最後に選んだ『紫』陽花
洗いたての世界に光が差し込む。
紫陽花の葉から滴る水が、光を浴びて輝く朝。
蒼弥は『紫』の御朱印を選んだ。
「おはよう。蒼弥君」
最後にもう一度、会いたかった。
神秘的な雰囲気を纏う 水無月 紫音に――
「おはようございます。紫音さん」
「今日でお別れだね。寂しくなるなぁ」
紫音は笑みを浮かべると、蒼弥に歩み寄る。
そして、淡い紫色の てぬぐい を見せた。
「道は教えられないから、これで目隠しするね。ちゃんと送り届けるから安心して」
「はい。お願いします」
視界を閉ざされ、蒼弥は固唾を飲む。
「行こっか」
二人は手を繋いで歩き出す。
何も見えないが、不思議と不安は無かった。
紫音の手の温もりを感じながら、山道をゆっくりと下っていく。
木の根っこに躓いたり、石段を踏み外したり。
道中、何度も心臓に悪い瞬間があった。
それでも、紫音は最後まで手を離さずに居てくれた。
歩くこと数十分。
紫音が足を止めた。
「蒼弥君」
「はい……何でしょうか」
「あとは、このまま真っ直ぐ進んで。私はこれ以上先に進めないから」
「分かりました。目隠し外しても良いですか?」
「だめ。私の声がしなくなってから、一分後に外してちょうだい」
「……最後くらいちゃんとお別れしたいんですけど」
「もう一度顔を合わせたら、お互い名残惜しくなるでしょ。だから、これで良いの」
紫音の言葉に、蒼弥は黙って頷く。
「……寂しいのは私も一緒なんだけどな」
言葉も返さず立ち尽くしていると、ぎゅっと抱きしめられた。
「ありがとう。蒼弥君」
「紫音さん」
「うん」
「素敵な日々をありがとうございました。僕も紫音さんのこと好きです」
「紫の私は『好き』なんて言ってないはずだけどなぁ。ふふっ、私も好きだよ蒼弥君」
耳元で優しく告げられた想い。
身体を包み込む温もりが、ゆっくりと離れていく。
紫音の声は、聞こえなくなった。
目隠しを外せば、まだ間に合うかもしれない。
一瞬、そんな事も考えたが、蒼弥は約束を守ることにした。
そして、一分の時が経つ。
手ぬぐいを外すと、眩しい世界が目に映った。
瞬きをして、目を慣らしていく。
蒼弥が立っていたのは、合宿所の駐車場だった。マイクロバスと数台の車が停車しているだけで、人の姿は無い。
後ろを振り返れば、何の変哲もない山がそこにはあった。
木々が生い茂るだけで、山へと続く入口は無い。
もう、紫音が居た形跡は見つからなかった。
蒼弥は手ぬぐいを広げ、青空にかざす。
すると、一枚の紙がひらりと落ちた。
小さな紙には、紫音の字でこう書かれている。
「明日の君は、何色にする?」
もうすぐ夏が来る。
六月の青空には、綺麗な虹がかかっていた。
鮮やかに彩られた紫陽花と、霧に隠された寺院。
あの場所を見失っても、虹が消えてしまっても。
水無月 紫音と過ごした思い出だけは、
きっと忘れない――
(終わり)
虹の紫陽花
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皆さんは、どの色の紫音が好きですか?
感想やコメント も気軽に送ってくださいね.*・゜
そして最後にお知らせです…
✨2025年1月1日✨
珠景色の春風鈴 から十七年後の物語
『珠景姫』の連載がスタートします!
《あらすじ》
令和の時代を迎えた夢奥島。
色歌の曾孫・紬が出会ったのは、最後の姫となった島の偉人・珠景姫だった。
あの夏、夢見た世界で『珠景』として生きる日々。
17歳の目に映る新たな景色とは――?
2025年、新しい物語もお楽しみに!✨
これからも、美珠夏/misyuka作品を
よろしくお願いします!
美珠夏/misyuka 宮本でした˙ᵕ˙ )ノ゛