第2話 図書委員のお仕事
私は日々、黙々と配架を続けていた。図書室の良いところは、私の存在に気がついても大っぴらに話しかけてこないことだわ。視線は感じることはあるけれど静粛にしなといけないこの空間では、表立って何も言えない。それに、ジョアンナさんとそのお友達は本を読まないみたいだから、ここで見かけることもない。静けさは今の私にとって心強い味方であった。
そんなある時。
「へえ、本当に本を並べてるんだ」
本を配架していると、後ろから声を掛けられた。私がはっと振り返ると一人の男子生徒が笑みを浮かべながら立っていた。白い制服を着ていて、さらっとした金髪に整った目鼻立ちの見知った人物。
「アレハンドロ様?」
アレハンドロ様も図書室によく来るようなタイプではないから、話し掛けられて正直私はかなり驚いていた。アレハンドロ様は静かに本を読むより、スポーツや社交クラブで過ごすのがお好きなのに。
「私に何か御用でしょうか?」
私は苦々しい気持ちで、アレハンドロ様に小声で尋ねた。閲覧席では他の生徒が本を読んでいる。邪魔になってはいけない。
だた一体、どういう理由でアレハンドロ様が私に話し掛けてきたのか皆目検討つかないわ。まさか、揶揄うつもりなのかしら……ありえるかもしれないわ。
「皆が噂していたからさ。本当かどうか自分の目で確かめてみたくなって」
……やはり冷やかしということね。私が本を並べるのがそんなに可笑しいかしら?
「ごらんの通り、きちんとやっております。用がなければこれで失礼いたします」
私は再び書架に視線を移し、手に持っている本をしまっていく。
「ふぅん……華々しい貴族令嬢だった君がねぇ……耐えられなくなって謝る気になったら、皆に話しを通してあげても良いよ」
アレハンドロ様は今の私を見て、嘲るように鼻で笑った後、ふらっといなくなった。
……私が貴族社会から逃げだして、図書室に閉じ込もっているのがそんなに愉快なのかしら。しかも、図書委員の仕事をすぐ投げ出しそうな言い草までして。
それは確かに教室には居づらいけれど、図書委員の活重動が逃げの行動だと思われたくない。少なくとも真面目にやっていることは分かって頂きたいわ。誘ってくれたアメリアさん達の為にも。私はそのことで一つ、アメリアさん達に相談することがあった。
私は憤然とした気持ちを抱えたまま本を配架し終えて閲覧席を見ると、アレハンドロ様はなかった。というよりも夕暮れが近くなって、生徒は誰もいなくなっていた。 残っているのは図書委員だけみたいね。本を載せていたカートを受付近くに持っていくと、アメリアさんか私の顔を見て、首を傾げた。
「レティシアさん、何か怒ってます?」
「えっ……」
どうやらふつふつとした怒りが表情に出てしまっていたみたい。貴族令嬢失格だわ。
「いえ、ちょっと……知り合いに嫌味を言われて……」
「ええっ!? 大丈夫ですかっ」
大仰に驚くアメリアさんの声に、ライナスさんとテオさんが私達のところに来た。
「どうしたの?」
テオさんの質問に私は困ったように眉根を下げる。
「本当に何もございませんのよ。ただちょっと、知り合いに話し掛けられただけですもの」
怪訝な顔をする三人に、私は自分の身に起きたことを話すことにした。もしかしたら、他の誰かに何か言われるかもしれないもの。己の恥を晒すのは気が引けるけれど、彼らにあることないこと吹き込まれて嫌われたくはない。
「実は……」
私はなぜ私が図書室に来るようになったか、を大まかに話した。
「……つまり、いらぬおせっかいを焼いた、ということだな」
腕を組んで話を聞いていたライナスさんがそう言った。
「まぁ、聞く耳を持たない人には大きなお世話というか、煩かっただろうね」
テオさんもそれに同意するように頷く。二人の率直過ぎる感想に私はグサっときた。
「もう二人とも。そんなことを言ったら失礼じゃないっ。確かに、ちょっと干渉し過ぎてると思うけど……」
「アメリアだってそう思ってるじゃん」
「そのようだな」
「そうじゃなくて~……」
二人の間でオロオロするアメリアさんに、私は苦笑を浮かべる。
「良いのですわ。本当のことですもの。向こうが迷惑に感じていたのは」
