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第七話 永遠の呪い

 十年前。


 真っ青な花が一面咲き誇り、風に吹かれるたび小さな花弁が宙を舞う。エターナルは風を頬で感じながら、そこに一本だけある石畳の上を静かに歩いていく。花畑の終わりが見えてきたころ、大きな石柱が見えた。エターナルは歩みを速め、やがて走り出した。その柱に近づくたび、心臓がどくどくと大きく音を立てる。エターナルは石柱にひとつの人影を見つけると、大声で彼の名を呼んだ。エターナルの声が聞こえると、彼は静かに石柱のそばを離れ、エターナルへと向かう。


「エターナル君! 久しぶり!」


 彼は、名をアルトといい、身長は百五十センチメートルほどで、毎日半袖のセーラー服に短パンをあわせて着ている。今日は白いセーラー服のようだ。肩下ほどまで伸ばした髪は乱雑に後ろで束ねられ、きりりと上がった目尻はわんぱくな少年を想像させる。


「アルト、久しぶり」


 エターナルは彼に近づくと、僅かに口角を上げて、そう言った。アルトはエターナルを見上げて言った。


「エターナル君、今日は俺に言いたいことがあるって言ってたが、一体なにを言いたかったんだ?」

「あ、えっと…」


 エターナルは急に言われて動揺を隠せない。エターナルはアルトを見るなり赤面してそこから先の言葉を話せなくなる。アルトはそんな彼を見て、救いの手を差し伸べるように言う。


「まあ、ゆっくりこの辺散歩しながら話そう。俺、この花畑に咲いてる青い花が大好きなんだ」


 彼らは一緒に歩き出した。アルトは花の横を通るたび花を愛で、エターナルはそれについていき、どこかそわそわした様子で話をしている。


 ついになにかを決心したエターナルは、アルトを呼んだ。アルトはようやく言えるようになったんだ、と心の中で思い、彼のほうを向く。


「アルト、俺…」


 彼が言おうとした刹那、見知らぬ男の声がして今まで平和だった花畑は一瞬にして炎の海と化した。エターナルは即座に水魔法を詠唱するが、炎は収まることなく、広がり続ける。どうしようか、と困惑したエターナル。炎をまいた男が一言言った。


「あはははは、中々に面白いですねえ。魔法って」

「貴様は誰だ! こんなことして、許されると思っているのか!」


 激昂してエターナルが叫ぶと、男は脅すような口調で言った。


「いいんですか? そんなことを口走って。今私は、あなた方の命を握っているのですよ。特に、そこのセーラー服のお兄さん、とかですかねえ」

「!」


 エターナルは「セーラー服のお兄さん」と言われ、急いでアルトのほうを向く。だが、そこには誰もいない。エターナルは「アルト!」と大声で喚き、再び男を見ると、アルトは男に襟を掴まれ、持ち上げられていた。襟を掴んでいないほうの手には魔力でできた鎌が握られ、その鎌の刃は絶妙な位置でアルトの首を捉えている。アルトは首に鎌をかけられているが動じる様子はなく笑顔で、その様子はまるで気が触れた者が死という救いの手を差し伸べられたときのようだった。

 そんな彼を見たエターナルは少し不快に思い、男を脅すように言った。


「アルトを放せ! さもなければ貴様を殺すぞ」


 男はエターナルの脅しに屈することなく、アルトの首にかけた鎌をさらに首に近づける。エターナルは魔法の詠唱を始める。


「無駄だってわかってそんなことをしているんですかあ? なんて滑稽な者なのでしょうか。貴方は」


【イヴィル・ヘルフェルノ】【ファストスペル】


 エターナルと男が同時に放った魔法は空中で炸裂し、互いに相手の魔法を打ち消そうとする。エターナルは複合詠唱にて光の弾を打ち上げると男の目を眩ませる。エターナルは、男の目を眩ませ、目を瞑った瞬間にアルトを救出しようと考えていたのだ。だが、男はあまりの眩しさに手で、目を覆った。


 そう、手で目を覆ったのだ。


 あろうことか、()()()()()()()、目を覆ったのだ。


 光が止んだとき、目の前には首から上を失った、想い人がそこにはいた。


 声も上げる間もなくアルトは、死んだのだ。


 あまりにも凄惨な光景に、男も呆然とする。エターナルは悲劇が連続した為か、気が触れてしまった。正気や理性は崩れ去り、憎しみと悲しみ、そして自責の念に駆られた彼は自分の首を彼と同様に斬り落とそうと、剣を手に取る。


