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【完結済】悪役令嬢転じて図書委員となる  作者: 宵森 灯理


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第3話 修理って?

 緊張しながら司書の先生が来るのを待っていたけれど心配は杞優だった。テオさんが言った通り、正におじいさん先生という見た目の方で、温厚そうだわ。腰が曲がり、髪や髭も真っ白、皺だらけのお顔に丸い黒ぶち眼鏡がのっている。


「ノーマン先生、新しく図書委員になったレティシアさんです」


  アメリアさんがノーマン先生に紹介してくれた。私は先生に向かって丁寧に礼をした。


「レティシアと申します。よろしくお願いいたしますわ。ノーマン先生」

「うんうん。そう堅苦しくしなくとも大丈夫じゃよ」


 ノーマン先生がにこにこと笑って下さるので、私も少し肩の力を抜くことが出来た。


「先生。それで、あの、私は本の修理を教えて頂きたくて」

「ほうほう。それは良い。では、早速始めようかの」


  私達はカウンター内の扉を開けて、事務室に入った。 室内には窓側に本の修理をするための作業台と、その反対側に書き物をする為の机がある。さらに部屋の奥にはもう一つ扉があり、そこからは閉架書庫という通常の棚には出ない、または出せない本が収納されている。

 ライナスさんは、そういう貴重な本や古い本を自由に見られるのが図書委員の特権だと言っていたわね。私はまだ入ったことがないけれど。

 私はノーマン先生に促され、作業台の前に置かれた椅子に座る。目の前には、修理に使う道具と思われる筆やコテなどが雑多に並んでいた。


「そうじゃの、まずは簡単なものから始めようかの」


 ノーマン先生は穏やかに微笑みながら、一冊の本を作業台の隣の棚から取り出し、パラパラと(ページ)をめくると、あるところで手をとめた。


「頁が少し破れているじゃろう?」


  そう言って私に見せてくれた。


「確かに、上の端のところから少し裂けていますわ」


 幸いにして文字のところまでは切れていないけれど。これをどうやって直すのかしら?


「まずは、澱粉糊と水……筆は細いやつで良いじゃろう」


 ノーマン先生は澱粉糊の入った大きな陶器の箱からへらで丸皿に少量糊を移し、もう一つの丸皿に水差しに入った水を入れた。更に雑多に置かれた道具の中から細筆を選び、ほんの少し筆先を濡らした後、澱粉糊を付ける。

  ノーマン先生は説明しながら、修理を実演してみせてくれた。


「糊をつけた筆で破れた箇所を塗る。糊をたくさんつけてしまうと逆に紙を傷めかねないから、糊を水で薄めてから、そっと塗るんじゃ」

「なるほど……」

「もし糊がはみだしてしまったら、布でふきとる。で、他の頁にくっついてしまわぬように、樹脂をしみこませた、この表面がつるっとした紙で糊をぬった頁を挟む」


 私はじっと先生の行う処置を見つめる。


「最後に重りを本の上において、糊が乾くのを待つ。だいたい半日から1日くらいの」

「重り?」


 先生が机の下から重そうな茶色の四角の塊を出してきた。


「煉瓦ですわね……?」

「そうじゃ。本の上に置いて糊を圧着させるのに便利なんじゃよ。本を傷めないように煉瓦を布にくるんで、本の上に置く。これで破れた本の修理は完成じゃ」

「分かりましたわ」

「これはごく初歩的な修理じゃ。もしページの一部が破れていただけでなく欠けてしまっていたら、似た紙質または薄く柔らかい紙を貼って補修することもあるんじゃ。まずはやってみなさい」


 そう言って、ページの下はれがある本を何冊が持ってきてくれた。

 私はノーマン先生に指導されながら、破れたページを修理してみた。何冊かやってみると、何となく要領が掴めた気がした。

 これは、面白いわ。幼い頃、絵を描くのが好きだったのを思い出す。勿論、本物の絵描きを目指すなんてそんなことは出来ない身の上だから、先生に習ったりはしていなかったけれど。筆を動かすたびに、夢中で筆を握っていたときの感覚を思い出す。


「なかなかスジが良いのう」


 ノーマン先生も皺だらけの目を嬉しそうに細めて下さる。役に立てたみたいで嬉いわ。思えば、こういう喜びを感じるのは初めてな気がする。


「ノーマン先生、これからもっと色々なことを教えて下さいまし」


 ***


 私はそれから本の配架と修理に勤しんだ。ノーマン先生に簡易な本の修理方法を教えてもらって半月後のこと。

 私が書架での配架を終えカートを押してカウンターへ戻るところで目の前に白い制服を着た女生徒が現れた。見覚えのある、小柄でくりくりした栗色の瞳が印象的な生徒、ジョアンナさんだわ。

 私は不可解に感じた。ジョアンナさんが図書室に来たことはないし、本が好きだという話も聞いたことがない。私が見ていた限り、学内ではいつも誰かとお喋りに勤しんでいた印象だわ。不可解ではあるけれど、図書室は誰にでも開かれている。来てはいけない、ということはないわ。ただ、私はとても気まずいだけで。ジョアンナさんはニヤニヤしながら立っていた。


