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その求婚は謹んでお断りします、王太子殿下  作者: 玖珠ゆら


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聖女の行方3


 エリーは行き止まりとなり、少しだけ広くなった通路の奥に、一人蹲っていた。

 特に酷い扱いを受けた様子はなくてほっとする。何なら白星塔に閉じ込められていた私の方が、手も縛られていたし、よっぽど扱いは雑だった。


 エリーもまた、私を見て安心したように笑顔を見せた。

 ────が。


 これは良くない。

 サミュエルとの会話が途切れたことに関しては助かったが、むしろ状況は悪化している。

 エリーの表情から、せっかくの演技虚しく、私は敵認定されてしまう……!

 こうなったら、もうひと芝居うって出るしかない!!

 

 私はエリーを見下ろし、高慢な貴族令嬢らしく、高笑いをしてみせた。


 王太子妃教育の休憩時間に読んでいた、市井の恋愛小説。

 婚約者をとられた腹いせに、主人公に対し虐めや嫌がらせをする非道な悪役令嬢。これだ!!


 

「いいザマね、エリー! 前からあなたを気に入らないと思っていたのよ。あなたは、そうして地べたに這いつくばっているのがお似合いだわ!」


 エリーの目が点になった。


「……あ、アメリア……?」

「よくも私の婚約者を奪ってくれたわね! あなたのせいで私は婚約破棄され、平民になったのよ!? 絶対に許さないわ……!」


 思っていない。ぜんぜん思っていないし事実とも異なる。

 それなのにどうしよう。

 セリフがスラスラと迷いなく出てくる……!


「聖女のあなたが『災厄』を止められなければ、評判も地に落ちるでしょう。そうすれば、殿下も私の元へ戻って来てくださるに違いないわ! あなたさえ……あなたさえ、居なければ!」


 鬼の形相で睨みつける悪役令嬢と、瞳を潤ませショックを隠し切れない聖女様。

 王道展開を繰り広げる私たちを、サミュエルは冷ややかな目で見ている。絶対くだらないと思っている。


「……くだらん」


 やっぱり思われていた。


 しかしこの場で、エリーだけは本気だった。

 純粋な彼女は、その瞳から汚れなき涙を一粒、とうとう零してしまう。


「ごめんなさい……アメリア……。私……」


 泣かせてしまった……!!

 罪悪感で胸が詰まる。今すぐ言い訳をさせて欲しい。


「今更謝ったって無駄よ! あなたには『災厄』を止めさせたりしないわ! 泣き顔を見ていると、清々するわね!」


 誰か私の口を塞いでくれないだろうか。


 内心とはかけ離れた高笑いを続けていると、遠くで何かが崩れるような音が聞こえた。


 ぴんときた。

 ルカとアルロだ……!


 サミュエルもまた音に気が付き、私に視線を向けた。


「鼠が入り込んだようだな。アメリア、心当たりがあるだろう。お前がやって来た道の後方が崩れていた」 

「……!」


 ここでバレては、私の名演技も台無しである。

 あの二人は迷宮内を大暴れして私とエリーを探すつもりだろうが、今の時点で彼らと仲間だと思われては困る。


「実は……ハンナ様が捕まってしまい、親しくしていた私も、白星塔から疑われているのです。後をつけられていたのかもしれません」

「白星塔か……。厄介だな」


 誤魔化せた。

 真実を織り交ぜ出鱈目な話を作り上げるこの能力、私は詐欺師に向いているのかもしれない。

 自らの新たな才能を見出してしまった……!

 全然嬉しくない。


「奴らとてこの迷宮を攻略する術は知らないだろうが、念の為様子を見て来るか。アメリア、聖女を見張っておけ」

「承知致しました、サミュエル様」


 背を向け、サミュエルは来た道の奥へと消えていった。


 

 私にとって、めちゃくちゃ都合のいい展開になった……!


 私もエリーも、魔石のピアスがない。

 今はサミュエルをどうこうするより、二人揃って無事に迷宮から脱出する方が先決だ。

 サミュエルがこの場を離れた、今のうちに。


「エリー、逃げるわよ!」


 勢いよく振り返って見たエリーの顔は、相変わらず悲愴感が溢れていた。

 ……しまった。言い過ぎた……。


「さっきのは違うのよ!? あなたのことを煩わしく思ったりしていないわ! 悪かったわ」

「……いいえ。私が悪いんです。アメリアの気持ちを、ちゃんと考えてなかったなって思って。レイノルド様のこと、安易に好きだと言ってしまったけど、忘れてください。私、レイノルド様とアメリアの仲を邪魔したりしません!」

