第一話 出会い
こんな生活はもう、うんざりだ!
そう思ったキルアは生まれ育ったエーペル城から脱出しようとした。
戦闘用の服に着替え、豪勢に飾り立てられた自室の窓をこじ開け、窓から飛び立って出ていこうとした。だが窓から外を見た瞬間、とある人物が外にいるのが見え、足を止めた。それはキルアの母、クトラだった。
…俺のこの生において、彼女を見るのはこれが最後になるだろう。キルアは、彼女が自室に戻ったのを見計らって、彼女の部屋を訪ねた。
「あらどうしたの? キルア。寝れないの?」
…俺を一体何歳だと思っているのだろうか。そういった雑念は取り払い、キルアは彼女に言いつけた。
「母様」
「どうしたの?」
「俺は今日この家を出ていきます。探さないでください」
「……」
少し黙った後、クトラはキルアを抱き寄せ、言った。
「気を付けるのよ。外はここよりもずっと、危ないから」
クトラは抱きしめるのをやめて言った。
「…いってらっしゃい。私の愛する息子、キルアよ。あなたの無事を祈っているわ」
目に涙を浮かばせながらそう言う彼女の表情には離れがたい、本当はどこにも行かせたくない、という気持ちが読み取れた。刹那、キルアの脳内に彼女と過ごしたときの記憶が蘇ってきた。
俺の名前はキルア=エペラー。帝王となる将来を約束された、魔族だ。
物心ついたときから俺は、帝王になるのだ、あなたは絶対的な、王となるのだと言われ、出来もしないことができるだとか、皆俺を子供に向けるようなものではない目で見て希望を述べてやってきては、絶望した顔で帰っていく。やっと全員帰ったかと終わったら現帝王の父がやってきて見合いだ、後継ぎだ、と口うるさく怒鳴る。
だが、そんな生活を送る俺にも、至福のひとときがあった。
そう、それは母様といられる時間だ。
母様は、政治的なあれこれに触れることなく、俺には、一般庶民の子供のように接してくれる。ただ自分にできた、ただ一人の子供を、慈愛に満ちた目で、遊ぶだけでなく雑学などの様々な知識も教えてくれた。
俺は、そんな時間が好きだった。
今日もいつも通り、楽しさのかけらもない時間が過ぎ、やっと母様との時間がやってきた。今日、母様がしてくれる話は、魔界の歴史についてだった。
「キルア。今日は昔話をしよう」
「うん!」
このときだけは、俺は「エーペル皇国次期帝王」ではなく、「子供」でいられる。俺は、心の限り彼女に甘えた。
「今日はキルアも好きかもね、このお話は」
「どんなお話なの?」
「昔々あるところに、【終焉】という剣があったの」
「剣?」
「そう、剣。正しく言うと、魔剣だけどね」
「魔剣… なんだかかっこいいね!」
「ふふ。その剣は、真っ黒な鞘に入っていて、その剣先は黒く艶めいているの」
「黒ばっかりだね!」
「そうね。ここからがすごいんだけど、その剣、血に触れると、すごい模様が剣身に現れるの。どんな柄だと思う?」
「うーん、すごい模様… 自分の顔?」
「残念。正解は、青いお花の柄が出るの」
「わりと普通だね」
「そう思ったのね。私がすごいと思ったのは、この剣、血は赤いでしょう? それなのに、この剣には青いお花の柄が出るの」
「すごいね!」
「どうして青い花なんだと思う?」
「好きだったからだと思う!」
「正解! この剣の持ち主は、青い花が大好きだったんだって」
「かわいい人なんだろうなあ…」
そのとき、俺は白い服を着た、髪を肩くらいで切った、可憐な少女を想像していた。母様は本棚から違う本を取り出して、俺にある頁を見せた。
そこには、髪を腰まで伸ばした、真っ黒な服を着た、綺麗な男がいた。
「この人が、剣の持ち主よ」
「え?」
俺は、想像していた少女と正反対の男を見て、呆然とした。顔は先ほど言った通り「綺麗」なのだが、その下にひとつ視線を動かすと、どこか悍ましく感じる痛々しい傷跡が何本も交錯していた。ある傷は爪ほど、ある傷は指一本ほどと、長さはまばらなその傷たちは、不快な気持ちにするのには十分だった。
あまりのおぞましさに、いつしか俺の目からは涙が流れていたらしい。母様が優しく俺を抱きしめ、俺を慰めるように、自分を責めるように、言った。
「ごめんね… 怖かったかな… いやな気分にさせてしまって、ごめんね」
「母様、はわるく、ないよ」
「もう寝る時間ね…一緒に寝ましょう」
「うん…」
俺は母様とその日の晩、一緒に眠りについた。
この日の記憶は、今でも俺の中に残っている。
「…今までありがとう、母様」
キルアはそう言い、部屋から出た。その後キルアは静かに、誰にも見つからないように裏口へと向かった。普段、裏口には誰もいない。それを把握していたキルアは裏口に着いたとき、愕然とした。
