求婚の結末
「……けっ、こん…………」
王子様に求婚された。何この既視感。
レイノルド様はあの日と同じ、これ以上ない程優美な笑みを浮かべ、私を見詰めている。
────でも、あの日とは決定的に違う。
レイノルド様から向けられている思いを、今の私は感じ取ることが出来る。彼がずっと真っ直ぐに伝え続けてくれたからだ。
そして私も、自身の彼への思いを自覚している。わからないなんて誤魔化せない程、かわりのきかない、唯一人の大切な人だと思っている。
レイノルド様の気高いそのお人柄や、理想の実現に向かって努力を惜しまない姿、彼の持つ優しさも、非の打ち所がなくて、隣に並び立つことに怖気付いていた。
誰もが完璧と評する彼と比べられることに気後れしたし、だからこそ私自身がそんな彼に相応しい、価値ある人間にならなければと、ずっと思っていた。
『災厄』の消滅に成功した。そして、レイノルド様の魔力暴発から、マリアナージュとそこに居た人々を救うことが出来た。
声高に私の力で、なんてとても言えない。
あれはノアとエリーが限界まで頑張ってくれたお陰であり、私は魔力を少し貸しただけだ。
それでも私はあの場に居て、自分に出来る限りのことをした、と思う。
私の知らぬ間にでっち上げられた功績とは違う、確かに私が関与した事柄について、それがもたらした結果が、評価されたというのなら……。
「とても嬉しいです、レイ様。私はあなたの隣に立つに相当する成果を上げられたのでしょうか」
「もちろん。『災厄』そのものをなくしてしまうなんて、歴代のどの聖女でさえも成し得なかったことだ。私も全国民も、君を誇りに思うよ」
自信を持って私を認める言葉を紡ぐレイノルド様。誰よりも彼に、そう言ってもらえることが私は嬉しい。
「もっとも私は、君が何もしなくても、ただ隣りで笑っていてくれたらそれでいいと、ずっと思っているんだけどね」
「昨日申し上げたことをお忘れですか? 私もあなたを守りたい、微力ながらお力になりたいと思っています」
「ありがとう、リア。大好きだよ」
さらりとまた気持ちを伝えられて、いちいちどきりとする。何をやっても全てを上回ってくるこの方には、一生勝てる気がしない。
「一緒にシャパルへ帰ろう、リア。もう二度と、君と離れたくはない」
私を覗き込む夏空のような瞳。
握られた手を離さずに、このままずっと一緒に────。
想像した未来は、目が眩む程の幸せが満ち溢れている。
手を伸ばせばすぐに掴み取れる幻が瞼に浮かび、私は口を開いた。
「謹んでお断りします」
きっぱりと言い切った私の返答は、場の空気を凍りつかせた。
ええ、そうでしょうとも。私自身も、ここでお断りするなど有り得ないと理解している。
笑顔のまま数秒動かなかったレイノルド様が、ゆっくりと首を傾げる。
「…………ねぇ。何故この話の流れで、私は断られているのかな?」
「私もレイ様を想っていますので……離れるのがとても辛いです」
「返事と説明が一致していないよ」
困ったようにそう言うレイノルド様の手を、しっかりと握り返した。
「当初の予定通り、あと一年半ほど待っていただけませんか? レイ様が私の望むようにすると言ってくださって、本当に感謝しています。お陰様で憧れていた魔術学園に入学出来て、今毎日がとても充実しているのです。魔術の勉強も実技も、楽しくて仕方ありません。ですからどうか、シャパルに帰ってしまえば出来ない沢山のことを、精一杯やり切ってから卒業させてください」
真正面から向き合って、私の本音をきちんと伝えた。
必死の思いで紡いだその言葉を、しっかり聞いていたはずのレイノルド様は、黙ったまま眉を顰めた。
…………おかしい。
全くもって彼らしくない。
私が何を言ったところで、いつだって余裕の対応をされるようなお方なのに……。
どうしていいのかわからず視線を彷徨わせると、レイノルド様の後方で、ヒューゴ様とディラン様が青い顔をしていた。これも既視感がありすぎる。
そんな凍りついた空気を変えたのは、テオドール様だった。
「ぷっ……あはははは!」
堪え切れないといった様子で吹き出したと思ったら、大爆笑である。この人のメンタルはやはり尋常ではない。
「いやぁ、驚いた! まさかレイノルド様からの求婚を断ってしまうなんて、君は本当に面白いよ」
もうこの人の面白い女認定は聞き飽きた。
そして面白いことなど、今の場面では何ひとつ起こっていない。
「それじゃあアメリア、君は退学する気はないんだな?」
「……退学? 何のことですか?」
テオドール様の問いに首を傾げる。
「学園長先生から、君の退学届を預かっていると聞いたものだからさ。てっきりレイノルド様とシャパル王国へ帰ることは、決定事項なんだと思っていたよ」
「………………はい?」
聞いていない。
レイノルド様に視線を向けると、彼は面白くなさそうに小さく溜め息をついた。この態度、犯人は間違いなくこのお方だ。
思い返してみれば、ルカやメイソン先生、そしてテオドール様の意味深な言動の数々。あれは全て、私がマリアナージュを出て行くと思ってのものだったのか……!!