「ふむ。レティシア氏の中に無自覚に相手にも、自分と同じような体験をさせたいという思いがあったのではないか?」
「どういうことですの?」
ライナスさんの言葉が上手く飲み込めなくて、私は疑問を口にした。
「自分と他人は異なるということだな。人間とは自分がされてきたことを他人にも良かれと思ってしてという傾向がある、と以前読んだ心理学の本に書いてあった。レティシア氏がジョアンナ氏とやらにしたのもそういう類のことだったのではないか」
そう言われて私は思わず唸ってしまった。確かにそういう側面はあったかもしれないわ。私自身、 幼い頃から貴族令嬢として、相応しい振る舞いをしなさい、と躾られてきた。騒がず、慌てず、感情的にならず、控え目であるように。
それが正しいことだと思っていたから、ジョアンナさんにもそうするように無意識に押しつけていたのかもしれない。 改めてそう指摘されて、そうかも、と思った。 ジョアンナさんの育ってきた環境はきっと私とは違う。それなのに私はそれを考えてなかった。いえ、思いもしなかった。全て良かれと思っていた。
「……独り善がりだったかもしれませんわね」
何となく腹にストンと落ちた気がした。私は接し方を間違えたんだわ。思いやりがなかった。
「で、でもきっとその人もいつか、レティシアさんが言ったことが間違ってなかったって思う日も来るかもしれないですよっ」
アメリアさんがフォローを入れてくれる。その心遣いに私は微笑む。
「ありがとう、アメリアさん。そうですわね。いつか、少しでも彼女の役に立つと良いですわね」
本当にそうなってくれると嬉しいわ。ジョアンナさんの為にも。
「……何だか話が逸れてしまいましたわね。それで、私が遊びでなく本気で図書委員をやっていると分かってもらう為にも、配架以外のこともやってみたいのですわ。如何かしら?」
私の提案に三人は顔を見合わせて頷く。
「実はちょうど私達もレティシアさんにもう一つやってもらいたいことがあったんです」
「どんなことですの?」
「本の修理です」
「本の、修理?」
「もちろん、いきなり複雑なものはやらないよ。簡単な破れとかから」
「簡単な破れ?」
本は修理するもの、というのが私には想像が付かなくて、疑問符がいっぱい浮かんでいる。
「そう。紙ってどうしても読んでる間には破れてしまったり、頁が取れてしまったりするからね。それに色んな人が読むから手垢で茶色っぽく汚れたりも」
「なるほど……」
確かに、配架していると日に焼けて変色している本や汚れた本を見つけることがあるわ。テオさんの説明を聞いて、私は改めて思い返した。
「そういう本を私達も見つけたときは修理するようにしているんですけど数が多くて……」
「うむ、蔵書が増えれば増えるほど、壊れる本も多くなる。図書室の本は読まれる機会も多い。当然破れたり汚れたりするものだ。今後も増えることはあっても少なくなることはあるまい」
「それに紙の質や装丁のやり方一つでも時間の経過と共に劣化してしまうものもあるんです」
「そうなのですね、知らなかったわ」
我が家にももちろん、書斎はある。けれど、そこまで本の状態を気にしたことはなかったわ。それは図書室の本にも言えるかもしれない。読める状態になっているのが普通、というか。でも、それを維持してくれている誰かがいる、ということなのね。言われて気付くなんて、恥ずかしい。
「本はどうやって修理しますの?」
「それは、また明日改めて説明しますね」
「うん。明日は司書の先生が来るから」
「司書の先生?」
私は首を傾げた。
「そう。この図書室にも一応管理人はいるんだ。月に何日かここに来て僕達を指導してくれているんだ。おじいちゃん先生だから、偶にしか来れないんだけど」
「おじいちゃん先生?」
「そうだ。元々は国立図書館の司書をされていたんだが、引退されて今はここで図書の仕事をしている」
「まぁ、そんなすごい方が?」
一体どんな方かしら? 図書館の司書をされていた方なら、真面目で厳しい方かもしれないわ。 私は心配になった。図書委員失格なんて言われてしまったらどうしようかしら……。
私は少々不安を覚えた。




