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老人と少女 スエーニョ

走馬灯と橋の直前に見る夢

死の直前、願う映像を見せてくれる業師

死の直前の脳裏に浮かぶ画像を残してくれる業師

死の直前の頭に浮かぶ映像を作り変えてくれる業師



男は死の床にあった。

男はこの界隈では有名な金持ちだった。広く金融業を商い、いわゆる悪徳金貸しであったので、彼を恨む者は多かった。死の床に着いた今、彼のそばには医師と、長年の執事が一人いるだけで、もう手の施しようのない彼を見舞う友も、知人すらいなかった。メイドもこの数日、寝巻きや寝具の交換もしていないし、通り一遍の掃除すらしていない。彼は使用人にすら見放されていたのだ。

そして他に一人、真っ黒なマントを羽織り、奇妙な山高帽を被った男が寝台の傍らで香を焚き聞き取れるか取れないかほどの小さな声で経文を唱えていた。

寝台の男は夢を見ていた。その夢は摩訶不思議なことに、頭上に朧げに現れ、徐々に明確な映像を結んでいく。

「やめて」

金切り声をあげて少女がドアを開けた。

「やめて、そいつに綺麗な走馬灯を見せるのは絶対にやめて」

寝台の上には美しい景色が現れていた。その中を男が小さな少女の手を取り歩いている。

「そいつは私を山の中に捨てて、自分だけ豪奢な暮らしをしていたのよ。私は山の中でなんとか生き延び、でもすごく辛い日々を過ごした」

山の天気は俄かに荒れ、男は少女の手を引いて走ったが、ぬかるみはひどくなり、なかなか進まない。そのうち豪雨を避ける場所すらなく、男が逃げ込んだ木のうろは雷が落ち命からがら逃げ出すのが精一杯だった。道は寸断し鉄砲水が二人を襲った。

「こいつはそのまま逃げたのよ。あたしを残して」

男はふもとに流れ着いた。

「娘を探さねば、何をしてでもいいから娘を探さねば」

男は金貸しを始め、稼いだ金で人を雇い、娘を探させた。何の収穫もなかったが、それでも諦めきれず、何度も捜索の人を出した。

「嘘よそんなの」

男は悪どい商売をして稼いだ金を娘を探すのに注ぎ込んだ。

「娘に会いたい」

「嘘・・・」

男は目を開いた。

「お前は・・・スエーニョ?」

走馬灯士が技をかけている最中に飛び込んできた若い女性。

「お嬢様ですって」

執事は手を出そうとしたが、それを走馬灯士は止めた。

「あたしがわかるの」

「ずっと探していた」

「あたしを捨てたのに」

「いや違う。ずっと探していた。あの日、嵐にあって、お前は水に飲まれ行方不明になったんだ」

娘は大きく頷いた。

「嵐が止んで、辺りを探したが、見つからなかった。ようやくふもとに出て、なんとか生き延び、そしてお前を探すために商売を始めたんだ」

「あたしは川下に流され、そこで人攫いに捕まり、酷い扱いを受けた。逃げ出した先でも、男が私を襲おうとした。ずっと逃げていた。どこか落ち着けるところはないかと、安心して寝られる場所はないかと」

「ここは安心だ、おいで」

男は身を起こした。もう息をするのがやっとの男が、自ら身を起こしたので、執事は慌てて手を貸そうとしたが、それも走馬灯士は止めた。

「旦那様・・・」

ベッドの上で男は娘を抱いた。しっかりと抱いた。

「もうどこにもいかないでくれ。ずっと一緒にいれくれ。お前に会うためにわしは悪どい商売もした。金を返さない輩からは、商売道具も何もかも奪った。それは全てお前に会うためだった。わしはお前を世界で一番幸せな娘にしてあげる」

娘の目から涙がキラキラと溢れた。

男は死にかけて走馬灯が彼の頭上に煌めいていた。

嵐に遭い、離れ離れになった親子が再会した。傍では執事が涙ぐんでいた。

娘の涙が男の頬に流れた時、枕元に座っていた医者が静かに言った。

「ご臨終です」

男の上に輝いていた光景は消えた。

「あれはなんだったんです」

執事が呻いた。

「走馬灯だよ。偽りの夢さ」

部屋に娘はいなかった。

「この男は安らかに眠れたのだ、礼金を弾んでやりなさい」

医者の言葉を受け、執事は膨らんだ皮袋を渡した。それは相場よりはるかに多いものだった。



「あの娘はどこに行ったのでしょう」

走馬灯士を出口に案内しながら執事は聞いた。

「さあ、どこでしょうね。私の仕事は幸せな生涯を閉じると言う願いを叶えることですから。それでは」

走馬灯士はその目印になる黒いガウンの襟元を寄せ、山高帽を目深に被り直し、冷え込んだ冬の外気に備えた。

「冷えるな。酒でも買って帰るか。金さえあれば、どんなこともお手のものってか」

走馬灯士はゆっくりと街中に紛れていった。

スエーニョ  スペイン語で、夢。

スエーニョはスペイン語で夢のことです。みなさま、いい夢を見られたでしょうか?

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