冷たい静寂の『青』
目を覚ますと、朝になっていた。
ちゃぶ台の上には、朝食のおにぎりと小さな紙が置かれていた。
『御朱印ね。シャワー浴びてよ。ご飯も食べてね。着替えもすること。今日も雨だね』
小さな紙に押し込まれた文字を見つめ、蒼弥は呟く。
「お母さんじゃん」
紫音の優しさを受け取り、蒼弥は朝食とシャワーを済ませた。
そして、言われた通り御朱印を選びに向かう。
昨日は紫を選んだが、今日は『青』を選んだ。
日付を書いた御朱印をあの部屋へと持っていき、畳の上に置く。
これさえしておけば、あとは紫音を待つだけで良い。
紫陽花に囲まれた池に、小雨が吸い込まれていく。
今日も世界は霧に包まれていた。
「そんな所で何してるの?」
昨日と同様に声を掛けられ、蒼弥は後ろを振り返る。
そこに居たのは、髪を下ろした紫音だった。
どこか不満げな表情でこちらを見つめている。
「おはようございます。紫音さん」
「おはよう」
「朝食いただきました。ありがとうございます」
「そ。今日も雨だけど、あなたはどうするの?」
「どうするって……」
「泊まるか帰るか聞いてるのよ」
「……泊まらせていただきます」
「自由にしなさい」
淡々と話す紫音は、昨日と別人のようだった。
クールな表情で佇む姿を見つめていると、紫音は怪訝な表情を浮かべた。
「何?」
「あ、いえ……何でもありません」
「なら見つめないで。あと、言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
「……本当に紫音さん、ですか?」
「どう見てもそうでしょ。変な事聞かないで」
「だ、だって昨日とは雰囲気とか話し方が全然違くて」
「あなたがこの色を選んだんでしょ?」
「え……」
察しの悪い蒼弥に、紫音はため息をこぼす。
「御朱印。今日『青』を選んだのは誰?」
昨日の紫音の言葉を思い出す。
『選ぶ色によって色々と変わると思うけど、ちゃんと私が出てくるから』
色々と変わるのは、人格のことだったらしい。
選ぶ御朱印の色によって、その日の紫音の色が変わるのだ。
昨日会ったのは『紫』の姿で、今話しているのは『青』の姿なのだろう。
状況を理解した蒼弥は、困ったように呟く。
「……僕です」
「嫌かもしれないけど、あなたが選んだ以上、今日は我慢しなさい」
そう言い残すと、紫音はどこかへ行ってしまった。
青の紫音は、とにかく冷淡な女性だった。
話しかけても最小限の会話のみで、まともに相手をしてくれない。
結局、この日はご飯の時間しか顔を合わさなかった。
一日が終わり、雨は降り続ける。