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【完結済】悪役令嬢転じて図書委員となる  作者: 宵森 灯理


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第5話 やってみよう

 それから私は相変わらず授業には出ず、図書室で勉強しながら、今まで教えて頂いた修理に関するあれこれを自分なりにまとめていた。自分の失敗に鬱々としていた気持ちは遠ざかり、この新しい挑戦に熱中している。私の気持ちは高揚していた。


  教室に戻らなければ、という気持ちが無くなったわけではないわ。廊下ですれ違う貴族の生徒たちにも時折、思い出したように嫌味を言われることはあるけれど、気にしなくなっていた。

 きっと、アメリアさんもテオさんもライナスさんも、こういう気持ちで自分が熱中するものに取り組んでいるんだわ。他の誰に何を言われても楽しいという気持ちを止められない。 それがこんなに楽しいなんて!


 修理の技法が説明だけでなく、私が何をどう感じ何に喜びを見出したかを加えておくと良いと、ノーマン先生にアドバイスを貰った。図書室だよりは授業のレポートではないから、と。

 確かに先生の言う通り、ただ修理の技法を書き並べただけでは読んでいる人もつまらないと思うかもしれない……読んでくれる人がいれば、の話ですけど。図書室だよりが目に入っていても読んだことがなかった、かつての自分を思い出し私は少し凹んだ。


 でも! きっと図書委員の皆は読んでくれると思うわ。だから、せめて皆が楽しんでもらえるように書かないと。

 書くことは、己の内面を曝け出すようなものね。少し恥ずかしい気がするけれど、今の私が本の修理を通じて、何を思い、何が自分の心の琴線に触れたのか、書いてみたいと思うわ。 私は書きかけだった原稿に向かい、万年筆を走らせた。とは言え、記事なんて書いたこともない私は、書いてみては二重線を上から書き、また書き直す、というのを何度も繰り返していた。


 しばらくして詰まった思考を解すようにペンを置いて体を伸ばす。ずいぶん根をつめていたみたいだわ。肩がすっかり凝ってしまったわ。


「ちゃんと書いてるんだ」

「テオさん?」


 いつの間にかテオさんが目の前に立っている。


「あら、もうこんな時間」


 私は時計を見た。もうそろそろ皆が来る時間になっていた。


「あ、ごめん。おどろかせちゃった?」


 申し訳なさそうに、テオさんが癖の強い髪を傾けてる。


「そんなことございませんわ。ちょうど休もうとしていたところですの」


 私は大丈夫、と笑って見せた。


「進んでる? 原稿」


 テオさんが私の書きかけの原稿に視線を移す。


「一進一退、といったところですの。人に読んでもらう物を書くって難しくて」

「そんなこと考えながら書いてるの?」

「テオさんは違いますの?」

「何書いてもライナスやアメリアにはよく分からないって言われるから、好きに書いてる」

「まぁ、そうでしたの」


 正直、二人の気持ちは分かるわ。私もテオさんの書いてる数字や数列についてはさっぱり理解出来ないもの。


「うん。だから、気楽に書いて大丈夫だと思う」


 私の二重線だらけの原稿を見て、テオさんはそう言ってくれた。励まして下さってるのかしら?


「ありがとうございます。そう言えば、テオさんはどうして数学がそんなにお好きなんですの?」

「綺麗だから」

「綺麗?」


 きっぱりと言われて、私は戸惑った。数字の列を綺麗とか美しいと思ったことはなかったから。


「そう。それに答えが明確だし。合ってるか間違ってるか、の二択しかない」

「なるほど……そういう絶対の正確さをテオさんは好んでらっしゃるのね」

「まぁね。それに問題を解くのも好きだし。同士が居ないのだけが残念だけど」

「テオさんの記事を誰が読んで感銘を受けて下さると良いですわね」


 私もそういう気持ちで書いてみよう。読んだ誰かが少しでも良いな、と思って頂けるように。


 ***


「ふう、これで良いかしら……」


 何とか書き上げたけれど、本当にこんな内容で良いのか自信がないわ。 アメリアさんたちに相談してしてみようかしら。 私は図書室が閉まる時間になって他の生徒がいなくなったのを見計らい、三人に自分の原稿を見て欲しいとお願いしてみた。