「へぇ、本当に図書委員なんてやってるのね、あなたみたいな人が」


 私みたいな人ってどういう意味かしら? いい意味ではなさそうだけど、ジョアンナさんの中で私ってどんなイメージなのか気になりますわね。

「社交界の名高き花が、こんな地味で暗い図書室に籠りっぱなしとはね」


 そう言ってジョアンナさんは鼻で笑った。まるで図書室なんて無価値だと言わんばかりに。


「それは、随分な言い草ではありませんこと?」


 私がどう思われていようと構わないけれど、この場所をどうこう言われるのは、正直腹が立った。


「ふんっ、相変わらず鼻っ柱は高いのね」


 ジョアンナさんは気色ばんだ。私が教室にいた時はもっと愛嬌のある方だと思っていたけれど、今はずいぶん刺々しい印象だわ。


「まぁでも、アレハンドロ様は私に夢中で、他の皆もあたしの味方だもの。戻って来ようなんて思わないでね。負け犬さん。あんたにはこの湿気た場所がお似合いよ」


 口を曲げて揶揄するように、ジョアンナさんが私に言い放った。彼女の言う通り、教室に戻りたいというより戻らないと、という気持ちがないわけではない。 けれど、私は今ここで新しい楽しみを見つけつつある。ジョアンナさんと、無益な言い合いをするつもりはないわ。


「ご忠告をどうも。心配なさらなくても、ここが私の居場所だと思っておりますわ」


 貴族令嬢としての自分は、こうあるべきという枠の中で生きてきた。けれどその外にも世界がある。多くの人にとっては狭い図書室に閉じ込っているように思われるだろうけれど、ここには私の見えていなかったものがある。


「それではごきげんよう、ジョアンナさん。教室の皆さんによろしくお伝えくださいまし」


 まだ何か言いたげなジョアンナさんを置いて、私は事務室に戻った。そこにはちょうど図書委員のアメリアさんがいて、返却された本に傷や破れがないか確認作業中だった。私はその姿を見て、何だかとてもほっとした。


「あ、レティシアさん。ちょうど良かった」


 アメリアさんが顔を上げた。私の気の抜けたような表情には気が付いてないみたいだわ。


「お手伝いいたしますわ」


 私が言うと、アメリアさんは首を振った。


「ううん、大丈夫。そうじゃなくて、実はレティシアさんに原稿のお願いをしたいなと思ってて」

「原稿?」

「そうです。実は図書委員で図書室だよりっていうものを発行していて」

「図書室だより……?」


 どこかで見たことがあるような気がするけれど、思い出せないわ。


「はい。こういうのなんですけど……」


 アメリアさんが立ち上がって、壁際にある棚に積んである紙の束から一枚の紙をとりだして、私に渡してくれた。


「これは……掲示板に張り出してあるのを見たことがありますわ」


  ただ残念ながらじっくり読んだことはなかったので、私は後ろめたい気持ちになった。


「これは三ヶ月に一回発行していて、その間に図書室に所蔵になった本のタイトルなんかを載せたり、私たちが書いた記事が載ってるんです」


 確かにアメリアさんの言う通り、図書室だよりには新刊紹介として本のタイトルや著者の名前が並んでいる箇所と、いくつか記事が載っている箇所がある。

『火山地帯の国土の歴史について』、『グセルの比較神話に関する論文の功罪について』……小難しそうだわ。それともう1つ、何やら数字の列が並んでいる記事があるけれど、一体何なのかしら? 私はーつも意味が分からない。


「その数列のやつはテオの記事で、テオは暗号を解いたり考えたりするのが好きだから……」


 困惑顔の私を見て、アメリアさんが苦笑しつつ教えてくれた。アメリアさんも数列のことはよく分かってらっしゃらないみたいだわ。


「で、こっちの神話がどうのと小難しい単語がびっしり書いてあるのが、ライナスのなのです」

「さもありなん、ですわね」


 私もついくすっと笑う。


「では、この火山の記事はアメリアさん?」

「はい。ラゴタ地方について調べた記事なんです。レティシアさんはイセルマ・バートラムはご存知ですか?」

「イセルマ・バートラムって確か、世界中を旅してその様子を本にしている作家でしたわね」


 残念ながら読んだことはないのだけれど。私は自分の読書量の無さにほとほと呆れる。


「そうなんです!」


 アメリアさんの眼鏡の奥の瞳が輝く。


「私、バートラムが大好きで、彼女の本はいつも冒険心と深い考察と暖かい眼差しがあるんです。それで、いつか私も世界中を冒険したくて毎朝体力作りの為に寮の周りを走ってるんですよ」

「ま、まあ、そうでしたの……すごいですわ」


  意外だわ、なんて失礼ですけれど、アメリアさんの大人しそうな見た目からそんな体育会系な雰囲気はまったく感じられなかったわ。

「えっと、それでですね。ここからが本題なんですけど、レティシアさんにも原稿を書いてもらいたいんです」

「えっ……」


 あまりにも意外な提案をされて、私は二の句を告げなかった。

 私には皆のように語れるほど熱中しているものがない。貴族令嬢としては当たり前のことかもしれないけれど、良き妻、良き母になるように教育され、何かに感中することなど許されない環境だった。それが当然だと思っていたけれど、考えれば寂しいことだわ。


「私には難しそうですわ……」


 私は自嘲的に呟いて、紙面に視線を落とす。 そこには、三人の書いた記事がある。内容を完全に理解出来ているわけではないけれど、迸る情熱がある。それだけは分かった。


「まだ締切までは時間がありますし、ゆっくり考えてみて下さい」


 躊躇う私を見て、アメリアさんは気を使ってそう言ってくれた。


「あと、図書室だよりのバックナンバーもあの棚に綴じて置いてありますから、 良かったら読んでみて下さい」


 そう言って、アメリアさんは棚の一角を指差す。紐で綴じられた束が幾つか並んでいた。


「読んでみると面白いですよ。気が向いたときにでも読んでみて下さい」


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