『災厄』の後で
翌日から三日間、魔術学園は臨時休校となった。
あの後、私は魔力を使い果たしフラフラで、すぐに女子寮に戻り朝まで熟睡した。それは私ばかりでなく、エリーとノア、そしてレイノルド様も同じだった。
ノアとレイノルド様はリロイの好意で、赤星塔職員用の特別寮で休ませてもらうことになったようだ。
ノアは彼自身の魔術により、凍結したマリアナージュを救った。
あの場にいた者ならば、もう『災厄』として恐れることはない、とわかるはずだ。
そしてそういった認識は、徐々に広がっていくだろう。
彼が現在のこの世界で、一人の魔術師としてどう生きるのか──。
今度こそノアが孤独に涙することのないよう、自分の生き方を見つけるまで、見届けてあげたいと思っている。
学園が休校になったことは聞いていたものの、朝食を済ませた私は、すぐに寮から出た。自室待機という学園からの指示は無視だ。
何しろレイノルド様は本来、昨日の昼には帰国予定だったのである。一国の王太子殿下が、その予定を大幅に過ぎてもマリアナージュから戻らないとなれば、シャパルでは大事件に発展していそうだ。
間違いなく今日には、国に帰ることになるだろう。別れの挨拶もせずに部屋に引きこもるくらいなら、何週間でも謹慎処分を受ける覚悟はある。
そう意気込んで寮から出た私を待っていたのは、ルカとノアの姿だった。
正直、ルカが待ち構えているのは想定内だ。
が、しかし……。
「どうしてノアまで……」
「おはようございます、姫君。可能な限り、貴方様のお傍に居させていただきたくこうして馳せ参じました」
「ひっ……!」
私に付き纏う下僕が、もう一人増えた…………!
ルカがすました顔のノアを鬱陶しそうに睨む。
「お前、学園長に呼び出されてんだろ。さっさと行けよ」
「おや。この時代には、奴隷制度は消滅したと伺いました。でしたら私が他人の指図を受ける謂れはありません」
「えっ!?」
ノアの言う通り、彼が奴隷として最下層の扱いを受けることはもうない。また、理不尽な要求や命令に従う必要もないのだ。
が、しかし……!
身分の差というものは存在する。
メイソン先生の呼び出しを無視するなんて、許されない!
「ノア! メイソン先生は、マリアナージュでは王の立場に値する方なのよ! 奴隷でなくとも、呼び出しにはきちんと応じなくてはいけないわ」
「姫君がそう仰るならば従います。しかし貴方様のお傍を離れることは、どうしても耐え兼ねます」
「うっ……。わかったわよ。私も行けばいいんでしょう!」
手のかかる大型犬を拾った気分だ……。
どうしよう。二匹もの犬の世話なんて、私の手には余る。平穏な学園生活どころじゃない。
──いや、ともかく今はそんな考えも後回しだ。時間は限られている。
「ルカ。レイノルド様は?」
「殿下なら、もうマリアナージュの森を抜けた頃だと思うけど」
「え……えええっ!?」
レイノルド様が、既に出発してしまっていた……?
何も告げずに?挨拶すら、させてもらっていないのに?
「そんな……! 今からでも、追いかけたら間に合うかしら……。メイソン先生がお待ちなのに、どうしましょう! でも今は、それよりもレイノルド様の方が!」
「落ち着けって」
「落ち着いてる場合じゃないわ! どうしてもっと早く教えてくれなかったのよ!?」
完全に八つ当たりだ。
わかってはいても、ついルカには感情のままに接してしまう。
私たちのやり取りを聞いていたノアが、少しだけ寂しそうに笑った。
「やはり姫君は変わりませんね。既に新しい愛玩動物を入手済でしたか」
「違うわよ! ルカは私の犬じゃないってば!」
「そもそも犬じゃねーからな」
不機嫌そうにしながらも、ルカはノアを顎で指した。
「まずはその白いのと、学園長のとこに行けば? 殿下はマリアナージュの森の出口で、お嬢のことを待ってる。騎士団のヤツらが心配してるから、顔を見せるために先に出たけど、お嬢は用事を全部済ませてから見送りに来て欲しいって」
「……ええと……。わかったわ……?」
レイノルド様をお待たせするのは申し訳ないが、用を済ませ、落ち着いて別れの挨拶が出来るのならば、と頷いた。
それにしても、なんだか言葉に裏があるような気がしてならない。
あんなにメイソン先生を毛嫌いしていたルカが、すんなり行って来いと言うのも引っかかる。
色々腑に落ちないものの、立場あるお方を二人も待たせているので、大急ぎで学園長室へと向かうことにした。
◇◇◇
「ノアを白星塔で預かりたいと思っている」
ノアと二人訪れた学園長で、メイソン先生は遅れて現れたノアに嫌な顔もせず、とても有難い提案をしてくれた。
150年もの眠りから覚め、何のあてもないノアにとって、これ以上の話はないだろう。
「まぁ……! 良かったわね、ノア」
「喜ぶべき話なのでしょうか」
「もちろんよ。魔術師として、塔に所属するというのは、最も名誉なことなの。マリアナージュから出てしまえば、あなたのその多大な魔力も使う機会を失うのだし。白星塔なら、魔術の研究に大いに役立てられるはずよ」
「……魔術の研究、ですか」
ぽつりと呟き、考えるように口元に手をやる。
ノアがそんな風に興味を示すとは……。
「面白そうですね。魔術属性が異なっているにも関わらず、姫君が力技で水と光の魔力をかき混ぜて放出したあの奇跡、是非とも原因を解明したいものです」
意欲的で何よりである。
しかし、安心したのは束の間だった。
「ところでその研究は、姫君のお傍で行うことは可能でしょうか」
有り得ないこと言い出した!
