魔力測定
「……だ…………大丈夫? ルカ」
あの水圧の中立っていられたルカは、流石と言うべきか。
ひとまず火は消えているので声をかけてみたのだが、返事が返ってこない。
ふとルカの足元に目をやると、焼け焦げたズボンの下から、真っ赤にただれた皮膚が見えた。
ああ、大丈夫なはずがない。
こんなに酷い火傷を負って。
痛々しい傷を見ていられず思わず目を逸らすと、両肩をがっしりと掴まれた。
「…………お嬢! なんで魔術が使えんの!?」
何故と言われましても。
私はレイノルド様の真似をしただけだ。
運良く魔術が成功したけれど、理由を聞かれてもわかるはずがない。
「何故かしらね……? それよりルカ、傷は痛まないの?」
「痛いに決まってんだろ! そんな事より今の魔術!!」
そんな事ではないと思う。
すぐにでも手当てをして欲しい。
そう思うけれど、ルカは酷く興奮している。
藍色の瞳がすぐ目の前で私を覗き込んでいる。
もう鼻先でもつきそうな勢いだ。
…………うん、さすがに近すぎるわね?
「こらこらこら! 近い近い!!」
ディラン様も同じように思っていたらしく、乱暴に私からルカを引き剥がした。
「ルカの気持ちもよーーくわかるけどね、君はただの護衛だろう。適切な距離を保ちなさい!」
ディラン様を睨み付け、ルカが小さく舌打ちをする。やっぱり態度が悪い。
ルカを諌めるように睨み返したと思ったら、ディラン様はこちらへ近寄ってきた。なんだかやたら目を輝かせている。その勢いで、思い切り両手で私の手を握りしめてきた。
ぎゃっ、今度はディラン様の距離が近い!
「アメリア様! 先程の魔術は素晴らしかったです。レイノルド殿下にも引けを取らないのでは?」
「あ……ありがとうございます。さすがに言い過ぎだと思いますけど」
大袈裟に褒めすぎです。
あのレイノルド様と比べないで欲しい。
私がこれまで、どれだけ彼に劣等感を抱かせられる羽目になったか……。何一つ適うものなど持ち合わせていない。
「いえ! 僕は魔術を目にしたのは初めてですが、あの威力は相当だと思います! マリアナージュに入学されないなんて、本当に勿体無い……!!」
「私が望んでも、そう簡単に入学出来るものでもありませんし」
そう。
選ばれし者しか入学出来ないのがマリアナージュ魔術学園だ。私はその権利を得ていない。
「そんなはずありません! アメリア様は入学許可証をお持ちですよね!?」
「………………はい?」
どういうことか聞こうと口を開きかけた時、ルカの手がディラン様の手を払いのけた。そのままディラン様の視界から外れるよう、私を自分の背に隠してしまう。
「そっちこそお嬢に近寄りすぎなんじゃねぇの」
ディラン様のお顔こそ見えないが、不機嫌な声が返ってくる。
「君はただの護衛だと言ったはずだろう。態度が悪すぎるんじゃないのか。今は、僕がアメリア様と話をしているんだ」
「あんたこそただの文官だろうが」
…………あぁ…………空気が悪い。
この二人、仲悪かったの?
「あっ……あの! 入学許可証を私が持ってるってどういう事でしょう?」
空気を変えるようにルカの後ろから声を上げると、ディラン様の驚いたような声が聞こえてきた。
「えっ……。お持ちですよね? 魔力測定を受けた後にマリアナージュから届いているはずでは? もう十年前の話ですけど、そんな大切なものを紛失はしないでしょう」
魔力測定。
それは身分に関係なく、全国民が15歳の誕生日に教会で受けるものだ。そこで一定以上の魔力があると認められれば、マリアナージュ魔術学園の入学資格が得られる。毎年数名ほどしか認められないため、非常に名誉なことだ。
貴族であれば15~18歳まで王立学園に通い、19~20歳までマリアナージュで学ぶのが一般的だが、平民の多くは15歳ですぐにマリアナージュへ入学する。
聖女様の存在も、この魔力測定で『聖女として』マリアナージュから入学が認められたと発表されたことで判明した。
しかし私は、15歳の時に魔力測定を受けていない。
どうしてだ……?
ルカの背中をじっと眺めて考えるも、誕生日に教会に行った記憶はなかった。
ディラン様は、十年前と言ったか。
十年前と言えば、レイノルド様と婚約した頃。
確か王城に、婚約者候補として伯爵家以上の令嬢が集められた。
当時第一王子であったレイノルド様に相応しい家柄、容姿、教養、そして魔力──。
「あああっっっ!!!」
思い出した!
ぼんやりとしか覚えていないけれど、確かに十年前、婚約者候補となった令嬢全てが、特別に15歳の誕生日に先んじて魔力測定を受けた。
つまり、そういうことだ。
私がレイノルド様の婚約者となったのは、魔力の多さからだったのだ。
謎が解けた!!
どうして忘れていたんだろう。こんな理由もない限り、私が選ばれるはずがなかったのに。
顔を上げると、大声に驚いたルカとディラン様が、私をじっと見ていた。慌てて笑顔で取り繕う。
「まぁ、失礼しました。お陰様で思い出しました。ありがとうございます、ディラン様」
「それは良かった。やはり、入学許可証は届いていたのですね?」
「はっ……!!」
それだった。
肝心の入学許可証というものを、私は見たことがない。ただの一度も、だ。
「いえ、それが……。届いていないかと。きっと私の魔力程度では、マリアナージュ入学が認められなかったのだと思います」
「まさか、そんなはずが! ……………………あ」
ディラン様は言いかけて何かに思い当たったのか、苦虫を噛み潰したような顔をした。