かもね」
関が無言で肩をすくめる。
白い空間――無機質でサイバー何とかといわれると非常に納得できる空間だが。
もじゃもじゃ頭の先輩と、他に有機物である人間が二体に、有機生命体の最高峰といわれる猫。
無機質な空間に、意味を持たせるのは確かに有機物なのかもね、と秀一が考えていたりする前で。
二
「で、あんた何が知りたいんだ」
「…―――本当に片付いている辺りが先輩の怖い処ですね、…」
キーボードを高速で叩いてた手を止めて、濱野が関に向き合っていうのに、思わず手許に出したタブレットで濱野の仕事内容を確認して、依頼した件が片付いているのに驚愕して秀一が呟く。
あぐらを掻いて向き直る濱野の手が止まったのに気付いたのか、ミオさんが秀一の腕の中で伸びをする。
「…み、ミオさんっ!」
それをみて濱野が目を輝かせる。ミオさん――猫が大きく伸びをして、爪のある前足をひらいてぎゅっと閉じると、目を閉じたままのびをして。
ぱたん、とまた秀一の腕の中で寝てしまうのに。
「…ミ、ミ、ミオさんっ、…!」
情けない顔でみていう濱野に多少なりとも同情しながら、関が淡々とつなぐ。
「気が付いてくれて何よりだ。これが現場写真だが、死体とかは除いた後だから安心してくれ。…それでだ」
「あー、これは、サーバルームか。…掠っちゃいるな。で?」
写真を手に取り、黒い筐体――黒い背の高い箱状にみえるものが幾つも並ぶ室内の写真をみてぼそりという濱野に。
「わかるか?このサーバルーム、つまり、高性能のコンピュータを並べて置いてある部屋が殺人現場だ。解らないのは」
「部屋への侵入方法?」
屈み込んで写真を渡したままの姿勢でいう関に、濱野も胡座を掻いたま視線だけ上げて云う。
「その通りだ。どうして解った?」
「大体、専門家としての俺に殺人の専門家が聞きにくるなら、殺し方とかじゃなくて、普通にコンピュータ関連の話だというもんだろ?で、大抵こういうのを置いてる部屋はセキュリティ上、鍵が掛かってる。資格の無い人間が入るのを避ける為にね。だから、この部屋には普通鍵が掛かってて、侵入できないはずなのに、誰かが入ってたとか、後は、セキュリティ上記録が残ってるはずなのに記録がないとかだろ、大体は」
「一応、うちの解析班も活動は始めてるんだがな。どうやって此処に入ったかによって、犯人も絞られる」
「うーんと、これF系のこのクラスのサーバ置いてる処だとしたら、…セキュリティは指紋認証と網膜認証をかけて暗証番号、この部屋に辿り着く前に、当然入館許可には人間の警備員とカードによる事前登録が必要な施設か?セキュリティ甘々だな」
「入館許可が必要な施設で、事前登録のない人物にはゲストとしてパスが発行されるそうです。それに、このコンピュータのある区画には、別のドアがあって、おっしゃる通り指紋と網膜認証にパスワードが必要なドアになってました。セキュリティは甘いですか?これで」
「勿論、甘いだろ。…いまどき網膜も指紋も偽造できるし」
あっさりいって濱野が手にした写真をしげしげとみる。
「で、秀一くんも出てくるってことは、一応、これ情けないけど政府の施設なんだ?」
しみじみと肩を落としていう濱野に、ミオさんの背を撫でていた秀一が意外そうに視線を向ける。
「僕が質問してたこと、憶えてたんですか?」
「人に業務外の殺人事件に関して意見をとろうとしていたくせに何をいってるんだ?…――うーん」
「どうしたんです?先輩、見覚えがあるんですか?」
「いーや、…でもこれなんで、こんな意味のないことをしてるんだろう?」
首を傾げて、写真を宙にかざす濱野に、関が訝しげにみる。
「おい、何して?」
「読み取って、これ。スキャンしたら、当てはまるデータを表示してくれ」
「…――誰にいって、――」
「先輩の愛する彼女である無機生命体、いわゆるAIであり、このビル全体を管理するコンピュータのプリシラさんです」
「プリシラ、…?AI?何だそれ?」
眉を寄せる関に、秀一が構わず、映像が一斉に表示されていく壁面を指す。
「ほら」
「あー、やっぱり政府機関の研究所の一つか、―――。予算は余ってるはずなのに、何でこう的外れな使い方をするかな、…。まあ、いいか。それにしても、―――」
