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動揺

 美琴はようやく有給休暇を終えて、出社できるようになっていた。資料室で『無遺体連続殺人事件』の資料を読み漁っていた。ここ一か月、何も進展がなかった。それもそのはずだ。


「もうこれ関連の事件が起きていない。十年以上も」


美琴はこれには頭を抱えてしまった。事件が起きはしない。ただし犯人が逮捕できていない。警察としては犯人の生死や国外逃亡の可能性も捨てきれない。


「美琴さん!」


 頭を抱えながら青いファイルとにらめっこを続けていた美琴の耳に、突然大きな声が届く。耳を押さえたくなるほどの大声に片目を瞑りながら振り返ると、部下の竹内が立っていた。


「来てください。事件です」


「待て待て。私たちは今、『無遺体連続殺人事件』の捜査だろ。普通の事件はこっちの管轄じゃ……」


「だから、『無遺体連続殺人事件』の事件です」


美琴は大きく目を見開いて、椅子をひっくり返すほどの勢いで立ち上がった。


「死亡推定時刻は昨晩の二十二時から二十四時までの間です。彼の胃の内容物の消化具合から見て、間違いないそうです」


「ありがとう」


美琴と竹内は遺体の前で手を合わせると、白い手袋をはめて遺体の前でしゃがみ込んだ。


「警官の服……」


「遺体は……船橋孝弘(ふなばしたかひろ)巡査三十歳。交番勤務の警官のようです」


竹内は胸ポケットから手帳を取り出して読み上げた。続けて船橋の昨晩の行動と、殺害方法について話を続けた。


「船橋巡査は昨晩、夜勤で見回りに出ていましたが、同僚が夜中から帰ってこないことに朝方気付き、探しに出たところ近所の公園の茂みで遺体が発見されました。死因は絞殺。首を絞められた痕跡と吉川線が見られています」


「船橋巡査の死因と、現場については理解した。しかし、これが『無遺体連続殺人事件』と何の関係が……」


「これです」


竹内はポケットからポリ袋に仕舞ってある手帳を取り出した。黒い装丁の手帳はまだら模様に血痕が飛び散り、昨夜の惨状をありありと示していた。


「これは……」


「船橋巡査の手帳です。彼のボールペンが真ん中に刺さっていましたが、ボールペンは持ち手がきれいになっており、犯人がそれを使って書いたものと思われます」


「……」


 竹内から手渡された手帳には濃い黒字と、薄らと伸びた血が不気味なコントラストを描いていた。


『無遺体連続殺人事件に関わるな』


 美琴は手帳を握ったまま動かない。暗号を見つめてじっと考え込むように眉間の皺が濃くなっていく。暫く動かない美琴に痺れを切らせた竹内が、横から声をかけて肩を叩いた。


「美琴さん! 大丈夫ですか?」


「え……ああ。しかし、犯人はなぜこんな行動に」


「それはこれでしょう。犯人もそろそろ限界がきてるってことですよ」


 竹内は自分のスマホを取り出し、動画サイトの動画を流して美琴へ手渡した。動画はどこかのバラエティ番組で、『無遺体連続殺人事件』の掘り下げを特集組んで放映されていた。さらに番組内では警察の捜査がまだ続いているため情報を呼びかけているとアナウンサーが話していた。


「ありえない」


美琴は小さく呟いた。隣にいた竹内にすら聞こえないほど絞り出すような声だった。美琴は思い出したかのように竹内に手を出して、声を上げる。


「スマホ」


「はい?」


「スマホ!」


竹内はポケットの端に手が引っかかりながら無理やりポケットから手を出してスマホを渡した。美琴は竹内の携帯を開こうとするとロックが掛かっていて開かない。


「ロック、一筆じゃないの!?」


「iPhoneに一筆ロックないですよ!」


「もう」


美琴は手帳に視線を向けたまま、竹内にスマホの画面をみせる。竹内がロックを解除してから「いいですよ」と声をかけた。


「私、フリック入力嫌いなの」


「スマホって全部フリック入力ですよ……」


「私はキーボード入力なの」


美琴はスマホのカメラを起動して手帳の暗号を撮った。そのまま手帳とスマホを投げるように竹内に渡し、ブルーシートの囲いから勢いよく外へ出た。


「美琴さん!」


「『あれ』に意味はないだろうが、手帳とペンは鑑識へ。スマホに一応記録は残しておいた。この事件は一課一係に任せる」


美琴は早足でその場を離れようとする。1秒でも早くこの場から離れようとする美琴を竹内が引き止める。


「なぜ! これは犯人が焦ってる証拠です。今こそ、あいつの尻尾を――」


「これ以上、この船橋巡査の事件に関わることは許さない! 理解したらもう行け」


「……」


 美琴の大声に一瞬ビクッとするが、すぐに竹内は無言で公園を後にする。美琴は竹内が公園から出ていくことを見届けてから、側のベンチに座り込んだ。俯いたまましばらく動かなかった。顔を上げて左右に首を振って、周囲に人が居ないことを確認した。そして消え入るような声でつぶやいた。


「どうする……」


手のひらをおでこに押さえつけて目をぎゅっと瞑る。

よければ!


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