テオドール様による衝撃的暴露を聞いて、ディラン様が一層顔色を悪くして声を上げた。
「殿下ああ!! またアメリア様のお気持ちを無視して先走ったんですか! しかも断られて拗ねて黙りこくるなんて、子どもですか! やっとアメリア様が殿下に絆されてきた様子なのに、また嫌われますよ!?」
「その言い方だと、私がもともと嫌われていたように聞こえるが? お前はもう少し口を慎め」
レイノルド様に睨まれても尚、ディラン様は抗議の視線を送っている。その横で、ヒューゴ様が呆れたように天を仰いでいた。
「れ、レイ様……? 今の話って」
「ああ……ごめんね、リア? 君の気持ちはわかったよ。とても残念だけど、君に嫌われたくはない。君にああまで言われて、望みを叶えない訳にもいかないしね。卒業を待つことにする」
そう言って、レイノルド様は何事もなかったかのようににっこりと微笑んだ。
とても勝手に人の退学届けを提出するという暴挙に出るとは思えない、聖人のように清廉な印象を与える笑みである。
さっきまでの話とのギャップにぞっとした。
まだまだ底知れぬと思わせるレイノルド様は、私の後方をちらりと見遣る。
「そういうことだから、リアをよろしく頼むよ。ルカ、ノア」
「はい、殿下」
「承りました、レイノルド殿下」
…………ちょっと待って欲しい。
ルカはともかく、何故ノアまでもがレイノルド様の手下のように振る舞っている……!?
「ノア! あなた、何故レイノルド様の命令に従っているのよ!?」
「レイノルド殿下は、私が進んでその御身に仕えたいと思わせる素晴らしいお方ですので」
「なっ……なんですって?」
レイノルド様、やはり恐ろしいお方だ……!
ノアとは昨夜同じ赤星塔で過ごしただけのはずなのに、たった一晩ですっかり魅了してしまうなんて、罪深すぎる。
だってノアは、ノアだけは……。
「……私のノアだったのに……」
ヒューゴ様もディラン様も、そしてルカも。
皆私に親切で頼りになるが、いざと言う時従う相手は迷うことなくレイノルド様だろう。
そんな中でノアだけは、唯一私の言うことを聞く絶対的味方だと思っていたのに……!
