秘境に咲く紫陽花
六月の空が泣き出した。
傘を叩く雨音は強まるばかりで、僕はため息をこぼす。
山の天気は変わりやすい。
知識としては入れていたが、こんなにも急転するとは思わなかった。
晴山蒼弥は、生粋の雨男だ。
生まれた瞬間から反抗期を迎えていたのかもしれない。
晴山という姓にも関わらず、山に来ると高確率で雨を降らせてしまう。
今からでも遅くない。僕だけでも雨山と名乗ろう。
そんな馬鹿なことを考えていると、苔の生えた古い山門が見えてきた。
ここは、人里離れた奥地。
突然、姿を現した立派な山門は、異様な雰囲気を漂わせている。
雨宿りも兼ねて、 蒼弥は山門へと足を踏み入れた。
傘をたたみ、ふぅと息を吐く。
「疲れた……」
何時間歩いたことだろう。
慣れない山道の上に、途中から降り出した雨によって体力はかなり削られてしまった。
ここが、どこなのかも分からない。
現在地を確かめようにも、こんな山奥の僻地では電波も届かない。
スマホを見つめていると、充電が切れて画面が真っ暗になった。
暗い画面に映るのは、今にも泣きそうな自分の顔。
「……ほんと、最悪だわ」
寝坊さえしなければ、こんな事にはならなったのだろう。
今日始まる部活の合宿に参加するために、蒼弥は知らない田舎町へと来ていた。
高校からマイクロバスに乗って、他の部員と共に合宿所へと向かう予定だったが、寝坊により個人で向かうことになってしまったのだ。
電車とバスを乗り継いで合宿所がある町へ。
何とか合宿所の近くまで辿り着けたが、そこで判断を誤ってしまう。
きっと、違う山道に入ってしまったのだろう。
どんなに進んでも、目的の場所は姿を現さなかった。
焦る心に突き動かされるがまま山道を登り続けたが、合宿所へ辿り着けず今に至る。
「……どうすっかな」
道を引き返すにしても、この雨のなか山道を歩くのは危険だ。
何より、体力がもう残っていない。
スマホも使えず、非常食も無い。
山門の先に人が居ると信じて、進むしかないのだろう。
蒼弥は疲労で重たくなった身体を動かし、山門の先へと歩き出した。
霧に覆われた世界に足を踏み入れる。
少し進むと、水色やピンクの淡い色が浮かび上がってきた。
そして、澄んだ水面が姿を現す。
見えてきたのは、紫陽花に囲われた池だった。
澄んだ水面は透き通り、霧に浮かぶ花の色も美しい。
蒼弥は池の周りを歩き、その奥にある木造の本堂へと向かう。
近づいてみると、少しだけ雨戸が開いていて、ほのかにお香の匂いもした。
「すみません。誰かいらっしゃいませんか?」
声をかけても反応は無く、蒼弥は本堂の正面に向かう。
扉は閉ざされていたが、ある物を見つけた。
「……日付を書き、御朱印をお納めください……?」
置かれた木箱の中には、書置きの御朱印が並んでいた。
御朱印とは、神社や寺院を参拝した証として授けられるもの。
御朱印帳にその場で書き入れる『直書き』と、事前に和紙に書かれた『書置き』の二種類があり、ここでは後者のみ頒布しているようだ。
木箱には、『青』『ピンク』『紫』『白』の四種類が収められており、それぞれに紫陽花の絵が描かれている。
達筆な筆字と、四色の独特な朱印。
木箱の中で静かに佇む姿は、目を奪われるほど美しい。
蒼弥は財布を取りだし、初穂料を指定の場所に入れる。
そして、『紫』の御朱印を手に取り、今日の日付を書き入れた。
ただ、一つだけ分からないことがある。
この御朱印は、どこに収めれば良いのだろう。
辺りを見渡しても、それらしき場所は無い。
本堂の扉を開けようと思ったが、鍵が閉まっていて開かなかった。
「一応、置いておくか」
蒼弥は最初に見つけた雨戸の開いた部屋の前へと戻り、畳の上に御朱印を置いた。
そして、雨から逃げるように本堂の入口へと引き返す。
雨足は弱まってきたが、まだ止みそうにはない。
「……はぁ」
「ねぇ、こんなところで何してるの?」
今年も残り僅かとなりましたね
美珠夏/misyukaの宮本です (。•ᴗ•∩)オス
今日から『虹の紫陽花』連載STARTです❀.*・゜
水曜日、日曜日の週2回。全6話!
2024年 最後にお届けする 不思議な物語
ゆっくりと、お楽しみください(*´︶`*)ノ