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【完結済】悪役令嬢転じて図書委員となる  作者: 宵森 灯理


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6/6

第6話 覚悟を決めて

 思い返せばもう三ヶ月になるんだわ、私が図書委員になって。本の修理を一段落終えて、ふーとため息を吐いた。


「お疲れ様です。すっかり本の修理をお任せしてしまって、すみません」


 同じく事務室で、新刊に蔵書票を貼り付ける作業をしていたアメリアさんが声を掛けてくれた。


「いいえ。むしろアメリアさん達が図書委員に誘ってくれてこちらこそ感謝していますわ」

「そんな大袈裟な……私達手先は器用じゃないから、修理はあまり得意じゃなくて」

「そうでしたの?」

「はい。実は」


 意外なアメリアさんの告白に私は目を丸くした。


「だから、卒業までは図書委員でいてくれると嬉しいです」

「アメリアさん……私はずっと図書委員を続けていくつもりですわ」


 途中で辞めるなんて考えてもいなかった。そんな風に思われていたとしたら、ショックだわ。


「あぁっ、ごめんけんさいっ。変な意味ではなくて……」


  私の失望したような表情を見て、アメリアさんが慌てたように手を振る。


「レティシアさんが教室に戻られるようなったら忙しくなるんじゃないかって」


 アメリアさんの指摘通り、いつまでもここに籠っていられないのは事実だわ。私はあえて考えないようにしていたことにとうとう向き合わなければいけなくなった。

 お父様に言えば、このままでももしかしたら卒業扱いにさせてくれるかもしれないけど……いえ、権力を笠に着た不正は良くないわ。きちんと授業に出て試験を受けて合格しなくては、最悪留年してしまうわ。いえ、お父様ならそうなる前に退学させるかもしれない。ただ教室内のあの、冷ややかな視線に耐えられるか自信がない。……まだ何も起きていないのにそんな心配してもしょうがないのだけど。


「心配しないで下さいな。授業に出ることになっても図書委員はもちろん続けますわ」


 アメリアさんはそれを聞いてほっとした表情になった。


「ああ、良かったです。貴族の女性って、図書委員なんて普通なさらないから、嫌になってないかなって思って」

「嫌になるだなんてとんでもないですわ。むしろ、子供の頃を思い出して楽しいくらいですの」


 確かに上流階級の子女がどこかで黙々と働くなんてそうそうないけれど。貴族女性の使命は、子供を生んで生家かまたは嫁ぎ先の家を繁栄させることだもの。


「子供の頃?」

「そうですわ。私、昔はお絵描きが好きでしたの。 本の修理で筆を持って、その頃の気持ちを思いだしましたの」

「そうだったんですか」

「ええ。それに本を直して綺麗にすることに、やりがいを感じておりますの。ですから、私の図書委員の仕事が好きなのです」


  そう、私好きでやっているんだわ。自分の好きなものが何か分かった上で、好きなことをするってとても貴重なこと。その場所を自ら捨てるなんて、とんでもない。

 でも、いつまでもこうしているわけにもいかないのも事実。


「……本当はまだ少し怖いのです。意気地がなくて駄目ですわね」


 私は自嘲的に笑ってみせた。


「皆さんと同じ教室で授業を受けられたら、心強いのですけれど」


 残念ながら、上流貴族とそうでない生徒とでは同じ教室で授業は受けられない。


「大丈夫ですよ、レティシアさん。一緒には授業に出られませんけど、応援してますから。それに何かあったらここに来たら良いんです」


 アメリアさんが微笑む。ここは安全地帯だと、アメリアさんに言われた気がした。もしかしたら、皆も私みたいに教室に行くのが怖かったこともあるのかもしれないわ。きっと図書室が安心出来る場所なのね。


「ありがとう、アメリアさん。そうですわね、何かあったら”ここ”がありますわね」


 どうしても耐えられなくなったら、図書室に来たら良い。そう思えたら、何だか勇気が出てきた気がする。

 

 明日、教室に戻ってみよう。


***


 次の日、私は図書室へ向かわず、教室の方へ行こうとして止まった。人々の視線や話し声が気になる。談笑する声が、チラリと動く視線が全て私に向いている気がした。

 理性では生徒の全員が私の行動に興味なんてないのは分かっているけれど、私は落ちつかない気になった。 今更、どんな顔をして教室に行けば良い?  図書室を出ることがこんなに怖いなんて。昨日は、行ってみようなんて楽観的に思っていたけれど、まだまだ緊張しているんだわ。


