美琴の決意
「すまないね」
美琴は正面の松柴に頭を下げて腰を下ろす。呼ばれた理由は明白だ。
「この前の件ですよね」
「現職の警察官が被害に遭った。彼はとても優秀な警察官だと派出所の部長から聞いたよ」
「分かります……しかし、その死を悼む暇なく事件は現在進行形で動いています。犯人は――『無遺体連続殺人事件』の犯人は未だ逮捕できず、生きて何処かにいます。すぐにでも逮捕へ動くべきだと」
「はぁ」
松柴は大きなため息をついて、力なく首を振った。美琴の意見を聞いて答えを出せないでいた。自分から依頼した仕事だけに捜査本部をたたむ決断を容易に出来なかった。
質素な警視総監の部屋に置かれている唯一の机と椅子。その机に両肘をついて組んだ手の上におでこを当てる。
「私が言えた立場ではない……が、これ以上捜査員――もとい、警察官を失うわけにはいかない。マスコミが警察署へ一気に押し寄せて『無遺体連続殺人事件』の話を聞かせろとてんやわんやだ」
「はい……理解はしております。その理解と回答があべこべなことは申し訳ありませんが」
美琴は申し訳なさそうに松柴から視線を逸らす。少し沈黙が流れてから松柴が重々しい口を開いて話を続ける。
「もう、この事件は追わない。それが我々の判断だ。峰島警部には6係に戻ってもらう。竹内警部補にも申し訳ないことをした」
「それがマスコミにも公表した話だと。そういう話をここでするために私を呼んだってことですよね?」
「マスコミにはまだ話をしていない。この捜査本部のことも、捜査員についても。情報が洩れれば、今度は君たちが犯人から命を狙われかねない」
松柴は美琴の質問に顔を上げ、美琴の目をまっすぐ見据えて口にした。目で美琴の言葉を制止する。これ以上の答えは我々にはないのだと。だが、美琴はその松柴の目を見返して首をゆっくりと振った。
「上の命令、世間の目、捜査官の命……どれを取っても、私がこの事件からおりる理由になりかねる」
「……」
「私がそう言えば、この事件の捜査を続けていいんですか? この事件から手を引けば、殺人犯の警察殺しは収まるのですか? どれも答えはないでしょう。松柴警視総監殿の留意については私も深く理解の上、言葉を続けさせてもらいます」
「……なんだ」
「峰島美琴警部の名において、『無遺体連続殺人事件』の首謀者は確実に逮捕します。以上です」
美琴は立ち上がり、足早にその場を後にする。心臓はもうバクバクだ。ぴしゃりと言い切り、すぐにでも松柴警視総監の元を離れなければ、風船のように心臓が破裂してしまう。
しかし、美琴のその心臓の鼓動を止めるような重い声が後ろから届く。
「座りたまえ、峰島警部」
「…………いえ、私は」
「君の心持を理解せずにそう判断したわけではない。しかし、これ以上の被害を――」
「お言葉ですが、松柴警視総監」
「…………」
「私の部下で竹内という者がいます」
美琴は振り向きもせずに、背面越しに松柴へ話を続ける。
そうして、いつも一目散に突っ走る部下の姿を思い浮かべる。母親のことを心から愛している彼が、この判断を聞いてどう思うだろうか? 彼ならきっと自らで捜査を続けて犯人を捜すだろう。
しかし、その結果間違った犯人にたどり着き、私刑で裁こうとするかもしれない。それを阻止するためには警察という組織で、この事件を解決するしかない。部下を思うのであれば私は、警察のトップにも噛みつかなければならない。甘噛みにしておきたいところだけど。
「認知している」
「ならば、彼の並々ならぬ本件への想いも認知していることと思います」
「ふむ」
松柴は顔を顰める。それ以上は口にする必要はない。松柴はそういう勘がいい男だ。そんなことは美琴も、百も承知だが部下のため、自分のために心を鬼にして突っかからなければならない。
「彼の他の捜査官の思いを無下にしてまで、捜査本部を畳んでしまうことにどれほどの費用対効果と意義が存在しましょうか」
「……」
「松柴さん。私は彼の熱意と、この事件への想い。どちらも理解しているつもりです。だからこそ、私が手綱を握りながら捜査を進めればいいことだと思っています。ですのでどうか――」
「少し……時間をくれないか。私も周りと協議した結果、続行することになったという過程が欲しい」
「承知しております。少しでも伸びてくれれば、その間は捜査を続けていても問題ないということですよね?」
美琴自身も、随分と意地悪な質問をしたと思いながら松柴に問いかける。松柴も少し間を開けてから頷いた。
これ以上の話はない。
「失礼します」
そう口にして部屋を後にする。松柴も美琴を引き止める様子もなく俯いていた。
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