「まっ……待ってちょうだい。落ち着いて……」


 そう言う私の気持ちが落ち着かない。

 とにかく、おかしな誤解を解かなければ……。


「婚約解消は、あなたのせいではもちろんないのよ? それに邪魔も何も……」

「昨夜の夕食の席で、レイノルド様から聞きました。二人の関係について」

「えっ。夕食の席? レイノルド様から?」


 それは昨日私が遠慮させていただいた、白星塔での夕食会の時のことだろう。

 関係って何。


「二人は形式上の婚約は解消されたけど、将来を約束した婚約者同士であることには変わらない、と」

「はい!?」


 それは貴族社会では、婚約者とは呼ばない。

 レイノルド様ほど立場のあるお方が、戯れであろうと私のような平民相手に婚約などと口にすべきではない。

 誰よりもそれを理解しているはずの彼は、一体どうしたというんだろう。


 

「私のレイノルド様への気持ちって、きっと憧れが強かったと思うんです。あのレイノルド様と婚約とか結婚とかって、考えもしなかったし……。考えてみたら余計に、私にお妃様なんて務まるはずないって思うし。だから決して、二人の仲を引き裂くつもりはありません」

「……でも、エリー。あなたの気持ちは本当に、それでいいの?」


 レイノルド様のことが好き、と言ったあの時のエリーの瞳は、真っ直ぐで真剣だった。

 眩しいとさえ感じたその思いを、私への遠慮なんかでなかったことにしていいはずがない。


「はい! だってレイノルド様のアメリアへの気持ちには、とても勝てません」

「……はい……?」

「レイノルド様は夕食の間、アメリアへの愛を延々と語っていましたから」

「…………えんえんと」


 私の居ない場で、何やってくれているんだあの方は。なんという辱め。


「私、びっくりしちゃって。後からレイノルド様に直接聞いてみたら、学園長先生とテオドール様を牽制しておいたんだ、って笑ってました。正直こわ…………えっと、アメリアは愛されてるんだなーって思いました!」



 ……愛されている。私が?


 顔が途端に熱を持つ。

 いや、わかっていた。だってレイノルド様は、王立学園の卒業パーティーの時からずっと、私に気持ちを伝え続けてくれていたから。


 ────そうだ。

 エリーだけではない。あの方は王太子という立場でありながら、いつだって真っ直ぐに私に向き合ってくれた。

 彼が自分の言葉にどれほどの責任がついてまわるか、考えていないはずがない。覚悟を持って、私との未来を望んでくれていたのだ。


 

 それに比べて、私はどうだろう。

 レイノルドへの気持ちがわからない、とか。身分差がどうだ、とか。気持ちを伝えるのに慣れない、恥ずかしい、とか。

 いつも言い訳ばかりだった。


 本当はきっと、自分が傷つきたくなかっただけだ。もう二度と、レイノルド様に裏切れたと思った、あの時の思いをしたくないから。

 私は自分が可愛くて、レイノルド様から逃げてばかりだった。



 自分が恥ずかしい……!

 本当はちゃんと、レイノルド様と向き合うべきだったのだ。

 ルカに何を言われようと、レイノルド様の前に姿を見せて、話し合えば良かった。もしもルカの言うように、レイノルド様が私の意思を無視して思うままにしようとするならば、それは私が彼への気持ちを伝えていないせいだ。


 

「それなのに私が余計なこと言ったせいで、アメリアが遠慮しちゃってるのかもと思ったら、申し訳なくて……」

「…………エリー。違うわ。あなたのせいじゃない、私の問題だわ」

 


 膝をつき目線を合わせ、エリーの瞳を正面から真っ直ぐに見詰めた。

 私も正直に、素直でありたい。


  

「私、レイノルド様のことをお慕いしているわ。もっと早く、あなたにもレイノルド様にも、言うべきだった」

「はい……! 私、恩人であるレイノルド様には幸せになって欲しいし、クラスメイトであるアメリアとも、これからも友達として仲良くしたいんです」


 にっこりと笑うエリーは、本当に可愛らしい。やっぱり彼女には敵わない。


 

「エリー、私も同じ気持ちよ。一緒にここから出ましょう」

「でも……ここ、迷路みたいで」

「大丈夫よ。私が道を知っているわ」



 共に立ち上がり、サミュエルが消えた通路の奥へと歩き出す。

 けれどほんの少し進んだところで、私は歩みを止め、顔面を蒼白とさせることになった。


 何故ならそこには、騎士が持つような大きな剣を携えたサミュエルが、仁王立ちで私たちを待ち構えていたからだ。 

 

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