 私はしばらく立ち止まったまま、動けなかった。向きを変えて、図書室へ行こうと思ったけれど、それでは何だか負けた気がして、私はぐっと覚悟を決めて歩き出す。

 教室に入るだけなのにとても緊張している。今すぐ回れ右しそうになる。図書室に逃げ込みたい気持ちだわ。そんな自分を抑え込んで、私はドアノブに手をかける。 開けたら入らないわけにはいかない。 私は震える手を抑えて、扉を開けた。


 教室にいた生徒達は最初、扉を開けても特に注意を払われなかった。教室に生徒が入ってくるのは当たり前だから、当然と言えば当然だわ。けれど、誰かが気がついたのか、ひそひそと話す声が部屋の中にさざ波のように広がった。私はまるで何でもない、という風に装ってその中を歩いて一番後ろの席に座った。内心はびくびくしていたけれど。


 大丈夫、何かあったら図書室に戻れば良い。そう思うだけで、私は少し心に余裕が出来て、顔を上げることが出来た。ジョアンナさんやアレハンドロ様が私を睨んでいるような気がした。その二人の取り巻きだったと覚しき生徒達も顔を顰めているみたい。

 ……歓迎されてないのは当然ね。私は心の中で、自嘲する。奇妙な緊張感を孕んだまま、先生が来て、私を一瞥する。一瞬、驚いたように眉が上がったけれど、すぐに授業が始まった。教室中の視線が私から外れて、ほっとため息を吐いた。


 授業が終わり私は教室を出て廊下を歩いていたら、後ろから急に腕を引っ張られて近くの空き教室に連れ込まれた。


「ちょっ……なんですのっ?」


 突然のことに驚きと戸惑いの中私がその手を振り払い、相手を見るとアレハンドロ様が立っていた。

 一体何? もう教室に来るなと、言いに来たの?疑念が渦巻く。アレハンドロ様はニタニタと笑って見下ろしてくる。

 ……こんな下品な表情される方だったかしら?


「やっと反省して戻ってくる気になったか」

「え……?」

「君がしおらしく婚約者に戻して欲しいと頼むなら、やぶさかではないぞ」


 アレハンドロ様は何を言っているの? 確かに、私がジョアンナさんに余計なお節介を焼いたのは事実だけど。婚約の話を進める為に戻って来た訳ではないわ。


「何か、勘違いをされていらっしゃるようですわ。私は自分の為に授業に出ているだけです。卒業に支障が出ると困りますもの」


 正直なところ、アレハンドロ様のことは少しも思い出さなかった。


「強がらなくても良いぞ。あの女はやっぱりダメだ」

「あの女?」


 私は怪訝に思って聞き返す。


「ジョアンナだよ。金の話ばっかりだし、礼儀も躾もなってないし。他の男にもすぐ色目を使うさ。とにかく、下品な女だよ」


 その人を選んだのは貴方では、という言葉が口元まで出かかる。どうやらジョアンナさんにうんざりしているようだけど、自業自得だわ。


「父上に口を聞いてやっても良いぞ。ただちょっと喧嘩をしただけだって」

「私達の婚約は立ち消えになりましたし、私も別に今更それを復活させるつもりもございません。別の方を探して下さいまし」


 私はそれだけ言って、教室を出ようと歩き出した。


「待て! それじゃ駄目なんだ……皆、最近ジョアンナに呆れ返ってて……」


 途端にアレハンドロ様の声音が情けない色を帯びる。

 それはつまり、ジョアンナさんを選んだ貴方も呆れられている、ということかしら?