「お、おい! 急になにをしだすのですかあ! 気でも狂ったのですか⁉」


 気が狂ったとしか思えないエターナルの様子を見た男は、口調も定まらぬまま彼を止めようとする。だがエターナルは止まる様子を見せない。鞘から剣を出し、自身の首に強く押し付ける。首からゆっくりと血が流れ、剣を紅く染めてゆく。


「(間違いなくこいつはこのまま首を斬り落として死ぬ気だ!)」


 ためらいながら男は、魔法を無詠唱で発動させた。


【カース・トレード】


 魔法が発動したのと同時に、エターナルは自身の首を斬り落とした。はらりと髪の毛が地面に落ちる。血で手が滑り、剣が地面へと突き刺さる。

 首が胴体と離れ、地面に落ちようとした瞬間。エターナルの周りを黒煙が包み、再び首と胴体が繋ぎ目もなく再生される。エターナルはそんなことに気づくことなく、自身の首を掻き切ることだけを考えているようだった。


「おかしくなってしまった」


 まるで一族の恥が今から恥をさらすのを見るかのような目つきで男がエターナルを観察していると、またひとつ斬り落とされた腕が黒煙をあげて再生した。


 男は魔法の効果が十分に発揮されているのを確認すると、既に肉塊となったアルトの頭に合わせるように胴体を優しい手つきで置く。男はひとつ懐から小瓶を出すと、その肉塊の一部をその小瓶の中に詰め込み、撒いた炎を消した。


「じゃあね、名前も知らない魔族さん」


 男はそう呟くと小瓶の蓋を閉め、どこかへ飛び去って行った。

 もう外も真っ暗になった頃、エターナルは正気に戻った。ゆっくりと立ち上がると、周りの景色を眺める。アルトへと視線を移すと、静かに肉塊をアルトの遺体に乗せ、背中と膝裏を抱きかかえて家へと連れ帰った。


 道中、同じ道を歩く天使が彼を可哀想な子だ、と呟くが彼の耳には届かない。普段天使はそんなことを呟くはずはないが、彼の虚ろな目と腕に抱える首なし死体を見てしまった彼らは無意識のうちにそう呟いていたのだ。


 周りは真っ暗で、もうなにも見えなくなっているはずだが、エターナルの目には常にひとつのものだけは見えていた。沢山の肉片の中にひとつだけこちらを覗く真っ青の目が、こちらをぼんやりと眺めているのが。


 今エターナルを眺めるこの青い目は、エターナルが見ている幻覚か、それ以外かはエターナルにも理解ができない。今のエターナルはアルトが自分のせいで死んだ、その事実を吞み込むことで精いっぱいで、ショッキングな場面を見すぎたせいで精神状態は限りなく悪い。それだけではなく、さっき錯乱したときに沢山の血を流したせいで貧血のような状態になっている。本当に、気を抜いたら地面にぺたりと倒れこんでしまいそうだ。


「エターナル」


 ああ、ついに幻聴まで聞こえだしたか。

 エターナルは少し木の陰で休もうとしたが、ここで休んだらもう起き上がることができなさそうだった為、急いで家へと向かった。


 家へつくとエターナルは使用人たちも押しのけ、自室の扉を蹴り開けた。エターナルが部屋に入ると、ひとりでに扉が閉まる。扉が閉まったのを確認するとエターナルはアルトをどうするか悩んだあと、何食わぬ顔で自分の寝台に寝かせた。すやすやと寝ているのを見て幾分か安心したエターナルは休みたかったが、腹が減っていたため部屋から出て、夕食を食べようと食堂へと向かった。


 食堂に入ると、使用人たちがエターナルを見るなり青ざめた。というのも、今のエターナルは全身血塗れで、アルトの生首が地面に叩きつけられたときに飛び散った、肉塊まで服についていたからだ。


