遥かなる、西の大地で
「バッカモーンッッッッ!!」
様々な季節の花びらが舞い散る山奥で、怒声が轟いた。
ご近所のみならず、村全体にまで響くような恐ろしい声だった。
おかげさまでその地域の外にいる生き物は驚き、その怒声の発せられた場所から離れるため放射状に逃げていく。
しかし当の、怒声を発した者は気にしていなかった。
いやその逃げていく生き物を見ていないのだからしょうがないかもしれないが、それ以上に声の主は、目の前で正座している子供達のやった事を問題視していた。
「この村から勝手に出るなと何度言ったら分かるんじゃい!!?」
「だってズルいじゃないか長老!」
「そうだそうだ!」
「俺達だって外界に出たい!」
しかし子供達も負けてはいない。
長老――目の前にいる存在に対し正座したまま訴える。
「バカモン!! 外界に出られる者達はな、外界の事を……わしらの先祖が命がけで入手した外界の情報をキチンと理解したからこそ出てるんじゃい!! お前達は彼らほど理解していないじゃろうが!!」
反論された長老はさらにヒートアップした。
聞き分けのない子供を相手にしてるが故に、そして外界がどれくらい危険なのかを知ってるが故に。
「まあまあ長老」
しかし、そんな言い合いは長く続かない。
村の中で始まった言い合いをいい加減放っておけなかったのか、さすがに集まり始めた野次馬をかき分けて、とある青年が長老と子供達の間に入った。
「子供達に改めて教えたらどうですか? 私達の先祖の事を。その先祖が生まれてから今までの事を」
「何度も話したわい!!」
長老は青年に反論する。
けれど青年はめげない。
正直、長老の冷めやまぬ怒りを内心うっとうしく思ってはいるものの、それでも平和的に解決するため穏やかに語りかける。
「今の外界には『反復学習』と呼ばれてる学習方法がありましてね。何度も何度も同じ内容を教えると、勉強に効果があるんですよ」
「…………むぅ、そうか。今の外界にはそんな方法が」
するとその話した内容のおかげなのか、それとも青年の語り方が良かったのか、とにかく長老の怒りは静まった。
同時に子供達は、一度怒り出したらなかなか止まらない長老を止めてくれた青年に感謝し……遅れて気がついた。
その話しぶりからして、青年は外界から帰ってきた者であると。
次に外界へと向かう、この村の若者達のために、そしてこの世界のために、様々な情報を集める者であると。
外界で知識を蓄えたからこそ、青年は長老を止められたのかもしれないと。
子供達の中に、青年――帰還者への尊敬の念が生まれる。
そして改めて彼らは、青年のように外界に出れる存在になりたいと思った。
「なら……また最初から話すとするかのぅ」
そしてだからこそ、子供達は長老と真剣に向き合った。
どれだけ、子供からすればつまらない話であろうとも。
それを乗り越えた先に、外界があるのだから。
※
物語は、彼らの先祖が木の上で暮らしていた時代から始まる。
彼らの先祖は最初、地上ではなく木の上で生活していた。
地上には凶暴な動物が多くいて、食料を確保するのは困難だったからだ。
しかしそんな彼らの運命は、ある時期を境に突如一変する。
この惑星の寒冷化だ。
そのせいで地上から木々が減り、彼らは地上で生活をする事にしたグループと、数少ない木と共に生きる生活を続けるグループとで分かれる事になった。
しかし地上にはあの動物がいる。
自分達よりも遥かに強く凶暴な動物が。
そしてそれ故に、地上で生活をする事にしたグループは絶滅も覚悟していた。
だけど、幸か不幸か地上での彼らの運命も一変していた。
寒冷化が原因かどうかは分からないが、彼らが地上での生活を初めて、いくらか経った頃にはその凶暴な動物が絶滅していたのだ。
厄介な動物は地上にまだまだいるが、少なくとも、天敵となりうる動物の一種は地上から消えた…………彼らの時代の幕が開いたのである。
そして、それから長い長い時間が過ぎた……ある日の事だった。
のちに彼らの先祖へと繋がる一派が、別の大陸へ行こうなどと言い出したのは。
確かに別の大陸にも、自分達の獲物はいる。
少なくとも、その別の大陸に渡った、現在自分達がいる大陸の動物はいる。
別の大陸に渡ってみるのも良いかもしれない。
自分達の仲間の増え具合も考え、新天地に行くのも得策かもしれない。
しかし向こうには何があるか分からない。
もしかすると、かつて自分達に木の上での生活を余儀なくさせた、凶暴な動物のような存在がいるかもしれない。
下手をすれば、絶滅するかもしれない。
なのに、その一派は別の大陸へ行く事を決断した。
なぜなのかは、その一派のみんなにもよく分からない。
だが、その内の誰かはこう言ったそうだ。
誰かに呼ばれた気がした、と。
とにかく、その一派の旅は始まった。
獲物を、そして謎の声を追う長い長い旅が。
どれほどの犠牲者があっただろう。
しかしそれでも、彼らは生き続けた。
時には生態を変えて。
時には食性さえも変えて。
そしてついに大陸へ至り……彼らは見つける事になる。
永遠の楽園。
そう呼ぶべき領域を。
ヒトの姿へと変異するキッカケとなる領域を。
※
「そしてご先祖様は知ったんじゃ。外界のヒトはチキュウと呼ぶこの惑星におけるわしら……外界の人間はタヌキと呼ぶ動物から進化した存在の役割を。そしてさらには、この村のある領域の存在理由を」
「?? この場所、そんなに重要なの?」
子供――まだ人化けができないタヌキの内の一匹が長老――仙人のような見た目に化けたタヌキへと訊ねた。
かつて長老から教えられたような気がしていたが、途中から退屈で寝てしまい、聞きそびれていたような気もしていたから。
長老は、さすがに呆れ顔をした。
だがすぐに、子供達へと再び説明する。
「前にも言ったじゃろう。ここは、外界のヒトにはトウゲンキョウと呼ばれている場所。わしらに、他者に化ける能力を与えた特殊な領域で、そして……この惑星に何かがあった時の、最後の希望――理想郷の一つでもあるのじゃと」
タヌキの先祖――犬などの先祖でもあるミアキスはヨーロッパや北米で暮らしていて。
それが地上で暮らすようになり、キノデスムスという、北米生まれの最初のイヌ科に進化して、さらに時間が経ってトマークタスへと進化。
そしてそんな彼らは陸続きであったベーリング海峡を渡りアジアに至り、タヌキとかが生まれたワケです。
漢字の中には、聖書の内容を連想させるモノがいくつかある。
もしかすると、それは彼ら――神の啓示を受けた者の暗躍があったが故かもしれない。