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五係 峰島美琴

警視庁 刑事部捜査一課五係 特別犯罪捜査係


「――さん」


「……」


「――さん」


「……」


「美琴さん!!」


机に突っ伏して寝ている女性。ハーフアップの盛り上がったところが寝返りをうつたびに右へ左へと揺れる。捜査一課五係の竹内は、彼女の肩を強く揺すり起こす。しかし、一向に起きる気配のない彼女は、身じろぎをしながら竹内の手を払いのけた。竹内は段々と苛立ちが上がっていき、つま先をトントンと地面に打ち付ける。部下なら叩き起こしているところだが、上司というところが頭を悩ませる。竹内は大きく息を吸い込み、彼女の耳元へ口を近づける。


「峰島美琴警部!」


「はっ!」


ガタンと大きな音を立てて椅子をひっくり返し、美琴は立ち上がった。そのまま振り向くと、寝ぼけながら敬礼を竹内に向ける。二人の間に数秒の沈黙が訪れる。そして、しばらくしてそれが部下の竹内であることに気付いた。荒れた前髪を手で撫でつけながら、不機嫌そうな顔で竹内を見やる。竹内は「ようやく」と愚痴をこぼして短く息を吐いた。


「なんだね、竹内警部補。君にあれだ、これだと言われるのは面倒でね。ふわぁぁ。寝たふりだよ」


美琴は両手の指を交互に組みながら伸びをして、大きく口を開けた。明らかに寝たふりじゃない美琴の動きに呆れながら竹内はコートに袖を通す。竹内は美琴の方へ見ずに声をかけた。


「あ、課長が三階の一番奥の部屋――なんかでっかい扉の所まで来いと、お呼びでしたよ。早く行ってください。僕、別件で出ますんで」


竹内は外へでる準備をしながら、片手間に美琴の相手をする。パソコンの電源などを切ったか指さし確認をしてから、バッグを手に持った。美琴はため息をついてからゆっくりと立ち上がり、背もたれに掛けていたジャケットを手に取って袖を通した。袖を通してから竹内が今しがた口にしていたことを頭の中で反芻する。


「橋本課長が!? そういうのは早く言ってくれ!」


美琴はようやく話が頭に入ってきて、慌てて適当に付けていたパソコンの電源を落としてジャケットの埃を払った。「言いましたよ」と不機嫌そうに美琴へそう告げると、竹内は早々に部屋を出ていってしまう。美琴も後を追うようにして走り、橋本の待つ部屋へ向かっていく。


 厳格な雰囲気のある扉。木製の扉は赤茶色の塗装が施され、表面がてらてらと光を反射していた。部屋の扉の前について初めてここが誰の部屋なのか思い出した。少し身震いをしてから姿勢を正す。しかし、これだけ豪奢な扉ならば中も大層綺麗なのだろう。そう思うと美琴はため息が出た。ここに金をかけるくらいならうちの五係にも十分な増員をしてほしいものだ。特に重大事件を扱っているわけではないが。そう愚痴をこぼしながら美琴は扉を三回ノックした。


――数秒空いて中から声がかかった。


「入れ」


低い声音で妙にとげとげしい言葉が中から聞こえる。もうちょっと柔和な態度を心掛けられないものか。そこまで考えて同僚や上司の姿を思い返す。美琴は乾いた笑いをこぼした。それから一度、身を引き締めて中へ声をかける。


「失礼します」


 美琴は一言断りを入れてから中へと入り、右へ左へ首を振って部屋の内装へ目を向けた。美琴は豪奢なシャンデリアが明かりを灯し、赤い絨毯が床に敷き詰められ、見るからに趣味の悪そうな貴金属や絵の類が飾られている部屋を想像していたが、部屋の内装は全く異なっていた。

白いペンキがべた塗された簡素な内装に、事務で美琴たちも使っている机と、可動式の椅子が一つ。来客用のソファーは用意されてはいるが、ふかふかどころか、安っぽい白塗りの皮ソファーだ。

左右の壁には賞状やトロフィーの類が壁や棚に飾られているが、どれも部下たちのものらしく警察組織としての勲章の類は一つもなかった。美琴が驚きながら、しげしげと部屋を物色でもするかのように見ていると、声がかかる。


「座ってくれ。峰島警部」


 声をかけてきたのは松柴警視総監その人だった。可動式の椅子に腰かけて右手で顎に触れるしぐさをしていた。美琴は深くお辞儀をしてからソファーへ腰を下ろした。正面には捜査一課の課長である橋本警視が座っていた。分かっていたことだが、何やらただ事ではないらしい雰囲気を直に感じ取り、美琴は居住まいを正した。


「早速だが……」


 松柴は重々しく口を開いてから天を仰いだ。一息置いてから、美琴へ視線を戻した。松柴のそのしぐさに、美琴は少しだけ目を細める。


「我々がずっと連続殺人事件の犯人を追っているのは知っているな?」


 連続殺人事件。無数とは言わずとも何例かは存在するが、殊更ここ数十年の話であれば、該当事件は一件しか存在しない。美琴はしっかりと松柴の目を見て「はい」とだけ答えた。松柴もその目を見据えて頷いた。


「橋本がその……『無遺体連続殺人事件』の対策本部の本部長を兼ねて、業務を進めてもらっていた。……しかし、結果は芳しくない。それも知っているだろう?」


「ええ。十分に理解しております」


 松柴は言いにくそうに顔を歪ませる。しかし、彫りが深く年季の入ったその顔の表情を読み取るのは少し難しい。美琴はそんな微細な変化も見逃さずに静観していた。少し沈黙してから、何かに耐えかねたかのように口を開いた。美琴の正面に座っていた橋本は、ここに来てから一度もこちらの方へ視線も向かず蹲るようにして両手で顔を覆っていた。


「協力してもらいたい」


絞り出した言葉はあまりにも呆気ないもので、美琴の想像とは別の意味で異なっていた。呆気にとられた美琴は一瞬固まってしまったが、すぐに首を振って微笑んで見せた。橋本は俯いてしまって顔の表情が窺えない。松柴は正面でずっと苦々しい表情のまま美琴を見ていた。


「何をおっしゃっておられるのです。もちろんですとも。私もこの警察組織の一部です。警視総監殿に頼まれずとも協力できたらと常々思っておりました」


美琴の言葉に松柴が深く頭を下げる。警視総監がいち警部に頭を下げるなど、こちらが困惑してしまう。すぐに立ち上がり松柴の肩を掴んで「顔をお上げください」と声をかける。松柴が泣きそうな表情で歯を食いしばる姿には、どんな顔をすればいいか分からず、眉尻を下げて力なく笑った。

こんな光景を他の警察官――そう、例えば竹内に見られでもしたら彼はひっくり返ってしまうかもしれないと苦笑する。松柴は続けて今後の話を続けようとするが、美琴はもうこの場にいるのが耐えられなかった。自分より二回りも大きい大人が、こんな若輩者に頭を下げて頼み事とはどうすればいいのか分からなくなってしまう。


「詳細は追って……」


「構いませんよ、警視総監殿。自分で調べます。『無遺体連続殺人事件』ですか……随分と奇妙な名前を付けましたね」

よければ!


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