「姫君。誤解されているようですが、私にとっては姫君以上の存在はおりません。私は誰よりも何よりも、姫君の幸せを願っております。レイノルド殿下は、姫君を信頼してお任せするに値するお方だと理解し、そのお力になりたいと考えている次第です」
「…………そう、なの?」
そうは言っても、一晩でノアの信頼を勝ち取ったのだから、どちらにしろ驚異的だ。前世の私が聞いたら発狂する。
究極の人見知りだったノアを、どのように陥落させたのか……。
訝しむ視線を投げると、ノアが眉を下げて笑った。
「レイノルド様は、世界の常識を変えようとされているようですよ。他でもない、貴方様のために」
「世界の、常識」
何そのとんでもない規模の話。
「『災厄』というものがなくなったのを契機に、各国に働きかけ、三国同盟を見直したいと仰っておられました。魔術師が戦の元や道具になることのないよう、新たなルールをつくった上で、魔術師が望む場所で、国や民の発展に尽くせるようにしたいと。マリアナージュと各国の壁をなくし、誰でも自由に行き来出来る環境を整えたいとも仰っていましたよ」
まるで夢物語。
もう150年も、マリアナージュ──そして魔術師たちは、結界という見えない壁で各国から隔てられていたのだから。
でも、もし実現したら──。
「レイノルド殿下は、姫君がシャパルに帰っても、大好きな魔術を使える、魔術師と交流出来る世界をつくろうとされているのです。そしてそれは、魔術師として生きることになるであろう私にとっても、大いに意味のあることです」
今までに、どれだけ多くの魔術師が、そんな世界を夢見ただろう。
それでも叶うことなく諦めるしかなかった理想の形を、レイノルド様は口にしたのだ。
世界の常識なんて、そう簡単に変えられない。どれだけ困難な道のりとなるのか、考えただけで気が遠くなる。
でも、レイノルド様ならばきっと、何年、何十年かかろうともやり遂げようとする。彼は口先だけでものを言うことはないし、その言葉には覚悟と責任が込められている。いつか国の王となっても、彼は語った理想を実現するために、努力を続けるのだろう。
そして私は、彼の隣でそれを見守り、支えていきたい。
そんな決意を胸に、レイノルド様へ向き直った。
「今の私では、まだ及ばないところが多すぎるようです。まずは魔術学園卒業に向けて、精一杯努めます」
「…………私の行動が、これ程裏目に出たと後悔したことはないよ。ノアも味方につけて、君をシャパルに連れ帰る手筈だったんだけど」
「まぁ! レイ様でも思い通りにならないことがあるなんて、知りませんでした!」
「リアだけだよ。計画通りに動いてくれないのは」
レイノルド様が咎めるように言い、大層不満げな顔をしている。
笑顔しか見せたことのなかった元婚約者は、いつの間にか私の前で、様々な表情をするようになっている。
新しい顔を知るたび、彼への新たな感情が生まれる。
人の気持ちは、一瞬のうちにどう変わるかなんてわからない。それは今でもそう思う。
一年半後、私たちの気持ちはどう変わっているかわからないが、根底にあるお互いを想う気持ちは、変わらないと信じたい。
「リア。名残惜しいけど、そろそろ出発しなければならない。君の学園生活が、この先も充実したものになるように」
なかなか切り出せずにいた別れの挨拶を、とうとうレイノルド様が口にした。
余りに呆気ないその言葉に、何も返せないままでいる私を残し、馬車へと乗り込んでしまう。
最後に大きな爆弾を落として。
「今度の長期休暇は、リアが私の婚約者として王城に帰って来るのを、楽しみに待っているからね」
「………………はい? こんやくしゃ?」
聞き間違いだろうか。いや、確かに聞こえた。
どうなっている……?
耳を疑い呆然とする私の傍で、テオドール様が苦笑いする。
「根回し済みだな、あれは」
「マリアナージュの『災厄』についての通達に合わせて、レイノルド殿下は姫君との婚約を発表するおつもりのようです。国に帰ってすぐ、国王陛下に直談判すると仰っておられました。許しを得られるだけの準備は整った、と」
「あぁ……。そのために学園長先生に、通達内容にアメリアの名前を入れさせたのか」
「えええ!?」
だから聞いていない!
何故レイノルド様は、いつも何もかも私に黙って事を進めようとするのか。正式な婚約者同士に戻れることに異論があるかと言われれば否ではあるが、そういう問題ではない。
一度話し合う必要がある。次会ったら絶対に抗議する!美貌と色気に誤魔化されたりしない!!
走り出した馬車を見送りながら、そう心に誓った。
「……レイノルド様め……」
「それよりお嬢。学園長から退学届けを回収しないとまずいんじゃねーの?」
「そうだったわ……! 万一ジェイコブ先生の目に触れれば、取り返しのつかないことになるわ!!」
ルカの言葉で現実に引き戻され、慌ててマリアナージュの森へと足を向ける。
夏が間近に迫る眩しい空は、レイノルド様の瞳の色。
これからの季節、空を見上げるたびに彼を思い出すのだろうと思ったら、色んな感情がごちゃ混ぜになった。
夏の長期休暇まであと少し。
平穏とは言い難い学園生活に追われながら、きっとあっという間に、再会の日はやって来る。