「ふむ、内容体の良し悪しはともかく、文法、語彙の用法、綴りのチェックなら問題ない」

「ライナスにチェックされたら、皆仰々しい原稿になっちゃうと思うけど」


 尊大に頷くライナスさんにテオさんが肩を竦めてみせた。


「確かに文章ってその人の個性が出やすいですよね。使う言葉とかに」

「そういうものですの?」

「当然だ。人は慣れ親しんだ表現や 慣用句を無意識に多用してしまうものだからな。ただ論文などは表現の重複を避ける傾向にあるが」

「ただそういうのが作家の味になることもあるよね」

「だから、分かりづらいところとか、意味がとりにくいところだけ指てきするよ」


 テオさんとアメリアさんが微笑む。ライナスさんはちょっと不満そうだけど。


「お願いしますわ」


***


  三人は私の原稿を読んで、色々とアドバイスしてくれた。その提案を元に私は何度か手直しして、ようやく私の原稿が完成した。私は自分でも納得出来るものが書けたと思い、それをノーマン先生に提出した。先生のお話によると、集めた原稿を活刷所に出して印刷してもらうとのこと。

 自分の書いたものが印刷されるなんて、なんだかドキドキしてしまいますわ。楽しみなような怖いような……。まぁ、もう提出してしまったからどうにもならないのですけれど。

 私は気を取り直して、今日もノーマン先生に本の構造のことを教えてもらうことにした。私達は修理台に座る。


「簡易的に本を綴じる、ですか?」


 それってどういうものかしら。私は首を傾げる。


「綴じるというのは、主に糸を使って紙をまとめる方法じゃな。昨今では、専用の糊を使って背に紙を着けて、厚紙の表紙で包む製本が主流じゃが、今でも糸綴じの方法を好む愛好家もいるんじゃよ」


「愛好家? 本を集める方ではなく作る方がいらっしからのですか?」


 私が目を丸くすると、ノーマン先生が楽しそうに目を細めた。


「そうじゃ。昔は、表紙や装丁を自分の好みに合わせてつける者もいたのじゃ。予め本の中身だけ印刷したものがあっての」

「まぁ……興味深いですわ」


 私は全て出来上がったものしか見たことがない。本をそういう風に楽しむ人々がいるなんて思いもしなかったわ。何だか面白そう。


「それなら、作ってみるかね?」

「え?」

「なに、まずは簡単な手帖の類からじゃの」


 ノーマン先生は、私の反応を見て悪戯っぽく笑う。


「あの、それは、冗談、ですよね……」

「おや、興味はないのかね?」

「い、いえ、そんなことはございませんけれど……いきなりで驚いてしまって」

「なに、そんなに難しいことでもないから。大丈夫じゃよ」

「それでしたら……やってみますわ」


 折角だもの、挑戦してみなくては。本の知識を得る為にも。ノーマン先生は私に製本用の糸、針、目打ち、それに数枚の白い紙を用意して下さっていた。


「糸綴じにも幾つか種類があるが、まずは簡単ななみ縫いからじゃな。まずは紙を半分に折る。それを重ねて、折った背側に等間隔に目打ちで穴を開ける。穴がずれないように気をつけんるじゃよ」


 私は先生の指示通りに作業をこなす。


「で、針に糸を通し一番上の穴から針を入れ縫っていくんじゃ」


 そう言いながら、先生が縫い方を実演してみせてくれた。上から下まで縫ったら、折り返してまた上まで縫っていく。そして最後に糸を結んで完成した。


「糸が緩いと、紙が動いてしまうのでな、引き締めながら縫うと良い」

「はい。分かりましたわ」


 先生がやってみせてくれた通りに、私も縫ってみる。刺繍ならやったことがあるから、針を使うのはそう難しくなかった。


「おお、筋が良いの」

「いえ。針仕事に少し慣れていただけですわ」


 私は照れたように恐縮する。多少慣れているからといっても、綺麗な出来とは言い難い。


「それなら、他の綴じ方もやってみるかの」

「はい。ぜひお願いいたしますわ」


 私は先生が帰った後も、習った綴じ方を復習がてら練習をした。始めはぎこちなかった動きが徐々に滑らかになる。確実に上達していると感じるのは楽しいことだわ。

 でも、真っ白なノートというのも何だか寂しい気がする。表紙に飾りの模様でも書いてみようかしら。 何か参考になる本はないかしら、と私は立ち上がって書架に向かう。図書委員として、日々本を配架しているうちにどこに何があるのか、だいたい把握出来るようになっていた。


 デザインや装飾に関する本を幾つか抜きだし、パラパラと頁を捲る。あまり難しいのは描けないし、まずはシンプルに花や葉の飾り枠を書いてみようかしら。

 私は本の中から比較的シンプルなデザインを選び万年筆を奔らせ、植物文の飾りをノートの表紙に書いた。歪で不格好だけれど、自分で作ったノートには愛着が湧いてくる。


「出来ましたわ。ただ書く内容がありませんけど……」


 そうだわ。本の保存や修理のこと、本の構造や綴じ方などを忘れないようにここに書き留めていったらどうかしら。うん、それが良いわ。


 私はノートをしげしげと眺めて満足気に頷いた。

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