聖女の行方4
何故サミュエルがここに……!?
エリーとの会話を聞かれたかもしれない。
内心冷や汗ものではあるが、無理矢理顔に笑みを貼り付けた。
「まぁ、サミュエル様。鼠を探しに行かれたのでは?」
「白々しい。お前、初めから聖女を探しにここへ来たのだろう」
やっぱり聞かれていたようだ。
もしかしたらそれ以前に、はなから信用されていなかったのかもしれない。だからこそ、この場を離れるふりをして、この男は聞き耳をたてていたのだ。
必死で演技したというのに、見透かされていたなんて悔しい……!
感情のままに睨み付けてやれば、サミュエルがその手を剣の柄へとかけた。
「……!」
エリーを背に庇いながらも後ずさる。
サミュエルはただの元魔術師。剣の心得など、例え多少あったとしても、敵ではない。
ルカが居れば、の話ではあるが……!
武器を持った男性相手に、魔術もままならない私たち女学生二人が、一体どう対抗すればいいというのか。
どう考えても勝ち目は無い。しかし聖女であるエリーの身は、何としても守らなければならない。
きっとルカとアルロは、今も私たちを探して迷宮内を彷徨っているはずだ。
ならば、彼らが助けに来てくれると信じて、とにかく時間を稼ぐ他ない。
「サミュエル・ポーター。私、あなたの思想が全く理解出来ないのだけれど、最後の情けと思って、わかるように説明して欲しいものだわ」
「時間稼ぎのつもりか?」
一瞬でバレた。
気は進まないが、仕方ない……。
「いいえ。では、私にも前世の記憶があると言ったら、少しは話を聞いてもらえるかしら?」
「…………何?」
サミュエルの目には、疑いの色が濃く見える。
恐らく信じていないのだろう。
「あなたが身を隠すのにこの場所を選んだということは、ティンブルク帝国の皇族だった。そうでしょう?」
「お前、この地下迷宮が何かを知っているのか。では、本当に……」
「ええ。私の前世はティンブルク帝国皇族よ! あなたもそうなのね?」
まともな感覚なら、イタいことこの上ない発言だった。……言いたくなかった……。
そんな私の言葉に、サミュエルの目が驚愕に見開かれる。
そして、ふっと笑った。
「いかにも。私こそが、ティンブルク帝国最後の皇帝だ」
皇帝陛下……!
道理でこの男に威厳を感じたはずだ。逆らってはいけないと体が反応したのは、遠い記憶のせいだった。
「しかし不思議なものだな。記憶ははっきりしているのに、自分の名さえ思い出せんのだ」
そう言うサミュエルの目が、夢の中で少しだけ登場した父のそれと重なる。
希薄な親子関係だった。特に感慨深い思いもない。ただ知っている、それだけだ。
父の名など思い出さずとも構わないが、私もまた、自分の名どころか、大切な「彼」の名を思い出せずにいる。
自らが与えた名を忘れてしまうなんて、何とももどかしい。
「お前は帝国時代の記憶がありながら、現在のマリアナージュを何とも思わないのか」
「……どういう意味?」
「私も何の疑問も抱かずマリアナージュへ入学した。しかしあの教会を見た時に、前世を思い出し、魔術師の現状に絶望した。ここはまるで、自由な檻だ」
「……おり……」
私も感じていなかった訳ではない。
マリアナージュは、魔術師を閉じ込めている、と。
「魔術の力があれば、世界を支配出来る。こんな場所に閉じこもっていては、宝を腐らせるだけだ。前世では臣下の裏切りにより皇宮を焼かれ、命を落とすこととなったが、私は再び大陸の頂点に立つ。この記憶は、それを成し遂げるべく蘇ったのだろう」
「そのために、『災厄』を起こそうというの?」
「アレは現代の魔術師とは比べ物にならない魔力を持っている。アレの力を利用すれば、容易く国の再建も叶う」
「上手くいくはずがないわ……。『災厄』は、魔力暴発を起こしているのよ」
「アレには奴隷紋が刻んである。本人の意思はもとより、暴発が起こっていようと皇族の言うことには逆らえまい。体に刻まれた、絶対的な契約だからな」
まるで道具のような扱い。
頭にかっと血が上った。
「ふざけたことを言わないでちょうだい!」
この男が、人を人と思っていないことは知っていた。
実の娘さえも、政略の道具以外には価値を見出していなかったのは、態度から明らかだった。
けれどティンブルク帝国がとうに潰えた今になって、ただの元魔術師であるこの男に、どうして大切な「彼」が再び利用されなければならないのだろうか。
「彼」より先に生涯を終えた私は、「彼」がどのようにして魔力暴発を起こしたのかはわからないけれど……。
魔力を暴発してしまう程の強い感情を抱き、150年にもわたって結界の中に封じ込められた「彼」を、野心や欲望に利用するなんてこと、絶対に見過ごせない。
「サミュエル・ポーター。今のあなたは、ティンブルク帝国の皇族でも何でもない、ゾイド王国の一貴族でしょう。『災厄』が、従うはずがないわ……!」
「私のこともわからん程アレが愚かならば、死ぬまでその力を暴発させておけば良い。マリアナージュを破壊し尽くし、周辺三国にも影響を及ぼせば、魔術師がいかに優れ、強大な力を保有する存在か、知らしめることが可能だろう」
全く賛同出来ない。
何よりそんな風に「彼」を使い捨てるなど、許さない……!