「今じゃ、すっかり腫れ物扱いさ……それじゃ困るんだよ。その点、君なら完璧な淑女だ。礼儀作法も、貴族のしきたりも知り尽くしてる」


 私はやれやれと首を振った。こんな情けない方だったとは。


「アレハンドロ様の評判の為に、私は自分も犠牲にするつもりはございません。ジョアンナさんの態度に問題があるのなら、本人に言って直させるのがよろしいですわ。そもそも、ジョアンナさんを調子付かせたのは、一体どなたですの?」


 私は冷ややかな目でアレハンドロ様を見つめる。彼女を選んだのはアレハンドロ様。ならば、その責を負うのもアレハンドロ様だわ。


「私、図書委員の仕事がございますの。失礼致しますわ」

「レティシア!」


 再び私の腕を掴もうとしたアレハンドロ様の手を避けて、私は教室の外へ出て図書室に向かって早足に歩き出す。またアレハンドロ様に捕まるのは、御免だわ。


「ふう……」


 私は図書室に入り、安堵のため息を吐いた。やはり気を張っていたみたいだわ。本の匂いを嗅いで安心するなんて。古い本のカビたような匂い、インクの独特の匂い、新しい本の紙の匂い。どれも良い香りとは違う何か名状しがたい匂いなんだけど、それが今は心地良い。それだけ私がここに馴染んでいるのだわ。


「あ、レティシアさん。今日は授業を受けにいかれたんですよね?」

「そうなんだ。珍しいね。大丈夫だった?」

「ふむ。周囲の人間はさぞ驚いたことだろう」


 出迎えてくれた三人の顔をみて、私は微笑む。心配してくれていたのだと思うと、少々むず痒くもあった。


「世俗とはかくも愚かなところだと思ったところですわ」

「なんだい、それ?」


 皆が首を傾げる。


「貴族って度し難いところがあるんですのよ。ただ、今日のところは何とか過ごせましたわ。居心地は悪かったですけれど」


 私はおどけたように片眉を上げる。


「その様子なら問題なさそうだな」

「そうですわね。しばらくは噂話の的になりそうですけど」

「あ、そうそう。レティシアさん。図書室だよりが出来たんですよ!」


 アメリアさんが思い出したように刷り上がった図書室だよりを胸元に広げる。


「まぁっ!」


 私は目を大きく開いて、しげしげと新しい図書室だよりを眺める。書いたものが印刷されて、人々の目に触れるだなんて。何とも不思議な気がした。

 図書室だよりには、皆の記事が載っている。もちろん、私の修理に関することも。拙い文章のエッセイだけど、こうして形になると嬉しくもあり気恥ずかしくもあった。


 本の修理とは、そこに書かれた内容を末長く未来へ残していくことであり、叡智を人々の目に触れさせるのを助ける行為。私が修理を通して、思ったことを素直に書いた。

 その本の歴史に私も少し関われたことを嬉しく思う。勿論、些細なものだけれど。


「まぁ、誰か読んでくれる人がいると良いけどね」


 肩を竦めたのはテオさん。彼の書いたものは、相変わらず私には良く分からない数字の列が並んでいる。


「きっと誰かめは見てくれていますわ。おそらく、ですけれど」

「そうそう。正直良くは分からないけど、誰かはきっと分かってくれるよ」


 私とアメリアさんが苦笑する。アメリアさんが書いたものは旅行記で、夏休みに家族で行った観光先のことが書いてあった。旅行や冒険にあこがれているアメリアさんらしいわ。


「ふむ。例え今、理解されなくとも、足跡を残しておくのは重要だ。例えば生前はまったく一顧だにされなかった哲学者のクラークソンの残した膨大な……」

「はいはい、分かったよ」


 長話になりそうなライナスさんの話をテオさんがうんざりしたように遮った。ライナスさんの記事は、その言動と同じく難解で理屈っぽい文体で、彼が最近読んだ本の書評が書かれている。

 皆それぞれ自分の好きなことに熱中し、好きなものは好きだと全身で叫んでいる。私もそうなりたい。


「私ももっと修理のことを勉強したいですわ」


 私はぽつりと呟く。その先に何があるのか、どうなるのか、それは分からない。だって、私は貴族女性で、何か仕事をすることは望まれていない。自分のことよりも、良き妻、急き母になることを求められている。

 でも、それでも、私は。

 この先を追ってみたい。きっと道は長く険しいけれど。皆みたいに自分が熱中できるものを知ってしまったから。私もまた追わずにはいられない。


「修理は奥深い世界だから。やることはいっぱいありそうですわ」

「でも、まずは図書館だよりを貼りに行こうよ」

「ふむ。そうだな」

「うん、行こ行こ」

「はい!」


 私は皆と喜びながら、図書館だよりを持って外へ出た。


 私はこれからもここで夢を追求していく。そう決意を込めて。明るい陽が私達を照らしていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

完結しました。

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