恋の匂い
君には才能がある。『彼』が僕にそう言った。『彼』はそう言いながら少し嬉しそうにしていたが、『彼』の笑顔が僕には分からなかった。『彼』に従うことが僕のすべてで、生きている証になるのだからそうする以外に選択肢などない考えたところで仕方がない。
「分かったか? 次は君が好きに決めていい。ターゲットが決まったら俺に教えろ。それの用意をして部屋を作っておく」
僕は困惑した。外へ出ていいと、『彼』はそう言ったのだ。屋敷の裏口にある扉から外へ出され、雑草の先にあるフェンスから道路へ出された。あまりに久々のことだったから、外へ出たときに眩い太陽光なで身体がふらつき、額に右の掌を押し付けた。ガンガンと頭が痛みを主張してくる。
街路へ出て少し歩くと、別の通りで住宅街に出る。
そこまで必死に歩いて、肩で息をするほど疲れてしまっていた。すぐに目的を果たしてしまおうと思ったが、『彼』から渡されたこの――
「……小型発信器」
ターゲットに付けるのは容易でないほど体調が芳しくない。
「うう」
うめき声を漏らしてその場に蹲る。周囲の人間は僕の横を通り過ぎていくのが、足元で見える。僕は頭の痛みに耐えかねて、誰でもいいから早く決めて屋敷に戻ろう。誰かにぶつかる勢いで、足を掴んだ。
短い悲鳴が聞こえて、正面から何かが迫る気配を感じた。刺されると思い、身を翻そうにも頭の痛みが邪魔で動けない。
「大丈夫ですか?」
僕の背中に触れたものは想像の何倍も柔らかく、優しく僕の背中をさすった。僕はなにもできずに、ただその流れに身を預けた。僕の背中をさすっていたのは少し丸顔の女性だった。
なぜこうなっているのか。僕自身が一番わからなかった。彼女は近くのベンチがある公園まで僕を連れて、体調が回復するまで傍で座っていた。
OLという仕事をしているらしいその女性は、スーツ姿に濃く赤い口紅が特徴だった。お世辞にもすらっとしているとは言えない体型だ。さらに垂れた目尻に、少し微笑んだだけでも棒のようになる細目が特徴的だった。そんな女性の笑顔に僕は見入ってしまった。
「もう大丈夫そう?」
「ええ。ありがとうございます。貴女の名前は」
僕は口走ってしまった。なぜ名前なんてものを聞いてしまったのか。聞いたところで僕が彼女とまた会うことなんて二度とない。それどころか、いずれ殺すことになったとき、名前は情を作るからなるべくなら聞かない方がいいと『彼』から学んだ。
「ああ……すみません、別に――――」
「竹内です。竹内美知子っていいます。あなたは?」
よければ!
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