「お兄ちゃん! そんな血まみれでどうしたの⁉」

「ご主人様、お食事の前に入浴された方がよろしいかと…」


 使用人たちにされるがまま、エターナルは風呂に入った。付着した血を洗い落とすため、使用人たちは有り余るほどの石鹸や魔力ポーションを持って、彼と一緒に風呂に入った。


「…まったく、どこでこんなに血をつけてきたんですか? ついに喧嘩でも買ったんですか?」

「……」


 黙るエターナルに使用人たちは、彼の身体についた血を落としながら様々な質問をしていく。


「今日は楽しかったですか?」

「…全然」

「彼とは会えたのですか?」

「ああ。会えたよ…」


 「彼」と言った瞬間、エターナルの顔色がさらに悪くなる。使用人たちはその話題に触れるのをやめて世間話を始めた。


「ご主人様、今日は何を食べたいですか? お好きなものを作りますよ」


 そう使用人が言うとエターナルは少し悩んだあとに言った。


「…酒だ。ほかはなんでもいい」

「は、はい! わかりました」


 身体中に付着した血肉が綺麗さっぱり洗い流されたあと、エターナルは使用人達に言った。

「お前らは先に上がってくれ。俺は少しゆっくりしたい」

「はい! ごゆっくり〜」


 いつの間にかエターナルのあのふらふらとした感覚はなくなっていた。恐らく先ほど使用人たちがなにかしてくれていたのだろう。エターナルは風呂までゆったりと歩いた。


 使用人たちが出ていくとエターナルはゆっくりと風呂に浸かり、窓から外を眺めた。無駄に大きな窓からは、暗闇に紛れて今日訪れたあの花畑が見える。エターナルは悲しげに、灰と血に塗れて青が赤に染まった花畑を眺めると一言「明日も行こう」と呟くと、ふとアルトのことを思い出し、風呂から急いで出た。

 急いで着替えて食堂へと行くと、アルマが話しかけてきた。


「お兄ちゃん、今日、なにかあったの?」

「……」

「もしかして、アルトお兄ちゃんのこと?」


 アルマにとって、アルトは実の兄である。ここだけの話だが、エターナルとアルマは実の兄妹ではない。といっても、彼らを生み出したのは魔神ヴェルハなため、実質兄妹、なのだが… ヴェルハが兄妹として作っていなかったため、義理の兄妹ということになっている。


 エターナルが遠い昔に、アルマを義理の妹として自分の家に迎え入れたのだ。アルトは「エターナル君の家にいれば当分困ることはないだろう」と言っていた。エターナルは、アルトにいて欲しいと思っていたが、アルトのことを考えて引き留めるのをやめ、アルマを迎え入れたあと、エターナルは定期的にアルトと会うことにした。


 言い当てられてエターナルは更に黙り込もうとする。アルマは手を振るとエターナルが黙れないように魔法をかけた。


「図星なんだね。一体、何があったの? 教えてよ」

「食事のあとに話す。席についてくれ」

「わかった」


 エターナルがそう言い、アルマや使用人たちは席についた。食卓にはたくさんの酒や料理が乗せられ、人々がそれを見たら宴か何かが行われると勘違いするほどに豪華だった。正気とは言えないほどの数の酒を見たアルマが一言呟く。


「なんで今日はこんなにいっぱい酒があるの?」

「ご主人様がやけに暗い声で「酒だ」とか言ったので用意したんですよ~ よければアルマ様もお飲みくださいね」

「気でも触れたの…? お兄ちゃん…」


 今はこうして酒、酒とは言っているが、エターナルはこれまで生きてきてたった数回しか酒を飲んだことがない。数回しか飲んでいないのは、飲んだ後は毎回大声で喚き散らし、次の日にはさっぱり何をしていたのかを覚えていないのに腹を立てた使用人が彼に禁酒させたからだ。彼自身もそれほど酒を飲むことは好きではなかったため、そう言われてから酒を飲んだことはなかった。


 エターナルはグラスに酒を移すことなく、酒瓶を片手で持ち勢いよく傾けた。誰もがこの次に続く言葉に備えて耳を塞ごうとする。だが、エターナルから発せられたのは酒を勢いよく飲む音だけだった。


「ご主人様、さすがにその量を一気に飲まれると命に係わります…!」


 あまりに勢いよく彼が酒を身体に流しこむため、ある一人の使用人が彼を止めようとした。しかし彼は聞く耳を持たず、そのまま酒を飲み続けた。本来の彼ならばありえない酒の飲み方には、命を自ら捨てたい、といった意志が込められているような気がした。


