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無遺体連続殺人事件

 美琴は『無遺体連続殺人事件』の捜査資料と、村田夫人殺人事件の捜査資料をドカッと机の上に置いた。それからずっとこちらに意識を向けず、パソコンの画面に集中している竹内へ視線を向ける。


「少しお願いがある」


「なんですか?」


「これからある事件について捜査することになった」


「何のですか?」


「無遺体連続殺人事件だ」


竹内は言葉を詰まらせた。数秒間固まっていたが、だんだんと状況を理解していくとようやく口を開いた。


「ようやく……」


「すまないが、手伝ってほしい」


「もちろんですよ! 何から着手するんです?」


「改めて捜査資料を読み返して、新しい発見がないか、手がかりをつかめないかを確認する」


竹内は頷いて『無遺体連続殺人事件』の捜査資料に手を伸ばした。美琴はそれを遮るように口を開く。


「その前に当時のこと。できる限り教えてくれないか?」


「……わかりました。俺が小三の時の話です」


 耕太は家に帰ると、乱暴に靴を脱ぎ捨ててリビングへ向かった。


「母ちゃーん」


リビングの明かりがついており、ドアの磨りガラスには人影も見えていた。耕太は少し口元を綻ばせながらリビングのドアを開けると、美智子は慌てた様子でトイレのドアを押さえるように手を突き出した。


「な、どうしたの耕太!」


「なんか、始業式だけで早く終わった」


「そ、そうなの。で? どうしたの?」


「母ちゃん、次の誕生日さぁ」


美智子は慌ててトイレのドアの前に立って、うんうんと頷いていた。耕太はそんな美知子を気にした素振りもなく、気まずそうにもじもじと身体をくねらせていた。


「ゲーム……買ってほしいな」


「ゲーム!? あ……ああ。いいわよ? この前はお金なくて何も買ってあげられてなかったし。何が欲しいの?」


「それはね……まだ決めてない!」


耕太は美知子にとにかくゲームが欲しいことだけ伝える。美智子は耕太の傍まで寄っていき、微笑みながら耕太の背に合わせるように膝をついた。そして優しく頭を撫でながら、声をかける。


「じゃあ一緒に探し行こっか。来週でいい??」


「いいよー! 母ちゃん、ありがとう! じゃあ、友達とサッカーしてくる!」


「分かった。いってらっしゃい」


耕太はリビングの隅に置いてあったサッカーボールを入れていた網目状のカバーとボールを掴んでリビングを飛び出した。


 家についたのは午後の十八時半だった。門限が十八時だった耕太は、怒られることにビクビクしながらドアを開けた。渡り廊下から一直線に続くリビングも、電気は付いていなかった。珍しく家にいないのか。耕太はラッキーと思い、渡り廊下にサッカーボールを置いて、洗面台で手を洗った。今日はもう疲れてしまった。洗面台の向かいにある耕太の部屋に入り、お風呂も入らずパジャマに着替えて布団に潜り込んだ。リビングの奥に美智子の部屋があるため、こっそり部屋で寝てればバレない。明日ばれてしまったら謝ろう。耕太はうとうととしながら目を閉じた。


朝、目を擦りながら渡り廊下へ出るとサッカーボールが部屋の前に転がっていた。


「あ、しまってなかった」


サッカーボールを拾い上げて脇に抱えながら、リビングの扉を開けた。リビングを開けた瞬間、漂う匂いが鼻を劈いた。サッカーボールを手から離してしまい、耕太は慌てて鼻を両手で覆う。


「くさっ」


ぎゅっと瞑った目を薄っすらと開くと、信じられない光景が広がっていた。白い壁紙に広がる血の跡。倒れた椅子は、べっとりと血液の付いた跡が残っており、そこから異臭を放っていた。


「かあ……ちゃん?」


耕太はその惨状を目の当たりにして、まず美知子を探した。しかし、どこにも美知子の姿はない。不安と安心の入り混じる。それから手放してしまったサッカーボールはコロコロと転がっていき、ある扉にぶつかり止まった。耕太はそのボールを目で追いながらその扉を見た瞬間、不安が再び大きく膨れ上がった。


「母ちゃんの部屋」


このリビングを通らないと、美知子の部屋まではいくことができない。耕太は震えた手で鼻を覆い、ゆっくりと美知子の部屋がある扉の前まで来た。途中、部屋の血を近くで見たがどれも血が固まっており、耕太でも何かがあったのは何時間も前のことだと分かる。扉をノックしてから震えた声で一声かける。


「部屋……開けるよ」


ゆっくりと部屋へと入っていくと、そこは呆気ないほどきれいに整頓されたままだった。向かいの部屋は凄惨な状態で、美知子の部屋は綺麗に整頓されている。その状況が理解できない。美知子自身がどこにもいないことに安心と不安の感情が、雪崩のように襲ってきて大粒の涙が零れた。足に力が入らなくなり、その場でへたり込んで動けなくなってしまう。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 美琴は竹内の話を黙って聞いていた。美琴は自身の胸を乗せるようにして腕組をしていた。


「そのあとはなんとなくしか、覚えていないです。俺はそれ以降、母さんにも会えていないし、あの日に約束した買い物もしてないです」


「……そうか」


美琴は竹内に掛ける言葉が見つからず、適当に相槌をうった。


「これで死亡事件に入れられて、母親は死んだなんて信じられますか?」


「いや。母の最期を見届けることなく、死を受け入れろという方が酷だと私も思うよ」


竹内は憎しみの色を瞳に宿しながら、『無遺体連続殺人事件』の捜査資料を見つめる。その青いファイルの表紙を撫でながら睨みつける。


「これだけたくさんの人の命を奪った犯人が捕まらずに十五年。俺は、これが許される社会であっていいはずがないと思ってますよ」


「それに終止符を打つのは私と…………君の仕事だ」


美琴は竹内の肩をポンポンと叩いて「頼む」と声をかけた。美琴は自分の席に座って村田夫人殺人事件の捜査資料に目を通す。


『無遺体連続殺人事件』――遺体の存在しない事件と呼ばれた事件で唯一関連性があり、遺体が存在する事件。この事件とのつながりがきっと犯人への手掛かりとなる。美琴はそれを思いながら一ページ、一ページ捲っていく。

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