「可能なはずがないでしょう! それ以前に、私は学生なのよ。あなたがどんな道を選択しようと、学園にはあなたは入れないんだから」
ノアが目を丸くした。
どうやら本気で四六時中傍に居るつもりだったようだ。
「……ならばやはり、国に御一緒させていただく方が……」
「? 何?」
「いいえ。ではこのマリアナージュに居られる間は、毎朝お顔を拝見させていただくこと、そして学園とやらが終わった後に、お傍に仕える権利をいただきたく存じます」
つまり私は今後、毎日朝と放課後、白と黒の犬を従えて登下校をする羽目になるということか。
想像しただけで目眩がした。
ますます白い目で見られてしまう……!
しかしノアの境遇を思えば、拒絶など出来ない。この時代に、私以外に信頼出来る人間が増えていけば、このような言動もおさまるはずだ。
少しの間の辛抱!耐えるのよ、私……!
仕方なく許可すると、ノアは満足そうに微笑んだ。
そんな様子を見ていたメイソン先生が、溜め息をつく。
「ノアの貢献次第では、白星塔トップに推薦するつもりだったが、この調子では難しそうだな」
「まぁ! ノアがトップに?」
「ああ。グレースのかわりを探している。白星塔内に危険思想者がいる可能性は、以前から指摘していた。だからこそ俺の留守中、教会の監視はリロイに任せたんだ。レイノルド・ルーファスが言った通り、塔幹部に危険思想者を抱えていたことは責任問題だ。それに」
メイソン先生が、私の顔を正面から見据えた。
「お前のこともある。グレースの行動は、トップに相応しいものではなかった」
…………おかしい。
私は黙っておいたのに、白星塔に閉じ込められていたことがバレている……!あんな大事件があったというのに、ちっとも有耶無耶になっていない。
しかし、グレースのせいで犯罪者にされかけたのも、また事実。彼女の処分は、メイソン先生の判断に任せておけばいい。
それ以上に、気になるのは……。
「あの……メイソン先生。サミュエル・ポーターとアルロは、どうなりましたか?」
メイソン先生が一層険しい顔になる。私から目を逸らすように、テーブルの上で組んだ自身の手へと視線を向けた。
「マリアナージュから追放処分となった」
「……それだけですか?」
「知らない方がいいだろう」
「…………」
メイソン先生は、やっぱり私のことを何か勘違いしている。
あの二人の末路を聞けば、私が心を痛めると思っているのだろうが、残念ながら私は心優しい聖女ではない。犯罪を犯した人間が追放だけで済むと思えるほど、頭の中にお花畑を育ててもいない。
けれどメイソン先生の気遣わしげな表情を見ていたら、それ以上追求する気も失せた。
大切に思っていた友人に殺されかけたことは、酷くショックだった。あの瞬間の笑顔を見た以上、もう一度会って話したいなんてとても思えない。きっとサミュエルと同じく、いくら話し合ったところで、怒りと虚しさしか感じないだろうから。
彼がどんな罰を受けたと聞いたところで、心が晴れることはない。一生物のトラウマだ。人間不信に陥りそうなほどに。
──ただしあんな目に遭っても、私には心から信頼出来ると思える人が、ちゃんと居る。
少なくともこの場に居る三人のことは、信じられる。
それは幸福なことだろう。
彼らのお陰で私はまた、前を向いて歩いて行ける。
「メイソン先生、ノアのことをよろしくお願いします」
「こちらの方こそ、ノアにはその力を貸してもらうことになる。よろしく頼む」
「姫君の笑顔のために、精進致します」
どうか自分のために頑張って欲しい。
「では、急ぎの用がありますので、これで失礼します」
レイノルド様がお待ちなのだ。
慌ただしくも、立ち上がる。
「レイノルド・ルーファスのところに行くのか?」
「はい。お待たせしていますので」
そう答えると、メイソン先生は急に眉根を寄せ、表情を曇らせた。
私を見る目に複雑な感情が込められているように感じるけれど、それがどんなものなのか、さっぱりわからない。
「そうか。アメリア、……元気で。俺はずっとお前の力になりたいと思っている。例えマリアナージュから離れたとしても、この先困ったことがあれば、いつでも頼って欲しい」
「……ありがとうございます……?」
ただの見送りなのに……。
何故、今生の別れのような挨拶をされたのだろう?
不思議に思いながらも、学園長室を後にした。