「そんなことにはならない。他の魔術師たちだって、黙っていないわ!」
「声高には言えずとも、自由に生きられないこの世界で、不遇だと感じている魔術師は案外多い。事が起これば、全てが一変する」
この思い込みの激しい男には、何を言っても無駄なのだろう。
だったら……。
「だとしても、あなたは王には相応しくないわ。臣下に裏切られたのも頷けるわね。人の上に立つというのは、ただ偉そうにしていればいいってもんじゃないのよ! レイノルド様の爪の垢でも飲んで、出直すがいいわ!!」
私の言葉に、サミュエルははっきりと不快感を表した。
険しい表情で、掴んでいた剣をとうとう鞘から引き抜いた。
図星さされて怒った!
この男、やっぱり王様には向いてない!
切っ先を突きつけられ、剣先がぎらりと光る。
「アメリア!」
エリーが切羽詰まったような声を上げた。恐怖で声が上ずっている。
今、エリーを守れるのは私しか居ない。
「エリー、あなたを傷つけさせたりしないわ。そのかわり私が怪我したら、後で綺麗に治してちょうだい」
指先を左耳へともっていくが、私の耳にはピアスがない。
けれど────。
「ルース!」
放出した魔力が、滝のように吹き出した。
運が良ければ、サミュエルの手元に当たり、剣を吹き飛ばしてくれるかも、と希望を抱いたものの────。
サミュエルの僅か後方に現れた滝は、通路の奥へと川のようになって流れていく。
直接攻撃は叶わず、川と成り果てた魔術は、しばらくして止まった。
もう少し大きな滝が出せれば良かった……。
でもこんなに狭い通路でやり過ぎたら、私たちも巻き込まれて溺れる可能性もある。
魔石のピアスさえあれば、コントロールに自信はあるのに……!
サミュエルが、小馬鹿にするように小さく笑った。
「全くコントロール出来ておらんな」
「うるさいわね……! あなたこそ、そうやって剣を構えているけれど、本当にそれは役に立つのかしら?」
「何だと?」
「どうせ実際に人を斬ったことなどないのでしょう。あなたに、そんな度胸がある? 前世だって、人に指示するばかりで、自分の手を直接汚したこともないのだから」
挑発の言葉に、サミュエルの目が鋭くなった。
柄を握る手に、力を込めている。
いつもながら、ちょっと言い過ぎたかもしれない……。
いよいよ襲いかかってくるかもしれないという恐怖で、全身に緊張が走った。
「確かにそうだな。こんなものは扱い慣れん」
意外なことに、サミュエルは剣の切っ先をこちらへ向けたままに呟いた。
そして空いていた左手を、自身の耳元へ当てる。
「……何を……」
魔術は使えないはず。
それなのに何故、そんな仕草を……?
サミュエルが、口の端を歪めて笑う。
「魔術を使えないと思ったか? 残念だったな。光魔術は、魔術封印の契約も無効化する」
「光魔術!」
驚いてエリーを振り返る。
「エリー! あなた、まさか……サミュエルに、魔術を使ったの?」
彼女は青くなり、震えている。
私の剣幕に更に怯えたのか、声も出せないままに、こくりと頷いた。
「なっ……なんですってぇ!?」