「施設名はいってないんだが、それともおまえか?伝えたのは?」
関が振り向いて睨むのに、秀一があわてて画像を指す。
「僕じゃありません。第一、話もまだ聞いてもらえてなかったんですから。これは、先輩のコンピュータが、解析したんです」
「解析?」
眉を寄せる関に、濱野が画像を見たままで答える。
「これか?いまあんたに貰った写真を分析してもらったんだ。部屋の写真から類似するものを探し出して、分析する。画像解析では、数が物をいうから、類推する項目を探し出して、しらみつぶしに当たればこの写真から、建物を類推して外側を導き出すのも割と簡単な話だ。とにかく、彼女になら、当然だが朝飯前の簡単な仕事だ。何しろ、将来は宇宙船エンタープライズ号の頭脳となることを目標としているんだからな。これくらいは当然だよ」
「…――秀一、翻訳してくれ」
胡乱な視線を向ける関に、秀一が肩をすくめる。
「ええと、つまり先輩が写真をコンピュータに分析させて、その結果、これらが出て来たっていうわけ」
簡単すぎる翻訳に関が眉を寄せながら壁一面に表示された画像をみる。
施設、ビルの外側に、施設名、施設の建設等の許認可が下りた際に出されたと思われる書類、HP、代表者等の氏名が表示された一覧、駐車場を含む外観や、非常口他の出入口の写真。さらに、どうやら設計図と思われるものから、どうもリアルタイムで映し出しているとしか思えない、警備室で見ているような監視カメラの画像が複数。
「―――何かまずいような気がするんだが、…」
「見なかったことにして」
「おい」
秀一の言葉に関が天井へと視線を逸らそうとして、そこにも映し出されているいくつかの画像に視線を落とす。
爪先を眺めて、あらためて視線をあげて、不都合ないくつかを見ないようにしながら確認するのは。
「あの写真から、入ってるビルの外観から施設の概要まで全部か、―――」
その画像の中央に、新しく検索されて出て来たと思われる新聞記事が。
頭を掻いて、関がくるりと背を向けて奇妙な声を出す。
「あ、―――…」
「どうしたの、関?」
「いや、守秘義務の範囲がどこまでだったかと思ってな、…―――」
思わしくない顔をして唸る関に、秀一が軽く肩を叩く。
「大丈夫、一応先輩は政府機関の仕事をする立場上、知り得た情報を全て公開してはいけない、という契約を結んでるから」
「それって、俺の仕事にも役立つか?」
「どうだろう?無いよりはまし?」
「――考えてても仕方ないな。わかった、濱野さん、この際協力者として登録してもらおう。で、何がわかったんだ?」
「んあ?」
画像をみていた濱野が間抜けな声をあげる。
写真を持つ手の親指で中央辺りをさして。
「ん、これだ。おかしいのはこれ」
いつの間にか左手にゼリータイプの栄養飲料を手にのみながら、濱野が写真を関に示してみせる。
親指の先にあるのは、他の黒いコンピュータとかわらなくみえる箱が映っているが。
「何?どこがおかしいんです?拡大してみせてくださいよ」
秀一の言葉に、濱野が無言で壁面の中央付近をあごで指す。
写真が拡大され映し出され、関と秀一が視線を向ける。
無言で拡大された部分をみつめて顎に手を触れて何か考えるようにしている関と。隣で、眉を寄せて首を傾げる秀一。
「何が問題なんです?この映っているコンピュータ?」
「んん、…ん、」
違うといいたいのか首を振って、軽く右手の指先を濱野が画像に向けて振ると。
さらに拡大された画面に、秀一がさらに眉を寄せる。
「床だな」
関が画像を見据えたまま云うのに、隣で秀一が振り仰ぐ。
「関?床って?」
かくして、何とかサイバーセキュリティ係官濱野の手を借りて。
提示された映像をみて刑事である関が手掛かりを見つけ。
無事、事件は解決されたのだけれど。
「…――何か、間違ってる気がするのって、…僕だけ?」
鷹城秀一が難しい顔で呟くのに、まったく構わず。
何故か、解決にとっても協力したということで、特別な小袋カリカリとちゅー○を濱野と関、二人の手からもらっているねこ様ミオである。
殺人事件の映像が、ミオ様に影響をあたえたかどうかは定かではない。――――
了