「お兄ちゃん! これ、美味しいから食べて!」


 あえて空気を読まずにアルマが明るく彼に話しかけると、さっきの薄暗い彼はまるで嘘だったように明るく彼は言う。


「おお。実に美味しそうだな! アルマがそんなに美味しいって言うなら食べてみるよ」

「こちらもどうですか? 人間界の料理なのですが」

「それも美味しそうだな。頂こう」


 まるで昔に戻ったようだ。昔のエターナルはこんなかんじだった。今より幾分かは明るく、よくしゃべっていた。

 人が変わったように明るく振舞う姿を見て使用人たちは「話すなら今だ!」と言わんばかりに食卓の上の料理を彼に勧めていく。エターナルはおすすめされるとどれもこれも美味しそうに食べた。酒の効果が続いていた数時間はずっと、この調子だった。



 数時間後、ようやく彼についていた酒の効果が切れた。どこかから湧き出ていた昂揚感は止まり、先ほど過ごしたあの楽しい時間は夢のように覚めていった。エターナルはなにかを思い出したようにアルマに言った。


「…アルマ」

「お兄ちゃん。どこで話すの?」

「…俺の部屋で話そう」


 エターナルは虚ろな目でそうアルマに返答し、自室へと向かった。


 二人が彼の自室の扉のある廊下に差し掛かった頃、悍ましい臭いが彼らの鼻に触れた。アルマが余りにも不快なその臭いに不満を漏らすと、エターナルは歩みを速めた。どうにか臭いを堪えてエターナルが自室の扉を開くと、寝台に寝かせていたアルトの身体からその悍ましい臭いがしているのを確認できた。


「…お兄ちゃん」

「…あいつは今日、殺された」


 今にも気を失いそうなアルマにエターナルが真実を告げると、アルマは膝から崩れ落ちた。


「…どうして、お兄ちゃんは殺されちゃったの?」


 アルマはどうにか冷静に取り繕っているが、大好きだった実の兄の理不尽な死は平常心を保てるようなものではない。実際、そう言ったアルマの目は泳ぎ、声も震えている。エターナルは静かに魔法を唱えると、大きめの瓶の中にアルトの肉塊となった頭を入れ、瓶のふたを閉じた。エターナルは小さく「アルト」と呟くと、しゃがんで瓶を寝台の横に置き、首から先がなくなったアルトの身体を抱きあげて立ち上がった。


 魂が抜けたように呆然と立ち尽くすアルマに、エターナルは「こいつを風呂に入れてくる」とだけ言い、アルマを彼女の部屋へと連れていき、扉を閉じた。


「お兄ちゃん…どうして…」


 自分のせいで死んだ、なんて言えるわけがないだろう……?


 ……俺はあのとき、どうすればよかったのだろうか。

 目を眩ませるとかいう姑息な真似なんかしないで、正々堂々あの男の首を落とせばよかったのだろうか。

 俺は、どうすればいいんだ……

キャラ・用語説明 +あとがき


【エターナル】

身長168cm

ヴェルハによって作られた原初の魔族。

赤い目をしている。

綺麗な顔をしている。


【アルト】

身長150cm

エターナルの初恋。

ヴェルハによって、アルマの兄として作られた原初の魔族。

青い目をしている。猫耳のようなものが生えている。

目尻はきりりとあがり、わんぱくな少年のよう。


【アルマ】

身長144cm

ヴェルハによって、アルトの妹として作られた原初の魔族。

アルト同様、青い目、猫耳のようなものが生えている。

けっこうおっとりとした見た目だが、わりとアクティブ。


【男】

くるくるの縦ロールが特徴。

中性的な見た目だが、どちらかといわれると男と答えたくなる見た目。

男です。


【魔神ヴェルハ】

原初の魔族を生み出した奴。


【終焉】

伝説の魔剣。伝説の剣、とも言われる。

エターナルの愛剣。

真っ黒な鞘と剣身、くの字の刃と綺麗な弧を描く刃があり、血を吸って青い花を咲かせるのが特徴。


【魔力石】

魔力保有量が一定以上の魔族が死んだとき、たまに魔力が固まり、石となって残る。

原初の魔族は魔族よりもこの石ができる確率が高い。


【原初の魔族】

魔神ヴェルハが直々に生み出した生命体。

魔族とは似て非なるものだが、一部の魔族は、原初の魔族の子孫。


【核】

魔族の本質となる部分であり、弱点でもあり、本体である。『核』といっても俗称で、正しくは、『魂』である。


——————

ここまで読んでくれてありがとうございます!!

なんやかんやありまして今回は修正がかなり入っております。(400文字くらい減ってる可能性有)

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