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無垢なる『白』

 

 気がつけば、四日も滞在してしまっている。

 新しい朝を迎え、蒼弥(そうや)は『白』の御朱印を選んだ。

 今日も山の上空は雲に覆われているが、雨は降っていない。

「おはようございます! 蒼弥(そうや)君」

「おはようございます」


『白』の紫音(しおん)は、純粋無垢な女性だった。

 髪はポニーテールにしていて、ぱっちりとした瞳は綺麗な世界を映している。


「――帰りましょうか」


「え……」

「白の紫陽花を選んでくれたので、今日は本当の事を話そうと思います」

 二人は本堂の階段に並んで腰掛けて、紫陽花が咲く池を見つめる。


「このお寺は、地図にも載っていない秘境の地にあります。今となっては迷い込んでしまった人の宿坊でしかありませんが、かつては信仰深いお寺だったんですよ」


 一拍置いて、紫音(しおん)は続ける。


「私はこの寺で生まれ、この土地を出ることなく育ってきました。学校に通ったことも、社会に出て働いたこともありません」

 紫音(しおん)は視線を落とす。


「代わり映えのない日々を過ごすなかで、私は別の人格として生きる遊びを始めました。毎日違う色の生き方をすれば、私の人生も少しは彩られると思ったんです」


 懐かしむように微笑んだあと、紫音(しおん)は小さく息を吐いた。


「時の流れというのは残酷なもので、私はあっという間に人格を使い分ける事が出来るようになりました。紫陽花カラーの御朱印と結びつけることで、一日ごとに切り替えられるようになったんです……でも、御朱印を選んでくれる人が居なければ意味がありませんでした。その日の気分で色を選ぶ日々は、長く続きませんでしたから」


「だから、お寺に来た人に選ばせる形に……?」


「はい。ですので、蒼弥(そうや)君が迷い込んでしまった時、私は嬉しかったんです。ずっと一緒に過ごす人が欲しかったので、この四日間は本当に幸せでした。蒼弥(そうや)君との出会いに感謝です!」


 切なげに微笑む紫音(しおん)

 その姿は儚くも美しかった。


「僕も紫音(しおん)さんに出会えて良かったです。あのまま遭難し続けていたら、生きていたかも分からないですし、お世話になったこの四日間は本当に感謝しかありません。ありがとうございます」


「お別れは寂しいですけど、私も前に進もうと思います」

 紫音(しおん)は立ち上がると、蒼弥(そうや)に目を向ける。


「きっと明日は晴れるので、近くの町まで送っていきますね。どの色を選んでも、約束は守るのでご安心ください」


 小さく手を振って、紫音(しおん)は池の方へと歩いていく。

 明日に繋がるひとときは、静かに終わりを迎えた。


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