「皇子様、こんな時間に一体…どこへ?」
普段人がいないはずの裏口に、人がいた。あまりにびっくりし、キルアは少し黙った。
「……」
幸いにも話しかけてきたのはキルアの側近で一番仲が良い兵士のラギ=エペラー。通称ラギ。声は低く、背は百九十ほどで、いつもキルアと話すときはキルアの視線に合わせ屈むなど、小さな気遣いが心に沁みる。
雰囲気はどこか暗く、まるで一度死んだかのような風貌だ。心なしか、彼の周りは暗い靄がかかっているように見える。強さにおいてはこの国の中でもかなり上のほうで、冒険についてきてくれるとなるととても心強い。
「ラギ、俺と冒険をしないか?」
キルアがラギにそう伝えてみると、少し狼狽えたあと、引き留めるように言った。
「皇子様…」
ラギは、流石に次期皇帝であるキルアを連れ出して一緒に行くわけにはいかないらしく、少し黙ったあとキルアに「いってらっしゃい、キルア」と小さく囁き、小さな包みを鎧の間から出して手渡した。
キルアは包みを懐に入れ、小さく「ありがとう」と言い、城を出た。
包みの中身は何なのかが気になったキルアが包みを懐から出すと、包みには大きめな字で、『死ぬなよ』と書いてある。
そう一言だけ書いた文字の周辺は変色しており、その色は、古めかしくも懐かしい色をしていた…
「包みの中は…」
包みを開けようとしたが、どれだけ力を込めても、魔法でこじ開けようとしても開かない。ラギが魔法かなにかで、施錠していたようだ。
「ラギが手渡してくれたんだし、いいものが入ってるはずだ」
そう呟きキルアは、開けられる者を探しに、歩き始めた。
道行く者達にキルアは「開ける手がかり」を訊いて回った。
何回も、何回も、断られ、拒絶され、無視され続けた。
それでもめげずに訊き回った。
心が折れそうになりながらも、訊いた。
何人目だっただろうか。その人はひとりの背の高い無精ひげを生やした老人だった。その身なりはとても生きている者だとは思えないが、こんなときだ。どれだけ足掻いても状況が変わるとは思えない。話しかけようとしたとき、老人が口を開いた。
「その包みを開ける方法を知りたいか?」
低く、少し嗄れた声でキルアに言う。キルアは、藁にも縋る思いで彼の話を聞いた。
「案内してやる。そこからは自力で進むんだな」
どういうことだ? と思ったが、包みを開けるためだ。キルアは不審に思いながらも、彼についていった。
「生ぬるい、甘ったれた奴では、あいつの試験に合格はできない」
小さく彼が呟くと、急に視界が暗くなった。
暗くなった視界の真ん中にはひとつ、小さな煙が見える。その煙はゆらゆらと揺れ動き、まるでキルアを洗脳しようとしているようだ。
魅入られたようにずっと眺めていると、少しずつキルアの身体がふらついてきた。真っ暗で何も見えないはずなのに視界が徐々に歪んでいっているのがわかる。とても奇妙な、感覚だ。
ついに倒れそうになったとき、周りは明るくなり、歪んでいた視界も治った。煙はフッと音を立てて消え、どこからか男が「これくらいでへこたれているようではだめだな、出直してこい」と、老人のものとは違う、高めの声が脳に響く。キルアは、さっき案内してくれた老人に「これはなんだ、一体どうなっている?」と訊こうと隣を見たが、人がいたはずの空間にはなにもなく、困惑のあまり呆然と立ちつくした。
気づいた頃には、そこには誰もいなかった。なにがあるのか、ここがどこなのか、なにもわからない。知り合いもいない。どうすればいいのかもわからなくなってしまった。最初の目的すらも忘れてしまった。
キルアは、覚悟を決めて、ここで野宿することにした。ひたすら湧いてくる魔物を倒して食料を確保し、周辺に生えている草をむしって寝床を作り、そこで過ごし始めた。
何日、何ヶ月、何年経ったかもわからないある日、俺の脳内にまたあの声が脳に響いた。
「はっ、どうしたものかと見に来てみたら、まだ居たのか」
キルアは、声の主に尋ねた。
「あなたは、だれだ?」
「そんなのも知らずに来たのか。お前は、どこの、どいつだ?」
「俺は、俺は……」
キルアは途中で黙りこんでしまった。どう答えればよいのだろうか、と悩んでしまったのだ。エペラー家を出て、旅を始めたキルアは、エペラー家の者でもなんでもない。
「……キルア。それ以上でもそれ以下でもない」
キルアは熟考した末、そう返した。声の主は少し笑った後、言った。
「…面白い答えだ」
脳に響く声は次第に遠のき、小さくなっていった。なんだったのだろうかと思いながら、キルアは眠りにつこうとした。そのとき。
「……誰だ?」
遠くから物音を立てて近づいてくる気配がした。キルアは武器を持ち、いつでも戦えるように準備した。
その気配が近づいてくると物音はどんどんと大きくなる。キルアは剣を振りかぶれるよう、構えた。少し経ち、部屋の扉は開いた。開いた扉からは青年がやってきて、剣を構えるキルアを見ると笑いながら言う。
「ははは、威勢のいい少年だな、少年、力が欲しいか」
キルアの部屋に入ってきたのは、ラフな格好をした朗らかな青年だった。黒いピアスを左耳にふたつ、頭にふわふわの触覚らしきものが生えている異様なさまと頭の上に浮かぶ黒い輪が、彼が魔界の者ではないことを証明する。
「…今はその答えを保留にさせてくれないか?」
キルアが悩みつつそう言うと、またもや彼は笑い、言った。
「まあいいだろう。なかなか冷静な少年だな、面白い」
「?」
「お前、手を出せ」
「手を出すってそんな…俺、まだ…」
「そっちじゃねえよ、俺の前に手を出せって意味だ」
青年の言葉に、キルアの顔は赤くなる。
それを見て青年はさらに笑う。
恥ずかしい勘違いをしてしまった。これも環境のせいなのだろうか。常に跡継ぎのことを考えさせられるあの一家で育ち、あの家独特の価値観が心に根深く残っていたためなのだろうか。
ぐるぐると自分がした失言を取り繕う言い訳をしようか考えながらキルアが前に手を出すと、彼は両手で出された手を握り、力をこめた。込められた力はとても強大なものであるのが手袋越しに感じられる。
「俺の力をお前に授ける。いつでも呼び出してくれ」
そう言うと彼はキルアの眼前からいなくなった…。
「あ、そうだ」
彼の声が脳に響く。
「俺の名前は、フェクド。それと俺、さっきみたいに実体化できるからいつでも手を出してくれてかまわねえから」
それだけ言って彼は話すのをやめた。…? ちょっと待て、フェクド、あいつ俺がそんな人に手を出しまくるやつみたいに思ってんのか…? あとで問いただしてみるか。とりあえずキルアはフェクドにあることを訊いてみることにした。
「とりあえず、フェクド」
「ん? なんだ? 俺にさっそく手を出したくなったか」
実体化してふざけたようにクネクネと身体を動かすフェクドを黙らせる。まず頭に浮かんできた質問はここがどこなのかだった。あの老人に案内されていたとき、キルアの目に何も映らないように、あの老人はキルアの目を意図的に閉じさせていたからだ。
「黙れ。そういえばここってどこだ?」
キルアが質問するとフェクドは答えた。
「ここはレイスギルト帝国。通称、大罪の屍の国。昔大罪を犯した奴らが屍となって地中に埋まっていることからそう名付けられた。エーペル皇国のとなりにある国で、かなりでかいな。ちなむとこの近くには街があるからまず街に寄ろうか」
そう言うとフェクドはくるりと周り、キルアの手を引いて走り出した。走りながら手を引くフェクドは力強く、だが優しくキルアを導いていく。
「フェクド」
「なんだ?」
「…お前って何者なんだ?」
キルアがそう問うとフェクドは少し立ち止まって、俯きがちに言った。
「…宿屋で話してやる。雨も降ってきたようだ。急ごうか」
「…?」
「(なにか言えない事情でもあるのだろうか)」
フェクドはそう言うと、再び走り出した。
キャラ紹介、あとがき
【キルア=エペラー】
家出時身長162cm→洞窟からでたときの身長173cm
17歳で生まれ育った城を出て、冒険を始めた、元エーペル皇国次期皇帝。
「小さな包み」の詳細を知るためにおじさんについていった。
遠い昔に聞いた、母の雑学を今でも夢に見る。マザコン気味だが、マザコンではない。
あの家の思想にぎりぎり染まってないだけあって、いろいろとつおい。
未だに「終焉」の持ち主があんなでかい男であるとは信じていない。
【ラギ=エペラー】
身長192cm。でかい。
鎧に身を包んでおり、青い目をしている。
肌は死人のように真っ白。
【終焉の持ち主】
身長:185以上はある。
長髪(腰ほどまでで左右対称にそろえられている)
赤い目をしている。
首の傷はおびただしい数あり、ホラーに耐性のあるものですらトラウマに残る可能性がある。
【フェクド】
身長166cm
謎の少年? わりと博識。
ラフな格好とは言ったが、アロハシャツみたいなやつに短パン、片耳に二つピアスでチャラい。
キルアの事をからかうのが大好き。
【謎の老人】
身長:だいたい189cm
謎。
あとがき
誤字脱字などあれば教えて頂ければ幸いです。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます!!